津野海太郎「最後の読書」新潮社

津野海太郎「最後の読書」新潮社

[ Amazon ] ISBN 978-4-10-318533-8, \1900+TAX

 齢50近くなると読みたい本の大半が「著者指名買い」で占められてしまって,購入に迷いというものが無くなりつつある。それなりに読書経験を積んできているから,自分の嗜好に合う本の傾向が固定化され,ついには「この著者の本を見かけたら即買い」するだけで月々の書籍代が尽きてしまうのである。マンガならとり・みき,ゆうきまさみ,速水螺旋人,みなもと太郎,吉本浩二,シギサワカヤ,・・・切りがないから止めるけど,エッセイストなら津野海太郎が筆頭に来る。ここでも散々ネタにしてきたので,入れ込みっぷりはそちらをご覧頂くとして,ワシが一番気に入っているのは,津野の達観というか俯瞰というか,自身の立ち位置を慎重に確認しながら書き進んでいく老成した文章スタイルなのである。

 津野自身は齢80歳,老成は当然・・・なのであるけれど,ワシが一番入れ込んで読んだ「歩くひとりもの」の時点で既にこの文章スタイルは確立されていたから,50歳代にはもう老成が完遂していた感がある。本書のタイトル「最後の読書」は,自身の年齢からして,長年続けてきた読書も「最後」かなぁという達観に由来するものである訳だが,老成的な物言いは今に始まったことではなく,年と共にできなくなることは増えつつあっても,できる範囲でやってきましょうという老師的物言いは,ワシみたいな年寄りの序の口に立ったばかりの人間にある種の安心感を与えてくれるのである。

 例えば,冒頭の鶴見俊輔の最晩年の「知的活動」について述べた文章は,悲しみよりも希望を感じさせてくれる前向きなものだ。病魔に冒された結果,声も手も動かなくなった鶴見だが,アウトプットはできなくなっても,読書というインプットは最後の最期まで行っていた,という記述に込められた希望的結論「鶴見さんも半睡半醒のまま笑っていたんじゃないかな」(P.18)は,単なる津野自信の勝手な思い込みではない。アウトプットができる時につけていた鶴見のメモ「もうろく帳」の記述に基づく実証的なものなのである。京都の良心的な書肆がまとめた「もうろく帳」を繰りながら,ははぁ・・・なるほど・・・こうかな・・・どうかな・・・そうか,なんて考えなら思考を繋げていく,その過程を読者に開陳しながら説得力と同時に希望を運んでくれるんだから,名人芸だなとため息が出てしまう。

 紀田順一郎の蔵書一括処分についての記述は,紀田に同情しつつも,まぁ年なんだし仕方ないんじゃないの,という恬淡としたもので,「紀田さんは三万冊の蔵書をなんとかみごとに処分してのけた。八十歳でも,やろうと思えばやれる。そのことを身をもって証明したといってもいい。その意味で紀田さん,あなたは大量の蔵書に悩む人びとやその家族にとっての老英雄なのですよ。」(P.107)となる。電子書籍がその福音となるべきところ,それも期待できないという現状ではねえ・・・と,津野の文章は続いていくのだが,この辺の感想については,既にマンガや専門書をKindleで140冊買っているワシは少し異なる。とはいえ,その年齢層なりの達観なのであろうということはワシも同意するのである。

 老人の賭場口に立つワシとしては,現状でもかなり物忘れや流行への対応能力の欠如に嫌気が差しつつあるのだけれど,本書に収められた文章に示される津野のゆったりした構えを見習えば,老いぼれたとて,そんなに悲惨なもんでもないのかもなぁと少し安心するのである。読み応えのある堅い本を読みこなせなくなる代わりに,ゆったりしたペースで古典に親しむことができる,というメリットも示されており,2008年に和光大学を七十歳で定年退職した時に「出版であろうと大学であろうと,他人といっしょにやる仕事はもういいだろうと,心底,そう思った」(P.99)今後の著作を楽しみにして「著者指名買い」していきたいと思っているのである。

