夫婦者への注文(イチャモン?)

1.平日の昼飯を

コンビニ弁当で済ますな!

 夫婦者故に,一人で食う飯ぐらい好きにさせろ,というのかもしれないが,
何のために結婚したのだ!

と言いたい。朝飯・晩飯の残り物を詰め込んでくるだけでもかなりの節約になるはずだ。夫婦の老後生活をエンジョイするためにも
貯金しろ!年金は破綻している!

2.ひとりものがDLPプロジェクタだのDual Core PCだの車だの旅行だのと,派手に金を使いまくるのを
羨ましがるんじゃない!

 ひとりだから,せいぜいLOHAS(と言えるのか?)生活を楽しむしかすべがないから,金をパーッと使っているんじゃないか。
 二人なんだろ? 子供がいる家庭も多いんだろ? だったら金を使うんじゃなく,頭使って
家庭生活を楽しむ努力を惜しむな!

3.これはダンナへの注文だが,妻という女がいるにも拘らず
女のビキニグラビアに鼻長くしているんじゃない!

 まあ,これはまだかわいい。一番不可解なのは,結婚しているに関わらず
AV鑑賞を止められないダンナ

である。問い詰めると「それとこれとは違う」らしい。
不可解だ!

4.夫婦者に全般的にいえる事だが
もっと楽しそうに結婚生活を語れ!

 あまりお仲間が増えて欲しくないひとりものとしては,一つでも多くのカップルが成立すべく,既婚者による「結婚は楽しいぞ」アピールを是非とも活発に展開して欲しいと念願しているのだが,新婚にも拘らず,「どう?」と水を向けても「いやぁ・・・」と語尾が濁りやがる。こっちの立場に同情して言いづらいのかな,とも思ったのだが,どうもそうではなく,本当に「いろいろなこと」があって,すっぱり「楽しい!」と言い切れないようなのである。好きあった同士であったとはいえ,所詮は違う人生を歩んできた他人なのだから,ある程度は仕方がない面もあろうが,そこはそれ,嫌なところはぐっと我慢して,結婚のメリットや楽しさを強がりでもいいから,ワシみたいな「現状になんとなく居心地の悪さ」を覚えているひとりものに,
結婚はすばらしい!

という主張を語りこんでもらいたいものである。
5.ひとりものを一番結婚行動から逃避させるのは
熟年離婚

のニュースである。退職金が出た途端,離婚を切り出され,年金も半分貰って妻は独身生活をエンジョイし,ダンナは呆然として日々何も出来ずに引きこもる・・・。
 まあ,家事労働と子育てを一人で押し付けられて,ねぎらいの言葉もなく数十年も我慢していれば,独りになって清々したい,という気持ちも分からんではない。夫婦関係をコミュニケーション不全に陥らせたダンナにも大いに責任はあろう。しかし,傍からから見れば
何のために結婚したんだ!

と言いたくなる。働き盛りの頃の離婚とは全然シチュエーションが違うのである。そんなんだったら,
最初から一人で生きろ!

P.S. 256倍シリーズ,復活しないかなぁ・・・。

11/16(水) 掛川・晴(たぶん)

 朝から晩まで,途中数々の邪魔が入るのもものともせず,情報数学基礎のテキストをガンガン打ちまくる。午後6時過ぎには何とか60ページ近くの第0次原稿が出来上がる。しかしまだまだ,あと5~6回は手直しした上で,2~3回は推敲しないとな。元にした教科書とは様変わり,完全オリジナルな代物になってしまった。なるべく読み物らしく書き連ねたいのは山々だが,それをやると100ページあっても足りない。知っておいて欲しい定理や例題を簡潔に書こうとすると,味も素っ気もない「定義→定理→証明(今回は殆ど省いている)→例題→練習問題」という記述法が一番良いことが良く分かる。
 そもそも定理→証明という記述方法の原点は,「俺はこんなすごい定理を知っているんだぜー」という自慢をしてから,疑い深い向きに「何故だと思う? それはな,こうこうこうなって・・・」という解説を行うというところにあると勝手に想像している。だから,こういう記述方法をとる輩は全て「鼻っ柱の高い奴」の子孫であるということになる。
 それはともかく,,要点だけを抜書きしてしゃべるしかない短時間の講義では,このようなあっさりした記述の方が教師としてはありがたいのである。定理の効用(適用例)を説明して,そのありがたみをとくとごろうじてから,証明自体が「うまい説明」になっているものだけを紹介することができるからである。「情報数学基礎」は,一年生のうちに知っておいて欲しい事柄をなるたけ詰め込みつつそれでいて丁寧に説明する必要がある科目なので,「教師の説明は丁寧に,教科書はできるだけシンプルに要点のみ」という方がいい・・・と判断しているんだけどなぁ,どーなんでげしょ?>学生諸君
 風呂入って寝・・・ようとしていたところで,「トリビアの泉」を見ていたら,掛川花鳥園の飼育課長さんが出演していた。ワシは一度,あそこに友人を連れて行き,恐怖のどん底に陥れたことがある。ヒッチコックの「鳥」を体験したい方にはお勧めのスポットなので,トリビアの泉の視聴者は是非ともご来場いただき,たんまり税金を落としていって頂きたいものである。
 今度こそ寝ます。

