9/29(水) 掛川・曇後雨時々豪雨

 あーもー台風21号が直撃である。明日の朝には富山を通って仙台沖へ抜けるらしい。従って,明日には大雨の峠を超えているはずであるが,問題は鉄道だよな。止まってなきゃいいが。
 あ,ようやくSciCADE05のregistrationが始まりましたぜ。日本人向けの注意がいくつかあるので,よく読んで申し込みませう。
 MPIBNCpackのWindows版は問題なく動作するようになった。快適である。後は

  • gmpを4.1.4にしてアセンブラルーチンを利用できるようにgmp.lib(static lib)を改変
  • bnc,mpibncのソースを整理してそれぞれversion up

という細かい仕事が残っているのみである。ベンチマークはこれから地道にやらねばならぬ。HOKKE2005とIPSJ春季大会,できればもう一つぐらいどっかで喋れればいいなぁ。
 IDE HDDを自分で組み込めるNASが出たようだ(Akiba PC Hotline!)。製品のページを見るとかなりよさげ。バックアップ用として一台欲しいぞ。これでremovable caseが使えれば更に良かったんだけどな。
 さて,風呂入って寝ますか。
 あ,Tomcatのインストールを頼まれていたんだった。一応ちょっと試してみたのだが,バイナリではなく,ソースからちゃんとコンパイルして入れようとすると

  1. JDK2をインストール
  2. 環境変数JAVA_HOMEをセット
  3. Apache Antをインストール
  4. Tomcatをインストール

という手順を踏まねばならない。あーめんどくさ。稼働中のApacheに支障があっても困るので,来週まわしかなぁ。
 今度こそ寝ます。

9/27(月) 掛川・曇時々雨

 中途半端な天候・気温が続く。そろそろ夏物は片付けたいのだが,まだ日中は暑いのである。はよ寒くなれ~。
 Let’s Note R3を購入して以来,自宅での仕事はTVの前のテーブルの上にこれを広げてやっつけてしまうことが多い。デスクトップPCはCeleron 1GHマシンだが,それよか快適に動作しているので,最近はWeblogもNoteから書き込むことが多い。
 欠点といえば,左右端のキー配置が詰まっているので,しょっちゅう書きかけの記事を消してしまうことである。「半角・全角・漢字」キーが「ESC」キーの隣にあるので,かな漢字変換をON/OFFにするつもりが,全部消去してしまうこともある。実はこの記事も2回目の執筆である。今度は消え去らないことを祈るのみである。
 次年度の某シンポジウム(何が某だ)用Webページを臨時にupしてあるURIに不審なアクセスがある。まだ幹事グループの数人にしか知らせていないURIなのに・・・と,アクセス元を調べて,ははーんと納得した。
 このWebページは気合を入れて,手書きでしこしこHTMLもCSSも打ち込んだものである。なぜかといえば,W3CのValidatorと某国産文法チェッカ(って一つしかないだろう)の双方から満点をもらうためである。従って,作成の過程でどちらもバリバリに使っていた。
 で,不審なアクセスはこの某国産文法チェッカの作者の方が在籍されている会社からであった。恐らくは,めったに出ない満点(減点されないWarningは残っているけど)をたたき出したページに目が留まったのであろう。ご覧になってどう思われたのかは不明であるが,ちょっと嬉しいね。いや,「そんなに利用したんなら甘いモンでも寄越せや」と舌打ちされているかしらん?
 固有値テンプレートの翻訳が近々公開されるらしい。うーむ,楽しみ。
 寝ます。

9/26(日) 掛川・曇後雨

 たまたま「噂の東京マガジン」を見ていたら,磐田市の町内会の入会金が10万円という話題が取り上げられていた。しかし,弁護するわけではないが,一般常識からすれば高額と思われる入会金をせびっているのは磐田だけではなく,浜松近辺の市町村ではよく聞く話である。ワシの聞いたところではもっと高いケースもあるようだ。
 というわけで,静岡県西部は100万人が居住するド田舎であるという人もいる。まあ,あの浜松祭りで見せられる町内の団結力を見れば納得するかな。
 ちなみにワシの居住するアパートではそーゆーものを請求された人はいないようだ。もしそーゆーことになったら徹底的に争うしかないだろうなあ。
 CLAMPのインタビュー記事が掲載されているというので,こっぱずかしながら「FRaU」を購入する。特に新しい知見があるとか,マニア心をくすぐる事実が判明するとかということはないのだが,初めて公開された四人のポートレート(しかも撮影者は蜷川実花!)は必見だろう。
 個人的には角川書店時代の女性向け雑誌に連載された作品が好みで,最近の講談社とタッグを組んでの大活躍ぶりは大したものだと思うが,作品自体には興味がなくなっていたのである。インタビューによれば,これからは個人活動も行っていくそうなので,ちょっと楽しみ。
 夏目房之介さんのWeblogがすっとんでしまったそうで,新しいディレクトリで再出発していた。ワシのWeblogもすでに一年以上経過しており,そろそろバックアップも兼ねて移行措置をとらにゃぁいかんかなぁ。年末あたりに考えてみるか。どーせ紅白も見ないしな。

