うー寒い。桜はとっくに散り始めているというのに,この寒さは何事だ。
ワシの3月を全て奪っていった論文の投稿がやっとできるようになった。喜び勇んでsubmit(論文本体はまだこれから)したら一番乗り。バカじゃん。
ま,結果は遅くても6月初旬には分かるので,ダメでも次の展開が図りやすい,というのがメリットだな。落っことされる理由としては「新規性がない」「何を今更」「問題が小さい」(とは思わないのだがいつもそう言われるのだ)ぐらいしか思いつかないが,それ以外の理由があるようなら,ちゃんと知っておきたいから,絶対投稿はしてやろう。文章はしばらく寝かせておいてあるから,論文本体の登録は今月下旬だな。つーか,それまでに再査読のレポートも書かなくちゃ。この論文がacceptされたら,今まで査読させられた分お返ししたいものである。
実習室の環境をT君お勧めのCentOS(当然x86_64)に改装しようとしてドツボにはまる。同じRPM系列ではあるが,Fedoraに比べて更新頻度が低いせいか,最新ハードへの対応が遅れているようで,インストールすら出来ない(CDの読み込みが出来なくなる)状態に陥ったりする。パッケージをなまじカスタマイズしようとするとおかしくなるのは,まあどのRPM distributionも同じか。これだけ導入時の敷居が高いと,もうWindowsには永遠に追いつけないのではと思ってしまう。ま,i386はまともだとは思うが。
インストールがこけたマシンへはCentOS 5 betaで試してみる予定。Fedora 6はちゃんとインストールできるようなので,これも多分大丈夫・・・だと思いたい。しかしDVD版はBitTorrentでダウンロードしなきゃならんのが面倒である。職場では当然Firewallを通過しないので,自宅のとろくさい1.5Mbps回線でちまちま落とさねばならない。あー早く光ファイバの環境に移行したいっ! 秋まで待てないっ!
明日は入学式。午後からまた作業を続けて何とか土日で環境と実習概要は固めたいな。
疲れたので寝ます。
4/4(水) 掛川・?
昨日までとはうってかわって寒い朝。夜も結構冷え込む。ここぞとばかりに残存灯油をストーブで燃やすことにする。この秋にはオール電化の場所に引っ越すことになりそうだから,このストーブとは最後のお付き合いになるのだな,と思うと感慨深い。
以前,F先生から「うちのNew cluster使ってよ」と言われていたのをすっかり忘れていたら,昨日その案内が来た。へー,Dual Core XeonのSMPマシンと,Power5のスパコンか。64bit環境ではあるから,ワシのライブラリはすぐ動くはず。メモリも潤沢に使えそうだし,いっちょあの記録を狙ってみますか。本格稼働は6月以降という事なので,それまでにちゃんとあれをVersion upしておかなきゃなぁ。
しかし,旧帝大のセンターにもIntel CPUのclusterが導入されるなんてことは,ボチボチ一研究室レベルでは性能を突き詰めたclusterが維持できなくなっているってことでもあるよなぁ。まー,commodityではGbEが精一杯だし,10GbEなんていつ普及するんだか,という状況だもんなぁ。今のHPC研究会は通信やさんに占領されている,っていう話も聞いたけど,それは通信の高速化が喫緊の課題だからでもあるんだよな。通信を大量に行う線型計算ベースの大規模シミュレーションという枠組みそのものを考え直す時期なのかもね。
職場でうだうだ雑用をこなしていたら,はっと気が付いた。どわーっ,Pthread化する部分を間違えていたーっ,ということで慌ててプログラムをシャカシャカ変更してベンチマークしなおし。家のAthlon64X2マシンで計測し直したら,やっぱり並列性能が格段に上がった。オマケに余計な判定部分を削除したら全体のスピードも2倍に。ふぅ,気が付いて良かった。直しも一段落して,これを書いているという次第である。あー,冷や冷やモンだった。
3月中と予告していたGSLの私家版Tutorial,前書きだけちょこっと書く。・・・いいのかな,こんな文章書いちゃって,という代物が出来上がる。この調子で全部上がるのは・・・夏休み前ぐらいかな。思ったより論文書きに没頭してしまったので,これに取りかかるのが随分遅れてしまったから,まあしゃーないな。あとはボチボチ現実逃避したくなるごとに,これを書きためておくことにする。しかし,公開したら後悔するかもなぁ。
新年度になったので,早速足りないパーツやらソフトやらを買いに行く。今日はAdobe Creative Suite 2とHDD2個など。早速インストールして見るも,結構面倒。Activationはしゃーないとしても,追加で入れなければならないものが結構いっぱいある。大体,こんなにプロデザイナー向けのソフトがてんこ盛りの代物,ワシみたいなデザイン音痴に使いこなせるのかしらん? ま,ぼちぼちやろう。