 2018年にお世話になった方々に厚く御礼申し上げます。来年もよろしくお願い致します

シギサワカヤ「魔法少女は死亡する」白泉社


シギサワカヤ「魔法少女は死亡する」白泉社 [ Amazon ] ISBN 978-4-592-71144-5, \750+TAX

[ Amazon ] ISBN 978-4-592-71144-5, \750+TAX

 タイトルと,ちょっと無理した萌えを彷彿とさせる表紙絵から,トンチキで楽しげなお気楽ファンタジーコメディを想像させるマンガ単行本であるが,内実はまるっきり逆。リアルで痛々しくて切ない小説家崩れのアニメシナリオライター・杉並七生(3X歳)の愛らしい生き様を描いた一冊長編大河ドラマなのである。

 本書収録作品は,紙媒体と同程度の作品数・ページ数をWebで期間限定無料公開している白泉社の個人編集マンガムック「楽園」サイトに掲載されていたもので,ワシも欠かさず読んでいた。トンチキなタイトルと同名のオリジナルアニメ作品を,才能はあるが女癖の悪そうなアニメ監督・中野柊司に振り回されつつ,主人公・杉並が執筆するというのがストーリーの主軸の作品であるが,そこに絡む杉並のプライベートライフのトラブルが燃料となってぶっ飛んだエネルギーを読者に与えてくれるだけでなく,世間ずれしてやさぐれた中年にはシミジミ考えさせる夫婦関係のあれこれを提供してくれるのである。恋愛感情と性欲と社会(会社)生活が絡んだメンドクサイ人生って奴を突きつけてくるのがシギサワ作品の特徴であるが,本作はそれをコンパクトに一冊に詰め込みつつ,アナーキスト的情念を込めてコメディチックに描写しているのである。萌え萌えのパロディみたいなエロ表紙絵はこの訳の分からんエネルギーの産物なのであろう。

 一言で言って,杉並の旦那は酷い奴である。外資系の企業に勤めてそこそこ高給取りであるせいか金遣いが荒く,マンションの諸経費やクレジットカードの支払いを杉並に「よろしくー」と簡単に押しつけてくるし,管理組合の仕事も家事も任せっぱなし。杉並が仕事場と称して別の賃貸物件を確保し,実質的に別居状態になるのも無理はない・・・のだが,こんな酷い男でも,夫婦関係のやり直しを模索している辺りがイジマシイ。ああもう全くワシは嫁にしたいナンバーワンなのであるが,多分,堅実で浮気はしないが面白味のないワシみたいなサラリーマンを,この女は絶対に選ばない。仕事関係に思いっきりプライベートとを持ち込み,次々にスタッフに手を出す中野監督のような,野性味のあるオスにフェロモンを感じるのが杉並の不幸でもあり,生きる源泉でもあるのだ。これは所謂「人間の業(ごう)」というものなのであり,抗いようのない運命なのである。

 そういう「ダメンズ」を選んでしまう杉並であるが,トラブルがエネルギーとなる力強さがあり,しかも妙に世間ずれしたオヤジ臭い説教メッセージを自作にぶつけてくるのである。それが仇となってライトノベル小説家としてデビュー後は鳴かず飛ばずとなるが,ジタバタしてたところを妙な作品が好きな中野監督に見いだされてシナリオライターとしてスカウトされるという辺り,クリエイター共通の人間的厄介さと,ギャンブル的な世渡りの面白さを同時に語っていて,シギサワカヤ独特のストーリーテリングにワシはすっかり魅了されてしまった。図らずも(?)コメディっぽくなっているのは,杉並の人間力の力強さが「まぁ多少のことは乗り越えるよな」という安心感を与えてくれるため,どんな酷いイベントが発生しても不器用な乗り越えっぷりがユーモアを醸してしまうという所に起因しているのである。これが多少なりとも弱っちぃ輩だと,奈落の底に落ちたまま,悲惨極まりないお話になってしまうであろう。たとえ夫婦関係が破綻したとしても,杉並のようなタフさがあれば,一晩泣き明かした後はすっきりして自分の仕事に邁進するに違いないのである。

