あっちあっちぃ~。寒い寒いと凍えていたら,あっちいことあっちぃこと。どーしてこー気温が不安定なんだか。野菜高等だけならまだしも,ここまま冷夏になって米の作柄に影響があったり,せっかくマシになってきた景気を腰折れさせたりしたらえらいこっちゃ。どーか今日のような暑い夏をお願いしますぅ~。
つーことで,GWになってから全然やる気が起こらないので,新装開店した戸田書店静岡本店に出撃することにした。GW中とはいえ,在来線は3両編成なのにそれほど混雑していなかった。さすがに掛川→静岡間では着席できなかったけど。車中,「清水次郎長」をじっと読み進めたが,東海道を清水に向かう列車の中で読むには相応しすぎる本。ちょっと学者特有の情報量満載,流れの悪い読みづらい文章には閉口したけど,一応静岡県民としては知っておくべき人の足跡を知るためには程よい厚さの(薄さの)本ではある。森の石松が実は三河生まれとはねぇ。
葵タワーと言うわりには緑じゃない,真っ白い真新しいビルのB1~2階の3階分が戸田書店になっていた。買いそびれていた小谷野敦・編「翻訳家列伝101」,根本敬「因果鉄道の旅」,ますび先生自薦短編集「萌葱」「梅鼠」を入手。先週ららぽーと磐田で購入しまくった吉村昭「ひとり旅」,寺田文行・訳,アルティン「ガロア理論入門」などと併せて読まねばならぬ,読みたくて仕方ない書籍が山のように貯まってしまった。ガンガン読んでいきたいが,どーも長期の鬱傾向が続いている上に,貧窮モード2年目で極度に外出・出張を控え目にしているせいもあって,読了するまでに時間が掛かる&読書の時間が作れないの2重苦に喘いでいるのだ。ま,こーなったらエンジンが掛かるまで地道によたよたリハビリをするほかないのだが,いつ本格復活出来るやら。
ついでに葵タワー3階に出来た静岡市美術館を覗いてくる・・・けど,展示物は何もなし。展示室だけの風景ってのはシュールだ。
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唯一,入り口に紙吹雪を吹き出すオブジェクトが置いてあって,子供達が葉っぱに見立てた紙切れを突っ込んで吹き飛ばしていた。
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幹の部分に紙切れを入れる口が二つ開いていて,そこに突っ込むと上から空気の力ではき出される仕組み。とり・みきの「ダイホンヤ」「ラスト・ブックマン」に出てきた悪書追放ロボットみたいだな。
場所が良いので,展示が始まったら通いたいなぁ。県立美術館は駅から結構歩く上に,東静岡だから駅前にはなぁんにもない・・・今はガンダムがあるらしいが,ワシは興味がないのでどーでもいい。普段,自然に囲まれた職場にいるせいか,フリータイムぐらいは都会の雑踏にまみれていたいのである。
帰りは駿府公園を散策。直線的な堀がきれい。さすが家康の隠居城だけあって規模がでかいなぁ。
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昨年の地震で崩れた石垣の工事,完了するにはまだ時間が掛かりそうである。
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さて,良い休日だった。ゆっくり風呂入って今日は寝ます。
4/24(土) 掛川・晴
ナンか,一向に暖かくならんなぁ。今日の夜は東京では霰が降ってきたらしい。ここはそれほどではないが,足下が寒いので電気ストーブはまだ片付けられず。あ~,鼻風邪もぐずぐずしていて,悪化はしないけど回復に至らず,それもこれも全部天候が悪いせいだ。野菜価格が高騰しているのも,普天間問題が泥沼化しているのも,求人倍率が低レベルでとどまっているのも全部天候不純のせいである。
ワシが使わせてもらっている実験室のお隣でも外部回線を使いたいというお申し出があったので,この機会にフレッツ光ネクストに切り替えが出来ないかどうかを相談してみた。
幸谷智紀 様
平素よりNTT西日本をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
NTT西日本 東海IPコールセンタ xxxxxxxxと申します。
大変申し訳ございません、静岡県xxxxxxxxxxxxxx
はフレッツ光ネクストが未提供エリアですので、現時点での変更は
承ることができません。
提供エリアにつきましては順次拡大予定ですので、
ご理解いただきますようお願いいたします。
なお、下記URLにて提供エリアを随時ご確認いただけます。
http://flets-w.com/
つーことで結果は現在の所はダメとのこと。どーも市街地から遠いのがネックになっているようである。静岡県下では主要都市では大体オッケーになっているから,そのうちちょっと遠隔地でも提供地域になることは間違いないから,それを待つしかないか。まぁ,今使っているBフレッツの速度もマシになるようならいいんだけどさ。
久々に一日で掃除洗濯風呂掃除のセットが完了した。どーもここんとこダラダラしていて鬱気味だったので気持ちが良い。ドカドカいろんな食材も買い込んで,大鍋カレーを2回作れる材料が揃ってしまった。今週からGWにかけてはカレー週間になりそうである。
