中村公彦・責任編集「コミティア30thクロニクル1」「同 2」,「同 3」,双葉社

Vol.1 [ Amazon ] ISBN 978-4-575-30677-4, \1500+TAX
Vol.2 [ Amazon ] ISBN 978-4-575-30729-0, \1500+TAX
Vol.3 [ Amazon ] ISBN 978-4-575-30795-5, \1500+TAX

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 間違いなく2014年一番の「労作」の一つであり,一マンガの読み手として,コミティア参加者として感嘆する作品集であったので,ここで一言述べておくことにするのである。

 大きなプロジェクトを長期に渡って維持するには,その中核をなす人間の「徳」,即ち人間力が不可欠であるようだ。竹熊健太郎はコミケを率いてきた米澤義博や2ちゃんねるを創設した西村博之にそれを見出している

コミケが始まったのが1975年、米澤さんがコミケの主催者になったのは80年ですが、現在のコミケがここまでの規模になったのは、なんと言っても米澤さんの力でしょう。
以前俺は2ちゃんねるの西村博之氏に会ったとき、なんとなく米澤さんに感じが似ているなと思ったことがあります。顔も世代もやってることも違うのだけど、世の中に対する柳に風的な態度というか、飄々とした感じに共通点があると思ったのです。

「世の中に対する柳に風的な態度というか、飄々とした感じ」というのは,言い換えると大人(たいじん)の風格があるということである。今の政治家で言うと,千葉市長・熊谷俊人夕張市長・鈴木直道にもそれを感じる。聞かれたことには的確に答えつつ,理不尽な批判に対しては受け流し,自分や組織内でストレスを必要以上に貯めこまない。歳を取るごとにある程度はできるようになることではあるが,デカいプロジェクトを維持するだけの度量を持った人はそれほど多くない。急速に業績を伸ばした企業がちょっとしたことで躓いたとたんにワンマン経営者の馬脚が現れ,世間の指弾を受けて崩壊していくのはごく普通のことであり,それ故に創業以上に長期にわたる業績の維持において,経営者の人間力が試されることになるのである。ワシは直接コミティア主催の中村公彦さんとお話したことはなく,遠目にみてあの太ったおじさんかという程度にしか知らないのだが,書いたものを読む限り,かなりの大人とお見受けする。それ故に30年もコミティアが続いており,本書のような優れた作品を生み出す土壌を維持できたのであろうと想像している。

 本作はそのプロジェクトを率いてきた(つーか,成り行きで引き受けざるを得なかったらしい)中村の編集によるコミティア・サークル参加者の傑作集である。今やプロになった人が多いが,プロへの登竜門として機能するだけでなく,商業誌とは異なる描きたい作品を描いて出店するプロ作家も,プロにはならずにゴーイングマイウェイを貫くアマチュアプロ(変な言葉だが)まで,様々な描きたい欲求を包含してきたオリジナル創作同人イベント,それがコミティアである。いくつかあった(ある)オリジナル創作同人イベントのなかでも毎年4回,ビッグサイトの2ホールを埋め尽くすサークル数をコンスタントに維持するまでに至ったのは,

  • デザイン性に優れたパンフレット「ティアズマガジン」のクオリティの高さと記事の面白さ
  • すべてのサークルの見本誌を集めて閲覧できる読書会の開催
  • 優れた作品を単行本にまとめて販売する試み
  • Belneワークショップや商業誌出張編集部による若手育成システムの展開

等々,試行錯誤の末にたどり着いた試みが成功したからであるが,それを可能にした代表者の姿勢があってこそだろう。それを評価したみなもと太郎先生のご尽力もあって文化庁メディア芸術祭功労賞を得たのは大変めでたいことであるが,ある種当然と言えよう。読者との直接接触できるだけでなく,小なりとはいえマネタイズの方法も提供できる場があってこそ,日本の漫画界の今が存在しているのである。

 その結果生まれた作品群が650頁近くの単行本3冊に凝縮されているのだ。ワシは一種の資料本として買ったのだが,プロにならずに書き続けているアマチュアプロ作家の作品(Vol.1の南研一,Vol.2の舞村そうじ,Vol.3のウチヤマユージ)には感銘を受けたし,何よりVol.3の青木俊直「ロックンロール2 花はどこへ行った」には打ちのめされたのである。分厚い作品集の割には定価は控えめだし,まだ書店で売っているし,何よりコミティアに参加すればそこでも買えるので,今活躍中のプロマンガ家の源流を知るだけでなく,彼らを育てた肥沃な土壌を知る意味でも,是非一揃えしておくべき作品集である。

