May 4, 2010

上野健爾「数学の視点」東京図書,E.Artin(アルティン)/寺田文行・訳「ガロア理論入門」ちくま学芸文庫

[ Amazon ] ISBN 978-4-480-09283-0, \1200, E.Artin「ガロア理論入門」
[ Amazon ] ISBN 978-4-489-02057-9, \1800, 上野健爾「数学の視点」

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 現代の代数学は抽象度の高い難解な学問(への入り口)として,理工系,特にガシャガシャ解析的計算にかまけていたい向きには忌避されがちなものに成り下がってしまっている。逆に,離散的構造には慣れっこになっている情報系の人間にとっては,剰余類が代数系になっているとか,多項式が体(field)の上に成立する代数系になっているという程度の現代代数学の知識は当然知っていないとヤバいものである。だもんで,一口に理系と言っても,「代数学」って奴を知らずに済ませられる分野と,必須知識になっちゃっている分野でかっきり分かれてしまっているように思われる。・・・いや,知らずに済ませたい人と,知らずにはいられない人に分かれる,と言った方が良いのかな。何せ,思想的史には重要な「構造主義」の原点になったのが,現代の抽象度の上がった代数学における「構造」のとらえ方なのである。寄せ集めの大量の要素からなる「集合」を漠然と眺めるだけでは飽きたらず,そこに寄せ集めの「構造」を知りたい,知ったことで要素の扱い方も見えてくるだろうと知った好奇心旺盛なインテリ人たちがこぞって構造主義→現代代数学に向き合うことになったのは当然の流れであった。
 しかし・・・この「構造」を主軸に据えた代数学を勉強するのは結構大変だ。何せ,高校までの「計算=数学」としか思っていない大多数の馬鹿ども(かつてのワシも含む)にとっては思考のコペルニクス的転換を図らねば,理解の土台にすらたどり着けない代物なのである。ワシの経験では,大学学部時代にはさっぱり理解できず(まぁ,定期試験をクリアするぐらいの丸暗記的「知識」はついたけど),自分で教えるようになってから改めて勉強し直して「あ,な~るほど」と膝を打っているという有様である。計算とか具体例とかから個別の概念の積み上げによって下から高みに登っていくのが解析学系統の数学だとすれば,抽象的=一般的な概念を提示して「上から」具体例を捕捉していくように知識の整理をしていくのが「現代の」代数学系統の数学ということになる。高校・大学学部教養レベルではそもそも整理するほどの数学知識がないので,まずは増やすことに専念する必要があるから前者のようなやり方が相応しいが,学んだ知識を整理して体系化し,新たに登場する未知の事象に向き合っていこうとすると,どこかの時点で後者のやり方も学んでおく必要がある。汎用性の高い「考え方」を血肉にするには,一度ぐらいはちんぷんかんぷんの森を彷徨わねばならないのである。

 「現代」の代数学がこのように抽象的な「構造」を扱うようになったのは,もともと「代数」ってのが計算操作そのものを指していた時代にぶつかった難問の解決にそれが不可欠だったからである。その難問とは「5次以上の代数方程式の解の公式を見つけること」であった。

 結論から先に言うと,有理数べき乗と四則演算を有限回適用するだけでは5次以上の代数方程式の解の公式は得られない。4次代数方程式までは存在する「解の公式」が5次になってしまうと途端に見えなくなってしまう。16世紀に4次まで解けたものが,100年以上も試行錯誤して5次方程式が解けないまま停滞していたのだ。結局,19世紀初めにアーベルとガロアが登場してようやく5次以上になると「解の公式が存在しない」という結論を得る。
 ・・・が,問題はこの先である。
 結論は得られたものの,それをすっきりわかりやすく提示するための体系,すなわち「ガロア理論」がきれいに整うのは20世紀に入ってからである。そして整った体系は,方程式を解く計算手法を解説したかつての代数学を根底から変えてしまい,代数系(algebraic system)だの群(group)だの環(ring)だの体(field)だのという,方程式とその解が依って立つ抽象的な「構造」を説く「現代の代数学」になってしまったのである。それをコンパクトにまとめたのがE.Artin(アルティン)の「ガロア理論入門」である。・・・あ~,いつも以上に前置きが長くてすまん。

 「入門」という名前になっているが,原題には入門の文字はない。一応,学生向けの講義をまとめたものに基づいて1959年に原書が出版されているから,わかりやすい「筋立て」ではあるものの,れっきとしたガロア理論の解説書であり,「やさしい」と言えるかどうかは疑問だ。ましてやワシも含めて数学知識はかつてのエリート学生に比べて格段に落ちるから,そもそもアルティンが前提としている複素関数の基礎知識も怪しい。従って,これを理解しながら読み通すには,別の参考書が必要になりそうである。

 つーことで,アルティンの本を読み通すために,座右に置いておくのが相応しい参考書が上野健爾の「数学の視点」である。・・・しかしさぁ,これ,本のタイトル,ちゃんと考えて出したのか?と文句をぶーぶー言いたくなる。帯に「ガロワ(ガロア)理論」って書いてあるから内容が類推できたけど,「数学の視点」じゃぁ・・・アルティン本の知識を補ってくれる具体例満載の参考書だってことがさっぱりわからん。まぁ,線形代数やら複素解析やら代数系やら・・・解析学的な具体的知識の積み上げの末に,ガロア理論ができあがってきたというバックグラウンドを解説するのが目的だから,そこに見えてくるたくさんの「数学の視点」を提示したのだ,ってことなのかもしれないが,せめて副題にはガロアの文字が欲しいよね~・・・というのがワシの意見。

 矢野健太郎の「角の三等分」の議論は,この2冊の本で語られている理論体系に包含されるものなので,ヤノケン本では物足りない,食い足りないと思った人は,是非,アルティン本を追いかけつつ,上野本の助力を受けて是非とも「5次以上の解の公式が存在しない」ことを結論づけてしまった現代代数学の体系,ガロア理論を学んでいただきたい・・・ってエラそーに言っているワシも,これから学ぼうとする素人の一人に過ぎないのであるが。

Posted by tkouya at May 4, 2010 11:37 PM