工藤美代子「サザエさんと長谷川町子」幻冬舎新書
[ Amazon ] ISBN 978-4-344-98584-1, \840 + TAX
いやいやいや,久々に一気読み,面白かった。「月刊Hanada」に連載されたルポルタージュというから,コッテコテのバカ右翼,とはいかなくても,やっぱそれなりに偏っているんだろうと疑っていたが全くの杞憂であった。長谷川町子のエッセイマンガ,三女・長谷川洋子のエッセイを読んでも靴下痛痒だった所がクリアに調査されており,全部ではないが主要な「長谷川家の謎」のあらましはほぼ掴めた。つーことで,「長谷川家上京時の台所事情」「サザエさん朝日新聞移籍前の不可解な連載・休載の繰り返し」「数々の著作権裁判」「長女・長谷川毬子・町子と洋子との決裂」「長谷川町子と毬子の死」,そして本書冒頭には「長谷川町子遺骨盗難事件の顛末」が述べられている。もちろん,プライベートな三姉妹+母親で構成された結束の固い一家のこと,全てが詳らかになるわけではないが,ワシの下世話な知識欲は大方満たされたのだから,幻冬舎新書のページ水増し用としか思えない,ページ上部マージンの不自然な長さには目を瞑ってやろうというものである。
ベテランノンフィクション作家として手堅い仕事を続けている著者であるが,保守政治家の評伝については興味が持てず,ワシがきちんと読んだのは本作が初めてである。筆力はさすがで一気呵成に読めたのは当然としても,小泉純一郎の姉とコンタクトが取れたり(花田編集長のツテか?),最晩年に近い長谷川家の内情に詳しい人物から話を聞いたりして,内容の信憑性に疑問が所が無いでは無いが,不自然なこじつけ的推理は皆無で,ははぁなるほどねぇとワシは読みながら感心しっぱなしであった。
今よりずっと苛烈な女性蔑視的社会状況の中,父親を早くに亡くし,未亡人となった母親と三姉妹が戦争を挟んでの激動の時代を生き抜いてきたのである。尋常でない程の硬い血縁的結束があってこその,町子の「サザエさん」の成功があった訳で,莫大な収入があろうがなかろうが,自分が作ったキャラクターを無断で使用するなどということを許すことは,女性蔑視時代の昭和日本を爆進してきた長谷川家にはあり得ない選択であったのだろう。それ以上に,おしとやかな日本女性を表面的には見せていた町子の性格がかなり激しいものであることも本書には幼少期からの証拠と共に述べられており,社会的成功も数々の告発も,通底にはこの負けん気の強さ故のものであることが理解できるようになっている。
最晩年に三姉妹が仲違いした真の理由は不明であるが,これについては当事者二人が亡くなっている以上,永遠の謎であろう。著者によれば「莫大な財産の相続」に起因すると読めるが,これについても存命の当事者が語らない以上,分からないとしか言いようがない。実は長谷川洋子の著作を読んだワシも「本当かそれ?」と疑っていたから,工藤の疑問は当然である。しかしまぁ,そのぐらいが本件については限界であろう。ワシら長谷川町子愛好者は,長谷川町子美術館 ,そして今度開設した長谷川町子記念館の財源になったことを寿げばいいのである。
暴かれたくないプライベートが記述された本書に対して毬子・町子はあの世で大激怒していることであろうが,「サザエさん 」(描線・風俗の変遷が凄い)や「いじわるばあさん 」(孤独感の描写が良い),そして現在のエッセイマンガの元祖である「サザエさんうちあけ話 」「サザエさん旅あるき 」が現在に至るも面白く読める不朽の名作であることに水を差すものではなく,読了後はむしろ益々畏敬の念を持つに違いない。本書では作品論にあまり踏み込んでいない所が個人的には物足りないが,より深く長谷川一家のあらましを知りたい向きには必読の一冊であり,世間に抗いながらキャリアを重ねて生きていくことの尊さに打ち震えること間違いないのである。