西尾鉄也・押井守「わんわん明治維新」徳間書店

[ Amazon ] ISBN 978-4-19-950280-4, \800
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 「押井節」という言葉が意味するモノがなんなのかの議論はマニアの方々に任せておくとして,ワシにとってのそれは「徹底したリアリズムに基づいた批評眼が語らせる長ゼリフ」のことである。復刊が当初予定より3ヶ月後ろにずれて青息吐息のComicリュウに連載されていた大演説「勝つために戦え!」を堪能してたワシは,リュウの休刊前に始まったこの連載も楽しんでいたのである。その連載を纏めた本書は,今やみなもと先生生存中の完結を絶望視されている「風雲児たち」のダイジェスト版として,押井守のブツブツグチグチにまみれながら,明治維新の立役者のピリ辛論評を西尾鉄也の端正な絵で楽しめるのだから,大変お得な一冊なのである。
 西尾と押井の掛け合いで人物評を語るエッセイマンガの体裁だが,その中身は本当にリアルかつシニカルな視点で統一されている。とかくロマンと感情論に流されがちな人物伝とは180度異なる。それは作中何度も繰り返される「表現者は自己実現に生きてもいいけど革命家はダメ」「革命家は生き残って歴史を作ることが主題なんだから」(P.150)という押井の持論が貫徹されているからである。それだけ聞くと,暑苦しいおっさんの繰り言っぽくてイヤだなぁと思う向きもあるかもしれないが,そこは心配ご無用。容赦ない西尾の突っ込みが清涼感を与えてくれるようにできている。この両者の掛け合いがうまい具合にリズムを与えていて,躍動感溢れるエッセイマンガに仕上がっているのだ。ま,押井守を引っ張り出してきた大野・元リュウ編集長の助言も大きいようではあるが。
 「風雲児たち」のように,長く続いた大河マンガはどうしても作者の成長と老いが作品の勢いを削いでしまいがちになる。最初にもくろんだ意図が知識の習得とともに変化し,違和感が出てくるということもある。それはそれで仕方ないし,そこが長い作品の魅力の一つではあるのだが,やはり読者としてはコンパクトに歴史上の人物を語って欲しいという向きが世間的には多いはず。司馬遼太郎のように,結局何を言っていたんだっけとなってしまう,文学的に曖昧模糊としたものを読むよりは,本書のように押井節で貫徹したショートエッセイマンガで概要を知る,ということも時には必要だ。少しずぼらでシニカルになった中年以降の人間にとってはマイルドな読後感を,「龍馬が行く」に感動したての熱血青年にとっては愕然とする効果を期待できる本書は,年末の喧噪の最中に「革命」の本義を考える時間を与えてくれる良書なのである。

