December 26, 2011

唐沢なをき「怪奇版画男」小学館文庫

[ Amazon ] ISBN 978-4-09-196030-6, \600

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 本書は1998年に出版され,世の漫画家をして震え上がらせた怪作,「怪奇版画男」を文庫化したものである。ワシはオリジナルの単行本も買ってあったが,人に貸したら戻ってこなかった。以来,枕に涙して暮らす日々を送っていたのだが(嘘),本年,この怪作が再び世に出たことを弥栄弥栄と喜び,いそいそとレジに本書を運んだのである。

 無駄な努力というものが,これほどの衝撃,いや笑撃を与えてくれるモノだとは,本書のオリジナル単行本が出るまで知らなかったのだ。漫画作品これ全部,台詞まで含めて全部手彫りのアナログ作品の手間たるや恐ろしい程である。オマケに,文庫化に当たって新たに付け加わった京極夏彦の解説,あとがき,そして帯や奥付に至るまですべて版画。全くこの資源と労力の無駄遣いっぷりは凄まじい。原稿料が規定通りとすれば,恐ろしいほどのコスト超過。これ以降,版画マンガにチャレンジする漫画家が出現しないことは当然のことなのである。・・・と,今気がついたが,畑中純だって全編これ版画という作品は少なかったよなぁ。まぁ,無理もないのである。これに引き続くコスト超過マンガといえば,梅吉の切り絵マンガ以外に思いつかない。それほどの快挙なのである。

 ・・・とまぁ,費やされた労力だけでも凄いのだが,それ以上に「版画」というアナログな表現手法の持つ力強い線の魅力がまたいいのである。表現として優れているってのは,版画男のオリジナルたる棟方志功の作品を見れば一目瞭然だ。長部日出雄の解説によると,棟方の作品の多くは日本的な題材だが,所謂それを売りにしたジャポニズムではなく,もっと原始的で人類共通の美術表現になっているのだという。実際,欧米にも棟方のような平面的かつダイナミックな簡素表現作品があるんだそうな。
 その棟方の描く顔に岡本太郎を混ぜたような版画男が縦横にギャグを展開する白黒(カラーもあるけど)の画面の力強さはどうだ。これを昇華させると畑中純の芸術作品になるのだろうが,そこまで行っちゃうとギャグとしては成立しない世界になる。その手前に留まってギャグに徹する潔さ(単にメンドクサイだけなのかも)がワシらの感動腺を震わせ,費やされた労力を想像する回路に繋がって脳髄をショートさせるのである。

 つーことで,本書は永久保存品として確保されたのである。もう誰にも貸さないからね。読みたければ,買え。

Posted by tkouya at December 26, 2011 3:00 AM