意味の分からん不具合が出ていたのを解消。何故か「we-contents/plugins」が「wp-contents/plugings」になっていた。何この変更? 勿論ワシがやらかした自覚なし。まぁ機能不全が治ったのは良かったが、このディレクトリ名変更の理由が分からずスッキリせん。
NA-INET.JP移転の記: 2022-08-02(Tue) – 05(Fri)
記憶が曖昧なので,いつ頃から仮想サーバを借りるようになったのかなぁと,過去の日記をつらつら見ていたら,2000年代早々にはWebArena Suite Proを借り,以後はSuitePro 2→3→VPSクラウドと順当に移転してきたようである。が,そのWebArenaのサービス,悪化の一途を辿っていったのがここ10年ぐらい。2010年代後半からVPSのOSアップデート機能がなくなり,メンテナンスと称した停止が頻発するようになってきた。
同時並行的に,2014年にはさくらインターネットにて研究室用のサーバ(cs-tklab.na-inet.jp)を借り,Secondary DNSもさくらに依頼してあったので,WebArenaのサービスさえ良ければ,2社にまたがった体制を続けたかったのだが,いかんせんVPSのサービスが酷すぎた。2020年7月には3回連続サービス停止という事態に至り,コンパネからの動作確認もできない有様。サポートセンターとのやり取りでブチギレたのも無理もない。
ま,同時期にIndigoなる別ブランドのサービスが始まったので,そっちへのお誘いメールは来てはいた。とはいえ,価格的にも魅力的とはいえなかったし,第一,既存サービスがこの有様では同じみかかグループのサービスを使う気には到底ならない。
この当時はまだIPv6対応ではなく,2022年になってようやくIPv6 reachableになったと案内が来た。
ちなみにさくらインターネットのIPv6は2011年には導入計画を総務省にプレゼンしているし,2013年にはVPSサービスでも展開を明言しているから,IPv6対応は早期から進められていたようだ。研究室サーバを立ち上げた2014年当時はどうだったかは確認していないが,WebArenaに置いてあるPrimary DNSがIPv4しか話せない状況では,たとえ使えたとしてもFQDNがIPv6アドレスを参照できない以上は意味がない。
IPv6対応は音沙汰ないし,定常的な運用も怪しい,ということで2020年夏以降は「逝ってしまえWebArena!」とムラムラ怒り心頭状態だったのだ。
既にさくらインターネットには2台目のVPSを借りていたので,サービスの安定性に関しては信頼を持っている。インスタンスは作り直しになるが,最新のUbuntuは最初に借りたcs-tklabにも適用可能で,どーせ作り直すなら,全部新しいUbuntuで作ってしまえとばかりに,最初はcs-tklabの方をUbuntu 22.04 LTSに入れ替えた。この際,3台目のVPSをさくらインターネットに借り受け,こいつを新しいminerva.na-inet.jpにしちまおうという目論見もあり,動作確認がてら,Ubuntu 22.04を入れて様子見をしたという次第。無事cs-tklabの移行ができたことを確認した後,いよいよ満を持してminerva.na-inet.jpの移行作業に着手したのが8月上旬である。手順は下記のごとし。ドメイン変更の混乱回避と,mailman3のサポートが不安なので,今後,MLはGoogle groupsに移行することにした。結果的にこれ大正解。もうspamの温床みたいなサービスを個人が請け負う時代じゃないのだ。
メイン作業の始まりはここからである。何が面倒かといって,人様に以降の手続きをお願いしなきゃならん所。bindとかMySQLとかApacheとかLet’s encryptとかのインストール作業はなんてことなく,Primary DNSの移行のためには,JPNICから委託を受けたJPRSにIPアドレス変更のお願いをしなきゃならん。ちなみにna-inet.jpドメインの委託会社はみかかの「名付けてネット」から「さくらのドメイン」に前もって変更してある。これも両社にメール出して「みかかさんからさくらさんにna-inet.jpドメインのお世話役を変わってくれませんか?」と依頼する必要があった。この手のお役所仕事は相変わらず自動化されていない。
DNSの移設にあたり、bindのバージョンによる設定の違いにハマる。ま、何とか動いたようなので、さくらインターネットにてネームサーバの更新申請。さてどうなるかな。
— 幸谷智紀@fully vaccinated (@tkouya) August 2, 2022
