ゆうきまさみ「新九郎、奔る!」22巻,小学館

ゆうきまさみ「新九郎、奔る!」22巻,小学館

[ Amazon ] ISBN 978-4-09-86385704, \750+TAX

 2026年4月25日(土)から同年6月7日(日)まで,静岡市歴史博物館にて没後500年を記念して「戦国大名 今川氏親」企画展を催している。連載中の作品の主要人物である「龍王丸(氏親の幼名)」が展示の主ということもあって,著者も訪れたようである。本作品を愛読しているワシも会期終了2週前に400円支払って神さん共々身銭払って見てきたわけだが,なるほど料金に相応しい分量の見ごたえがある展示であり,まだ元服前で未だに虫取りに興じている龍王丸の立派な業績を知り,「(母親・北川殿と叔父・伊勢新九郎盛時の助力があってのことであれど)ご立派になられて」と感慨に耽ったのであった。
 今川氏というと,氏親の息子・義元が桶狭間で織田信長に首を取られた貴族まがいの間抜けという印象がいまだに根強いようだが,氏親の時代に駿府から遠江まで,つまり伊豆半島を除く,今の静岡県を版図とする大身の戦国大名になり,義元時代には氏親時代に足がかりを作っていた三河から尾張に進出するまでに至ったのだから,なかなかのご一家だったのである。とはいえ桶狭間の前からしばしば当主が不慮の死を遂げる癖があり,氏親の父親・義忠しかり,氏親の長男・氏輝は家督を継いで間もなくよく分からん死に方をするし,義元しかり。戦国大名あるあるなのかもしれんが,にしても,まとまりに欠けるところは否めない。その点,本作の主人公・新九郎が創始した北条5代は割とスムーズに本家の継承が行われ,伊豆半島を根城に,ごたごた続きだった関東一円を納めるに至った訳で,後ろ盾の今川家や,もっとゴタゴタ続きの足利将軍家の威光を笠にしたとはいえ,反面教師的にも学習した結果としか思えんのである。

 作家がベテラン期以降になると時代小説を書くようになるという傾向があるが,ゆうきまさみがその路線を踏むとは思わなかった。とはいえ,パトレイバー以降はちょっと厳しいかなという感じがあり,もちろん少年誌から青年誌に移ったことも影響しているとは思うが,程の良い作品ではあるものの,ごっつり骨太のストーリーを堪能できる作品が,少なくともワシ的には無かったのである。もちろん,一定レベル以上に面白いから一定数以上の読者は付いてくるだろうし,短めの連載か読み切り主体の作品でボチボチやっていくのかなと思っていたところに本作がドッカーンとやってきたのであるからビックらこいたのである。しかも導入から後の展開を知らしめるべく,伊豆公方・足利茶々丸の館襲撃から始まっているからこれは楽しみ,一巻から紙の単行本で買いましょうと付き合い始めたのが運のツキ,まさか22巻になるまで引っ張るとは思わなんだ。

 幕末を描くべく関ケ原から始めて結局完結しなかった「風雲児たち」ほどではないとはいえ,漫画家のロングスパンの構想に延々付き合ってくれるほど,商業漫画の世界は甘くなかろう。ゆうきほどのベテランだって例外ではなく,特に紙需要がひっ迫し,コストアップが急激になっている昨今,部数の出ない作品を単行本にまとめて印刷してくれるお人好し出版社は存在しない。それを見越してのことなのかどうか,ゆうきは延々と伊勢家の傍流で堅物ながらも将軍の近習にまで出世してコケてしまった新九郎の周囲の状況を,京都や関東の政情までしっかり大河ドラマ的な解説を交えながら22巻に渡って語り続けたのである。この構想力もさることながら,人気を維持するだけのストーリーテリングの旨さ,そしてこの新九郎という人物の魅力がなせる業なのであろう。もうここまで引っ張ってきたゆうきまさみの力量に感服せざるを得ないのである。

 何はともあれ,第一話の冒頭で描かれたように新九郎は伊豆を手中に収める過程に入った。龍王丸・氏親のサポート役として活躍しながら,よく知る地名が随所に出てくる上に,京都にほど近い所で仕事を得たワシとしては,偶然ながらもうってつけの作品になりつつある。この先まだまだ長いはずであるが,まずは長大歴史漫画の先人・みなもと太郎のように未完で終わることがないように健康に留意されて作品を綴って欲しいと切に願う次第である。

