August 15, 2010

松山ソウコ「さきがけ・松下村塾」リュウコミックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-19-950195-1, \590

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 徳間書店唯一の男性向け漫画月刊誌「Comic リュウ」。SF崩れの中年オタクどもが何とか買い支えて創刊4年目を迎えようとしていることは,愛読者としては喜ばしい。・・・しかし,肝心のコミックスは未だドカンと一発当たったものが登場しておらず,書店の棚ではどこぞの馬の骨的な扱いを受けて,既刊本を取り揃えている所なぞ見たことがない。それでも新刊が平積みされていればまだ良い方で,いきなり棚に一冊だけ突っ込んである,なんてことも珍しくない。「シブすぎ技術に男泣き!」でブレイクし,今や技術系マンガ家として「工場虫」(今時珍しい純粋ギャグ長編,お勧め!),「なわばりちゃん お攻めなさい!」(SM本にあらず,バーチャル城攻め実用(?)書!)と立て続けにカラーA5サイズ本を刊行している見ル野栄司の単行本「敏腕編集インコさん」だってリュウコミックスから出ているのに,本誌の広告でも「「シブすぎ技術」は売れてるのに~」とぼやいているような有様らしい。・・・それって完全に自分(の出版社の営業力の無さ)のせいじゃん,と広告を見たワシは白けたものである。
 つい先日も,こんなニュースが飛び込んできた。京極夏彦原作のコミカライズ作品「ルー=ガルー」は,創刊号依頼の目玉連載で,生き生きとした娘さん達の活躍を楽しく読ませて貰った力作であったが,このたび映画化ということもあってか,講談社にまるごと移籍してしまうらしい。メディアミックス販売の絶好の機会を分捕られるあたり,何というか,出版界における徳間書店の「無力さ」を思い知らされる出来事であった。
 そう,つまりは,徳間書店には,リュウコミックスには,「営業力」が全く欠けているのである。コミックナタリーの記事をずらりと並べてみれば,その無力さがよく分かる。話題になるのはすでに著名な作家の作品の単行本が出たり作品が掲載されたりした時のみ。一番笑ったのは,ようやく発掘した新人・つばなが,またぞろ講談社の雑誌で作品を掲載することを報じるものであった・・・何だよ,結局,リュウが話題になるのは既存作家のネームバリューと大手他社の営業力の「おまけ」としてかよぉ~・・・と,一ファンとしては歯がみしたくなるのである。

 そんな無力なリュウコミックスであるが,めずらしくド新人の単行本なのにも関わらず,コミックナタリーの記事になったのだ。それがこの「さきがけ・松下村塾」である。記事に取り上げられた理由はさっぱり分からないが,この作品の連載が突然何の脈略もなく始まったのを見た時,大野編集長には申し訳ないが,ワシの頭には「苦し紛れ」という単語が浮かんできた。それぐらい,「歴女」は「SF中年オタク」雑誌とは縁がない。いろいろ大変なことはあると思うが,それにしてももう少し購読者層を考えて作品を載せろよな・・・と言いたくなったのは当然のことなのである。

 しかし,この作品,のっけから歴女妄想力全開で,美しく整ったキラキラ少女漫画絵柄(リュウでは浮いてるよな・・・)で,一応史実に基づいた前振りを作者が行った後には,山県有朋が墓下で号泣しかねないような松下村塾のドタバタ4コマがハイテンションで繰り広げられるのだ。
 松下村塾を切り盛りする吉田松陰は美しき令嬢(女装癖による)として描かれ,高杉晋作は未だ童貞のボンボン,久坂玄瑞は反対に女っタラシのムッツリスケベ・・・。松山が楽しんで描いていることだけは誰しも認める本作に,ワシは連載初回で引き込まれ,リュウが出るたびに「とりから往復書簡」に次いで本作を読むようになったのである。

 とはいえ,全部が全部妄想というわけではなく,新撰組の3人組(近藤・土方・沖田)や坂本龍馬の描き方は,割と史実に忠実(本編の4コマエピソードはともかく)だったりして,歴史読み物としてもそれなりに「使える」ものにもなっている。ちなみに,松山が批判するかっこいい新撰組のイメージを根本から覆したければ,水木しげるの「劇画 近藤勇」(ちくま文庫)を読むのが良い。

 単行本としては121ページと薄いのは,連載がずいぶん早いうちに終了してしまったせいである。理由はワシには分からないが,ゲスの勘ぐりをあえてすると,パワーのある妄想フィクションと,この史実忠実解説とのバランスの取り方が,読者には中途半端と受けとられたのかなぁと想像するのだが,どうなんだろう? せっかく華麗な絵柄があるのだから,妄想4コマだけで突っ走るか,本書のあとがき(書き下ろし)のように歴史的知識の解説に徹するか,どちらかにしておけば,単行本にしたときの「まとまり」も良かったように思える。ワシとしては妄想4コマの方が好きだったので,この真面目なあとがきは少し残念だった。歴史解説なら「風雲児たち」という史実忠実路線の大河漫画作品が既にあるので(完結しそうにないけどな)そちらに譲り,次作は是非ともドガチャカになった長州藩上層部とか,童貞喪失の反動で勢いづいた高杉晋作率いるハチャメチャ騎兵隊,女ったらし・伊藤博文首相が率いる明治政府・・・等を,きらびやかに,そして軽やかに描いて欲しいものである。

Posted by tkouya at August 15, 2010 3:00 AM