ということで,Primary DNS変更をさくらインターネットを介してJPRSに依頼して無事終了。移行前はこんな感じ↓。
依頼後はすぐにcs-tklab3.na-inet.jpに切り替わる。
問題はここからで,あーた,今時はJPRSのPrimary DNSの切り替わりがあっても,それを委託している会社のDNSが感知しない限り,FQDNの問い合わせを受け付けてくれないのよ。つまり,さくらのドメインが下記の状態だったら意味がないの。
JPRSの変更とは別口で,再度,ゾーン情報を登録し直さなきゃいけない。で,前回依頼した時にはメールでサポート窓口にお願いしたので今回もと思ったが,ゾーン情報のネームサーバの登録は一旦解除して,自分でやり直せとのこと。が,それでもダメなのでサポートに泣きついた所,bindの設定にNSが複数登録してあるのが原因とのことで,一旦,ns1.dns.ne.jpとns2.dns.ne.jpを取り外して試した所,あっさり登録完了。
IPv4アドレスでしかPrimary DNSの登録ができないのが気に食わないが,サポートによると,IPv6アドレスも受け付けているので問題ないとのこと。
これでようやっと全世界のDNS Treeに変更の通知が送られることになったわけだが,肝心の職場のDNSが全然切り替わってくれない。ようやく変わったのが13時間後。この間,Certbotも切り替わり前のminerva.na-net.jpの情報が残っており,リトライ繰り返して受付不能になったりする,慌てのワシにはありがちの失敗をしでかしたりしていたのだが,ようやっと新しいna-inet.jpを感知してWordPressの設定も完了。
8/5(金) 12:30過ぎ,ようやっと職場のDNSが更新を感知した。長かった~。あとはWordpressのリダイレクトミスを直すのみ。
— 幸谷智紀@fully vaccinated (@tkouya) August 5, 2022
その後,再度Certbotの認証を取り直してあっさりリダイレクトミスも直る。死ぬかと思った3日間であった。
ということで、WebArenaの解約手続きを行ってすべての作業終了である。
あ,別IDでログインせんといかんのか。ということで無事今月月末にて解約手続き完了。しかしVPSコンパネからリンクで飛ぶのに何で同じIDで自動ログインできんのか不思議。2014年からの長いお付き合いだったが,近年の低品質ぶりには呆れて流石に愛想尽かした。NTTグループ内では日陰者だったのかしら。
— 幸谷智紀@fully vaccinated (@tkouya) August 5, 2022
こちらの乱暴な問い合わせメールに対する返答が下記。
これにて一件落着であり,その顛末をこちらに書き付けておいた次第である。
さて今後だが,さくらインターネットが腐っちゃったらまた考えるとして,それまではPrimary DNSも含む3台のVPSを丸抱えしてもらう所存。ここに至るまでは,OCN回線使ってのDynamic DNSあり,職場の〇〇なクラウドサービスありだったが,もういいやこれで。
できれば定年時までは,OSアップデートしながらこの体制を続け,minerva.na-inet.jpだけは当面残すかなぁとも思っているが,いつまで面倒見ていられるか。やっぱり定年数年前には重要なファイル類をgithubに移して日記は別口で続けるかなぁとも考えるし・・・ま,あと10年ぐらいは計画を練りつつ,この体制を維持していく所存。
今後とも宜しくお願い致します。PHP 8になったし,WordPressもあっさり6.0になったし,今度こそ,このblogの更新頻度は上げたいよなぁ。
[メモ] Twitterにわいせつ物扱いされた画像
サイトリニューアル予告
といってもまだ未確定要素が大きいのだが,このblogも含めて,”http://na-inet.jp/“以下の内容を全部Movable Type 5 を使ってコントロールし,デザインを簡素化,全面的に更新をRSS経由でお届けできるような仕掛けを入れたいと考えている。本来は,このWebサイトを抱えるサーバをCentOS4からCentOS5に入れ替えと同時に行いたいと考えていたのだが,作業がめんどくさくなる割にメリットがねーなと躊躇しているので,とりあえずWebの方を優先して行おうと決断した次第である。
何でそんなことをするのか? まず,静的HTMLをしこしこ手直しするのに飽きた,ってことが挙げられる。手打ちHTMLを維持するのも面倒だし,CSSに至っては自分のデザイン能力の無さにあきれているので,人様のものを使っちまおうと思ったのである。ただしディレクトリ構成は維持し,ページ構成もなるべく現行のままで行きたい・・・けど,どこまでできるかなぁ?
