6/7(月) 雨後曇

 近畿・東海・関東甲信越地方にも梅雨入り宣言が出された。今朝はそれに相応しい土砂降りで目が覚めた。昼過ぎにはドンヨリムシムシしつつも,雨粒が降ることは無くなった。威勢の悪い梅雨である。
 6月から7月までの資金繰りをあれこれシミュレートしてみる。カツカツだが,何とかSWoPP2004+帰省の費用は捻出できそうである。そんなに豪勢に貯金している訳でもないのに,なんか生活がつましいなぁとは思うが,ぱーっと派手に使っちゃう程欲望がある訳でもないので,それ程不満がある訳ではない。むしろ,外食が減って自炊が増えた分,あれこれと総菜を作ったりみそ汁の具のローテーションを考えたりする楽しみが出てきた。ちょっと胃腸の調子が悪いせいで,あまり量を必要としなくなったのも幸いしている。これで運動不足が解消できれば言うことなしなのだが・・・やっぱり今年の年末に,スポーツクラブに復帰しようかなぁ。金払って運動するのもアホらしいが,そうでもなければ動かないのだから,全く意志が弱いというか,だらしないというか。
 FIT2004は結局申し込みしなかった。ここんとこ体力が切れたのか,ネタまで切れてしまったためである。ということで,今年はWorkshop3回の他は4回講演となる予定。それでも昨年までのペースから考えれば驚異的な回数なのだ。
 SWoPP2004の暫定プログラムが届く(というかWebにupされた)。HPC研究会分は昨年度に引き続いて講演数が多く,幹事の根回しが効きやすい講演者には10分時間を短縮願って何とか期間内に全講演を押し込んだ,という感じのプログラム構成である。ワシは無論,そーゆーツテはないので,予定通り30分講演。何故か二日目の朝一(またかよ)なので,一日目はゆっくり出来そうである。むーん,ちゃんと30分の中身にしなければいかんのぅ。原稿は今月末まで。今週中に暫定版を上げてしまおう。
 JSIAM2004の講演申し込みをしようとするも,もう少し内容を詰めてからと思いとどまる。SWoPPの方が一息ついたらちゃんと考えませう。
 北陸・東北地方も梅雨入りとのこと。これで蝦夷地を除く日本全国が梅雨になった。今年は雨が多くなりそうとのこと。マメにシャワーを浴びるようにしよう。

遠藤淑子「空のむこう」白泉社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-592-13298-X, \571
 最近,注目している書評コラムがある。Asahi.comで毎週金曜日に更新されるコラム,「松尾慈子の漫画偏愛主義」だ。性別は異なるが,世代が近いせいか,取り上げる作品がみょーにワシの好みと一致する。文章もテンパっていて面白いし,何より余計な知識や引用なしの潔い「私はこれが好きなのよ」パワーが全開しているところが良い。あんまし反響がなさそうなのが気の毒なのだが,もっと話題になって良いコラムだろう。がんばれ負け犬(ォイ)。
 そこでちょろっと名前が登場する漫画家,遠藤淑子の作品を取り上げることにする。出版されたのが今年の初頭だから,まだ店頭では入手可能である。しかし,松尾さんがおっしゃっているように,単行本が出たのが数年ぶりという寡作ぶりで,本書も1997年から2001年までの作品群をまとめたものである。うーん,何があったのだろう・・・。ま,ともかく本は出たので,あまり詮索しないことにする。
 遠藤はデビューからこの方ずーっとコメディを書き続けてきた作家である。今でも基本的にその路線は変わっていないのだが,次第に「ヒューマン」という形容詞が冠せられる作品が多くなっていった。個人的にはちょっとありきたりすぎるかな・・・と思うことが多く,取り立てて好きな作家ではなかったのである。大体,ヒューマニズムでまとめられる作品の多くは,大衆から嫌われることを恐れて逃げているように感じられるのだ。普段,あれこれと世間の制約から枠をハメられて思うように動けないもどかしさを感じている一般人の一人としては,せめてエンターテインメントぐらいは,少なくとも表面的には制約から逃れてスカーっとさせてくれるものを楽しみたいのである。これで少しは絵柄が派手であればまた別の楽しみ方が出来るのであるが,遠藤の絵は,申し訳ないがデビュー以来,殆ど変化がない(ように見える),地味なもので,ストーリーまで手堅くまとめられてしまっては・・・うーん・・・なのである。
 しかし,人にはどうしても動かせないもの,変えられないものがあって,他人からどうこう言われても,どうしようもない性質というものがある。無理に変えようとすれば,体や精神に変調を来して寝込んでしまうことだってある。遠藤の軌跡を振り返ってみると,ちょっとゆるめのコメディ路線,しかも最後はヒューマン風味,という作風は,どうにも変えようのない代物だったのであろう。そのままずーっと描き続け,近年はボチボチやってます・・・という状況になったのもむべなるかな,という気がする。
 それ故に,段々とヒューマン路線が深化していった面がある。本書の表題作である「空のむこう」と「スノウ」は,最初雑誌で読んだ時にはそれ程でもなかったのに,今このトシになって読み返すと,随分と「泣ける」話になっていることに改めて気が付かされた。何故か?
 この2話は,西洋風ファンタジーと時代劇という異なる背景の作品であるが,主人公の境遇がよく似ているのである。「空のむこう」では原因・治療法とも不明の病が間欠的に流行する国の若い王,「スノウ」では二つの強国に挟まれた弱小国の若い領主である。前者は古い慣習に従って幼なじみの恋人を「生ける人柱」にしてしまい,後者では,好きになった雪女(?)と駆け落ちすることもできず,時の勢いを得た一方の強国から滅ぼされてしまう。・・・と,ストーリーを書いてしまうと何らカタルシスの得られない,淡々としたマンガのように感じられるだろうが,そのような状況に至る理由をきちんと面白く語ってくれているのである。詳細は本書を読んで確認してもらうとして,最終的に納得したのは,この二話の主人公の,状況に対して全く何の解決策も持てない無力さ,なのである。これが世間に対して無知な頃には分からなかったんだよなあ。今なら,「あーもー全くうざってぇ」とは内心思いながらも,限られた資源と状況を考えて,出来ること出来ないことを冷静に判断できる。そーゆーお年頃になって,初めて感動できるタイプの作品なのである。それが,最後に遠藤お得意のヒューマンでまとめられてしまっては,もう,こりゃオジサンもオバサンも涙腺がつい緩んでしまうのは仕方のないことでしょう。あーあ。
 ということで,人生そろそろアキラメ感が漂う今日この頃の方には,ちょっと身につまされて,最後にほろっと来る作品もよいではないかな,と思う,オジサンお勧めのマンガなのであります。松尾オバサンともども推薦しておきませう。