岩明均「雪の峠・剣の舞」講談社

[ Amazon ] ISBN 4-06-334387-1, \700+TAX

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 本書がKCデラックスの一冊として出版されたのが2001年。ワシが戸田書店のフェアで陳列されているのを見つけたのが今年(2014年)で,奥付によると13年間版が切れずに10刷されるに至っている。雑誌がWebに席巻され,書籍が次々に刊行されて雑誌並みに陳列期間が短くなっている昨今では稀有な作品集といえる。それもそのはず,作品を読ませる力量が凄い。全く趣向の異なる時代物2編が収められているのだが,久々に惹きつけられて一気に読んでしまった。長く読み継がれている作品はオーソドックスに読ませる物語になっているという,当たり前だが忘れがちの事実を再確認させられたのである。

 まず「雪の峠」を見ていくことにしよう。時代は関ヶ原直前,常陸・佐竹家の評定の場から物語は始まる。石田三成・西軍側につくか,徳川家康・東軍側につくか,重臣の意見は割れ,隠居した前領主の一言がきっかけとなって東軍につくことが決まりかけたところ,当代領主のあっさりとした一声で西軍につくことが決する。結果として源氏の名門である佐竹家は常陸56万石から,雪深いトーホグ出羽に転封され,石高も1/3の大名に転落し,東軍につくことを主張した重臣は不満たらたらとなる。この辺の事情説明がたった5ページ。これがその後,出羽の国の府となる場所を決める際の騒動に繋がっていく訳だが,政治的駆け引きを見せるストーリー展開に無駄がというものが一切なく,力点を置くべき描写に繋ぎ止める余白を生かした端正な絵の凄味にワシはすっかり魅了されたのである。岩明の出世作である「寄生獣」,最初は陰惨なSFホラーという印象が強くてワシは未読のままきたのだが,連載が進むにつれてユーモア感覚が掴めたのか,本作ではところどころ乾いた笑いが挿入されて,大変親しみやすい隙を作ってくれている。そして最後にはマイペースで当代領主に尽くした渋江内膳が無欲の勝利を掴み,「世代交代」が進むという結末を迎える。そのあたりは本作を読んで頂くとして,そこに至るまでの過程が,漫画の教科書に収めたいほど無駄がなく,ユーモアもあり,伏線がキッチリ引かれており,ツッコミを入れる部分が皆無なのである。いやぁ参った参った。

 参ったところで次の「剣の舞」で,政治的駆け引き主体の前作とは趣向の全く異なる感動作を読まされることになる。

 こちらは戦国時代,武田信玄が破竹の勢いで領土を拡張し,いよいよ長野家が守っている箕輪城に攻めてこようという情勢下の上泉伊勢守信綱の道場に一人の若い女性・榛名が入門を申し込んでくる。家族を信玄方の兵に嬲り殺され,自身も慰み者になり,復讐のため強くなりたいというのがその理由・・・なのだが,この辺りの事情説明はストーリーにうまく埋め込まれていてスムーズ極まりない。言葉による解説では伝わらない榛名の復讐心の強さと,直接の師匠役となる上泉門下・文五の茫洋とした剣の達人ぶりを理解した頃には信玄軍が突入してくるという無駄のなさには一読してから気が付いた。まぁあれだ,切られてから「がっ」という一言を残して真っ二つになっちゃった感があるんだよなぁ。
 あまり詳細に説明するのも野暮だから,この物語の核心は榛名を可愛らしく鍛える文五と,榛名のその後の活躍,そして文五を含む上泉の図抜けた「実戦」の強さにあるということだけ述べておく。文五は筋の悪い太刀裁きには「悪し(あし)」という一言で済まし,「剣を習うのはなぜだ」「何かの「手段」か?」「なら「目的」を思い出せ」ということだけを叩き込む。「目的」を達する道具立てとして,上泉が考案した「撓(竹刀)」が登場するのだが,重くて危険な木刀を使って訓練するのが普通であった時代に,怪我を避けるための腑抜けたものして笑われる存在である竹刀が物語全体を貫く核心になっていることを,読み終わってから気が付くという趣向もニクイ,憎すぎる!

 人間が切られる描写のダイナミックさと,痛々しさの両方を兼ね備えた静謐な画風,そして無駄のない達人のようなストーリー運びと構成,岩明の完成度を見せつけられる本作は,これからも末永く読み継がれて欲しい一冊である。

12/27(土) 駿府・晴

 うむ,この時間(午前6時)だと暗くて天気が分からん。まぁここんとこ冬型の気圧配置が続いているから晴れだろうけど。それにしても乾燥しまくっているなぁ。デカい加湿器を買ってきてリビングに置いてフル回転させているが,湿度が20%となると設定湿度(大体50%)に到達するまでには相当時間がかかる。しかも廊下のドアを開け放っていると全然上がらないってんだから,そのカラカラさ加減は凄まじい。・・・って今まではかえって快適だと思っていたぐらいなのだが,敏感な方と一緒に生活し始めるとそうはいかないのである。にしても最近の乾燥機,高い奴を買うと全然水蒸気が出ずに「本当に湿気が出ているのか?」と心配になるほど。白物家電なんて本質的な変化はないだろうと思っていたが,いやはやグローバル競争時代というのはそう易々と停滞を許してくれないのであろうな。

