森薫「シャーリー・メディスン」3巻,雪割草

森薫「シャーリー・メディスン」3巻

[ Amazon ] ISBN 978-4-911278-05-5, \1980+TAX

 森薫が自著を出すための出版社を立ち上げたと聞いて,これは暴挙だなと思うと同時に,暴挙に出ざるを得なかった状況を勝手に妄想した次第である。いや,単に出版社が立ち上がって,KADOKAWAの濃い漫画ムック・青騎士から独立した複数の漫画家の出版物を刊行することになった,という体ではあるけれど,売り上げ減少につきリストラに入ったKADOKAWAの整理対象になったのかしらと,部外者からはそう見えたのである。もちろん森薫は引き止められる側ではあったろうけど,圧倒的な精密さを誇る画力をこの際だからドカンとデカいサイズで見せつけてやろうという野心も芽生えたのであろう。1,2巻は通常の大判コミックサイズであったものが,10年ぶりに出た3巻は倍のサイズになって我々の前に登場したのである。

 正直,初出情報が欠けていたり,紙も分厚くなって年寄りには書店で購入して持って帰るのが辛いなと,文句の一つや二つや三つは言いたくなるのだけれど,まずは書下ろしをがっつり加えて3巻を出したという暴挙に拍手を送るべきだろう。可憐だが寡黙な孤児の少女が健気に日々の家事労働に勤しむ様は,普段アイドルには萌えないワシでも「しゃぁりぃ~」と煉瓦壁の隅から応援したくなるほどの愛らしさであり,何より著者の森薫が萌えまくって大判コミックをワシら読者に突き付けてきたのだ。まずは本書を愛でながら,さらに大型化した既刊2冊を待つことにしようではないか。雪割草の今後がはなはだ心配ではあるが,会社が潰れようとトランスビューが吸収しようが放逐しようが,森薫の作品群は日本のソフトパワーを見せつける代表作の一つとして残るに違いない。

長田直樹「数値解析 非線形方程式と数値積分」現代数学社

長田直樹「数値解析 非線形方程式と数値積分」現代数学社

[ Amazon ] ISBN 978-4-7687-0626-8, \2800+TAX

 例によって,こういうちゃんとしたテキストは腰据えて読まなきゃいかん所,ざっと目通しした印象論のみで雑駁な感想おば記することにする。

 こりゃまたさっぱりした本を上梓したモンだなァというのが,ワシの偽らざる第一印象である。だって今日日理工学書を書けと言われれば,岩波とかの,大学図書館に配備されて,物好きなごく一部の専門家が買うぐらいが関の山という程度の売り上げで良いと割り切った例外を除いて,「学部レベルの入門書」というスタンスで書け,という意味になるのである。従って解き方をしっかり説明した例題とか簡単な文中問題とか,中間レポートに使えそうな章末問題とか演習問題の類を入れない限りは使ってもらえない=売れないのである。本書にはその手の売らんかな的なギミックが全くない。さっぱりした数値解析のオーソドックスな理論解説と数値例,そして数学史的な説明が入るだけであり,言っちゃ悪いが弱小出版社の屋台骨を支える気が全くない専門書,それが本書の一大特徴である。

 しかも題材として,数値線形代数の解説がバッサリカットされており,必要最低限のベクトルノルムの解説ぐらいで,あとは非線形方程式,代数方程式,数値積分(と漸近展開),常微分方程式の初期値問題といった非線形問題向けのアルゴリズムの解説に終始しており,まさにテキストとしては使えない,と判断されても仕方ない。そのあたりが誠に羨ましく,悪先駆として簡易解答付きの例題や演習問題作りに精出さざるを得なかったワシに言わせりゃ「ズルい」のである。

 現在進行形で非線形問題の土台作りに精題しているワシとしては次の題材の種がここにばらまかれており,卒研や修士向けの研究ネタとしても十分使えるものとして,改めて見直した次第である。とはいえ個人的にな数学史ネタをもちっとがっつり書いて欲しかったなとない物ねだりしたくなるというものである。

[原作] 藤野千夜・[漫画] 志村貴子「団地のふたり」1巻, 双葉社

[ Amazon Kindle, 紙版 ] ISBN 978-4-575-44132-1, \740 + TAX

 原作は小泉今日子・小林聡美というビッグ俳優陣でNHKでドラマ化され,うちの神さんが熱心に視聴していたので,ワシも横目で眺めていたが,原作に手を出すほどでもなく、再放送がされてドラマ人気の高さをうかがわせるタイミングで本作が出たのである。話の筋や背景を見知っていたことはあったけれど,今まで敬遠していた「志村貴子」作品ということもあり,これなら大丈夫かなと手を出した次第。やっぱり当たりであったので,ここで紹介する次第である。