カレー漬けになる前に,パスタを作成して晩飯に食する。ここでやっと4年前に購入したテーブルコショウが空になった。
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この小汚い瓶ともやっとお別れ。つーても,我が家には静岡来県以来使い切れずにいる10年もののリンスという大物がまだ控えているので,賞味期限だの使用期限だのを無視した危険な物質が消え去ったわけではない。早く退治したいものだが,スポーツクラブ通いが続くうちは中々使う機会がないからなぁ・・・。でも頑張って使い切ります。
久々に勉強しながら寝ます。そろそろぷちめれも復活させなきゃ。
4/21(水) 掛川・暑
ひやぁ~,なんなんだこの陽気は。この調子でぽかぽかGWになるのかと思いきや,数日後にはまたぐっと寒くなるらしい。いつになったら冬物衣料をしまえるのやら。とりあえず給料日になったからコートやジャンパー類はクリーニングに出すが,厚手の靴下や生地の厚い長袖シャツはまだ仕舞えないなぁ。早く暑くならんかなぁ。暑くなって寒くなってまた暑くなって寒くなって,これをあと30回ぐらい繰り返したらワシ自身が冷たくなるのである。
UNIXの講義用マシン,新しくしたせいであれこれ不具合。NISで共有しているユーザアカウントにグループIDの登録がされていないとのワーニングが出てしまう。
調べてみたら,/var/yp/Makefileの中に
# MINGID is the lowest gid that will be included in the group maps. MINUID=500 MINGID=500
つーところがあって,はっと気がついた。今回新規登録したユーザのグループIDは100番台から始めてしまっていたのであった。つーことで”MINGID=100″としてデータベースを作り直してワーニングを消すことが出来た。次年度からはもっとでかいところから始めないといかんですな。
久々にスポーツクラブで一泳ぎ。思ったより体力が落ちていないようで安心。この調子で内蔵にくっついた脂肪を燃焼しつくしたいものだが・・・人間ドックに行く予定の8月までガンガン泳がねば。
仕入れた本をつらつら眺めながら寝ます。
4/19(月) 掛川・?
ふ~,頭が回らないまま,いろんな事がどんどん追いかけてくるという感じ。おかげで場当たり的な対応を余儀なくされているわけだが,ダメなりに物事が進んでいくのだから不思議なもの。もちろんダメダメなワシの他に優秀な人たちがいて,そこでフォローをしてもらっているからであるのだが,あんましそれに頼っていると自分の存在が希薄になるように思える。影が薄いのはいいっちゃいいのだが,薄いばっかりでもねぇ。消えてなくなる前に,せいぜいエンジンを噴かすぐらいのことはしたいものだ。
在庫がなくて待たされたブツがやっと届いた。
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分厚い本だが,活字が大きく読みやすい。ソースコードもあったりして,ぱらぱらめくっていくだけでも楽しい・・・けど,浮動小数点計算オタクじゃないとゲンナリしちゃうかも。積和融合演算(Fused Multiply-Add, FMA)がこんなにもてはやされているとは,とか,IEEE754と854がくっついちゃったのかぁ,とか,まぁいろんな事をぶち込んであって勉強にはなる。ポツポツめくっていって,あらかた眺めたらぷちめります。前書きは訳し終わったけど,目次もくっつけておかないと全体像が分からんぞ。
は~,今日もスポーツクラブに行けなかった・・・明日こそ以降と決意して風呂入って寝ます。
Y博士のこと(1) — 職人(engineer)と学者(scientist)
Y博士のことを書こうと考え,数年経つ。この間,ずうっと書きあぐねまくったのは,私自身の怠惰のせいが大きいのだが,そればかりではない。どこから書き出そうか・・・それを考え続け,折に触れて思い出しては考え考え・・・そんなことをしているうちに年単位の時間が過ぎ去ってしまったのである。どの辺が難しいかはおいおいここでのたくりながら述べるつもりであるが,ともかく,ここは一つ書き出してみようと決意したのである。
決意の理由はいくつかあるが,一番大きいのは,考えてばかりいても先に進まないという,当たり前の事実を,数年の時間を無駄にしたことで悟ったからである。40過ぎて今更そんなことを・・・と我ながら呆れかえるが,経験からしか学べない愚者である以上,仕方のないことである。悟っただけでもよしとしたい。
次に,Y博士を知る関係者の高齢化の問題がある。つい先日も数値計算黎明期に関数近似計算の分野で多大な功績のあったアメリカの研究者の物故に関して記事を書いたが,ここでお話を伺っておかないと,文書上の調査で分かることしか書けなくなる,という焦りを覚えたのだ。まずはオーラルヒストリーをできる範囲で収集しておく必要がある,そのためにはまず切っ掛けとしてのこの記事ぐらいは書いておかなければ話にならない。