9/24(金) 掛川・曇時々雨

 雨が降ったり雷が鳴ったり,目まぐるしく天候の変わる日であった。
 とりあえず,Windows MPI ClusterでMPIBNCpackが一応動作するようになった。
winmpibnc.JPG
 Gladmanさんのstatic MPFR Libraryの設定にミスがあって,それを見つけ出して修正するのに時間がかかり,今日やっとMPIBNCpackまで到達したという次第。まだ動作が安定していないようなので,もう一日費やす必要があるかな。
 お,gmp-4.1.4の正式版がリリースされてた。ふーん,11月に4.2, 5.xは来年かぁ。
 寝ます。

小谷野敦「すばらしき愚民社会」新潮社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-10-449202-7, \1300
 一応学者の端くれでありながら,齢三十にしてようやっと自分の馬鹿さ加減とじっくり付き合えるようになりつつある。ひらめきは皆無だし,深く思考することも苦手,一穴主義に徹する持久力に欠け,それでいて自意識過剰。何より,こうして自分の短所を並べ立てつつ,頭の片隅に人様の同情を買おうという意識があるのがイヤであり,そーゆー自己弁明をつい書いてしまう自分はやっぱり愛おしい・・・とキリがないので止めるが,どーにも居心地が悪いのである。これはつまり一言で言うと「馬鹿」,ということである。
 それでいて引きこもり体質なので,本来なら今頃,年金暮らしの両親にゴク潰しだの無能だの罵られつつ,エエ年こいてその脛をかじるような毎日を送っていてもおかしくないのに,一応世間並みに自活していられるのは何故か。偶然のなせる技とも言えるが,それ以外の原因を探すと,どうやらいつの間にか,自分の内部から湧き上がるエネルギーを自活するための活動に振り向けられるようになったからであるらしい。
 この湧き上がるエネルギーは,自意識の過剰さから来るものであり,多くは怒りや焦り,慌てふためきとなって噴出する。それらは全て何らかの社会的活動へと駆り立てる原動力となっているのである。このWeblogもその一つである(最近は研究発表活動に割かれることが多いけど)。
 もちろん,そんな感情によって引き起こされた活動の多くは見苦しく,他人からは「馬鹿が慌てて何してやがる」なーんて思われているんだろーなー,という自覚はある。自覚はあるが,じゃあ黙って沈思黙考すれば少しはましな活動ができるのか,というとそれも期待できない。馬鹿の考え休むに似たり,どころではない,そんなことをしているとほんとに休んでしまってそのままヒッキー一直線である。
 とにかく走り続けなければ,走っていればそれが次の活動へ繋がる(かもしれない),という確信を得たのはついこの間,静岡に来てから数年経ってのことである。以来,「居心地の悪さ」も冷静に抱えていられるようになったのである。
 で,読書の方も,怜悧かつ切れるタイプの筆者より,書くもの書くもの突っ込みどころが多く,あまり賢くないなあと思いつつ,「それでも俺は書く,書き続ける」というエネルギーを感じさせてくれる筆者の書くものを好むようになってしまった。自分はポチ保守で小泉支持にも関わらず,今でも小林よしりんを好んで読むのは,そこに魅せられているからである。
 小谷野敦もそういう理由で好きな書き手の一人である。本書では,やっぱり同種の人間である佐藤愛子の一文を取り上げ,「インターネット上でシニシストぶりを発揮し,懸命に人を笑おうとしている者どもは,佐藤愛子の爪の垢でも煎じて飲むがいい」(p.134)と啖呵を切っている。パチパチ,である。
 小谷野は筑摩書房からも「俺も女を泣かせてみたい」を出したばかりだが,こちらは短いエッセイを集めたものだから,どうしても法界悋気だらけとなってしまい,物知り学者としての本領が発揮されたものとはいい難い。ま,その分,生のエネルギーに満ちているとも言えるけど,うざったい感情が楽しめない人には読んでいても辛かろう。
 その点,本書は長めの連載論考をまとめたもので,加筆訂正が丁寧になされたこともあって,小谷野節に馴染みのない人にもお勧めしやすい内容となっている。そのうちどっかの入試問題にでも使われるのかなぁ,と思っているのだが,どんなもんでしょうかねぇ。