シギサワカヤ「さよならさよなら、またあした」新書館

[ Amazon ] ISBN 978-4-403-62129-1, \590
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 ワシにとって,シギサワカヤはエロ漫画家だった。シギサワの柔らかい描線は,プニプニしている裸体を白く輝かせ,紙面から浮き上がらせる。それは読者の健全な性感帯を挑発せずにはいられない。2009年から刊行されている女性向けエロ恋愛漫画アンソロジー「楽園」で,創刊号から最新Vol.7まで途切れなく表紙絵を担当しているのも,その描線が醸し出す上質なエロさがキャッチーだと編集者が判断したためであろう。
 そのシギサワが新書館という緩くてお堅い出版社から初単行本を出した。それがこの「さよならさよなら、またあした」である。「楽園」愛読者であるワシが,その先入観から何を期待して本書を買ったかは言うまでもない。
 結論から言うと,その期待はある部分満たされた。しかし,全く予期しなかった新鮮な驚きも与えてくれたのである。それは今までシギサワに感じてきた,表面的なエロさを支える「土台」が何であったかを確信させるものだったのだ。まだ2011年が10日も残っているこの時期,早々に今年のマンガを総攬するムックを出版している宝島社とフリースタイルには大いに反省して頂きたいものである。今年一番の収穫物を逃したよ,と。
 本書は一人の病弱な少女が大人になるまでを,4つの異なる視点から描いた短編を編んだものである。病名は明らかにされないが,主人公の持病は結構深刻な難病であるらしく,両親は彼女のために郊外にどーんと一戸建てを購入,入退院と手術を繰り返しつつも,高校卒業の日を迎えることができた。その彼女が卒業記念(?)にとった行動は,軟弱そうな理科の教師に結婚を申し込むことであったのだ。
 ・・・と書くとシリアスな難病少女の恋愛物語と取られそうだが,そうではないのだ。いや,確かにシリアスさは確固としてあるのだが,軽いのだ。かっとんだギャグトーンが随所に織り込まれ,主人公に至っては自身の難病すら,級友との話のネタとして使い倒しているのだ。
 深刻ぶらない病弱ストーリー・・・とは違うことは確かだ。人間は誰しも死ぬ,遅いか早いかだけだ,というセリフのオリジナル出典は知らねど,これは事実。それを深刻に考え込まず,そ知らぬふりしてやり過ごしたりして「日常」を生きるのが「普通の人」なのだ。そしてこの病弱主人公もそんな「普通の人」の一人なのだ。普通の人だからこそ,病気も性癖も恋愛もセックスも織り込んだ「日常」を過ごす術に長けているのだ。本書で描かれるのはその「日常」であり,「普通の人」の普通たる所以がエンターテインメントになっているのである。
 シギサワの既存作にはさまざまな男女の人間模様が描かれる。セックスが重要なアイテムであることは確かだが,それは必ずしも甘美なものではない。男性向けエロ漫画の大半ががオナニーのための道具であるのに対し,シギサワのエロは女性向けの,ある種の深刻さをはらむ痛々しい側面を持つものなのだ。語り口がギャグ調からシリアスに転じるテンポの見事さは,めまぐるしく変化する事象とそれに応じて振り回される人間の感情の正確なデッサンなのである。シギサワはその事象にセックスを大胆に取り入れつつ,刹那的なエロさが日常に溶け込んでいく様を描くのが抜群にうまい。本書収録作には直接的なエロい肉体表現は皆無だが,「エロさ」は十分盛り込まれている。このあたりが緩い新書館向けに合わせたかなぁ,と思われるが,それを一つのチャレンジとして見事に昇華させているのはさすがである。
 本書の場合,タイトルである「さよならさよなら、またあした」というのがまた秀逸なのだが,それは読んだ人のお楽しみとしておこう。・・・ありふれている? 確かにそうだが,そのありふれたことを胃の腑に落とすシギサワの「説得力」を堪能できるってのがいいんだよ。シギサワに馴染のない方でも,シギサワのエロさがお好きな向きも読んでみませう。新しい年を迎えるこの時期に相応しい一冊である。

12/22(木) 掛川・?

 長かった~。論文書き,とりあえず一段落。いい結果が出せない上に,新たな問題が発生して殆ど諦めかけていたのだが,まぁここ2年ばかりの集大成とばかりにやっつけでもいいから出来たところを纏めておこうと方針転換,努力賞程度でいいと開き直って何とか本日丑三つ時にインド人英文校正業者に投げたのであった。しかし英語もメタメタ,やっぱ使い慣れてないとダメだなぁ。本来ならゼミとかで無理矢理にでも英語文献読ませるべきなんだろうけど,ね。まぁ,自分の研究に学生さんを巻き込むのは最小限にしようと思っているので,致し方なし。
 とまれ,26日に原稿が戻ってくるまでは小休止。27日には徹底した見直しを行って,28日午前中に投稿,という予定であるがさてどーなりますやら。初めて投稿する雑誌だしなぁ。HPC崩れの努力賞論文,コテンパンにやっつけられるかも。その時にはMさんに慰めて貰おう。
 しかし改めて永らく更新が止まっていたことに驚くばかり。何と,2011年も残すところ10日もないではないか。いかんいかん,ここで一気に貯まったぷちめれを書いてしまうのである。とりあえずここで第一弾をぶっ放したらドカドカと打ち込・・・めたらいいなぁ(弱気)。
 公私ともに波乱が待っていそうなこの年末,どーなりますやら。まずは寝ます。

