幸谷智紀・國持良行「情報数学の基礎(第2版)」森北出版

幸谷智紀・國持良行「情報数学の基礎(第2版)」森北出版

[ Amazon ] ISBN 978-4-627-05272-7, \2200+TAX

 さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。引退したク○教授どもが(当時の)若手教員二人に押し付けた新科目「情報数学基礎」のテキスト,紆余曲折あって森北出版社長の目に止まって出版に漕ぎ着け,所属大学以外でもあらびっくりのアラビア石油,テキストとして採用してくれたってんだからありがたいことこの上ない。本学だけでは売り切ることができないところ,5刷まで行ったてんだから僥倖僥倖これ僥倖,「本文二色刷りにして第2版を出しましょう!」と第1版担当編集F氏は宣うたのもこれ自然,著者としてはありがたいことこの上ない。是非もなし,どうぞどうぞと承諾すればコトが済むかと思いきや,「グラフ理論の章を追加して,まえがきからもう一度全面校正をお願いします。ついては第1版から追記・変更・修正するところがあればそれご指摘的下さい」ときたモンだ。クリビツ仰天,何せ著者二人は管理職,と言えば偉そーだが実態は単なる雑用係何でも屋,コロナ禍でしっちゃかめっちゃかのところに新章書き下ろしの上に全ページ校正アリだというから笑っちゃって腰が抜けるところを反射神経的に「いいっすよーやりましょー」と返事しちゃったんだから間抜けというかなんというか。んじゃ下書きよろしくです〜といつものよーに頭脳労働担当著者にぶん投げて,まぁそのうち出来たらワシが手を入れればいいやぁと呑気に構えていたらあっという間に「下書きできました」ときたモンだ。どーせ期限内にはできないだろうと悠々と構えていた所,こうなりゃ仕方ない,全面的に文章入れてリライトして図もたくさん追加して肉体労働担当著者としてでっち上げましたよ超特急で。その後は森北の編集氏とワシらとの間でやれこの題材はコラムじゃなくて本文にしろだの何だの変更しまくって頭からの校正も2回やってどうにかこうにか本日(2020年11月26日(木))販売に漕ぎ着けたという次第。20ページ近く分量増えて読みやすい二色刷りになったのに何故かお値段据え置き2200円(+TAX)! 今日日,容量減らしてお値段据え置きとかフザケタ実質値上げが相次ぐこの日の本で,なんて良心的なんだと涙が出てくるってシロモンなのだ。さあ買った買った買ったぁ!

 ・・・というヤケクソ的な愚痴はともかく,好評頂いたのは著者としてはありがたいコトこの上ないのは事実である。「理工系大学でこの程度?」という批判も覚悟で書いたモノだが,第2版が出たということは,まぁつまり「この程度」のための邦文テキストが存外に存在していなかったという事実が判明してしまったということなのだ。プログラミングやデータベースや情報理論をこれから勉強しなきゃならんのに命題論理も集合も写像も関係も知らんでは困る。いやそれ以前に高校までの数学では何を習ってきたか,計算手法じゃなくて学ぶべきは「概念」であって,記号はその表出に過ぎないということから説き起こす必要がある,というニーズをコンパクトに本文171ページに納めたのが第2版に漕ぎ着けた一番の理由ではないかとワシは睨んでいるのである。

 大体,研究者の書いたものは東海林さだおが言うところの「ドーダ」が多すぎるのである。鹿島茂が定義したこの「ドーダ」=「過剰な自己愛的表出」,早い話が「能力自慢」,まぁオベンキョーを生業とする学者先生の職業病みたいなモンだから仕方のないことではあるが,初年時の学生に対して「ワシらは専門家であるからしてこれだけのことを知っていてこのぐらいの問題は楽勝なのだ「ドーダ」」の山を押し付けることはアカデミックハラスメントにすらなりかねない。申し訳ないが,ワシらがこのテキストを書いた頃には既存の「離散数学」のテキストはかなりの「ドーダ」的な代物であり,「センスがない奴には解けないだろ?」という,良問だが,それ故に捻った演習問題に満ち溢れたモノだったのである。習得できれば何ということもないが,概念の理解と暗記だけでも大変なのに,問題が素直に解けないモノであれば,成績下位者から投げ出してしまうこと間違いない。本学に「情報数学基礎」という必修科目が設定されたのは,ともかく論理・集合・写像・関係という最低限の離散数学用語と記号と概念の習得をして貰わねばこの先がない!,という,主として数学担当の教員による要請によるものなのである。が,サイテーなことにこの科目の必要性を訴えた○ソ教授どもが担当するのイヤがってワシら若手(当時)に押し付け腐ったモンだから,「まぁこんくらいなら大丈夫かな」という内容に落ち着かざるを得ず,「ドーダ」の入れようがなかった,というのが偽らざる真相なのである。