11/15(火) 掛川・曇

 朝出勤する時には曇り空だったが,帰宅時には見事な満月が秋空に浮かんでいた。空気がだんだん澄んでいくにつれて気温も下がり,冬が近づいてくるのであるなぁ。そーいや,お茶畑にもチラホラと白い花が咲くようになってきた。これも冬の情景の一つである。遠州に来るまではお茶の木に花が咲くなんてイメージはなかったもんな。太平洋側の冬は雪も降らず,過ごしやすくてありがたい。
 本日はサーヤ様ご成婚のニュース一色である。NHKでも披露宴の献立や都知事のスピーチを報道する始末。まあおめでたいのは確かだが,暫くは静かな新婚生活は望めまい。立場が立場なので仕方がないが,ちと気の毒ではある。
 来月早々にワシは久々に実家へ戻るが,この影響で,最近煩く言わなくなった両親の反応が変わっているのが怖い。法事なので,集まってくる親戚からもあれこれ言われるんだろうなぁ。さっさと帰ってこよっと。
 キャリアデザインについての記事(ジョブサーチ・読売新聞)。ふーん,キャリアシートってのはこんなのか。参考にはなるが,さて,キャリア教育の成果はいかほどなのかなぁ。誰それが一流企業に就職した,なんて話を聞かされても仕方がない。統計的に有意な効果があったって話を聞きたいものである。ま,大学生活の中で就職を意識させることが必要なのは首肯するけどね。
 真面目に仕事しだすとここの更新が止まってしまう。今日もあれこれと学生個人指導。K君の頑張りで,情報数学基礎のテキストは何とか完成できそうである。教科書は使ったものの,原形を留めない改変ぶり。もうオリジナル作品である。明日中にばたばたとまとめて目処をつけてしまおう。
 うわーっ,Poster Sessionに受かっちゃった。って,あんた,ホントに審査しているのか? というほどズサンかつ中途半端な原稿送ったのに・・・多分,審査してねーな。まあいいや。
 ということで,FCS2005とやらに参加することになる。もー,今週から12/13(火)まで毎週出張が決定。死ぬ,絶対に死ぬ。久々に十二指腸に穴があく~。
 別のお仕事を終わらせてから寝ます。

