佐野眞一「凡宰伝」文春文庫

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-16-734005-4, \571
 本書は,新潟の口は悪いが頭の切れるオバサンから「凡才」の渾名を賜った,小渕恵三・元首相の評伝である。全くマスコミ受けしなさそうな風采の上がらぬ,弁が立つ訳でもない人だったが,某国立女子大学の哲学教授にまで直接電話をかけまくる実直さでジワジワと内閣支持率を上げ,さてこれから長期政権という矢先に突然死去した,というぐらいは知っていた。が,本書ではその人当人の生い立ち,特に父親に至るまでの系図までさかのぼって調べ上げており,あの政権運営のしぶとさのルーツを知ることが出来た。解説で成田憲彦が述べている通り,本書はいわゆる永田町立志伝という趣は皆無で,よくもまあこれだけ当人に批判的なスタンスのルポライターの取材を,表面上は快く受け入れていたなあと,改めて当人の偉大さ・・・というより奇妙さを感じる。
 2003年9月7日(日)のテレビ朝日系列「サンデープロジェクト」は,今月末に控えた自民党総裁選挙特集を組み,現職首相を除く候補者3人を呼んで直接意見を聞いていた。その後を受けて,総裁候補者の意見を黙って聞いていた宮澤元首相が一人で登場し,司会者田原総一郎が質問をぶつけるより早く,開口一番,
「日本の政治の浄化は,進みましたねぇ。これは特筆すべきことだと思う。昔はこんな場所に来て討論会なんて考えられなかった。ガラス張りになりました。」
シミジミと,何かを思い出しながら,断言していた。
 個人的な感想だが,リクルート事件以後,政治資金規制が厳しくなり,選挙制度も変わって,たまに報じられる政治家がらみの汚職事件もめっきりスケールが小さくなっていった,そんな時代の変遷の中で,大派閥の長が最後の輝きを放ったのが小渕首相ではないかという気がしてならない。実直さを前面に押し出して自身の健康状態を度外視してもブッチホンをかけ続けた背景には,もうそれ以外に政権の浮揚を図る方策がないという判断もあったのではないか。総裁選挙で争った対立候補者グループには露骨な報復人事を行う一方,これからの政治はガラス張りになる一方であり,少なくとも表面ではマスコミ受けをしなければ何も出来ない,と思い詰めていたのではないか。
 ご本人は志半ばで倒れ,話し合いで後を継いだ首相はマスコミからボロクソに叩かれて短期間で退陣し,その同じ派閥から総裁選挙を勝ち抜いた現首相は番記者とマメに会見を行い,中身がないと批判されつつも短い言葉でスパスパとTV受けするコメント発しながら,高支持率を維持している。薄れゆく意識の中で極秘裏に病院に担ぎ込まれた小渕さんは,今のこの状態を予見していたんでしょうかねぇ・・・。

Revolution OS(DVD)

 [ NowonDVD.net ] \3900
 GNU ProjectからLinux, Open Source Movementの関係者のインタビューをまとめたドキュメンタリー。Proprietary陣営への直接インタビューはなく,公平性を重んじる向きにはちと不満なところがあろうが,これだけの重要人物の肉声による証言はそれだけで貴重であり,買っておいて損はないDVDである。個人的にはこれと同じスタンスでThe Internet創世期のドキュメントがあれば申し分ない。どちらもお互いに絡んでいる所がたくさんあるので,大きな歴史のうねりを知るには必要な情報なのである。
 ドキュメント中,StallmanがGNU Hurdについて,Linuxよりデビューが遅れた理由を説明する下りがあったりして,それなりにGNU/Linuxの歴史は知っているつもりでも,これは新発見だった。発売元がマイナーレーベルだけに,これがリリースされたことすら知らない人も多かろうが,Open Sourceに興味を持つ向きにはお勧めしておきたい佳作である。