 しかしまぁ,結果的に,中学・高校数学との接続も意識した必要最低限の解説と,素直極まりない演習問題にしたことが,テキストとしては良かったのであろう。実際,数学的センスを必要とする場面が現実にそうそうあるかというと案外そうでもないし,センスなんてモンを発揮する以前に,概念習得がまず先にあって然るべきなのである。一通りの概念を学んだ後でないと,有段者のセンス良さに感心することすらできない。逆に,センスの良さばかり追いかけていると,情報処理における「肉体労働」,つまり「プログラミング」の重要性を軽んじる「評論家バカ」,つまり「眼高手低」の輩に堕してしまう可能性があるのだ。まずは素直に概念習得しましょう,そのための必要最小限のひねっていない問題解いて慣れましょう,それが本書のコンセプトなのである。

 ワシらが目指しているのは,アイディアの有用性を理解する基礎知識の涵養であり,プログラミングテクニックを通じてアイディアを実現する技術の習得であり,そのためには,プログラミングのための概念の修養が重要である。本書はそのための簡易覚え書きであり,それ以上でもそれ以下のものでもない。分量の少なさ,演習問題のストレートさは,概念理解のスピードアップを図るためのものであり,センスの涵養を行いたい向きには,前書きにも書いた通り「もう少しレベルの高い(ドーダが詰まった)「離散数学」のテキスト」や「(純粋ドーダの塊である)情報システム関連の論文」を使った教育を行って頂きたい。その際には本書を露払いとして使用して頂ければ,著者としては「この程度」で書いた甲斐があった訳で,ありがたい限りなのである。

永坂秀子先生の思い出

卒業生の遺稿集を出すそうなので,その下書きとして書いた文章を以下に掲載しておく。

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 忘れもしない1991年,大学院生の受け入れはしないという方針の研究室にて数値解析の面白さに目覚めた学部4年生の私は,どうにかこうにか他大学の大学院へ行きたいと,手当たり次第に国内の数値解析系の研究室をリストアップし,電話(E-mailが普及するのは1990年代終盤)をかけて大学院生として受け入れて頂けるかどうか面談を申し入れまくっていた。リストアップした二番目が山梨大学の田中正次先生で,タイミングの悪いことに電話が繋がらず,三番目に挙がっていた日本大学の永坂秀子先生に電話をかけるとご本人在室で直接お話しでき,面談の快諾を得た。以来亡くなる前年の2019年まで,三十年近いお付き合いの始まりになるとは思いもしなかったことである。日本大学理工学部数学教室の研究室でお目にかかった先生は,一面識もない他大学の学部4年生に親しくお話しして頂き,「興味があるようなら6月の数値解析シンポジウムにいらっしゃい」とお誘い下さって,これもまた今も続く研究集会・数値解析シンポジウムとの長いお付き合いが始まるのである。

 そうして何とか潜り込んだ日本大学大学院理工学研究科博士前期課程(いわゆる修士課程)において,私は永坂研究室に泊まり込んだりしつつ,TeXやPC-9801や日立の汎用マシンや,SUN Sparcマシンと戯れつつ2年間を過ごしたのである。研究は面白く,計算にのめり込んだ私は,当然博士後期課程に進みたかったものの,金銭的な問題もあり,兄弟子の室伏誠先生のつてで雇用促進事業団に雇ってもらい,遠く能登半島の真ん中辺,穴水町の石川職業能力開発短期大学校にて,給料をもらいつつ理解のある校長の許可も得て社会人博士課程大学院生として3年間を穴水と東京を行ったり来たりしながら過ごし,永坂先生と戸川隼人教授のご指導のもと査読論文を三本執筆し,晴れて博士号を取得することができたのである。ちなみに,この時の副査のお一人は,戸川教授のツテで,二番目にお会いできなかった田中正次先生にお願いすることになったというのも何かの縁を感じざるを得ない。

