December 31, 2011

しりあがり寿「あの日からのマンガ」エンターブレイン

[ Amazon ] ISBN 978-4-04-727474-7, \650

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 今年は何はさておき,東日本大震災と福島第一原発事故しかなかったという印象である。静岡県西部の揺れは大したことなく,体感的には震度2程度だった。しかしなかなか揺れが収まらない・・・なんか変だなぁ,などと職場の廊下で少し立ち話をしていたのを覚えている。その後,時間の経過とともに報道が盛んとなり,津波,原発,液状化の被害が段々と分かってきてからは,もう頭を抱えるしかない,ということになってしまった。直接地震と津波の被害を受けなかったワシら東海以西の西日本住民としては,特に原発事故の酷さと後遺症の深さに慄然とさせられた一年であった。

 では今年(2011年)は悲惨な大震災を除くと何もなかったか,というとそーでもない。かなり静岡限定ではあるが,今年はしりあがり寿をフィーバーする行事が,ゆるゆると開催され続けたのであった。ワシも知らなかったが,連れ合いに引っ張られて幾つかのやる気のない(?)展示物の見学にお付き合いしてきたのである。ことに,「しりあがり寿歴史館(笑)」は見応えがあった。ま,単なる汚い大学自体の下宿を現物で再現した部屋だったのだが,ワシよりちょうど10年上の世代,バブル前のビンボ臭い大学生の生活ぶりに親しみを覚えたものである。しかし,見物人は,週末にも関わらずワシら以外はゼロ。郷土の有名人(連れ合い談)なのにねぇと,少し寂しい気分になったが,イヤ待て,しりあがり寿のファンは東京に偏在しているせいだろうとワシは推理したのである。朝日新聞の夕刊で「地球防衛家のヒトビト」が連載されているとはいえ,大衆的な人気を得るに至っていないというのが今のしりあがり寿のステータスなのであろう。

 本書「あの日のマンガ」は,3.11以来描かれた,震災がらみのマンガを集めたコンパクトな作品集である。今年を象徴するマンガとして,様々なところで評価されているから,しりあがり寿の愛読者でない人にも結構読まれているのではないか。「地球防衛家」に加えて,マニアックなマンガ雑誌・コミックビームに掲載されたストーリーマンガ,小説宝石連載の「川下り双子のオヤジ」,TV Bros.掲載の一コママンガ「はなくそ時評」等をごた混ぜに収録しており,その連載媒体の幅広さに驚くとともに,しりあがりマンガの「振り幅の大きさ」を思い知らせてくれる作品集となっている。

 「振り幅の広さ」を言い換えると,芸術的困惑を覚えてしまい,感動の焦点を絞れない,ということを意味する。まぁ地球防衛家の4コマはまだスンナリ面白く読めるのだが,双子オヤジに登場する「ゲンパツ」という名の危険で四角い女とか,「希望」(←実際は×印)という,何とも素直に感動できない作品とか・・・困惑してしまうものがあるかと思いきや,「海辺の村」「震える街」というシリーズ,最後の「そらとみず」のように,ストレートに感動できる作品まで,振り幅が大きいとしか形容のしようが無いほどバラエティに富んでいるのである。この「振り幅の大きさ」がしりあがりの芸術的才能の大きさを示していると同時に,大衆的な人気に「壁」を作っている原因なのではないかと思えるのである。・・・ま,しりあがりにしてみれば,壁になっていようがいまいが,やりたいことをやり描きたいことを描くだけ,ということなんだろうが,その壁のせいで,郷土の星として静岡の有志が企画した展覧会がガランとしてしまうのはちと寂しいのである。

 とまれ,震災を描いた感動漫画集,と一言で纏めきれない幅広さが,すれっからしのマンガ読みには支持されたことは間違いない。逆に,本書を読んで戸惑った,しりあがり慣れしていない読者の方は,とてもいい「芸術的経験」をしたと言えるのではないか。それはしりあがりのデビュー作「エレキな春」以来付き合ってきたワシら年寄りにはもはや新鮮に味わうことの出来ない質の感情なのだから。

Posted by tkouya at December 31, 2011 3:00 AM