佐藤二葉「うたえ!エーリンナ」星海社コミックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-06-511591-6, \640 + TAX

 年を取ったせいで,最近書店で手に取るのはお気に入りのベテラン作家の作品ばかりで,手堅く面白いのは当然ではあるけど,何か一つ物足りない残尿感も覚えるのである。つーことで,チマチマと空き時間に読めるWebマンガ,Twitterマンガをチェックし,感性の合う若い(かどうかは定かではないけど)作家を発掘するようにしている。
 ただ,そういうSNS空間でbuzzった作品が紙媒体の単行本になって読んでみると,今一つ物足りない,スカスカな印象を与えることが多い。これは多分にワシが年寄りのマンガ読みで,みっしり詰まった密度の濃い紙媒体連載作品を長年読んできたことに起因することではないかと考えている。近年の小さいスマホやタブレット画面で,すぐに読み込める小さいデータサイズの作品を多数読める環境では,どうしても絵やストーリーの密度を下げ,ヒット数を稼ぐ必要があるのだろう。その結果,ワシのような年寄りには「読みやすいけど価格に比して物足りない紙の単行本」となってしまうのであろう。この点,若い人にはそれで十分なのかなぁとも思うが,そういう体験を重ねてしまった年寄りとしては,自分の視線から外れていたbuzzり結果の紙単行本に外れが多くとも仕方ないかなぁと達観しているのである。

 つーことで,本単行本も,本数が多すぎて負いきれないツイ4作品群の一つからのbuzzり結果として発行されたものであろうから(経緯は全然知らない・調べてもいない)と,興味どころか存在すら知らなかったのだが,戸田書店静岡本店の新刊棚に見つけた本書の帯の「古代ギリシアの女学校ライフ」という「くそ真面目エロなし清純おほほ女子マンガ」っぽい雰囲気の煽り文句に興味を覚えてジャケ買いしたのである。そしたら久々にワシのような小うるさいマンガ読み年寄りも満足を覚える作品だったので,ここで紹介することにしたという次第である。

 表紙の二人の少女のうち,力強い腕で竪琴を持つ黒髪の美少女・エーリンナが本書の主人公だ。一言でまとめてしまえば,この少女の音楽スポコン物語なのだが,今時珍しく何のギミックもないストレートなストーリーで,定番のbuzzりアイテムを混ぜ込むという年寄りには邪魔くさいものが一切ない。そのくせ妙に読みづらい。つまりテンポが悪い。ぎこちない。描線は泥臭くて洗練されていない。・・・が,それが全て本作品の「魅力」に結実していくのだからマンガというメディアは不思議だなぁとつくづく感じる。そう,本作品は洗練された絵師による流行りのスマートなSNSマンガとは真逆の,泥臭くてひたすら真面目に古代ギリシアの生活様式を忠実に描写しようとするアカデミックなテイストの少女漫画作品なのである。

 ワシは大概,不器用な漫画家が真摯に描いた作品が大好きだ。矢口高雄しかり,吉本浩二しかり,少女漫画では柊あおいしかり,遠藤淑子しかり,である。小器用でないから,テイストに変化のつけようがなく,可能な範囲で積み上げるように作品を紡いでいく。その真摯さが伝わるせいか,妙に共感してしまう親しみやすいキャラが多数登場するのだ。
 本書でも,主人公のエーリンナ,その親友の金髪美少女・バウキス(表紙後ろの人物),周囲の先輩,そして少女楽団を率いる女詩人・サッポー,ライバルの美少年・リュコス・・・皆魅力的でかわいい。画風の古臭いところがまた,ワシみたいな年寄りにはナイスだ。そーいえば,最近は若いくせに妙に古臭い画風の作家がちらほら登場しているが,これも流行りなのかしらん?
 何にしろ,魅力的なキャラが,アカデミックに忠実な古代ギリシアライフを楽しく過ごしている様は,大変に面白く,突っかかりながらも一気に読むことができたのである。

 雨後の竹の子状態のSNSマンガの一番の欠点は,新人作家に対して殆ど指導らしい指導をしていないように見受けられることである。その分,作家は自身の作品の魅力を,読者の「正しい」感想をえり分けて見つけ出し,うまくセルフコントロールしていく必要がある。本書の著者の本業は漫画家ではないようだが,その分,本業である俳優・演出家・リュート奏者としての活動から受ける観客からの感想をえり分ける能力がついたのかしらん? ワシ個人の希望としては,この調子でずっと洗練されない作風を維持して頂き,buzzりはそこそこに,本書のようにまとまりが良く密度の高い作品を着実に積み上げて行って頂きたいのである。