 ワシには画力もスケールもデカい漫画を避ける傾向があるのである。筆頭は萩尾望都であり,昨今の週刊連載漫画作家であり,そして志村貴子なのである。いや,読んでしまえば慣れ親しんで耽溺すること間違いなし,単なる食わず嫌い・・・というとそーでもなかったりする。萩尾望都は多分昔の名作の方がいいんだろうけど近作には馴染めず,日本芸術院に入った今でも敬して遠ざけている。一方,森薫のようにごってり重い画風ながら軽やかに読める作風はドはまりしたりして,まぁ一言でまとめると「相性」が合ったり合わなかったりする訳である。

 その意味では志村貴子は食わず嫌いであったが,ちらちら見かけるカットや切り抜き漫画には確かな画力とストーリーテリング力が感じられるものがあり,気になる存在ではあったのだ。とはいえ,ワシの財力と体力と視力との最適化を図った結果,ちょいと枠外に置いていたのだが,今回は題材的に見知ったものであるし,何より五十路同世代の子なし団地ぐらしというシチュエーションが共感をそそるものであり,えいやっと重い腰を上げて購入に至ったのである。読了した結果は満足のいくものであり,今回改めて志村貴子の表現力に感服することができた。

 明治は遠くなりにけり,とは昭和世代が散々聞かされたフレーズであるが,平成を挟んで令和も小学校入学を果たした今は,「昭和は遠くなりにけり」である。失われた30年を営々として支えてきた昭和世代のインフラは耐用年数を過ぎて,手間のかかるメンテナンスか取り壊しての再開発の対象となっている。本作の舞台となっている昭和の団地は,ぼちぼち博物館入りも近いというぐらいの対象となっており,若い世代は寄り付きがたいものに成り下がっている。そんな団地で,過去に色々抱えつつも今や独り者となった団地育ちの幼馴染がそのまま居ついて余生的な日常を送る様が,志村流のファンタジー世界でアウフヘーベンされて読者に提示されているのだ。

 家業のイラストは競合他社が増えてAI普及も手伝って先細りとなり,隣人の不要物を引き取ってはネットオークションに精出しつつ,団地内住民の老人から網戸の修理を頼まれて断れずに何でも屋になりつつあるなっちゃんと,大学の常勤になれずに非常勤で生計を立てつつ,幼馴染のなっちゃんとはたまぁに冷戦状態になりながらも腐れ縁を続けるノエチという二人の五十路女性が中心で描かれる。つましい日常ではあるが,それも老朽化という現実には抗えず,日々チマチマとした弥縫策を積み重ねながら生きていく様が,なぜか志村ファンタジーの手にかかると「楽しそう」なのである。原作の持ち味でもあるのだろうが,ドラマではもう少し生々しい生活臭が漂っていたものが,本作には全くないのである。そこをどうとらえるかは人それぞれであろうが,ワシにとっては高邁な芸術作品よりは,心地よいファンタジーが座りよい。現実逃避?・・・かもしれないけど,人生ヒマつぶしという見方もあるし,逃避しながらも人様に迷惑かけずに火葬場の灰になった方が,世の中的には理想的なのではなかろうか。

 してみれば現代的な「わびさび」を,昭和の団地という,真似のしようのない「茶室」で表現している作品と言えよう。茶道なんて結局,応仁の乱で荒廃しまくった挙句に,物のない状況を開き直って侘びだの寂だのと言っただけという見方もある訳で,それなら失われた30年でボロくなった昭和団地で,溜まった不要物を売り買いしながらの若旦那が唐様で書いた茶の湯の有様,それが志村貴子が渋い女性雑誌「Jour」で表現したものなのである。

小田原ドラゴン「今日も嫁が見つからない。」扶桑社

小田原ドラゴン「今日も嫁が見つからない。」扶桑社

[ Amazon ] ISBN 978-4^594-10338-5, \900+TAX

 五十路過ぎの男性の婚活記,1巻と銘打っているところを見れば明らかなように,いまだ嫁は見つかっておらず,以後続刊が期待できる。本人は真面目にやっているのかもしれないし,画風故のものなのかもしれないが,イマイチ真剣みが感じられず,諦観も漂いつつ,まぁいい人がいれば一緒になりたいなぁぐらいのぼんやりした願望しか伝わってこないあたり,読者としては今後の楽しみが増える未来しか見えないのである。