もう一つ,大きい理由は,6月に公開講座の講演を予定していること。ここでWeb 20年の歴史を語るというエラそーなことを担当するので,そのためにワシのページを実験台にして「現代のWebサイトはこんなもんですよー」とサンプル提示したいのである。YouTubeからGoogle Adsenseのお誘いを受けたついでにGoogle Adを貼り付けるためのアカウント申請をしてしまったので,ベタベタあっちこっちという程でなくても広告を貼り付けてみようと思った,ということもある。そーゆー用途にはMT5の広告入りテンプレートを作っておくと便利ですからね。そうそう儲かるというものではないし,せいぜい月々数百円程度ってところだろうから,本格的に銭儲けしようという向きには手間の割に効率が悪すぎるが,一応,Webデザイン特別プログラムを担当している以上,そーゆーめんどくさいサイトを維持するってぇのは自分のスキル維持のためにも必要と考えたのである。お客さんに嫌がられない程度に広告を挿入するセンスってのも大事だしね。
つーことで,4月~5月にかけてボツボツ作業ができればと考えているが,サボっている仕事が多すぎてこっちに労力を振り向けられるかは分からない。でもまぁ,できなきゃできないで,「昔はワシもこんなことを考えていたんだぜ」程度の話題のネタにはなるから,こうして書き付けておく次第である。
参考文献を明示しない人々
つい最近,当学教授の最終講義(ワシは聞きに行けなかった)の要録を読んでいたら,地動説に関してガリレオはコペルニクスについて全く言及していない,というお話で締めくくっていた。ふーん,今も昔も人間同士のプライドと功名心のぶつかり合いってのは変わらないんだな,とシミジミ思う。と同時に,参考文献の明示,つまりは先行研究・事例へのリスペクトを表わす,ということに関してはいろんな人が大なり小なり,意図的あるいは過失によって悶着を起こしてきて,今もそれは絶えていないということを考えると,ある程度のコンフリクトを抱えているからこその「文化」なのかなぁという気がしてくる。
ワシの漠然とした「著作物」のイメージはこんな感じである。まず土台には,多数の人間同士のコミュニケーションという「空気」と,そこでやりとりされる情報という「水蒸気」が不可欠である。その中の特定の個人や団体の熱気が空気の流れを作って水蒸気を集め,「雲」,即ち一つの文章・一冊の本として集約される,と。情報を語る言語は所詮「借り物」(by 糸井重里)であるが,情報そのものだって,元はといえばどっかからの借り物からしか派生しないものである。集めた情報の編み方とか,それを土台として自分なりの積み上げたものに対しては「著作物」として保護しなきゃいけない,という考え方は現代では常識となっているけど,茫漠とした「雲」の周辺にくっきりとした境界線があるはずもない。著作物ををどこまで保護すべきなのか,唾棄すべきなのかということは,文化のジャンルによって恐ろしいほどの幅があり,歴史的な経緯やビジネスとしての価値,果てはナショナリズムまで絡んできて,「こっからここまでを著作物として認める」という明確なラインは引けそうにもない。もし引けるとすれば,権利者同士のぶつかり合いの均衡点を取るしかなく,それとても時代の変化によって変動することは避けられない。大体,本気でぶつかり合うならまだマシで,大方はぶつぶつ言いながらも裁判沙汰にはせず,当事者がそれぞれ勝手な言い分を表明しておしまい,ということになる。こうなると漠然とした,ある程度合理性のある世間的な合意点というものの形成すら難しい。かくして剽窃だの盗作だのという問題は尽きることがなく現れては霧散霧消するか,どっちがいい人とか美人だとかハンサムだとか金持ちだとか貧乏人だとか著名人だとか学歴が高いキャリアがあるまだ商品価値がある,いやもうない・・・などといった要素に引きずられて時には非合理的な世間的空気が作られて終わってしまうもののようだ。詳しくは栗原裕一郎さんの本でも読んで下さいな。全くいやんなってくるから。しかしまぁ,そこで曲りなりにも積み上がってきたものを尊重しなきゃいけないのは言うまでもない。参考文献の明示ってのは,その尊重すべきものの一つである。
apjさんとこのblogエントリで,と学会がらみの悶着について運営側の唐沢俊一さんの意見に軍配を上げたら,案の定というか,アンチ唐沢な方々が集まってきてちょっとしたボヤみたいになっている。ワシはと学会の関係者でもないし,この悶着については全く知識がないのでどっちが正しいとか間違っているとかは分らないが,どうもアンチ唐沢な方々は潔癖なお人が多いようで,ワシみたいなゲスにはどーにもその言説が「純粋まっすぐ君」(by 小林よしりん)みたいで,生理的に受け付けないんだが,漫棚通信さんの件以来,訴求力のある町山智浩さんが煽ったこともあって,どーも唐沢俊一さんには風向きが悪いようですな。ま,仕方がないとはいえ,随分とまぁにくまれているモンだと感心させられる。憎まれるってのは大物の条件でもあるわけで,ひょっとしてアンチ唐沢な方々ってファンの裏返しなのかと勘ぐってしまいたくなる。
ご本人が認めた漫棚さんの件以外にも,パクリだ剽窃だと唐沢さんが言われ続けているのは,トンデモ事件コラムとかに参考文献(URL)を明示しない上,引用文を多用しないという書き方に起因しているように思われる。ネット時代なんだから,ネタ元として使っているところには仁義を切るべきだろうし,そうでないなら文献を最後に書いておくとかすればいいようなモンだが,それをしていないのは本人のスタイルなんだろう。実際,学者じゃあるまいし,いちいち文献なんぞ羅列していられるかいってんだ,と開き直っちゃった人もいるんだよね。代表的なところでは「なだ・いなだ」がそうで,ちくまプリマ-ブックス「こころの底に見えたもの」でも,フロイトの学説を紹介しながら文献については明示していない。同じシリーズでも金森修の方はちゃんと巻末に文献一覧があるのとは対照的。なだに言わせると,ろくに読んでもいない文献の羅列は学者が権威付けのためにするもんである,と。その割にはビジュアル著作権協会で人様の著作権の使い方には随分小うるさいのですねとイヤミの一つも言いたくなるが,あんまし唐沢さんみたいに声高な批判が聞こえてこないのは単に売れてないからなのか,それともアルコール依存に関してはオーソリティである医者という立場のおかげか?