岡田斗司夫「恋愛自由市場宣言!」ぶんか社

 [ BK1 | Amazon ] ISBN 4-8211-0842-9, \1500
 「オンリーユーフォーエバー症候群」から脱却し,「恋愛自由市場」に目覚めた人向けのケーススタディ(第一部 江川達也・大槻ケンジ・森永卓郎・倉田真由美との対談),理論とQ&A(第二部)を語り下ろしたオタキングの新刊。晦渋な記述もなく,200ページを越える分量がありながらあっさり読めた。
 ・・・んが,しかし,どーもなあ,ホントに著者はマジメに本気で「恋愛自由市場」を信じているのかどうか,かなり疑問に感じてしまうのである。
 例えば,男性に対するQ&Aの中で,ギャルゲー好きの童貞オタク男性が,女性に縁がないことを嘆いているものがあるが,それに対する著者の答えは,「同世代の女子大生たちの間では,たしかに価値が低い」が「平均年齢45歳の熟女軍団のなかに行けば,23歳というだけで,あなたの市場価値は急上昇」するというものである。・・・まあ事実と言えば事実かも知れないが,同世代の女性に相手にされない悩みに対するマジメな回答とは言い難い。それならいっそ「救いようがないから諦めなさい」といってくれた方がまだすっきりする。私なら「数は少ないが,貴方のようなキモイオタクでも相手にしてくれる,美人ではないかもしれないが同じくオタクな女性をしかるべき場所で見つけ,恋愛のスキルを高めなさい」ぐらいのアドバイスはする。
 第一部の対談は,著名人の恋愛観が読めるので価値はある。が,それ以降の記述には,人生を左右しかねない「恋愛自由市場」という大命題を扱っていながら軽薄さが感じられ,「あんた一体どこまで本気で語っているの?」という疑念が晴れなかった。大体著者自身,形式上は離婚していながら,実質的には普通の家庭をきちんと営んでおり,ラブ度もセックス度もそれほど高くなさそうである。そーゆー「普通の人」が「恋愛自由市場」を語るってのは,どーも,自身の経験が薄い分,軽くなっちゃうのではないか。それを埋め合わせるため,第一部でどちらの度数の高そうな著名人を引っ張り出しているのだろう。しかしこれも,実際は江川達也を除いてそれ程でもないようで,成功しているとは言い難い。
 ・・・とまあ,徹頭徹尾批判的なことを書いちゃっているが,それは多分,わし自身が恋愛なるものに興味がない,ということが原因だろう。わしはそれ程ワーカホリックではないが,それでも女性から「仕事と私とどっちが大事?」と迫られれば,迷わず「仕事」と答える(つーか,そう答えてしまったのだ,実際(笑))。まあねぇ,著者のように「恋愛」でメシが食えるなら兎も角,わしみたいな一市民は「仕事」しなければ日干しになってしまい,恋愛どころではないのである。勿論,その代償として,ある日アパートの一室で腐乱死体となって発見される末路を辿るぐらいのことは覚悟している。それがイヤで,ツマやコドモに看取られて安らかに死にたいと念願し,そのために「恋愛」に走ろうという向きには・・・まあ,本書はまるっきり向いていないな。むしろ,そーゆー人が努力して結婚した結果,うまくいかずに別れてしまった,その原因は何だろう・・・と考える時の手引きとして読むべきものである。
 中島らもは恋愛を,避けようのない病に例えていたが,わしの見る限り,恋愛をするにも才能が必要で,それがある者だけが病にかかることができる。そして罹患した者が純愛至上主義に毒されたあげくの果てに「恋愛自由市場」・・・ですか。わしみたいな恋愛不自由者にとっては,「楽しいこともあるんだろうけど,しんどそうな世界ですなあ」と嘆息するしかない。さて,仕事でもしますか。

小熊英二・上野陽子「<癒し>のナショナリズム」慶應義塾大学出版会

 [ BK1 | Amazon ] ISBN4-7664-0999-X, \1800
 日記にも書いた通り,本書は小林よしりんの「戦争論3」と並んで平積みにされて販売されていたものである。まんまと三省堂本店店員さんの術中にはまって購入してしまった訳だが,いやあ買って良かった読んで良かった,面白くって一気読み。論旨がすっきりしているし,評論にありがちの難渋な言葉もない。何より,副題である「草の根保守運動の実証研究」という言葉が示す通り,第3章の「史の会」のレポートは実際に会に参加し,そこに集う人々に直接取材した結果を用いて傾向を分析した部分が一番興味深かった。
 第4章では「不安なウヨクたち」として詳細にこの分析を行っているが,いやあ,自分が「不安なウヨク」であることをまざまざと教えてくれましたなあ。だからといって「サヨク」になるつもりもないんだけど。
 「不安なウヨク」であるわしとしては,当然丸山眞男の影響大な小熊に対して反論したいことは当然あるのだが,それはいずれ書く(かな?)「戦争論3」のレビューにて述べることにしたい。が,本書はわしや上野を含めた現代日本人にシンパシーを感じさせずにはおかない「新しい教科書を作る会」の運動をかなり正確にスケッチとして描き出した優れた研究書である。「いやぁ一本取られたわい」という気持ちを込めて,断言しておきたい。

大塚英志「キャラクター小説の作り方」講談社現代新書

 [ BK1 | Amazon ] ISBN 4-06-149646-8, \760
 小難しいフィクションは苦手であるが故に,この著者原作のマンガは読んだことがない。評論も敬遠していたので,本書が大塚英志初体験ということになる。
 そんなわしが何故本書を購入して読もうという気になったのか。これは題名がHow toもののように思えたからである。大塚英志の作品の作り方が分かりやすく述べられているものと誤解してしまったからである。
 確かに著者はあとがきに「ハウツー本としてきっちりと書かれています。その点のみを期待して読んでいただいでも一向に構いません」と述べているが,それはちょっと難しげの「コミック原作者兼ノベルズ作家の大塚英志」個人にとってのものであり,果たして万人受けするHow to本かと言えば,明らかに違う。かなり分析的な評論家としての記述が多く,門外漢が「スニーカー文庫のような小説」全般の傾向を知る上ではこの上なく役に立つのだが,実作者が自分の内なるコスモを燃やして本書片手に突っ走っていけるかと言えば疑問だ。
 それ故に,ジュブナイルなんぞ鼻でせせら笑ってしまうオヤジ・オバハンにはこの上なく面白い「評論」であった。現代新書として発行する決断をした編集者は,「ハウツー本としてきっちりと書かれ」ていることは承知しつつも,著者が本気で書いたらきっとオヤジ・オバハンに受ける評論要素が強くなることを承知の上で依頼を出したに違いない。これがオトナの世界ってもんさ。
 では本気で「スニーカー文庫のような小説」を書きたい若人はどうすればいいのか? 簡単なことである。手近にある,自分が面白いと思った小説やマンガやゲームのシナリオをパロディ化し,自分のキャラクターとして咀嚼できるようになったら,そこで新たな物語を紡いでいけばよろしい。但し方法は自分で見つけること。ここが肝要。そこでのたうち回って苦しめばしめたものである。全ての経験は肥やしになるのだ。
 そうして出来上がった物語を,冷静な目で見ることができるようなった頃,本書をもう一度読むと良い。どのようなパターンに類別されるのか,キャラクターの目的は大塚が言うところの「欠落を埋める」ことになっていないか,ストーリー作りの過程の思考方法は大塚のものと類似してはいないか。もしかすると目から鱗が落ちるかもしれないよ。