本田透「萌える男」ちくま新書

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-480-06271-8, \700

萌える男
萌える男

posted with 簡単リンクくん at 2005.11.12
本田 透著
筑摩書房 (2005.11)
通常24時間以内に発送します。

 ふーん・・・と感心するところの多い分析が随所に見られるが,最終的には本書で提示されている「萌える人生賛歌」には全く同意できなかった。
 決定的だったのは,著者自身が「萌え尽きる人生」を全うする気がなく,自分はそのうち社会的ステータスを上げて恋愛して結婚してしまうかもしれないが,萌える人生そのものは社会として認知し,推奨しましょう,と主張している次の個所にぶち当たったことである。
 「僕はよく『萌えるとかモテナイとか言うけど,もしモテたらどうするんだ』『本が売れたらモテるのではないか』などと言われるのだが,僕は僕個人が『恋愛資本主義』的な価値体系の中で首尾よく自分の商品価値を上げてモテました,めでたしめでたし,というふうには考えていない。これは僕個人の問題ではなく,社会全体の問題なのだ。
 恋愛とは個人の問題ではない。社会問題である。」(P.166)
 いや,「結婚」は社会問題ですが,「恋愛」はやっぱり個人の問題でしょうよ。ま,それはともかく。
 申し訳ないが,ワシはごく普通(異論があるかも知れぬ)の常識人なので,自分が出来もしないことを他人(この場合は社会だが)に軽く押し付けるような言説を信用することはできない。オウム真理教事件を経験した日本社会としても,そのような覚悟のない「萌える人生教祖」においそれと若者が追随するのを容赦するべきではない。結局,あの教祖は批判能力のない若者をかどわかして食い物にしただけであるが,本田透も,「俺は萌えて尽きるしかないのかなぁ」と消沈している奴を,「そのまま萌えて行きなさい」と優しく諭すことで自身の論を彼らのバイブルとし,自分の著作を買わせ続けるための市場を作ろうとしているだけなのではないか,と思えて仕方がないのである。
 現実との折り合いのつけ方は人それぞれで,趣味や仕事に走ることで,恋愛や結婚から「降りる」というのも選択肢の一つではあろう。しかし,現実社会で広く認知されている「人はある一定の年齢以上になったら結婚すべきである」という常識を,キモいだのウザいだの言われたからといって,そう易々と放棄して良いものだろうか。常識ってのは,疑ってみることも,実践してみることも,そしてそれをやり続けることも必要なものなのである。
 まあねぇ,面倒なことも多いけど,ほんと,生身の女性ってのはいいもんですよ,振られてもさ,ということだけは「萌えるひとりもの」の先達として,後輩の方々にお伝えしておきたい。・・・ちっ,思い出しちゃった(泣)。本田透のスカタンのせいだな。今日は一日,「帰ってきたもてない男」小谷野先生と一緒に泣き暮らし,明日からは気分を変えてまたチャレンジしよーっと。

11/10(木) 掛川・?

 風邪が長引いている。ううずるずる。ここんとこ鬱っぽい状態が続いていたが,風邪のため不調に拍車が掛かっている。こういう状態の時には自殺衝動ぐらい出ても良さそうなもんなのだが,食欲だけは全く落ちないせいか,全然「死ぬ」という選択肢が浮かんで来ないのである。純文学から縁遠いのはそのせいか。筒井康隆も純文の一種だと思ってたんだけど,あれは別種と考えるべきなんだろうな。
 ちょっと元気が出たので,Tutorialの増補案を練る。次年度からゼミで使うテキストにしようとしているのである。困ったことに,ワシの興味のある計算をしようにも,それに相応しい和書が全然ない。多倍長計算に限っても,扱っている本はかなり限られる。ましてやPthreadやMPIについても記述されているものなんて皆無である。仕方がないから現状のものに増補してテキストにしてしまおうという魂胆である。どなたかこの分野の第一人者に書いて欲しいもんだが,そーゆー方々は英語の論文を書くのに忙しくて,パンピーは相手にしていられないのが現状である。というわけで,ボチボチ執筆していく予定。2年もほったらかしだったもんな。何とかせにゃ。
本田透「萌える男」ちくま新書 本田透の「萌える男」が出たので早速読んでいる・・・う~ん,間違ってるよなぁ,という思いが沸々と込み上げてくる。大体だな,「思い起こせば,同年代の独身女性と一緒にいて心が癒されたという記憶がまったくない。『喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな!』的な厳しいチェックの視線にさらされ,オタク趣味を咎められ,金を稼げと叱咤され,果ては役にも立たない陳腐な人生論を長々と説教され・・・という経験を十数年も積み重ねてくると,「恐ろしい」という感情ばかりが蓄積されていく」(P.47)・・・って,あんた一体どーゆー女と付き合ってきたんだと言いたくなる。それはホントに女か? 団塊世代のオヤジじゃねーの? そーゆー特異な恋愛(?)経験のルサンチマンで論をごり押しされたらたまんねーぞ。
 まとまった反論は,多分,「萌えるひとりもの」氏がやってくれるだろうから。ワシはこれ以降,本書に関しては無視を決め込むことにする。
 それよか,小林信彦の「テレビの黄金時代」の方が純粋に楽しめそうだ。しかしこれは後のお楽しみとして取っておこうっと。
 寝ます。