 博士号を取得後も,私が静岡理工科大学に職を得て異動してからも,果ては永坂先生が日本大学を引退されてからも,先生のご自宅へ定期的に通うという習慣は続き,取り止めのない世間話や数値解析の研究についての楽しくお話しするという至福の時間を過ごすことができた。最近はもっぱら永坂家に伝わる古文書に関する話が多かったが,私の結婚後は妻共々親しくおつきあいさせて頂き,2019年12月まで,武蔵小山近辺の中華料理屋やイタリアンの店で会食させて頂いたのは良い思い出である。

 その他にも様々なことが思い出されるが,近年一番印象深い出来事は,2018年,常微分方程式の数値解法の世界的権威であるAuckland大学のJohe Butcher教授主催のセミナーで,永坂先生が五十嵐正夫先生や室伏先生らと精力的に取り組まれた捕外法の歴史をテーマとするマレーシアの研究者の講演で,かのNIM法(Nagasaka-Igarashi-Murofushi)の論文が取り上げられていたことである。このセミナーでは私も捕外法を例とする研究発表を行ったのだが,そこでもNIM法を取り上げており,この偶然の一致にいたく感動したことを今でも鮮明に覚えている。

 考えてみれば,はた迷惑な押しかけ弟子として出発した私は,学位取得もその後の精神衛生的支柱としても,永坂秀子先生の人徳に寄りかかりっぱなしの研究者人生であった。先生なくして今の私はここにはいない。ここに次の追悼の辞をお送りして締め括ることにする。

 日大の学部生でもないのに突然押しかけてきた私を暖かく迎えて頂き,大学院5年間のご指導を通じて修士号・博士号を取得することができました。以来,本年まで30年近くお付き合いさせて頂き,誠にありがとうございました。妻と共に静岡の地より御礼と共に,ご冥福をお祈り致します。

11/15(月) 駿府・晴

 晴天だが雲が多めの日。富士山が見えず,さっぱりとした秋空とはいかず,明日からは天気が崩れるとの予報。本格的な冬に入る前段階のようで,寒さはまだ本格日しそうにもない。その割にはコロナウイルスは,GoToなんちゃらの影響で緩みまくったワシら日本人に容赦なく襲いかかっており,感染者数は過去最高を更新しそうな勢い。冬になる前に第三波がやってきた訳で,ボチボチ東京をぶらぶらしたいなぁと思っていても,今年いっぱいは無理っぽい。ワクチンがくるのを待つしかないなぁ。

Intel Mac用としては最後のmacOSかしらん?

 自宅用メインマシンのMacBook Airを Big_Surにアップデートした。どうやら今度出たApple Silicon M1マシン用のOSとして出てきたらしいが,将来のないIntel Macとしては最後のメジャーバージョンアップかしらんと不安になってくる。Arm用とx86_64用の両バイナリをサポートするアプリがこれから出てくるようだが,後のないマシンオーナーとしては余計なモンをくっつけてくるんじゃないと言いたくなる。
 ちょうどSIMDに凝っているので,ArmのScalable Vector Extensionsを勉強するのアリかなとつらつらマニュアルなどを見ているのだが,肝心の使い勝手の良いGCCは来年以降にならないとHomebrewからは出てこないらしい。

 つーことで,M1マシンの購入は様子見。まぁソフトウェアの厚みについてはx86系の優位はそう簡単に崩せないし,AMDのRyzen快進撃もあって,ワシの科研費が終わるまではAVX2だけ相手にしていれば十分であろう。AVX-512? あんなクソ命令,高速化に寄与できないんだったらAMD見習ってコア数増やせ!・・・という代物である。

 どうやらAVX2によるDD,TD,QD線形計算の高速化は達成できそうでほっと胸を撫で下ろしている。懸案の3倍精度もQD演算を流用することでしっかり高速化できることはしっかり確認できた。後はベンチマークをやりつつ,来年2月投稿予定の論文の下書きを書くことになる。問題は同時期に締め切りが来る本学紀要論文で,書くと明言しちゃった以上,何か書くしかない。昨年に書いたPython多倍長精度計算の続きみたいなモンを書くしかないなぁ。DLL化してODEの計算にも有用とか言ってみたいものである。・・・頑張らねば。

 コロナ禍でも,というか,だからこそシコシコ論文書くにはもってこいの環境であるにもかかわらず論文生産性が上がらないというのはサボり以外の何者でもない。せいぜい引き篭ってシコシコやることにしよう。今月末からはまたPython本の最終ゴールに向けてラストスパートをかけないといかんしなぁ。

