内田樹「態度が悪くてすみません」角川書店

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-04-710032-3, \724

態度が悪くてすみません
内田 樹〔著〕
角川書店 (2006.4)
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 全く,読者をなめるにも程がある。本書は角川Oneテーマ21(このシリーズ名もフザけている)新書の一冊であるにも関わらず,首尾一貫したテーマがない。一応,無理やり「知ること」というテーマは付いているけれど,そんなモン,学者の書いたものならみんな「知ること」について何らかの考察を行っているに決まっているのである。
 ここに収められている文章は,マスメディアに発表されたものが多く,内田ファンでありかつ遅ればせながらのナイアガラーの一員であるワシは,「あ,これ読んだ」というものも結構あった。つまり一言で言えば本書は「内田のエッセイ集」であり,例えば「先生はえらい」のような首尾一貫した書き下ろし作品ではない。内田が書く以上はコミュニケーション論に関する何らかの哲学論考が含まれているのは当然であるが,常識的に言って「Oneテーマ」と言えるかどうか,はなはだ怪しいのである。「知ること」という取ってつけたような説得力のないテーゼを掲げた角川書店の編集者が本書を刊行した本意は,やはり売れ筋の内田本をラインアップに取り込んでおきたい,というものであり,それ以上のものではないと断言せざるを得ないのである。
 でも内田ファンだから買っちゃうし,新幹線車中で完読してしまうのである。まんまと角川の優秀なる編集者の術中に嵌った哀れな一読者としては,私怨をここにぶちまけて憂さを晴らすほかないのであった。哀号。

竹宮惠子「時を往く馬」フラワーコミックスペシャル

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-09-130396-X, \743

時を往く馬
時を往く馬

posted with 簡単リンクくん at 2006. 4.15
竹宮 恵子
小学館 (2006.3)
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 マンガ読み歴30年を超えるワシだが,純然たるコミックスを買ったつもりで,実は教科書だった,という経験は初めてである。いや,べっくらこいた。
 もちろん竹宮が京都精華大学の教授に就任した,ということは,本書に収められているエッセイマンガ「K子ちゃんの教授生活!?」を掲載誌(フラワーズ)で読み知っていたが,表題作のオムニバス作品「時を往く馬」までが,「教材」であったとは思いもしなかった。うーむさすがベテラン,作品解説できっちり「構成」について語りながらも,ちゃんと自己表現とエンターテインメント性を両立させている。特にこの4話のうち,第1話を最初に掲載誌で読んだ時には,ちゃんと現代の内戦状態を描いており,絵に土俗性が出てきたことを最大限効果的に見せているところに感心させられたのを覚えている。うーむ,それが教材・・・生徒さんはさぞかし自分とのレベル差に愕然とさせられるのではないか。ま,厳しいけど,いい加減,成人した男女を相手にするのであるから,現実って奴を見据えてもらうためには,いい薬になることであろう。
 日本のマンガのレベルを維持するには,大学のような機関で一定数の学生をきっちり教育し輩出する必要があることは教師としてのワシは首肯するしかない。だが,一読者としては,早いとこ教授職なんぞという雑用(それが本業の一部なんだが)はさっさと引退して,面白いけどこんな短い欲求不満が溜まりそうな短い作品集ではなく,もっとまとまった作品を読ませてもらえないだろうか,と切実に思うのである。

