高室弓生「ニタイとキナナ」青林工藝舎

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-88379-230-7, \1600

ニタイとキナナ
ニタイとキナナ

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高室 弓生著
青林工芸舎 (2006.11)
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 かつて「トムプラス」という雑誌があった。・・・という話は今更なので止めおくが,まあとにかく,やる気のない諦めきった漫画雑誌というものがあれほどみっともない代物に落ちぶれ果てるのか,と思い知らせてくれた反面教師であった。しかし,それでもきちんと廃刊(休刊とは言っていたけれど・・・ね)まで読者として付き合ったのは,あまりメジャーではないが,優れた漫画家に自分の個性を存分に生かした作品を執筆させていたからである。ここでいう「優れた漫画家」とは,作家性の強い・・・いや,もとい,あくの強い,一目見て「これは××が描いた作品だ」と分かる作品しか描かない漫画家のことを指す。横山光輝しかり,手塚治虫しかり,樹並ちひろしかり,夢路行しかり,竜巻竜次しかり,みなもと太郎しかり・・・キリがないのでこの辺で止めておくが,つまりは尾羽打ち枯らしたとはいえ,トムプラスでしか読めない作家の作品が多かったのである。その中にひと際個性的な漫画家がいて,それがつまり高室弓生なのである。
 という話は実は本書の解説にみなもと太郎大先生が書いておられたりする。ただ,ワシ自身はみなもと先生の漫画は好きだが,文章はイマイチピリッとしないのであまり好みではない。みなもと先生は大変苦労人であるので,大変周囲に気を使われる方であり,他人の攻撃や揚げ足取りというものとは全く縁がない。それは大変にオトナの態度であるのだが,こと批評となれば,そればっかりでは読む側としては退屈である。時に辛辣であっても,自分が感じたことはストレートに文章化して欲しいと思ってしまう。本書の解説も,文字数制限のせいかもしれないが,見方が大局的過ぎて,高室の魅力を語るには迫力不足といわざるを得ないのである。そこでワシが非力をわきまえず,高室作品の持つ素晴らしさを,時にはきつい言葉も交えつつ,解説してみたいと思う。
 高室は「縄文漫画家」と呼ばれているらしい。本作品以前にも「縄文物語」という絶版になった作品が存在しており,本書の舞台もそこと同じ場所,但し時代が異なる,という設定だそうな。
 では,高室は縄文世界を描くだけの専業作家なのか,というとちょっと違うような気がするのだ。
 もちろん,本書の主人公は,縄文時代のデランヌ村(現在の岩手県の山中)に住む,ふつーの若夫婦であり,一言で言えば,本書の帯にある通り「縄文ホームコメディ」なのであるけれど,「縄文」が付加されていなければ成立しないような,特殊な環境の特殊な夫婦の愛情を描いたものではないのだ。もし本作品に近い漫画を一つ選べといわれたら,ワシは迷わず池田さとみの「適齢期の歩き方」を指名する。舞台こそ現代の夫婦ものであるけれど,
 ・激しい恋愛のもつれの末ではなく,普通にお付き合いして普通に結婚して普通の夫婦生活を送っている
 ・旦那は組織に属して働いており,左翼に言わせれば「従順な政府の奴隷」であるけれど,普通に働くのがが一番という価値観を持っている
という,これだけ書くと「そんな普通人の生活のどこが面白い」と言われそうであるが,ワシみたいなフツーの常識人(笑うなよ)にとっては,他人様の生活を覗いている感じがして,とても楽しく読めるのである。
 確かに高室は縄文の生活をかなり学術的にも正確に描くし,それが好きでやっているのだろうが,それはあくまで漫画世界の環境の話であって,ドラマそのものは普遍的な,つまりは現代の我々の常識に照らして,なんら不思議のないものに仕上がっているのである。従って,縄文世界に全くなじみのなかったワシでも,連載中からすんなり入り込めたし,今回久々に単行本にまとまったものを再読してみても,全く違和感を覚えなかった。いやむしろ,寂しい中年独身男にとっては,普段意識していない寂寥感をいやと言うほど味あわされて,一人布団で歯噛みしていたぐらいである(大げさな)。
 高室の絵は,汗と油で湿った人間の肉のヒダをやわらかく描くという,一昔前の男性エロ漫画の画風でありながら,画面構成は少女マンガの手法が目立つという,かなり特異なものである。真正面アップの多用や,コマぶち抜きで全身を描く手法はまさしく少女マンガベースのものであるのに,線のタッチは1970年代の劇画調というのは,読者を限定しかねない面もあるのだが,逆に言えば,そのような画風だからこそ,縄文世界,ことに三内丸山遺跡に代表される,稲作が普遍化する以前の古代東北地方の芳醇さを楽しげに教えてくれるのである。みなもと先生が「あなたしか描けない世界」というのはまさにこのことであって,商業的にはとっつきは悪いかもしれないが,描き続ければ一定数の読者を掴んで離さない力量は間違いなくある。幸いにして,今でも漫画家業は続けておられるようで一安心であるが,あまり熱心に高室を追いかけていない怠惰なワシとしては,はやくもっと日のあたる場所に出てきてくれないかなぁ,と本書を抱えてぼんやり念願しているのだ。