 来週も頑張ります。

ゆうきまさみ「新九郎、奔る!」5巻,小学館

ゆうきまさみ「新九郎、奔る!」第5巻

[ Amazon ] ISBN 978-4-09-860810-2, \630 + TAX

 こんなビッグネームを今更紹介してどうするとも考えたが,本作は「ヤマトタケルの冒険」以来,久々の歴史大作であるし,どうやら最新の歴史学の知見をいっぱい盛り込んだ意欲作であるし,ここで一つ「ゆうきまさみ」という漫画家についての私見をまとめておくのも一興であろうと判断,お暇ならしばしお付き合い頂きたい。

 ワシとゆうきまさみとのお付き合いは,今は亡き「アニパロコミックス」に遡る。今と違ってアニメの二次創作の商業利用にうるさくなかった時代,確か最初はガンダムパロディ漫画から漫画家としてのキャリア開始したゆうきは,オリジナル作品「ヤマトタケルの冒険」を単行本化して思春期過ぎたワシの前に立ち現れたのである。原作(古事記・日本書紀)に忠実な近親相姦ありのエロ満載な作品にワシはたちまち夢中になったのは言うまでもない。
 その後,ゆうきは少年サンデーに活躍の場を移し,「究極超人あ〜る」で人気を確立,「機動警察隊パトレーバー」以降の健筆っぷりはもはやワシが述べるまでもない。流石に今では少年誌からは活躍の場を移し,週刊ビッグコミックスピリッツで北条早雲の若き京都時代から描き起こす本作を連載中なのである。

 第一次オタクブームあたりからアニパロコミックスを経てビッグネームとなったという稀有な経歴を支えたのは,シャープな描線が特徴の絵柄の華やかさもさることながら,懇切丁寧なストーリー運びと,土俗的な常識に基づくキャラクター運びにあると考えている。その特徴を生かせるのはギャグよりはユーモア漂うシリアス,少年モノより青年モノ,現代劇より時代劇なのではないか。とかく流行と刺激を求め続けるエンタメ業界にあって,ゆうきまさみのような大御所がどっしりとその力量を発揮できるのはこのような一見地味なテーマ(北条早雲って知っている人多いか?)だからこそなのではないかとワシは考えているのである。

 室町幕府はその名の通り,京都室町に幕府(というか屋敷)を構え,天皇をガッチリガードしつつも利用することで命脈を保ってきた政治体制である。それ故に御所との関係は良好なれど,経済力の源泉であり暴力装置たる有力守護のバランスの上に成り立った幕府であるが故に,跡目争いで常にごたつく守護同士の争いが激しさを増すと,後の豊臣・徳川とは異なり,自領と自軍が脆弱な将軍家では制御できなくなり,応仁の乱を経て戦国時代へ突入することになるのである。後の北条早雲,伊勢新九郎盛時はその只中で京都で生を受け,現将軍・足利義政の元で混乱が続く政治と,父親が放置してもはや維持が怪しい領地・荏原で悪戦苦闘する・・・というのが5巻までのストーリーであるが,このややこしい状況を,近年のNHK大河ドラマよろしく蜷川新右衛門に解説させつつ,じっくりと描いていくのである。第1巻,冒頭では,姉が嫁いだ今川家の禄を食みつつ,鎌倉公方とのゴタゴタに介入していくシーンから始まるので,まずはそこまでの新九郎の活躍(ジタバタ?)っぷりを楽しんで欲しいというのが著者の狙いなのであろう。にしても5巻目でこの為体では,いつになったら早雲を名乗れるのか,気が遠くなってくるのである。・・・ま,完結しそうもない「風雲児たち」という先達に比べればまだ,カタルシスを得られる作品になる見込みはあるとは言えるか。

 しかしまぁ,この悠然たるストーリー運びに,ワシらファンは魅了されているのである。振り返ってみれば「機動警察パトレーバー」なんて,勿体付けもいいところだった。一体全体,内海は何をしたいのだとイライラしながら単行本を追いかけていたワシではあるが,あの最期に至ってようやくここまでのノタクリっぷりに「会得」したのだ。グリフォンを操ることにだけ特化して育てられた孤児を利用し,散々警察のみならず身内の企業も振り回して楽しんた結果をその身で全て受け止めた内海の行状と運命を読者に伝え納得させるには,あの長さが必要であったのだ。恐らく本作でも,ゆうきまさみは後の北条早雲を形成するための説得を,いつものようにネッチリとワシら読者に教え込んでいるのであろう。そう思えば,まぁ20巻ぐらいは付き合ってもよろしいかとワシは今後の新九郎の歩みを,諦めとともに楽しみにもしているのである。