佐々木力「数学史入門–微分積分学の成立」ちくま学芸文庫

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-480-08952-7, \1000

数学史入門
数学史入門

posted with 簡単リンクくん at 2006. 4. 7
佐々木 力著
筑摩書房 (2005.12)
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 数学に関する専門書を書評するのは緊張する。一応,数学科というところに席を置いたことのある者としては,ビンと背筋を立て,少ない脳細胞をフル回転させて論理を追わねば何も得られない,しかし真摯に立ち向かえば相応の成果をもたらしてくれる「数学」という,得体の知れない相手と立ち向かえば緊張するに決まっている。その昔,ゼミでしごかれた経験から来るパブロフの犬的条件反射が,まだ脊髄に刻み込まれているのである。
 本書はサブタイトルにもある通り,理工系の素養のある人間ならば誰しも慣れ親しんだ微分積分学成立の歴史をまとめたものである。元は市民講座で講義した内容であるから,きっと分かりやすく噛み砕いた内容なんだろうな・・・と思ったアンタは甘い。ワシは本書を一応「読んだ」が,プロパーの数学屋の言葉では「眺めた」というべき程度であって,とても内容をきちんと咀嚼し,理解したというレベルではない。それは一言で言うなら,ワシがバカだ,というだけのことであるが,もう少し詳細に言うと,ワシがすらすら理解できる思考方法で,ニュートン以前の学者達が考えていなかった,ということなのである。ワシだけではない,果たしてこれを,特に現在の微分積分を習得した人間がすらすら理解できるのかなぁ,と,負け惜しみを込めつつ,考え込んでしまったのである。
 簡単に言うと,古代ギリシア人からアルキメデスを経てニュートンに至るまでの思考は,ユークリッド幾何の言葉で語られているのである。これは,初等幾何が苦手なワシにとっては辛い。きちんと自分で図形を書き,じっくり証明の一行一行を確認しながら理解していかないと,「分かった」気がしない。アルキメデスの求積法の証明の緻密さと独創性(現代から見れば,だが)は驚嘆すべきものだが,逆に言えば,このレベルの思考ができなければ正確な面積・体積計算が出来なかった,ということであるから,全く,今も昔も天才にはかなわねぇなぁ,と呆れるばかりである。つまり一般人には到底ものに出来るレベルのものではなかったのだ。そんな高度な幾何学的論証に,今で言うところの記号処理(一般に「計算」と言われているもの)を持ち込んだデカルトという存在がなければ,ライプニッツの積分記号も登場せず,今のように機械的な処理を覚える微分積分にはならなかったのである。
 このような歴史的流れは大体知っていはいたものの,個々の偉人の業績をきちんと数学的にごまかしなく記述してくれているのが本書の,専門書として優れている所である。ほんとに佐々木先生はこのレベルの講義を市民講座でやったのかなぁ,とワシがちょっとやっかみ半分に疑いたくなるのも無理はないのである。そして,昔の条件反射で,この文章を打ちながらもちょっと上半身が硬直しているのも,この「数学」的な記述が昔の記憶を呼び起こすからなのである。
 今は微分積分を教える機会のないワシであるが,その時が来たら,本書をもう一度,ねじり鉢巻して読み込み,是非ともリベラルアーツの香りを漂わせるための素材として利用させて頂きたいと思っている。

吉川潮「完本・突飛な芸人伝」河出文庫

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-309-40787-0, \920

完本・突飛な芸人伝
吉川 潮著
河出書房新社 (2006.3)
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 芸人伝というと,今ではすっかり評価が定着した故人を扱うのが普通だが,これはつい最近物故した芸人か,今も現役バリバリの芸人を扱っている。月亭可朝なんて,本書で紹介されていなければ,ワシにとっては単なる選挙出たがりオジサンとしか認識されなかったであろう。あるいは,ショパン猪狩。昨年(2005年)に亡くなった時には,なんて一般紙の扱いが小さいんだろうと嘆いたものであるが,本書では「本田美奈子より偉大な芸人」と紹介されていて,溜飲を下げることが出来た。レッドスネークカモンよ永遠に,である。
 しかし一番興味を引いたのは,やはり快楽亭ブラック師匠(もう弟子はいないが)である。昨年借金騒動の果てに立川流を除名(破門より軽い)され,その直後に心臓発作でぶっ倒れた,あのお騒がせ真打噺家である。この騒動には吉川先生も立川流顧問として関わっており,ご本人のとりなしによって除名で納まったところを,よせばいいのにブラック師匠,雑誌で先生を批判したもんだからさあ大変,吉川先生のお怒りを買ってしまい,本書の追記ではケチョンケチョンに罵倒されている。文章上では至極紳士な著者をここまで怒らせるとは,やはりたいした玉である。それでも著者はどっかでまだ突き放しきれていないように思えるのだが・・・バカな芸人に対しては情が沸くものらしい。分かるけど。
 あんまし利口でない人間の,エネルギーほとばしる爽快な人生を短い分量で手堅くまとめた名エッセイ,読んで損はあるまいよ。ワシも大いに参考にさせて頂き,周囲の迷惑を省みることなく頑張ります。