 婚活をテーマにした漫画を追いかけて幾星霜,現在のお気に入りは井原タクヤ「運命など存在しないので」1,2,3,4巻である。シビアだが有能な婚活アドバイザー・柏木が,老若男女の様々なシチュエーションに対して的確なアドバイスをビシバシかます様は婚活版ブラックジャックである。「私は一生懸命治そうとする患者が好きでねぇ」という名文句は医療であれ婚活であれ通じるものであり,主人公・柏木は結婚に真剣な顧客に対しては成婚に繋がるカンフル剤をストレートにぶつけてくる。「結婚はスペックの取引です」という容赦ない現実を認識しないことには,いつまで経っても薄甘いファンタジーにおぼれて老いさらばえるだけである。

 ・・・ということは本書でも結婚相談所に入会する時点で認識しているのではないかしら。掟ポルシェのアドバイスに対しても今一つ乗り気でない感じであるし,ネタ消化的な車中泊トラベル記は挟まるしで,エッセイ漫画としては大いに楽しめるんだけど,五十路過ぎのキモい親父が真剣に婚活を考える書としては,反面教師以上の意味は見いだせない。いや,そのうち電撃的に結婚しちゃうかもしれないけれど,そこに至る経路としては,正統的な婚活路線にはなっておらず,真面目に婚活を考える向きにはお勧めしかねるものなのである。

 いわゆるコミュ障で,パーティーでは壁の花が定番という,小田原ドラゴンのような人間の婚活には,なるあすくのエッセイ漫画(前編,後編)をお勧めしておく。結局は自分をよく見知った知人を介しての紹介が決め手になった幸運なケースではあるけれど,一番の幸運はまだ40台だったということだろう。子育てを考えると50台は遅いと言わざるを得ない。夫婦の合意があれば渡辺電機(株)のようなレアケースもあり得るだろうが,人付き合いがしっかりできる人ならではの幸運さが舞い込んだものであって,レアはあくまでレアである。

 結婚というものが人生と生活を共にするものである以上は,SEXもさることながら,まずはお互いの人生観のすり合わせが最重要なのである。どーせ還暦近づけば性欲も落ちてくるし,それよか老後の生活をイメージできるかどうかということであろう。金だけあっても最期は紀州のドンファンが関の山である。

 ご本人,結構金もあるし,漫画家としての力量は本書も含めた作品を読めば一目瞭然であるからして,犬好きの中年女性の方は一度アプローチされてみてはいかがだろうか。DVするような人物ではないが,人生の伴侶としてはいささか心もとないところはありそうだけど,「飼いならすつもりで一生付き合いつつ楽しむ」つもりなら悪くないとは思うんだけどねぇ。次の展開を期待して2巻を待つことにしたい。

大島弓子「キャットニップ5巻(完結)」小学館,私屋カヲル「ブリちゃん日記2巻(完結)」竹書房

[ Amazon ] ISBN 978-4-09-389877-5, \1400+TAX

[ Amazon ] ISBN 978-4-8019-9502-4, \1500+TAX

 久しく出ていなかった大島弓子の猫エッセイ漫画,「キャットニップ」5巻がやっと出た・・・と思ったら完結ということで,つまりは本人なりの終活の一環ということらしい。あれだけ猫にまみれた生活を過ごしていながら,徐々に老いていく猫と自分,とうとう最後の2匹も昨年息を引き取ったとの由。猫のために住み慣れたマンションを売却し,今の一軒家に越して元の飼い猫から保護猫,たまぁに現れる野良とも交流しつつ,しっかり避妊させて自然に摂理に従って去って行く猫たち。完璧なまでの終活模様,おみそれしましたと言う他ない。簡素を極めた素朴な線はアートの領域に達しており,それでいてしっかり少女漫画テイストは生きており,可憐であり美しい。よき老後を送られんことを。

 ・・・じゃ,ずっと年若い私屋カヲルの猫漫画をこれからは楽しもうと2巻を買ってきたらこれで終いというじゃありませんか。あんまりだ,大島弓子御大の代わりを誰に求めればいいというのか,バツイチ独身女の酸いも甘いも嚙み締めて幾星霜,日がな一日がっつり猫と戯れる一戸建て生活を楽しめる漫画を,これからはどこに求めればいいというのか。デビュー時はあんな絵だったのにあれよあれよとエロくなり,欧米では危険書扱いされるレベルまで到達した表現力をもってして躍動感たっぷりの中年女の雄たけびを他のどこに求めればいいのか。まったく次の連載の当てがないなら同人誌でもいいから続けて欲しいモンである。

 以上,夏休みの終わりに猫エッセイ漫画2冊も終わってしまってシオシオのパーになってしまった五十路男の愚痴でありました。