明日はいよいよ学生実験用のマシン群を再構築にかかる。まずはサーバマシンからインストールし直し。どうなることやら。
ぼちぼちやって寝ます。
筒井康隆「巨船ベラス・レトラス」文藝春秋
[ BK1 | Amazon ] ISBN 978-4-16-325690-0, \1143
なだいなだの「アルコール問答」を読んで以来,ワシはアルコール中毒という病気に興味を持つようになった。これは身近にそーゆー人がおらず,その被害にあったことがない上に,ワシが下戸であるため,罹りようもない病気であるが故に他人事として気楽に受け止めることが出来た,という無責任な事情があったためである。その後,某大学の某教授は完全にアル中で,ろくな講義も出来やしない(アル中でなくてもそんな大学教員はゴマンといるが(含ワシ)),という都市伝説らしき風聞を耳にしたり,アル中で入院経験のある中島らもや吾妻ひでおの作品を読んだり,小田嶋隆さんがそれに近い状態にあったらしいことを告白ったのを読んだりして,ああ,結構はまっちゃった人って多いんだなぁ,いうことを感じるようになった。
まあ,アル中になっちゃった原因というのは一概には言えないものだろうが,小田嶋・中島・吾妻の3人の書き手に関しては,彼らが書いたものを読む限りにおいては共通する性格的な因子があるように思えるのだ。
それは「八つ当たりエネルギー」の欠如である。
人間誰しも肉体的・精神的に攻撃されれば,大なり小なり防御態勢を取り,反撃を行ったりする本能を持っている・・・と思うのだが,どうもこの3人にはそれが薄いように感じる。多分,彼らは内省的なインテリであるため,自分が受けた攻撃に対して反射的に行動するより先に,頭であれこれ考えてしまうのであろう。そして,一定の合理的な結論が出るまで思考を続け,結果的に反撃をしないか,しても非常に弱いものになってしまうのではないだろうか。実際,ワシはこの3人の書いたものを読むと,時折,イライラしてしまうことがある。これはワシが全然内省的でない本能と脊髄反射だけから出来上がっているバカだからであろう。そーいや,一度,三島親父に「あんたは強いね」と言われたことがあるが,ありゃ褒め言葉じゃなくって,「あんたはバカだ」の同義語だったのだな。あ,また段々腹が立ってきた,今度どうしてくれよう・・・こういう反動的エネルギーに欠ける人が,なまじアルコール耐性を持っていると,いつの間にやら連続飲酒状態になるんだろうと想像している。
だから,怒りのエネルギーに満ち溢れている,常に頭から湯気が上がっている人というのは,高血圧でぶち切れることはあっても,アルコールに逃避したりする必要が全くないのだろう。なだいなだしかり(医者がアル中ではどうしようもないが),藤原正彦しかり,小林よしりんしかり,佐藤愛子しかり,小谷野敦しかり(下戸のせいもあるだろうが),そして我が筒井康隆もまたしかり,である。そして彼らは,高血圧の持病がない限り,憎まれっ子,ならぬ,怒りっ子として,元気に長生きするに違いないのである。そーいや,佐藤も筒井も70越えているんだよな,確か。それでもまだハイペースで新刊を出し続けているんだから,全く持って感心する。
その筒井の最新長編が本書である(やっと本題に入れた)。この小説が連載されている時から,これは「大いなる助走」の平成版だ,という下馬評をよく聞かされたものである。確かに,今の出版不況(出版点数が多すぎて,一冊当たりの平均販売部数が減っているだけの現象なんだが)と現代文学の迷走ぶりがテーマになっているから,同じく同人誌(といってもコミケのそれではなく,昔からの地方文芸誌)から文壇デビューした男を主人公にした前作と,似ているところはある。が,「助走」は後半,かなりミステリー仕立ての部分があるのに対し,本作は真面目に(著者なりに,だが)「現代日本文学の状況を鋭く衝」(単行本の帯のあおり文句)いているところが,文学論争や差別語論争をしてきた風格を漂わせるものになっている。
もちろん,さすが筒井だけあって読者を引き込ませる力量は健在であり,「銀齢の果て」と同様,章分割が皆無の連続性は,巨船というより長いジェットコースターに乗せられているような感覚にワシらを陥らせてくれる。現代文学とやらに全く疎いワシでも,「ああ,そーゆーことが問題になっているのか」と教えてくれる親切さも備えているから,普通にエンターテインメントとして楽しむことも可能である。
