シギサワカヤ「魔法少女は死亡する」白泉社


シギサワカヤ「魔法少女は死亡する」白泉社 [ Amazon ] ISBN 978-4-592-71144-5, \750+TAX

[ Amazon ] ISBN 978-4-592-71144-5, \750+TAX

 タイトルと,ちょっと無理した萌えを彷彿とさせる表紙絵から,トンチキで楽しげなお気楽ファンタジーコメディを想像させるマンガ単行本であるが,内実はまるっきり逆。リアルで痛々しくて切ない小説家崩れのアニメシナリオライター・杉並七生(3X歳)の愛らしい生き様を描いた一冊長編大河ドラマなのである。

 本書収録作品は,紙媒体と同程度の作品数・ページ数をWebで期間限定無料公開している白泉社の個人編集マンガムック「楽園」サイトに掲載されていたもので,ワシも欠かさず読んでいた。トンチキなタイトルと同名のオリジナルアニメ作品を,才能はあるが女癖の悪そうなアニメ監督・中野柊司に振り回されつつ,主人公・杉並が執筆するというのがストーリーの主軸の作品であるが,そこに絡む杉並のプライベートライフのトラブルが燃料となってぶっ飛んだエネルギーを読者に与えてくれるだけでなく,世間ずれしてやさぐれた中年にはシミジミ考えさせる夫婦関係のあれこれを提供してくれるのである。恋愛感情と性欲と社会(会社)生活が絡んだメンドクサイ人生って奴を突きつけてくるのがシギサワ作品の特徴であるが,本作はそれをコンパクトに一冊に詰め込みつつ,アナーキスト的情念を込めてコメディチックに描写しているのである。萌え萌えのパロディみたいなエロ表紙絵はこの訳の分からんエネルギーの産物なのであろう。

 一言で言って,杉並の旦那は酷い奴である。外資系の企業に勤めてそこそこ高給取りであるせいか金遣いが荒く,マンションの諸経費やクレジットカードの支払いを杉並に「よろしくー」と簡単に押しつけてくるし,管理組合の仕事も家事も任せっぱなし。杉並が仕事場と称して別の賃貸物件を確保し,実質的に別居状態になるのも無理はない・・・のだが,こんな酷い男でも,夫婦関係のやり直しを模索している辺りがイジマシイ。ああもう全くワシは嫁にしたいナンバーワンなのであるが,多分,堅実で浮気はしないが面白味のないワシみたいなサラリーマンを,この女は絶対に選ばない。仕事関係に思いっきりプライベートとを持ち込み,次々にスタッフに手を出す中野監督のような,野性味のあるオスにフェロモンを感じるのが杉並の不幸でもあり,生きる源泉でもあるのだ。これは所謂「人間の業(ごう)」というものなのであり,抗いようのない運命なのである。

 そういう「ダメンズ」を選んでしまう杉並であるが,トラブルがエネルギーとなる力強さがあり,しかも妙に世間ずれしたオヤジ臭い説教メッセージを自作にぶつけてくるのである。それが仇となってライトノベル小説家としてデビュー後は鳴かず飛ばずとなるが,ジタバタしてたところを妙な作品が好きな中野監督に見いだされてシナリオライターとしてスカウトされるという辺り,クリエイター共通の人間的厄介さと,ギャンブル的な世渡りの面白さを同時に語っていて,シギサワカヤ独特のストーリーテリングにワシはすっかり魅了されてしまった。図らずも(?)コメディっぽくなっているのは,杉並の人間力の力強さが「まぁ多少のことは乗り越えるよな」という安心感を与えてくれるため,どんな酷いイベントが発生しても不器用な乗り越えっぷりがユーモアを醸してしまうという所に起因しているのである。これが多少なりとも弱っちぃ輩だと,奈落の底に落ちたまま,悲惨極まりないお話になってしまうであろう。たとえ夫婦関係が破綻したとしても,杉並のようなタフさがあれば,一晩泣き明かした後はすっきりして自分の仕事に邁進するに違いないのである。

 長い人生においては,どうしてもプライベートライフの波風が,社会人生活を脅かすことが複数回は起きるものである。糸井重里の名コピー「おちこんだりもしたけれど、わたしは元気です。」は,降りかかるトラブルを真正面から感情的に受け止めることでしか,感情的に解消させることはできない,とワシは解釈している。怒りを感じたら怒り,笑いたい時には笑い,泣きたい時には泣き,寂しくなったら寄り添う相手を求めて甘える・・・という,このプライベートな感情的な波を,社会の一員として過ごすためのスタビライザーとして使いこなす。それを一生かけて試していくのが人生というものなのであろう。

 ・・・なんて大上段に構えなくてもすんなり入れる(冒頭は特に)取っ付きやすい作品なので,シギサワカヤの描く「 恋愛感情と性欲と社会(会社)生活が絡んだ 厄介さ」の虜になっているベテラン読者はモチロン,シギサワカヤを知らない方にもお勧めする次第である。