 長い人生においては,どうしてもプライベートライフの波風が,社会人生活を脅かすことが複数回は起きるものである。糸井重里の名コピー「おちこんだりもしたけれど、わたしは元気です。」は,降りかかるトラブルを真正面から感情的に受け止めることでしか,感情的に解消させることはできない,とワシは解釈している。怒りを感じたら怒り,笑いたい時には笑い,泣きたい時には泣き,寂しくなったら寄り添う相手を求めて甘える・・・という,このプライベートな感情的な波を,社会の一員として過ごすためのスタビライザーとして使いこなす。それを一生かけて試していくのが人生というものなのであろう。

 ・・・なんて大上段に構えなくてもすんなり入れる(冒頭は特に)取っ付きやすい作品なので,シギサワカヤの描く「 恋愛感情と性欲と社会(会社)生活が絡んだ 厄介さ」の虜になっているベテラン読者はモチロン,シギサワカヤを知らない方にもお勧めする次第である。

12/23(日・祝) 駿府・曇時々雨

 曇りだが午後からは徐々に晴れ間が出るという予報であったが,昼飯を食いに出かけた後,結構は雨降りに。その後は確かに太陽が顔を出したので,タイミング他少しずれた程度で当たっていたということになる。さほど寒くもなく,さりとて暖かいわけでもない,ちょっと体に優しい冬という感じ。今週末には強い冬型になり,寒波がシベリアから降りてくるとのことなので,年の瀬はどこにも行かずに神さんのご実家と自宅との往復程度で済ませることにしよう。

 昨日は毎年恒例の大師匠の所へご挨拶。

毎回ご一緒にディナーを取っていた中華レストランが来年1月末で閉店とのこと。良いタイミングで訪問できて良かった。ワシがDr.取りしている時からご厄介になっていたので,かれこれ20年以上通っていたことになるし,大師匠に至ってはこちらに移り住んで以来のお付き合いのある愛着のある店であった。堅焼き焼きそばが普通に出てくる店ってそんなにないのよね。来年は別の店を探せねば。

 つーことで,30ページ書き足して「多倍長数値計算入門(仮)」Ver.0.1がやっと上がった。

書いてますという存在証明代わりの表紙画像 Ver.0.1

 材料は全部ぶち込んだので,これに書き足し書き足ししていけば来年3月までには完成することは間違いないが,ページ数が・・・まぁこれ一冊でGNU MPとMPFRとQDのC/C++プログラミングが完璧にできるという本にするならそんくらいは勘弁してもらわんといかんわな。つーかそうなるとAPIの一覧が載る付録の方が分厚くなりそう。それが不要なようにGNU MPMPFRQDもマニュアル翻訳してあるんだけどね。草稿は送ってあるので,この方向で完成校作っちゃっていいかどうか,お返事よろしく。>Fさん

 本日は冬のごちそう第2弾を食いに神さんとココイチへ。スープカレーを堪能した。

食う前の写真撮るの忘れたので完食記念写真

 スープカレーは特段冬の食い物ではないはずなのだが,発祥が札幌なので冬のイメージが強いせいでこの時期に出すようになった・・・と理解している。ワシはココイチのポークカレーベースに淫しているので,生半可な札幌発祥を謳う店のものよりココイチの方を愛する者である。来年もう一度食って冬じまいをしたいものである。