 つーことで,昨日で職場は仕事納めに突入。今年は台風休講のあおりで余計に出勤していた関係上,半ドンとなった。研究室をざっと掃除して,最後に残った卒研生の卒論をチェックして,「LAPACK入門(仮)」の第2章まで上げてM出版に送って今年の仕事終了。未だに書き方にブレがあるので相当直しを入れないとなぁ。一応1月いっぱいで下書きを上げると宣言しちゃったので,これから正月もプログラミングを頑張ることにするのである。神さんも仕事が入っていて年末ギリギリまで不在になる可能性があるので好都合大変残念なことではあるが,いい機会なのでサボらずに怠け者らしく節句働きしよう。

 Wordpress 4.1-jaが出たのでアップデートしたら,新しいテーマ(2015 = Twenty Fifteen)が入っていたので適用してみた。字がデカくてシンプルなデザインはワシ好みなので,しばらくこれを使うことにする。が,WP TwitterプラグインのShort URL機能がうまく働かず,Twitterへの投稿にフルURLが入ってしまう。Twitterの使用上,日本語を含むURLは正しく認識してくれないので,Short URLは必須なのであるが。Wordpressが提供しているwp.meに変更してみたがうまくいくかな?

 さて,これから毎日書けなかったぷちめれを投稿していかねばの息子。シコシコ書くことにいたしましょう。髭も剃ったし。

むんこ「ゆあまいん」竹書房

[ Amazon ] ISBN 978-4-8019-5031-3, \648+TAX

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 表紙からして尋常でない色気が充満していたので迷わず買ってしまったのである。凡百のファミリー4コマ漫画を描いている地道なマンガ家だと舐めていたワシは,本書を食い入るように読み,「尋常でない色気」に充てられて思春期の悶々とした気分を思い出してしまったのである。あまつさえ(以下略)・・・はーすっきりした。スッキリしたところでもう一度読み直してみても,やはりこの「尋常でない色気」,即ち「SEXまで一直線!」な空気を醸し出している作品の凄味は薄れてないと断言するのである。

 ワシは未読だが,本作の主人公である堀川舞と幼馴染の吉岡敦は「まい・ほーむ」(全3巻)の主要キャラであるらしい。本作は彼らが中学卒業時に正式なカップルとなるところから始まる初々しい恋愛4コマ漫画である。恋愛マンガとしてはよくある設定と言えるが,本作の場合,彼らを取り巻く人間関係の豊潤さが,この二人をして「ここまで祝福されているなら・・・行くか!」という気分にさせる,この構成の妙が素晴らしい。ジコチューカップルの作り上げる二人だけの世界というのもファンタジーとしては悪くはないが,現実的には健全な未成年の男女がうまくやっていくには周囲の理解が不可欠で,そこを丹念に描くことで逆に舞と敦が近づく過程にリアリティが増す。例えば,舞の父親は躁病的にかっとんだキャラクターだが,それ故に舞の母親は離婚して別の過程を営んでいる様子。将来は父娘家庭に収まりそうな敦に理解を示しつつマイペースを貫く親父,そして離婚した母親に舞が敦と二人で会いに行くエピソード,どちらも二人の距離を接近させる要素として有効活用されているのだ。

 ・・・と言うと,エロエロな展開を予想する向きもありそうだが,むんこはその点抜かりがない。裏表紙の4コマ「今日もプラトニックか・・・」が端的に示している通り,清純なストーリーであることは保証する。保証するが最後は読者に(ワシだけかな?)思いっきり期待(妄想)させるところで打ち切っている辺り,憎いニクい作りになっている辺り,「イジワル・・・」とヤキモキしてしまうこと請け合いである。

 「私の青春はこんなんじゃなかったですよ?」という著者にして,この「尋常でない色気」ムンムンな114頁,書店からは割と早く消えてしまったようだが,見逃すのはチトもったいない。柔らかい簡素なペンタッチで描かれた舞の艶めかしく健康的な舞の造形とその可憐さに萌えようではないか,かつてDT心を燻らせた男どもよ!

