小谷野敦「友達がいないということ」ちくまプリマーブックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-480-68860-6, \780
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 いやぁ,痛快痛快。「プリマーブックス」だから少しは手加減するかと危惧したが,全くの杞憂であった。いつもの小谷野節全開,少し枯淡の味わいが出てきたのがファンとしては気がかりではあるが,「真実はこうなのだ」ということを遠慮なくぶちまけている。やっぱり感性としては立川談志と相通じるところがあるんだろうな,と思わせる怒りと哀切の行きつ戻りつがワシにはとても好ましく思える。新書としては薄めの187ページ,一気に読ませてもらった。「友達がいなくて(少なくて)さびしい」という人にとっての福音・・・となるかどうかは保証しないが,少なくともその寂しさの依って来る理由については,著者の博識に教えられることが多いだろう。変な「解決策」の安売りをしないところがとても好ましい一冊である。
 村上たかしの「星守る犬」が大ベストセラーになり,映画化されて2011年6月現在公開中であるらしい。らしい,というのは映画も原作も見ていないし読んでもいないので,詳細を知らないからである。特に原作だが,ワシは最初の発端の部分読んで全然共感できなかったので,結局読まずにいる。もともと村上作品とは相性が悪いので,そのせいも多分にある。しかしいい年こいてロクすっぽ家庭を顧みてこなかったこのおっさんが三行半突きつけられて野垂れ死にするのは当然だと思ったことによることが大きい。多分,この作品をストレートに読んで感動した人とは友達になれない。
 そんな酷薄なワシなので,友達はごく少ない。そもそも中学校ではイジメにあったし(おかげで十二指腸潰瘍になってしまった),高校では便所飯ならぬ便所勉強(個室に籠って英単語カードを繰っていたのだ)してたら頭から洗剤をぶちまけられて往生したし,大体,学校というものが嫌いなのである。大学生になって妙な同調圧力から解放され,親元から離れたことも手伝って,ようやく一人で好き勝手に動けるようになったことを心底喜んだのである。友達がいなかったわけではないが,たくさん作ろうとは全く思わなかった。
 その分,常に寂しさに付きまとわれていたことも事実である。一人さびしい夜に電話をかけて飲みに行ったり駄弁ったりする友人が欲しいなぁ・・・と思ったこともあるが,反面,そーゆー付き合いが煩わしい,と思うことも多々あった。人並みに女性と付き合うようになってから,四六時中いつでも自分のことを見てほしい構ってほしい,という要求に辟易したこともあって,人付き合いより自分の仕事を優先しないと人生の甲斐がない,と開き直るようになったのは三十路以降である。
 以来,寂しさが張り付いてしまって日常化している。平気だとも思わないが,煩わしいよりマシ,という感情もある。阿刀田高がエッセイで,結婚式の際,秒単位だが独身生活への別れを意識した,と書いているのを見て,ちょっとホッとしたものである。男女問わず,実は皆,大なり小なり「寂しさ」と「煩わしさ」を天秤にかけて日々暮らしているのだ,と分かったからである。
 本書では友達がいない,ということに伴う寂しさを様々な著者の知識の引き出しから取り出して見せてくれるのだが,その奥底には「人間の真実はこうである」という,著者のメッセージが込められている。
 例えば,「恋愛というのは差別的」(P.129)ということをさらっと書いていたりする。よしながふみの寓話的漫画集「愛すべき娘たち」(白泉社)には,この「恋愛=差別」という事実を悟った主人公が出家してしまうという短編が収められていて,この事実をシチュエーション的に解説しており,事例の一つとしてお勧めである。
 そして著者は友達関係においても差別が伴う,ということを続けて述べる。

 たとえば人は,自分を慕うものをかわいがる。教師が学生に対するのなど特にそうである。あるいは,自分の競争相手になりそうな者より,そうならない者の方に,情愛を注ぎがちである。実際私は,高校生の頃,中学時代の友人の間で「Pはいいやつだと」とXに言ったところ,Xが「そりゃ,Pはお前にとって下の人間だから,そう言うんだろう」と言われたことがある。なるほどPは学力の面では,低い男だった。ぎくりとしたものだが,やむをえない。

