9/16(火) 掛川・?

 前日は毎度の偏頭痛のため,買い物に出かけた以外は一日中引きこもり状態。ここんとこ頭痛の回数が増えたようだ。そろそろバファリンを常備薬とすべきか。こんな時間(丑三つ時)に書いているのは早く寝過ぎたせい。
 今日は静大で定期試験の後,○○という時間の無駄としか思えない行事がある。明日からは京都で応用数理年会。金曜日に帰宅予定。隙があれば日記を書くが,多分ないでしょうな。少しは後期の準備もしなきゃ。論文の準備もしなきゃ。頑張りまっしょう・・・と書いて,頑張ったことがあったのか>わし。自省する。
 SIAMの会員更新を行う。応用数理学会から回ってきた査読論文に関する資料集めをする。京都にいる間に仕上げたいプログラムをNote PCにコピーしておく,等々の雑用を行って帰宅。ボチボチいこか。

萩原玲二・筒井康隆「パプリカ」英知出版

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-7542-3220-8, \1600
 筒井康隆原作の小説「パプリカ」を忠実に漫画化した傑作が,連載中断後八年を経て,漫画家曰く「ダイジェスト版」なる第2部100ページを追加して,ようやっと一冊にまとまった。雑誌連載を楽しみに立ち読み(ゴメン)していた私が渇望していた作品だけに,ひときわ感慨深い。
 原作の持つ馬力がもの凄いので,果たしてどこまで漫画化できるのだろうかと連載時にはハラハラしていたのだが,「おぉ・・・さすが」と唸らされる出来映えであり,それ故に理屈っぽい漫画家・萩原の苦悩は深かったと思われた。んだもんで,原作の咀嚼がうまくいかずに連載続行が困難になった,という趣旨のコメントを残して中断された時は,がっくりすると共に,まあ仕方がないか,と萩原の誠実さを褒め称える感情が同時に沸き起こったのを覚えている。
 今回書き下ろされた第2部については,あれこれ言いたいことはあるのだが,それは全て萩原自身が認識しており(それもまた凄いことだが),巻末の「漫画家覚書」を読んで貰えば済むことであるので,ここでは何も言うまい。原作者・筒井との対談のおまけまで楽しめる(ジブリ版「旅のラゴス」は観たいぞ!),ちっと高くて500ページを越える分厚い傑作,見かけたら是非とも入手すべきである。配本能力に劣る弱小出版社の本だから,すぐに店頭から消えてなくなっちまうぜ,きっと。

9/14(日) 札幌->掛川・晴->曇

 実家から帰ってきた・・・という表現は正しいのだろうか? いつも迷う。実家に「帰っていた」のか,実家から今の住居へ「帰ってきた」のか,全くこの「帰ってきた」という表現は,軸となる「家」は一つしかない,という前提に依っているためにわしみたいなひとり者には使用が厄介である。
 久々にAmazonのレポートをチェックしたら,先月から引き続き「Javaによるアルゴリズム事典」が好調で,クリック数では今のところトップである(といっても一桁台)。何があったのかなあ。ま,ジワジワと評価が上がってきた,ということにしておこう。良書が売れるのは嬉しいものである。
 ということで報告まで。

9/11(木) 札幌・晴

 FIT2003に来ており、開放された計算機室でこれを書いている。
 札幌に来るまでの道中、経済産業省が公開した「オープンソースソフトウエアの利用状況調査/導入検討ガイドライン」をつらつらと眺めていた。んで気がついたのは、大学や研究機関がオープンソースを担うという観点がまったく欠けているのである。もちろん、この文書はビジネスとしてのオープンソースの活用を目指す企業に向けたものであるから、意図的に無視しているのであろうが、それならそれで一言ぐらいの言及があってしかるべきでは、とは思う。
 昔以上に、研究者ってのは自らの研究を広報する必要に迫られていて、分野を問わず、自分のWebページを作って公開している人は多い。そーゆー広報の一環として、成果としてのソフトウェアをオープンソースにするってのは一番理にかなっている行動である。その結果、新たなビジネスに繋がる可能性も広がるわけだ。
 そーゆー意味で、本文書は研究者にも広く読まれるべき文書である。後半のGPLの厳密な法的解釈は読んでいて頭が痛くなったが、具体的な事例を眺めるだけでも十分参考になる。
 つーことを書いておかないと忘れそうなので、記しておく。続きは帰ってから、と。

9/8(月) 掛川・曇

 ねばり腰で頑張っていた残暑も峠は越えたようで,すっかり涼しくなってきた。朝晩は長袖が必須。明日からは札幌に出張だが,あちらは上着も必要な気温であるようだ。つーことで,9日以降は更新を休む予定。
 うーむ,ここで不満を書いたのが功を奏したのか,Phaseのリンクページから,わしのBNCpackの分類が変更され,無事多倍長計算パッケージの仲間入りをしている。それはいい。それはいいのだが・・・うーむ,ますます人の悪口が書きづらくなるではないか。なんたるちーや,さんたーるちーや(古い,しかもCMネタ)。
 この日記を気候の話から始める癖がついて,もうどのぐらい経つのだろうか。そのまま哲学的な話題に繋がれば,まるで文藝春秋の巻頭エッセイのような「しみじみエッセイ」(from 小谷野敦)になるのだが,まだ枯淡の心境とは無縁であるため,「独特の臭気」(from Weblog入門)が漂う俗っぽい内容になってしまう。あと25年も続いて赤いちゃんちゃんこを着る頃になれば,少しは好々爺になって「枯れた」内容になるかもしれない。しかし,そうなればもう新規に内容を追加するよりも,バックログを読む方が楽しめるだろう。つーか,その頃にはWeb自体が残っているかどうか怪しいものであるが。
 しみじみエッセイと言えば,Y博士(Y元教授の方がいいのかな?)が某コンピュータメーカに在籍していた際に,自分で発行していた社内ジャーナルに連載していた記事をまとめた冊子がわしの手元に残っている。面白い代物かと言えば,うーんと即答しかねるのだが,「しみじみ」であることは間違いない。推敲を重ねたと自分で書いているだけあって,文章はさすがにしっかりしている。
 この手のシロウトが書いたエッセイってのは,99%がまとめられることもなく消えていくものであるが,Y博士の場合はそれを恐れたのか,ドットインパクトプリンタで印刷・製本して知人に配っていた。で,その一つがわしんとこにある訳だ。
 しかし,それとて経年劣化が激しく,もうかなり文字が掠れてしまっている。Y博士を知る人も少ないだろうし,内容も前述の通りであるから,これも99%の一部と成り果てるのだろう。諸行無常。