[没原稿] GPUを用いた高性能数値計算法の研究

 「私の研究」というテーマで学園報に原稿を依頼されたので一発目に書いたのが下記の内容。さすがに砕けすぎと読み返して判断したので硬い文章で節に分割したものを新たに書き起こして提出した。まぁ大筋最初に書いたものと大差ないんだが。つーことで没にしたのが日の目を見ないもの何なんでここに公開する次第である。

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 「コンピューターの前に張り付き,数値ばっかり打ち出しては眺めてあれこれ思案している不思議な研究」というのが,本学に着任する前に在籍していた職場の上司評であった。正確には私の出身研究室の先輩がその上司と同じところで働いており,その先輩の仕事ぶりがかくの如きの印象であったらしい。そして基本的には私の現在の研究も大差ない。ただし,目の前にあるのはGPU(Graphics Processing Unit)を積んだやたらに高熱を発するパソコンであり,眺める数値は計算結果だけではなく,数値を吐き出すプログラムの処理時間だったりする。
 現在の科学技術はコンピューター上で実行される擬似的な仮想実験,すなわちコンピューターシミュレーションが重要な地位を占めている。いっとき世間を賑わせた行政の事業仕分けにおいて「二位じゃダメなんですか?」と問われた理化学研究所に設置されているスーパーコンピューター「京」が必要とされるのも,シミュレーションの処理速度が科学技術研究の進捗の決め手になるからだ。その核心部分には微分積分の計算や,行列やベクトルの計算が繰り返し使われる。ことに後者は線型計算と呼ばれ,大規模な科学技術計算の処理速度を決める重要な核である。現在スーパーコンピューターの処理速度の全世界的な競い合いで使われるのは,巨大な鶴亀算,すなわち連立一次方程式を解くためのプログラムだが,これも線型計算の一ジャンルである。私が鈴与教育研究活動支援金を頂き,秋田県立大学のO教授・H准教授・N助教の研究グループに一か月少々混ぜて頂いて行った研究もこの線型計算の高速化へのチャレンジの一つであり,高速化のための重要なツールとしてGPUを活用したのである。ゆえに,私は2012年2月下旬から3月末まで,由利本荘市のキャンパスで日がな一日,パソコンの前に座ってプログラミングしては実行し,GPUによる計算の高速化の効果を調べていたという次第である。傍から見ればまさに「日がな一日パソコンに張り付いては数値ばっかり見ていた」ことになる。
 ところでGPUという名前でピンとこない方でも,近年のコンピューターゲームやCGのリアルさは良くご存知であろう。あの細かい陰影は計算処理によって生み出されており,その処理を専門に行う特殊な電子部品としてGPUは発達してきた。元々は科学技術計算とは関係のないパーツであったものが,市場原理によってドンドンその能力を高め,ついには科学技術計算の基盤である浮動小数点演算を実行できるまでに成長したのである。パソコンに詳しい方なら,AMDやNVIDIAというGPUメーカーの名前を聞いたことがあるだろう。現在隆盛なのは後者が無料の開発ツール込みで普及を後押ししているCUDA(クーダ)であり,毎年NVIDIA社が開催しているGTC Japanは数千人の来場者が訪れるイベントになっている。私の研究もこのCUDAを使って線型計算を高速化した上で,微分方程式の数値解を高速に導出するために応用することを目指して行ったものである。この研究結果の詳細は静岡理工科大学紀要第21巻(2013年)に掲載されているのでご興味ある方はWeb上からも読めるので参照されたい。以下,その概要について簡略化して述べることにする。
 CUDAの良いところは,市販のパソコンに搭載されるグラフィックスカード(但し,NVIDIA社のGPUが搭載されているものに限る)を買ってきてデスクトップパソコンの拡張スロットに刺せばすぐに開発に着手できることにある。とは言え,そこは商売,NVIDIA社のGPUであれば何でも良いというわけにはいかない。特に科学技術計算では桁数の多い浮動小数点演算が不可欠であるが,市販の安いグラフィックスカードでは単精度(10進約7桁)の浮動小数点演算を高速化するのがせいぜいで,主流の倍精度(10進約16桁)の計算を行うにはより高価な科学技術計算専用のGPUが必要となる。そこで理工科大学の学内研究費の援助を得てTesla(テスラ)C2070という高価なGPUを搭載したコンピューターを購入し,CUDAプログラムの開発にはもっぱらこのマシンを利用して倍精度線型計算の高速化を追求した。結果としては既存のものより2倍以上の高速化が達成でき,これを土台として構築した常微分方程式の数値解計算も,大規模問題になれば最大数十倍まで高速化できることも分かった。
 GPUは組み込み用の小型コンピューターやスマートフォンでも普通に搭載されている。この研究の延長として,今年度はJetson TK1という小型の組み込み用コンピューターボードを購入し,線型計算のベンチマークテストを行ってみた。今のところ,大規模計算には向いていないが,数年前のパソコン以上の能力は持っており,今後急速に能力アップするに違いない。スーパーコンピューターから組み込みコンピューターまで幅広く使用できるGPUの能力を最大限生かすべく,本研究を継続していきたいと考えている。