 誰しも思い当たることがあるだろう。自分はそんなことはない,と言い切れるとすれば,ペテン師か自己内省能力に致命的な欠陥がある人間かのどちらかである。
 本書には随所にチクリとくる真実の指摘がある。高校生には逆にまだピンとこない所も多いかもしれないが,なるべく若いうちに「少々口の悪いおじさんの直言」と「過去において友達がいなくてさびしかった人の言」には触れておいた方がいいだろう。筑摩書房のシリーズ本の一冊だから,全国の中・高校の図書館に本書が常備されるだろう。なるべく多くの「さびしい」若人の目に留まって欲しいものである。

6/10(金) 掛川・曇時々雨

 梅雨らしく,どよどよした天気が続く。こういう時こそ研究研究,である。つーことで,チマチマとIntel コンパイラとIntel Math Kernel Library(IMKL)で遊んでみた。とりあえずBLASとLAPACKを使えるようにするのが目的である。おおざっぱな手順は下記の通り。
1.Linux用のIntel C++コンパイラ(IMKLも入っている)をNon-commercial Software Developmentのページ経由でダウンロード→インストール(ライセンス認証もここで)→Pathを通しておく
2. BLAS/cblas,LAPACK/LAPACKEのプログラム例はLAPACK Examplesを見ながら作成。コンパイルオプションはLink Line Advisorから探索すればよい。
 BLAS/LAPACKライブラリ中の高速性では
 オリジナルBLAS(cblas)/LAPACK(LAPACKE) < ATLAS < GotoBLAS2 =? IMKL
つーことらしいが,どうなのかしらね? 後で試してみようっと。とりあえずBLAS1,BLAS3, DGESVのサンプルプログラムはできたので,パフォーマンステストを楽しみながらやってみたい。これを土台にLAPACKベースの数値計算テキスト書けたら嬉しいなぁ(人ごと)。MAGMAってのはまだRC5か。OpenCLに対応したら使ってみたいなぁ。
 さて,明日に備えて寝ます。

6/7(火) 掛川・曇時々雨

 暑くもないが寒くもなく,太陽が出るわけでもないが,雨が長続きするわけでもない,という典型的な梅雨のぐずぐずな天候。ハッキリしないところがいかにもこの時期らしいが,気分的によろしくない・・・というのは全てワシのぐずぐずな仕事ぶりによるものであって,天候のせいではないのである。
 次年度からカリキュラムが改訂されるのに合わせて,講義科目担当者の割り振りと調整が始まった。今のところワシは数学の先生として専念する,ということになる見込み。微分積分なんて何年ぶりだろう,線型代数に至ってはいつやったかも定かでない。複素関数論(何でみんな「複素」を省いて科目名とするのだろう?)は3年前にテキスト書いたこともあってブランクは少ないが,しかし,UNIXとWebとDBの教師から数学教師っつーのも変化が激しいような。ま,希望した科目ではあるから,特に不満は無いのだけれど。
 つーことで,ちょろっと心づもりのためにLAPACKの機能とかIntel Math KernelとかMaximaなどを調べてみた。ワシが数学をやるとなれば必ず計算がらみになるわけで,演習用ソフトにふさわしいものはどれかなぁ,と考えるためである。ちなみにLAPACKの解説はこの電通大の院生さん(もうDr.取られたらしい)のが一番新しくて詳しい。ワシがやるとなれば,もっと大味なものになるのだろうなぁ。
 あんまし逃避しててもアレなので,ボツボツ自分の仕事もきちんとやっておかないとなぁ。懸案の翻訳も今月中めどに片付けたいものである。
 明日中に特急で自分の書いた原稿を手直しする必要が出てきた。つーてもやる気にならず,ちらと修正項目を眺めたのみ。全ては明日だ,明日なのだ~・・・っと逃避しているから段々首が絞まってきて自分で欝の穴に陥ってしまうのである。気をつけねば。
 気をつけるのは明日にして,ボツボツ寝ます。