6/4(金) 掛川・晴

 爽やかに晴れ上がった。気温も高くなく,5月初旬の気候。
 職場のメール遅延は,GWにbombが殺到したためらしい。本日午後には復旧したとのこと。うちみたいな無名かつ小規模な所まで来るんだから,有名かつ大規模な所の管理者は日々大変な努力を強いられているんだろうなあ。空気のようにいつもネットワークが使えている,という状態を維持することがどれだけしんどいことか,経験のない人にとっては想像できないだろうな。
 Athlon64マシンに,Fedora Core 2 for x86_64とi386版をインストールし,dual bootableな構成にした。もちろん,どちらも英語環境である。すると,あらら,あれほど使い物にならなかったx86_64バージョンのGNOMEもさくさく動くじゃぁあーりませんか。もちろん,Terminalは正常に動作し,Mozillaも日本語のencodeは正常に行われ,ちゃんとこのWeblogも読むことが出来た。
 で,早速両環境でMPFRbenchを行う。・・・うーん,やっぱり64bit環境は偉大である。ベースライブラリのMPNはC generic codesでコンパイルされており,tuned assembler codesは一切使っていないにもかかわらず,である。
 こりゃ,自宅のPCも職場のClusterも,安定したx86_64 OSが出揃うまで更新しない方が良さそうですな。あと2年ぐらいは存分に活躍してもらいましょうぞ。・・・ってことは,自宅のPCのバヤイ,RAID化したのが一昨年の8月だから,今年の8月で丸2年,その後2年使い続けると,4年もお付き合いすることになるのね。毎年のようにマシンを買い続けた昔が嘘のよう。それだけPCは能力の限界(つーか,熱問題解決能力の限界と言うべきか)に達しつつあるんだなあ。Celeron 1GHzのWin2K Proマシンでも全然不満が湧かないのであるから,OSも良くなったってことかしらね。

6/3(木) 掛川・曇

 取り急ぎ業務連絡のみ。
 本日(6/3),tkouya(here is atmark)cs.sist.ac.jp宛にメールを送った方へ。どうも全てのメールが不着になってしまっているようです。送信者にエラーも返らないようなので,気が付くのが遅れました。すいませんが,私宛に連絡を取りたい方はtkouya(here is atmark)na-net.ornl.govまでメールを再送して下さい。よろしくお願い致します。
 ・・・どーりで今日の午後は静かだなあと思ってたんだよな。いい機会なので,届いているメールでも不着になったことにして,バックれることにする。ほっほっほ。
 ボチボチ,不着だったメールが届きだした。ヘッダを見る限り,学内・学外を跨ぐFWで糞詰まり状態だったようで,数時間の遅延が発生している。届く順番も滅茶苦茶だし,最終的には届かないものも出そうである。
 ということで,大事な用事がある方は,上記アドレスまで再送お願い致します。

小林信彦「出会いがしらのハッピー・デイズ」文春文庫

[ Amazon | BK1 ] ISBN 4-16-725614-2, \524
 現在も週刊文春にて連載が続行中のコラム「人生は五十一から」の第三弾,2000年分をまとめて文庫化したものである。
 相変わらず,偏屈江戸っ子下町っ子ジジイぶりが絶好調で,ファンとしては大変嬉しい。特に近年の政治については居ても立ってもいられないらしく,激しく罵倒しまくっている。とはいえ,そこはやっぱり著者の人柄が出てしまうらしく,あえて全てを物語らず,舌足らずにぷつんと打ち切ってしまう。こちらはもう慣れたモンだから,別段どうとも思わないが,所見の読者は「あれあれ?」と戸惑うのではないかな。
 著者から見れば若いワシは,今の小泉政権については基本的に支持しており,昔の首相よりは大分マシという印象を持っている。従って,著者の意見には首をかしげるところが多いのだが,「そういう人もいるのだな」ぐらいにしか感じないのは,口汚く罵れない上品さ故なんだろう。
 エンターテイメントの目配りの良さについては,ちょっと衰えたところもみられないではないが,基本的には変わらない。伊東四朗・Clint Eastwood・USAのEntertainment贔屓はそのままである。昔話が多くなってきたのは,自分が語っておかなければならないという使命感が強くなってきたせいだろうか。個人的はそちらの方が為になるし,面白いのでありがたいのだが。
 久々の一気読み。こういう「含み」の多い文章は,通り一遍のわかりやすさを求める現在の風潮には反しているが,それだけに貴重である。まだまだ頑張って,更なる愚痴が出ることを期待して止まない。