だが,「敵」もそうだし「銀齢の果て」もそうだし,本作もそうなのだが,やっぱり筒井も年を取っているんだなぁ,という感想は持ってしまった。これらの近作には,四十路代に大量に書き飛ばした(という言い方は,推敲に推敲を重ねる著者に対して失礼だけど)ドタバタ短編のような,突き放した鋭さが感じられないのだ。だから,結末を読んだ後に何かホノボノとしたものを覚えてしまう。それはもちろん良いことではあるんだが,これはやっぱり「老成」と呼ぶべきものなんだろうなぁ,と思ってしまうのである。
ま,肉体的にはまだまだ役者としても活躍できるようだし,足腰が立たなくなったら,芸能界のあれこれを語ってくれると予告しているし,根性の悪さも相変わらずである。高校生の時に全集を読破して以来,その魅力に取り付かれたワシとしては,是非ともこの反動的エネルギーを持続させて頂きたいと,切に願っているのである。
4/1(日) 掛川・晴時々曇
暖かくなったなー。桜も満開。これでもうちょっと雲が少なくて,風がなければゆっくり散歩したいところなのだが・・・。ま,これから午後に少しブラブラしようかと思ってはいる。
なにせ,論文完成が本日の日付を跨いでずれ込んでしまったモンだから,先週後半からずーっとディスプレイとにらめっこ状態だったのである。ワシの仕事は,同じ理系の学者先生から見ても相当異様に見えるらしく,ワシの兄弟子の仕事をよく知っている前の職場のボス曰く,「数字だらけのディスプレイを睨みながら,数字だらけのプリントアウトをてんこ盛りにしている」そうな。ま,近頃ではデータ量が半端でなく,今回出力したデータをテキストファイルにして圧縮しても60MBを越えてしまったぐらいであるから,プリントアウトなぞ不可能であるし,ディスプレイでチェックするにしても,2000桁×1024行×2列の数表なんぞ人間業では把握できねーから,出力データを加工するためのプログラムも書く羽目になったりしたのである。
でも久々に本格的な誤差の解析(つーても,先人の研究の後追いですがね)が出来て楽しかったなー。もっとも,文章の方はまだメタメタなので,これから4月下旬まで,一度頭から書き直した上で,5~6回は推敲する必要がある。今週は頭を冷却させて,来週以降に取りかかる予定。何とか投稿はできるでしょう,きっと。acceptされるかどーかは神ならぬ査読者次第ですがね。
と,自分の研究でドタバタしている最中,先日クソミソに意見をつけまくった論文の再査読依頼が来た。ざっと見ると,ほぼ完璧にワシの意見を採り入れており(つーか,そんなレベルの突っ込みを入れさせるなよ),問題なくacceptされる感じに仕上がっている。最初っからもう少し推敲してくれれば,査読者の意見も割れることなく通ったろうに。
でも,直し具合を見る限りは,やっぱりさすが天下の○大・○研究室の院生だけのことはあるよな,と感心する。偏差値ってやっぱり正しいなぁ,と思うと同時に,研究者を育てたいなら査読論文を書かせるしかないのだなぁ,と改めて思いました。はい。
ま,明日以降,時間を取ってじっくり読んだ後,レポートを書きます。しばしお待ちを>編集委員&投稿者
以前ここにも書いたが,ワシが今使っている電気釜は,大学に入学する時に,はるばる札幌から運ばれてきたものである。従って,えーと・・・もう20年近く使っていることになる。最近,さすがにガタが来たようで,飯を炊くと内釜の底にうっすらとお焦げができるようになってしまった。まあちょっと茶色くなる程度だし,飯が硬くなる程ではないのだが,もう寿命はそれほど長くなさそうな感じ。こうしてジワジワと電化製品と年を取っていくというのも,まあ,悪くはないかな。・・・はっ,仕事が一段落したせいか,「萌えるひとりもの」モードに入りかけてしまった。
毎年4/1恒例のImOpress うぉっち。スルー力ねぇ,ワシはまんまとスルーできずに引っかかっちゃったone of バカどもであるが,これって,渡辺淳一提唱の「鈍感力」より発想は早かったんだよねぇ? ほーんと,一流どころのソフト屋さんの発想センスって素敵。ワシみたいな川藤集合の要素人間とは考えるポイントが違うんだろう,きっと。
あ,今気が付いたのだが,スルー力って,嘘つきパラドックスに似ているよな。この発想の最源流は老人力なんだろうけど,半分ジョークになっている,というところは同じである。
今日も一日頑張ります。
3/29(木) 掛川・?
わーん,Hermite多項式のバカーっ。こんなクソめんどくせぇ性質,どこにも出てねーじゃねーかよ。って,1024次のゼロ点計算しようなんて酔狂な奴,今までは居なかったんだろうなぁ。あ,でもH松先生ならご存じかしらん? ・・・さーて,どうやってまとめよーかな。
ということで,明日はもう文章書きに入ります。