最後の理由として,私自身の知識と残された時間とを勘案すると,そろそろ書き始めても良いだろうという判断と,今書いておかないと一生書けないままに終わるだろうという両方の判断がある。知識に関しては,多倍長計算に手を染めて10年以上経ち,ぽつぽつと業績らしきものが出来てきたということがある。世間に対してもの申すだけなら日本語を綴る文章力と媒体さえあれば十分だが,それが説得力を持って他人に通じるものになるかどうかは,文章が伝える「コンテンツ」の質が重要であり,質の向上には知識と経験が不可欠だ。それとて十分とは決して言えないが,ゼロではないと言えるこのタイミングを外してはならじ,と決断したのである。その決断には,41歳を迎えた私の年齢と私を取り巻く社会状況を鑑みて,自分の活動時間はあと10年程度しかないという認識も背景にある。
それにしても,科学技術開発ってのは本当に人間くさい営みだと,中にいる人間としては切に感じる。現代の人間社会においては大なり小なり他人と関わって知識だの財産だの感情だのをやりとりし,そこから日々の糧を得なければならず,「科学技術」もそうしたコミュニケーションにおいて交換されるものの一つでしかない。科学技術開発に携わる人間を理系クンと称して特殊化する向きもあるようだが,それが非人間的だという指摘は間違っている。確かにそこで培われる思考回路が特殊な訓練を要するものであることは認めるが,できあがってきた「科学」や「技術」はコミュニケーションを媒介として古代から現代に至るまで営々と積み上げられてきたものである以上,人間くさいものを形成する一要素であることは当たり前のことだ。
だから,金はもちろんのこと,義理だの名誉だのといった生臭いものが,どうしたって絡んでくる。理系クンがそういうものとは無縁の浮世離れした存在だという認識は誤りだ。金銭を求めない学者はいるが,名誉を求めない学者いない(by 藤原正彦)のである。自分が作成した,開発した,発明したものを褒められて喜ばない科学技術者は存在しないのである。
問題はその「褒められ方」である。どうしたって他人からの評価には「格差」が生じる。褒めるための表現には濃淡が必ずあるし,「誰が」褒めたのか,ということによっても世間の受け取り方は異なってくる。気にする向きは気にするし,気にしないという向きだって否応なく「気にする」他人から気にされてしまうから,本人がどう受け取ろうとも世間的な「評価」はそうした褒められ方によって固まってしまうのだ。こうした「評価」をきちんと定義しようとするとそれだけで一冊の本が書けてしまうほど難しく,しかも重大なものになってしまうのでここでは深入りしないが,これから綴っていこうとしているY博士を語るために提示したいと私が考えている「職人 vs. 学者」という主題においては,この「評価」というもの,そして評価の基盤となる「格差」の生じる原因をまず明らかにしておかないと,後に述べるY博士に生じた「悲劇」というものを理解することはできないのである。
エンジニアを「職人」と書いてしまうと気分を害する人がいるのかもしれない。また,ここでいう「学者」はいわゆる理工系の研究者全般を表す表現ではない。「職人」と「学者」という括弧付きの言葉は,象徴的なテクニカルタームとして使用していきたいと私は考えているので,現実の町工場にいる職人さんや企業・研究所・大学にいる学者先生を表現したものではなく,あくまで人間の性行を二つの方向でわかりやすく示したものである,ということをお断りしておく。
私はこのY博士のことを書いた文章を通じて,「職人」を「一つの技術を突き詰めて考え,深く内省的に自分の知識の血肉とする人」と定義し,「学者」を「一つの技術を中心に周辺の事柄も含めて広域的に考え,体系化していく人」と定義する。この結果として職人は「技術の蓄積が個人とそのごく周囲の少数人にとどまる」傾向があり,学者は「技術を学問化し,広く世間に伝達しようとする」傾向が生じる。それ故に職人の評価は,得てして学者のそれより低くとどまる傾向も生じるのだ。
Y博士はかなり職人的な人だった。晩年は学者の席に着いたが,私の見る限り,最後まで職人的な行動を取っていたと感じる。それば別にY博士が特別なのではなく,理工系全般の「学者」という人の中に,かなりの割合で職人的な人々が混じっているから,その一類型にカテゴライズされるというだけのことだ。
Y博士の特徴は,そんな職人的学者のなかでもことさら職人的であったということだ。漠然とした私の印象を述べると,自分の培った知識を広く伝えることに失敗したのだ。伝えようとしていたが,その伝え方も頑なに職人的で,結局Y博士個人から広がることがなかったのだ。
しかしY博士個人は「学者」であろうと努力したのだ。成功したとはとうてい言えないが,最晩年の数年は真摯に努力していたように思える。しかしその結果,その努力が祟って寿命を縮めることになるのだ。人によってはこれを喜劇的と取る向きもあるかもしれないが,それは努力が真摯であった証とも言える。
・・・と,断言しちゃっていいのかなぁと思うが,今のところ,私の,Y博士に対する「総論」は上記の通りなので,まずはここでそれをご披露しておく。以降,関係者の方々にお話をお伺いしていく予定であるので,そこで得た知見によってこの総論が根底から覆されたり,補強されたりすることになるのであろう。ちょっと楽しみでもあり,怖くもあるが,出来る範囲でこつこつやっていきたいものである。