久田将義「教養としての新宿・歌舞伎町」朝日新書

久田将義「教養としての新宿・歌舞伎町」朝日新書

[ Amazon ] ISBN978-4-02-295370-4, \870+TAX

 ここんとこ神さんに呆れられるほど吉田豪の動画コンテンツを貪り視聴している。毎月やっているニコ生の3番組(平熱大陸,噂のワイドショー,居酒屋タックルズ)は欠かさず見ているし,Show Roomの「豪の部屋」はよほど興味のない人以外は大体見ている。オンラインで見られるトークイベントも,本書の著者・久田将義氏との番組は課金してちゃんと追いかけているのである。
 今日日,程よくリベラルで程よく保守で,ゴリゴリの人文系アカデミズムにも染まらず,とはいえ一定の教養を踏まえつつ世俗との接点も多いという御仁はごく少ない。どれかに偏った論者は多いんだけど,中庸的バランス感覚を持っているメディア論者は限られる。一時はかなり右寄りとみなされた小林よしりんは良い感じで着地した感があるし,東浩紀は元々バランス感覚が良かった上に今も中小企業経営者として一定のスタンスを保っているし,辻田真佐憲は右寄りからぐっと中道的な論者になって左右の論者に是々非々で臨んでいる。久田将義は,論者というよりは編集者という立場を守っているせいか,他人の論をしっかり受け止める素地があり,本書で開陳されているように,ヤクザや立ちんぼ当事者からのインタビューを行っており,人間生理的にしっくりくる論を展開できる貴重な人材なのである。

 ワシ自身は,新宿コマ劇場がまだ現役だった頃の歌舞伎町に映画を見に訪れたことがある程度の体験しかないが,それでも夕方から夜の盛り場の猥雑さは今もしっかり脳裏に刻まれている。ひっきりなしにポン引きやホステスらしき人物からの声掛けはあるし,振り払いながら雑踏を歩くのは妙な緊張感があったものだ。幸い下戸の人間嫌いなので,おかしな店に入ることはなかったのだが,一歩間違えるとあぶねぇ所だなということは肌身で理解できた。
 本書では21世紀も1/4を過ぎた今の歌舞伎町の様子がビビットに伝わってくる。のみならず,猥雑さの奥底に潜むヤクザや半グレ,立ちんぼからインバウンドで訪れる外国人,そして戦後の歌舞伎町を作り上げた韓国出身の立役者まで,本文200ページ足らずのちょっと薄めの新書なのに,情報量がぎっちり詰まっていてしかも読みやすい,ディープな歌舞伎町のガイドブックになっているのである。

 半面,もうちょっと読みたいな,という物足りなさもあり,阿形氏のインタビューは,戦後の焼け跡の愚連隊からヤクザになるまでの軌跡が知りたいし,アルファベットになっている現役ヤクザの方々の話はもっと読みたいなと思わされる。立ちんぼについては,サポートしているNPOからの取材などがあればもっと真相が分かるだろうなとか,無茶な要求はいくらでも湧いてくるのだが,それだけ本書の提供する情報が,好奇心を呼び起こす良い呼び水になっているという証なのであろう。この続きは別のスポライターや社会学者の方々に突っ込んでもらいたいモンであると思う次第である。

 AIがいくらでもネットに転がる情報を引っ張ってきて「いい感じ」にまとめてくれる昨今,生身の人間からの血の通った一次情報に基づくルポは貴重である。中庸的な視点で人間社会のしょーもなさとダイナミズムを醸し出す,久田将義に続く書き手の登場も願ってやまない。

5/22(金) 駿府・晴時々曇

 大阪は暑かったが,静岡は寒い。ちょうど名古屋手前あたりまでは寒風が吹きすさび,名古屋以西は平年並みの湿気を帯びた温かい空気が留まっていたようで,新幹線ひかりで1.5時間乗ったら3月と6月を一気に駆け抜ける感。ボチボチ梅雨っぽい気候になりつつあり,空気が春から夏に入れ替わる狭間のカオスを味わっているのだと解釈。

 1月この方より引っかかっていた某原稿を昨日一日かけてとりあえず自分で納得できるレベルまで引き上げて先方にぶん投げた。PythonとNumPy, SciPyがこの6年間でだいぶ変わっていて,基本は変わらないところが多いものの,機能の移動や削除・更新が結構あって自分の知識のアップデートが追い付いていないことを痛感させられる結果となった。ま,現時点でできる限りのことはしたのであとは先様の反応待ちである。とまれ一安心。

 SWoPP2026の準備をClaude Codeと共にGWあたりまでに集中して行ったのだが,疲れを知らぬAIの凄さと,ここ1年ばかりの賢さのアップが想像以上で全くイヤんなるレベル。以前はせいぜい「威勢だけが良い高校生」ぐらいだったのが,今では「小賢しい修士大学院生」に成り代わっている。「小賢しい」というのは,結構ミスがあることと,それを強弁で煮りきろうという言動が時々現れることを表現した形容詞である。こっちが突っ込むと間違いを認めてやり直すあたり,まったく「小賢しい」というに相応しい。とまれ,「世間的な正解」をサクサク出してくれるのはありがたし。科研費でClaude Codeに大枚叩いて使い倒しているので,夏休みには1.5万円使い切るぐらいの最適化をぶん回してやりたい。