 本年(2020年)のNHK大河ドラマは明智光秀が主人公で,京都の御所と消滅間近の室町幕府が主要な舞台の一つとなっており,これらに巣食う旧来勢力と,最後の将軍・義昭を抱えて上洛した織田信長側との諍いのなかで実直な光秀が重用されていく様が描かれている。御所を中心とする「京都政界のめんどくささ」の魅力が再認識されてきたとも言えよう。「新九郎、奔る!」はそのややこしい京都のとば口を知らしめてくれる作品でもあるのだ。

 本作でも光秀よろしく,主人公たる新九郎は実直そのもので,それ故に,京都でも領地でも筋を通すことに痛みを覚えている。そういえばパトレーバーでも警察側の主人公達が職務遂行に悩む所が随所で描かれていたことを思い出した・・・つまり,ゆうきまさみは「自身の真っ当さとリアルな現実の間で主人公を悩ませる」真正のサドであり,悩むことを辞めて現実に従うだけのワシら小市民は,その痛みっぷりを共感しながら眺めて楽しむマゾ的変態であるということなのである。

10/23(金) 袋井・雨後晴

 大学祭準備のための休日であるが,折角の金曜日なので出勤してこまごました用事を済ませている。最近の論文査読,査読者の皆さん真面目なので,締め切り前にレポートを上げておられる。ということでワシもこれから第2回目の査読報告書を書く予定。ま,誠実に直してあるので「このままでもオッケー」と書けばいいんだけど,修正点のチェックはやらなきゃならんので,ある程度手間はかかるかな。

 2011年に出版した「情報数学の基礎」,めでたく11月下旬に第2版が出ることと相成った。これもひとえに本学だけでなく,他大学等で教科書採用して頂いたおかげである。どこがどう変わったかは,発売日以後にこちらで告知がてら書きつけることにするが,第1版を持っている人も悔しがることはなく,値段は据え置きだし(感謝したまえ!),記述そのものもさほど変わっていないのでご安心を。

 ところで「Python数値計算入門(仮)」,演習問題と解答以外の本文は完成したものをお送りしてあるので,11月以降は現状のものを手直しして学内で使用しちゃいますですよ。2月には内部テキスト印刷の〆切なので,年内にはお返事よろしくです。>某さん

 にしてもコロナ禍は長引くなぁと,皆さんと同じ感想をワシも持っている。この日記,新型コロナウイルス感染症対策本部の尾身・新型コロナウイルス感染症対策分科会長の感染防止策の具体的な説明を聞きながら書いているのだが,東京の感染者が200人/日で安定して生成されていることから,GoToなんちゃらの勢いも手伝って地方に感染が飛び火するという構造らしく,日本全体の感染者数もちっとも減らない。激増しないのは,小林よしりんのような暴論を皆聞かず,真面目にマスクしつつアルコールで手指消毒しているからで,公衆衛生的には理想なのだろうが,教育関係者としてはヒヤヒヤしっぱなしである。首都圏とは違って静岡県内ではせいぜい日に数人程度の感染者数で済んではいるが,誰が掛かってもおかしくない状況であることには変わりなく,用心に越したことはないのである。まぁ「コロナ論2」が出たら買うけどね。「コロナ諭」については話題が古くなりすぎて,ここで取り上げる気にならない。よしりんにサイエンス的な議論を期待する方が間違いなのは承知しているが,どうも医療関係者との見解の相違が大きすぎて,トランプ大統領同様,よしりんコロナ論を支持する気にはならんなぁ。

職場のメインマシンを20H2にアップデートした証拠

 Windows 10 2004がちっともやってこないのでおかあさんあのあっぷでーとどうなったでせうねとやきもきしていたら,次の20H2がやってきた。相変わらず手持ち環境のWindows Updateではお誘いがないので,手動updateを強行して成功。ちょっとExcelが重たくなったかなぁというぐらいで,今のところ正常に使えている。ボチボチNote PCの方にも突っ込んでいくことにするか。

 そういや,このサイトのPHPもバージョンアップをしないとイカンのだった。一旦,全部対比してCentOS 6→Ubuntuに挙げる必要があるのだが,クソみたいなサービス品質に成り下がっちゃったWebArenaとの付き合いを考え直したいし,いっそのこと丸ごとさくらに鞍替えしちゃおうかなぁ・・・とも考える。年度末までに結論を出すかな。

 面白い本を何冊か読んだので,10月中にもう少し記事の更新をしてみたいというだけのテストで終わるかも。さて査読に戻ります。