文化的な立ち位置が違うからなんだろうが,特に芸人/職人の世界ではパクリが普通,というと言葉が悪いが,テクニックを見て「盗む」ことはよくあることだ。といってもあからさまなマネでは芸人仲間からは軽蔑されるが,くすぐりや演出を真似するってのは,芸道では普通にあり,あの志ん生ですら,先達のマネと言われていたぐらいである。目の前の客さえ喜ばせておけば,オリジナルかどうかなんて関係ない,瞬間瞬間が重要,という世界では,まずウケなけりゃ話にならない。極端な話,まんまのパクリだって,パクっちゃった方が客を沸かしていれば,それで人気が出てしまうことだって「アリ」の世界だ。ヤクザと言えばヤクザな世界だが,そうやって回っている部分がワシらの世界では今も存在している,ということは事の善悪の判断とは別にして,認識しておくべきだろう。
昔気質のライターには,文章のリズムが崩れるからと,引用文を嫌う向きがあったらしい。確かに,不用意に長たらしい引用文はちょっと勘弁して欲しいと思う。佐高信の金融恐慌の本がまさしくそれで,もうちっと的確にやってくれと言いたくなったものである。
引用を嫌い,すべて地の文に押し込んでスムーズな流れの文章を作る,という職人気質は今でもライターさんに残ってたりするだろうなぁとワシは想像しているのである。唐沢さんが以前,東浩紀の文章が下手くそと批判したことがあったが,学者的な文章がライター的な文章に比べて引っかかりが多いというのは,そもそも目的が違うから当然のことだ。何でそんなことで東に突っかかるのか,ワシはとんと理解できなかったが,ドンドン名声を勝ち得ていく東に対する嫉妬と,この職人気質を持つライターとしての矜持が相まってあの批判になったのかなぁと,ワシは勝手に結論づけている。どうも,唐沢さんはアカデミズム的なものとは相性が悪いようだ。参考文献をずらずら書かないのもその辺に原因の一端があるのだろう。
しかし,芸能プロを経営し,落語会のようなイベントを開くだけでなく,自らも出演してしまう唐沢さんは,かなり芸人的なノリに影響されているし,意図的に芸人的ライターとしての立ち位置を保っているように思われる。だとすれば,ネタの学術的発掘という金にならないことに精力を費やすよりは,ネタは楽に仕入れてうまく裁いて客に出した方が勝ち,という価値観を今も保っていることになる。パクリ批判に対してほぼ沈黙を守っているのは,「へっ,トウシロが外野でギャーギャー言ってても客は気にしねーよ」ということなのかも知れない。そしてその態度が何となく伝わってくると,神経過敏な方々や空気に乗って叩きたい輩が騒ぎ出すのだろう。してみれば,このアンチ唐沢な方々は,実は唐沢さんに載せられているということも・・・あるのかしらん? まー,あちらは結構な経験を積んできたプロデューサーだからなぁ。相当図々しく計算していたとしてもおかしくはない。そーゆー「古狸」みたいな存在には噛みついても取り込まれるだけ無駄であって,遠くで眺めているに限る,というのは,ワシが40年生きてきて学んだ経験則である。
つーことで突き放す気はないのだ。だって唐沢俊一さんの著作は読んでて面白いところが多いから(最近は町山さんの方が勢いがあって面白いが)。もしあちらがヤクザな「芸人」なら,こちらはもっと無責任な「客」でしかない。少なくともワシという客は,面白いものには金は出すが,道徳を語るだけの社会運動家や街宣車は無視して通り過ぎるようにしているのだ。もちろん「パクリだ!」というご批判はちゃんと受け取って,引用するときにはそっちを使うようにする。まぁ,ワシの商売柄,そうそう使う機会はないだろうけどね。
してみれば,唐沢俊一という人は,アンチを取り入れることによってさらに使用価値を高めたということになる。無責任な第三者であるワシは,その成果(と悶着)を楽しませていただいて,誠にありがたいと日々感謝しているのである。