 そーいや久々に歯医者で歯の定期点検をしてきたのだった。2年前までは半年に一度,定期点検を則すハガキをくれる行きつけの歯科医があったのだが,昨年はパタッと来なくなり,今年に入っても待てど暮らせど来ないから,もう行きつけはやめて新しい歯科医を開拓すべく,同年配かつもっと近場のところを探し出してタノモーと訪問したのであった。
 とゆーことで,NS大学出身の恰幅の良い元気な歯医者に今後の定期点検をお願いすることになったのだが,その会話の中で次のことが判明したのであった。

  1. 以前の行きつけの歯科医もNS大出身。歯科医になっていた息子が亡くなってしまい,店じまいモードになっている。
  2. 定期点検を知らせるハガキは厚労省的には本来NG。うちでは出していないので,半年経ったら自主的に来院せよ。

なるほどねぇ・・・確かに以前の行きつけ歯科医院では,若い息子先生と大先生が仕事していた時期があったのだが,最後の方は大先生一人で対応していた。息子さんは他で開業したのかなと思っていたのだが彼岸に行ってしまったとは。ワシと同年配以下でもボコボコ死んでくモンなんだなとシミジミしてしまった。にしても,カミさん行きつけだった歯科医からは定期的にハガキ来てたけどな。個人的にこっそりやっていることになっているのかアレは。

 持ち歩きできるサイズで漫画が読めるデバイスを物色していたのだが,やっすいAndroidタブレットも惹かれるものの,以前に購入してOSアップデートができずにあっという間にクズと化したイヤな思い出がチラついて断念。結局,安定的かつ長期的にアップデートできることが保証されているiPad miniを購入することとなった。自腹である。ほぼ10万円也。
 買ってみるとこれがイイのである。以前研究用に買ったときには今一だなとほぼ放置,10インチiPadばっかり使っていたのだが,新幹線の中でエロ漫画を読むには恥ずかしい上に重い。それならProを買えと言われそうだがそんな金はない。つーことでminiに落ち着いたという次第。買ってみると,軽いし,漫画は読みやすいし,何より教材投影にも十分なスペックで,非常勤講義用としても申し分ないのである。今ではNote PCとセットで切り替えながら使用している。どうやら秋に出ると噂されている折り畳み式iPhoneはminiと同じぐらいの大きさになるとのこと。どーせ20万ぐらいするに決まっているので,miniが使えなくなる頃にiPhone 16eの代替ついでに折り畳みiPhone X代目を買おうかしらん。

iPad miniでWebをHDMI経由で投影
Apple ストア京都で捨ててきた初代iPhone SE, iPad Pro, Intel MacBook3台

 iPad miniを買うのと同時に,研究室に持っていった古いiPhone, iPad, Intel MacbookをAppleストア京都に捨ててきた。まだ十分使えるものもあるのだが,もうAppleはIntel CPUを使うことはないだろうし,腰に雷が落ちて以来プチ断捨離モードになっていたので,ただで引き取ってくれるAppleストアに置いてきたという次第。当日に何か買えば割引があるということだったが,miniを購入したばかりで金欠だったので何も買わずにドナドナしてきたのであった。距離的には梅田のAppleストアの方が近いのだが,四条をぶらつきたい時には良い立地なのである。また行こうっと。

自宅本棚の整理結果

プチ断捨離の一環として,GW中に自宅の書籍を整理,段ボール4箱をBookoffにドナドナ。最近はミカン箱が5kgサイズになって,本を詰め込んでも持ちやすい。雷が落ちた腰にやさしいのは助かった。割と新しめの本が多かったせいか,7千円ぐらいにななったみたい。今後も年一ぐらいのペースでこれ以上本が増えないようにせんとな。新刊,特に漫画は電子本の方が多いぐらいなので,今後激増することはないだろうけど。

 つーことで溜まったうっ憤を全部書き付けたのでスッキリした。今日はゆっくり風呂入って寝ます。

筒井康隆「老耄美食日記 九十歳のあとさき」新潮社

筒井康隆「老耄美食日記 九十歳のあとさき」

[ Amazon ] ISBN 978-4-10-314537-0, \1650+TAX

 筒井康隆の小説において,豪勢な料理が出るごとに詳細かつ見たことも聞いたこともないメニューがずらずらと列挙されるようになったのはいつからだろうか? 夭折した息子(ワシと同学年)が挿画を描いた「聖痕」は,美しい主人公が美食に目覚めていく様が描かれるが,文中これでもかこれでもかというほどの迫力で料理名が押し寄せてくるのだ。不思議なもので,自分では食したことのないものでも,そのメニューを目で読むごとに唾液が出てくるのである。まったくもって旨そうであって,読者に対する飯テロに他ならない。幸いなことに,この度関西に縁あって職場を得ることになったので,とりあえずワシの収入でも破産せずに済みそうな「テアトロクチーナ」ぐらいは行ってみたいなと夢想する程度には洗脳されているのである。
 本書では頸椎を痛めて以来,足元不如意となった著者が豪勢な老人ホームに入居してもなお,美食ツアーに精出す様が生き生きと描写されており,食欲がある限りはこの筆の勢いも健在なりやと,一ファンとしては歓喜せざるを得ないのである。