宮田紘次「ヨメがコレなもんで。」ビームコミックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-04-727294-1, \620
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 齢四十路にして,すっかりすれっからしの親父と化してしまったことに最近気が付いたのである。新人漫画家の作品をロクすっぽ読みもせずに「昔読んだあの作品と同趣向」とか「あの漫画家のデビュー時と比べて云々」などとウンチクたれするばかりで,普通に漫画を読めなくなっていたのである。
 これはイカン,このままでは漫画レビューとは名ばかりの,自縛的知識の羅列になってしまうではないか,もっと虚心坦懐に漫画作品を楽しもう! ・・・とゆーことで,最近のワシは書店店頭で行われている漫画家フェアにおいて各社がプッシュする,なるべく未知の作家の作品を読むようにしているのである。で,読んでみると,やっぱり一押しされるだけあって面白い作品が多いのである。「売れてる作品なんて,ケッ」という団塊世代左翼的態度は改めた方がいいな,と反省することの多い今日この頃なのである。
 そんな一押しフェアの中で目を引いたのが宮田紘次のこの作品,「ヨメがコレなもんで。」である。宇宙人を妻とする若ハゲ日本人男とのご家庭コメディ漫画,というふれこみだが,読んでみたらそのまんま。何のひねりもなくド直球のラブコメ(?)である。ワシ世代だとどうしても宇宙人vs.地球人カップルというと「うる星やつら」(ATOK2011辞書にも登録済みだ!)を思い出してしまうのだが,あちらが学園ラブコメで長々と,割と淡白な描き方をされていたのに対し,本作は,ちょっと懐かしい劇画調の暑苦しい作風で「奥さまは魔女」的なご家庭イチャイチャラブコメをごく短いページ数に詰め込んで描いている。新人さんの割にはワシら中年世代の漫画読みには馴染みやすい暑苦しく肉感的な絵柄なので,若い人に人気があるのかどうは,ワシにはちょっとわからない。まぁFellows!という読者層が絞られそうなムックに掲載されていた作品だから,最近の流行とはチトかけ離れているのかもしれず,その辺の分析については本職の漫画評論家の方にお任せしたい。しかし,エンターブレインからこういう「普通に面白い」コメディを描ける手練れな漫画家が出てくるというのは少し意外であった。
 地球人・真壁ノブオがUFOに拉致され,インプラント(何を?)される直前,一目見た宇宙人の女性に一目ぼれしてプロポーズ,少しの交際期間を経て結婚し,狭い団地暮らしで専業主婦となり子供も作り,日々家事に追われつつ幸せに暮らしている・・・というシチュエーションだけ書くと詰まらなそうだが,汗と愛がにおい立つ圧倒的な画力で攻められると,「いいなぁ,こういう生活」と洗脳されてしまうのである。奇をてらったストーリー展開は皆無で,それよりは宇宙人の嫁(名前が不明なまま,ヨメとか奥さんと呼ばれるのみ)の愛らしさを描くことだけしか考えていないのではないか?という作品なのである。そこが非常に良くできていて,何度も聞いた古典落語でも,名人の落語家が語ると面白く聞き入ってしまう,というのと同じく,画力に裏打ちされた「漫画力」にワシはすっかり魅了されてしまったのである。
 シリーズ短編で構成された全1巻の本作,非常に気に入ったので,ワシはフェアで並んでいた「ききみみ図鑑」も読んでみるつもりである。やっぱり注目されている新人さんは欠かさずチェックしておくべきだなぁと反省した次第。

5/28(土) 掛川・曇

 梅雨入り~。早い~,と思ったがもう5月も終わる訳で,まぁ季節としては順当に推移しつつあるのであるな。この調子で梅雨明けも早いとありがたい・・・のかしらね,今年の電力事情的には。
 久々に朝一の更新。今日はSSH講座があるので早起きして,先週サボってた掃除を完了した。ついでに洗濯も。ま,この夏のボーナスで洗濯機は乾燥機付きのものに変更するつもりなので,洗濯だけは小まめにできそうであるが,掃除ばかりはあんまり汚れないこともあってついサボりがちになるのである。
 つーことで,昨日ようやくSSH講座のテキスト(PDF)が上がった(サンプルページ)。2年前に作ったC++の資料(PDF)を使い回そうかと思っていたのだが,個人でシコシコとキーパンチャー仕事をするよりは,他人の作ったものも随時見られるWebベースのPHPスクリプト作成の方がいいかと全面的に直したのである。さてどーなることやら。
 昨夜放送のDigを聞きながら記事更新をしている。福満しげゆき先生がいい味出してるな。訥弁ながら言いたいこと言える機会を常にうかがっている感じ。さすがである。能弁ではないワシもかくありたいものである。
 読売新聞の数学マンセー的な記事。まぁありがたいけどさ,そんなに持ち上げられてもできないことはできないし,したくないことはしない,って傲岸不遜な態度は変わらないと思うけどな。・・・と,以前,ご相談された事柄に「そんな都合のいい数学理論なんてない」とふんぞり返って相手を呆れさせたことを思い出した。
 マシンの立ち上げもあるので,ボツボツ出かけます。今日はハードデーズナイトになりそうな予感。