12/3(土) 雀田->掛川・曇時々雨

 昨日は午前中看護学校での非常勤講義を終えるやいなや新幹線に飛び乗って新山口へ移動。未だに「小郡」と言われないとぴんと来ないあたりが旧人類の印である。
 で,本日は
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に参加。我が儘こいて二日の研究集会の初日に割り当てて貰ったのである。例によって漫談に終始する。いや,最近ますます笑いの取れない講演は寂しく感じるので,つい噺家口調になってしまうのである。ま,終わったからいいや。本年度の研究発表はこれでしまい。あとは月末に控えている論文投稿を済ますだけ・・・なのだが,さてどーなるやら。
 帰りの新幹線に間に合わせるべく,早退させて頂いて,雨の中,会場最寄りの雀田駅に移動。そこで見事な虹と対面した。
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 帰りの電車車中でも若者がこぞって写真を撮っていた。キレイな円弧で,これだけくっきり7色が見えているものは確かに珍しいね。
 つーことで,移動に8時間,滞在時間は5時間程という慌ただしい研究出張を終えたのであった。
 ・・・もっと記事更新したいけど,論文投稿まではちと厳しいかなぁ。年末には流石に貯まりに貯まったぷちめれをガシガシ書きたいのだがなぁ。
 とりあえず今日の所は風呂入ってから寝ます。

11/17(木) 掛川・?

 ふひ~,ギリギリで何とか予稿は仕上がった~。単なるPthreadによる直接解法の並列化なんだが,サボって前進・後退代入の部分をほったらかし。ベンチマークしてみたら,次元数増やしても精度増やしても見事にスケールしない。慌てて作って何とかスケールするようになったのが今週の話。
 しかし,Phenom II X6よりCore i7 950の方が超トロイってのはどーにかならんのか。これはやっぱりFX-81xxとかCore i7-3930Kを買ってベンチマークせねばならんのか。・・・金がいくらあっても足りんワイ。
 つーことで,ドガチャカでプログラム作りとデータ取りに勤しんでいた合間に,河野太郎がまたスパコン京に噛み付いていたので質問に答えてみた牧野先生も解答していたが,比べてみると面白い。
 にしても,学者っていつから国会議員を鼻であしらうほど偉くなったのかしらね? まぁ,自分が心血注いでいる分野の研究にケチ付けられて憤る気持ちは分かるが,これはないだろう。確かに世間アピールのために騒ぎ立てる輩がいるのは理解するが,河野太郎,今度は国会の決算行政監視委員として問いただしているのである。日頃から税金で研究も生活も支えている学者が,自分の研究(に関連する事項も含めて)の意義の説明をしないというのは怠慢でしかないし,そのうち有権者から「スパコン村」ってことで総スカンを食うことになる。
 しかしまぁ,ベクトル計算機での成功体験が,今のマルチコアCPU & GPGPUスパコンへの移行を「スポイルした」ってのは皮肉だねぇ。まぁ近い将来,中国に抜かれること確実なので,ワシはせいぜいトレンドに沿った方向で自分の研究を生かしていきたいモノである。税金ジャブジャブマシンにしがみついていられるのもいつまでなのかしら? 流石にボチボチ民間資金を募る方向で動き始まっているようだが。
 さて,明日は怒濤の金曜日5コマ講義&実習日である。それも明日も含めて2回でおしまい。それが終わったら本格的な論文書きに専念せねば~。
 寝ます。