 旨いものを食いたいのは人類の性であり,誰しも不味いものよりは旨いものを食いたいと願うのは当然である。我々は資本主義社会に生きている以上,旨さは値段に比例して増していくのはやむを得ず,という悟りは得ている。とはいえ年収三千万円もある大作家ならともかく,そんなに稼げていない一介のサラリーマンは自分の財布の中身と相談しながらの「最適化」を行う他ない。今ならSNSを通じてのグルメガイドが容易に入手できるから,スマホ片手にGPSも駆使してどんな狭い路地にある店でもたどり着くことが可能である。かくして,通常普通の庶民としては,できるだけ安く旨いものを食うべく,価格とうまさの最適化を行う「B級グルメ」に精出すことになる訳である。ま,たまぁあに小銭を貯めて5桁クラスの勘定を厭わずド高い所に行ったりすることもあるが,それは家庭内不和を軽減するための必要経費なのであって,滅多にできるものではない。故に,印税成金作家の美食の様を文章で堪能するのが,一塊の庶民読者の関の山なのである。

 この大作家の美食ぶりは,本人の嗜好もあろうが,どうやら細君のためであるらしい。貢がれることは誰しも望むことであるが,高級スーパーである紀ノ國屋(文中ではKINOKUNIYA)で高級総菜をかき集めない限りはマトモな食事が取れないという事情も大きいようだ。また,息子の夭折の影響もあるようで,死後のエッセイでは「金なんて貯めても仕方ない」と浪費宣言していたりする。正直,これだけ日をあけずに一食〇万円台の飲食を続けていたら,いくら美食であっても飽きるだろうと心配になるが,この二つの要因を知っているツツイスト達は,鬼気迫るメニューの羅列にある種の安心と恍惚感を覚えるのである。

 さすがにホームに入ってからは美食するといっても行動範囲が狭まってしまい,繰り返しになるのでこの辺でと美食日記は中締めと相成ったが,潤沢な印税が支える美食の渉猟は今も相変わらず続いているのだろう。その証拠に,新潮社の広報誌ではショートショート連載が2026年5月現在も続いている。執筆が行われている限り,食欲は滅していないということになる訳である。ということで,ワシも美食と執筆を支えるべく,本書を紙書籍で購入し,僅かながらも寄付をしたという次第である。・・・しかしやっぱり旨そうだなぁ。帝国ホテルはとても無理だが,紀ノ國屋ぐらいは漁ってみようかしらん。

4/19(日) 駿府・晴

 まだ4月中旬過ぎだというのにもう夏日がしばしば訪れる陽気である。桜の開花日も全国的に早まっているようで,例年GWあたりで花見ができる札幌でもう開花したとのこと。この調子では4月いっぱいで桜のシーズンが日本全国で終わってしまう。ウクライナでもガザでもイランでもレバノンでもバカスカミサイル打ちまくって温暖化がさらに進展してしまう有様。ワシが死ぬまでに酷暑日が7月から9月まで続くことになるのかしら。エアコンなしでは生存もできない日本では困るんだがなぁ。

 4月に入って入学式が相次いで行われる。本職場でも前職場でも初々しい一年生がウロウロしておる。

今の職場の入学式
前の職場の入学メッセージ

 何とか最短ルートで卒業できるよう,お互いに最善を尽くしたいモンである。

 桜のシーズン,終わりかけの葉桜がなかなか良い。

後醍醐天皇が見たかもしれない葉桜模様

 黒板の感触も懐かしいモンである。今の職場は全部ホワイトボードだしな。

悪筆は一生治らんな

 前職場に通うのも7月までなので,せいぜい頑張るのみである。もちろん今の職場でも頑張るのみである。

 さてGWにはプレ断捨離すべく,古いiPhone SE(初代)とか,iPad Pro(初代かな?),Macbook Air3台をAppleストアに持ち込んでお払い箱にする予定。x86 Macbookなんてあーた,歴史のかなたに消え去るのみですぜ。

 さて,Snapdragon X2マシンを買うかどうか,もう少し様子を見てから考える。なんせ,死にそうになってたIntelの逆襲もすごいからな。

 GW断捨離と夏休みの研究発表に向けてバリバリやりたいモンである。