 世間は三連休と浮かれているが,土曜日は10月の台風休講の補講日だったし,明日月曜日は普通の講義日。そうでもしないと月曜日に15回の講義日を用意できんから仕方ないのであるけれど,さすがに国民の祝日を休まないのは非国民であるとの認識が浸透しつつあるのか,講義時間を90分から100分に延ばして講義回数を15回から14回に減らすという大学もポツポツ現れている。文科省がうるさく言うのは講義時間の確保であって回数ではないのだから,という理屈。

 教育は手抜きせずに手厚く学生をサポートせにゃならんし,研究活動やらんのなら講義も持たせられんというご時世だし,そのくせ書類はきっちり用意しておけというのだから,いろいろ工夫しなきゃならんというのは理解する。次年度以降の準備を今から考えておかんとなぁ。

 さて,明日からプログラミング三昧だ。ぷちめる時間は取れるかしらん? 結構面白い本が立て続けに出ているので,メモ程度でも書き残しておきたいからなぁ。

 本日はゆっくり過ごして寝ます。

12/15(土) 駿府・晴

 冬なのに夏日になったりとめまぐるしく気温が変化してきたが,今週はようやく寒気が定着したようで,朝晩はコートの裏地がないと辛くなってきた。クリスマスや正月は普通の寒さになりそうである。年のせいか,変化に弱い体質になってきたので,冬は普通に寒くなって欲しいものである。

 ・・・というように,日本人の日記は必ず天気の記述から入るのだが,これは俳諧に繋がる発想なんだということを,古本屋で入手した紀田順一郎「日記の虚実」で理解した。俳人ぶるつもりはないけれど,自然の一部として生きているという実感を得るのは良いことだし,これからもワシはまず天気の感想から入ることにしよう。

 つーことで,「多倍長数値計算入門(仮)」は最初から書き直しのフェーズに入って+20ページ。最後の最後で第8章の論文コピペ部分がどーにもおサマランので全面的に書き直すことになり,書き直すとなると記述の裏付けとなるプログラムを書かなきゃいけなくなるので,昨日はMPFRのマニュアルにあるNewton法のサンプルとを一般化するプログラムを書きつつ,C++で型変換ルーチンを整備した。混合制度反復改良法をきちんと書こうとすると道具立てが必要になって面倒くさいことこの上ない。まぁ「MAPACK使え」「exflib使え」「BNCpack使え」で済ませればいいのかも知らんけど,ベース部分のMPFR/GMP, QDの上物についてはコンパイラ言語じゃなくてJuliaやPythonやMATLABでいいじゃね?っつー雰囲気もあるしで,ここは,既存ライブラリや動的言語みたいな飛び道具使わずに地に足のついた記述を心がけたいものである。

 つーことで今週末には脱稿してFさんに原稿送付,今年の仕事に人区切るつけることにする。少ない脳細胞しかない頭をフルにつかって仕事できるのも3月までだろうしなぁ。しかも1月からは新規のプログラミングのお仕事が入るかもだし,頑張って書き書きしましょう。

 今日は鋭気つけて明日からまた頑張ります。

12/7(金) 駿府・?

 ふひ~,「多倍長数値計算入門(仮)」,何とか予定通り9章を埋めた。まだ未確定のところが多いが,材料は揃ったのでひとまず終了。次週は頭から読み直して,書き直し,書き足し作業を行う。遠慮なく書いてたら現時点でA4ぎっちりレイアウトで本文115ページ。最終的には150ページぐらいまで増えるかも・・・ってことはA5だと200ページ超えるかなぁ。ちと心配になってきた。

 明日は10月の台風休講分の補講日で出勤。教員よりも学生の方ががっくり来るかもなぁ。ワシらが大学生の時はこんなきっちり補講したことなんてなかったし,台風来週で休講になったこともなかったな。ま,これも時代という奴である。

 ありゃ,いつの間にやらWordPressが5.0になっている。データベースの構造も変わっちゃったようだが,どこまで自前サーバでメンテナンスしていけるやら。

 早々に帰って明日に備えて寝ます。