二宮ひかる「おもいで」ヤングキングコミックス

[ Amazon ] ISBN 978-4-7859-2805-6, \552
 肉欲を排除した恋愛はあり得ない,ということを断言していたのは北杜夫だった。何となく,SEX抜きの「純粋恋愛」というものが至高のものだという意識があったウブな頃にそれを読んだので,えらく感心したのを覚えている。
 20年ぐらい前の少女漫画界にはSEXがタブーという雰囲気が濃厚で,既に名をなした大家以外で「まがい物でない恋愛」を描いた作品はほとんどなかったと記憶している。BSマンガ夜話で,大月隆寛が「少女漫画はいつからエロくなったのか」と問題提起をしていたが,全体としては「やおい」の流れと,小学館が先鞭をつけた「初体験ドキドキ路線」(と先達は申していた)が合致して,1990年代前半から「エロくなった」んじゃないかと思っているがどうなんだろう。
 しかし北杜夫の言葉を借りれば,エロ化とは恋愛のリアル化に他ならない。いろいろな経緯と辿りつつ,最終的には男は女にSEXさせろとせがみ成就する,というのが「普通の恋愛」のあり方であり,べたべたした両思いにたどり着きながらキスだけしておしまい,などというマンガが流行っちゃったために日本の少子化路線が定着したのだ・・・というのは妄想であるが,まあつまりは日本のマンガもようやくリアルな恋愛が主流になった訳で,まずはこのことを言祝ぐべきである。最近では「ラブロマ」が,SEXというベタになってしまった用語を廃しつつ「みかん」に至って完結したが,さて童貞マンガの巨匠とも言うべき植草理一の「謎の彼女X」がどういう決着を見せるか,今から楽しみである。
 ・・・話が逸れたが,何を言いたいかというと,二宮ひかるは男性誌で長く活躍しながら,リアルな恋愛を書き続けてきたマンガ家であり,その祖先はやはり少女漫画なのだ,ということなのである。
 二宮の存在は割と早くから知っていたように思う。しかし,ちゃんと単行本を買って読んだのはつい最近,それもキングからアフタヌーンに場所を移した第一作「犬姫様」からである。結局この作品は人気がなかったためか,はたまた作家本人の事情か,うやむやのうちに単行本一冊にまとまる分量で連載が終了してしまったのだが,エロいロマコメとしては十分面白い作品になっていた。
 以来,気になる作家の一人だったのだが,どうも新作が見あたらず,記憶の隅に追いやられていた。今回久しぶりの単行本が出たので,迷わずレジに持って行ったのである。そして期待は裏切られることはなかったのだ。良い機会なので,この際,ワシのSEX観も絡めて二宮作品を論じたい。
 これは個人的なことなのだが,最近はすっかりAVがダメになってしまったワシなのである。このAVとはAudio Visualのことではなくて,Adult Videoの略称である。とにかく最近のAVは全然ものの役に立たないのだ。
 いや,EDになってしまったという訳ではない。それはワシではなくて×義○である。とにかく近頃のAVときたらフェラチオばっかりで,現実のSEXからは遊離しすぎている・・・いや,世間のカップルの多くがフェラっているというなら話は別だが,恋愛初期のさかりがつきまくっている一時期ならともかく,慣れ親しんだ時期のそれは
 「・・・いい?」
 「え~,するのぉ?」
 「あ・・・やめとく?」
 「う~・・・ま,いっか」
 ・・・ってなもんで,例え法的に夫婦となっていても,女性の「ご許可」を頂かねばおいそれとはできない代物であるらしいのだ。まあこれは当然のことで,DV(家庭問題の用語は何故2文字が多いのだろうか)状態ならいざ知らず,男女同権を重んじる現代人が営むカップルは,まず第一にきちんとコミュニケーションを取り,両者の合意の元に全ての物事がなされるべきと考えるのが普通だろう。
 今のAVにはそーゆー「普通のSEX」がなさ過ぎるのである。もちろん,縄で縛ったりつるしたりするのが好きだという御仁も相当数いるのだろうが,ワシにとっては痛々しすぎて見るに耐えない。うぐいすみつるが力説するように,SEXは男女のコミュニケーションの一手段なのであり,恋愛活動の一環として行われるべきものである・・・というのがワシの持論なので,どうも性的感情を高ぶらせる前の精神的前戯という奴が全くないAVはワシの実用には適さないようなのである。
 で,二宮作品であるが,一見するとお気楽なお色気マンガに過ぎないと見られがちである。しかし,作者本人としてはSEXを全面に据えつつ,自身が理想とする究極の恋愛の姿を描写したいのだろう。それ故に,ワシにとっては2Dでありながら,十分,実用AVとして使える(何にだよ)作品に仕上がっているのである。作者は怒るかもしれないが,「愛のある実用AV」とは,ワシにとっては最高の褒め言葉であるので,どうかご寛恕願いたい。
 本書は5シリーズから成っている短編集である。著者のあとがきによれば,いろいろと事情があり,なかなか作品が描けなかったようだが,そのようなスランプを感じさせないみずみずしさは健在で,どれも良い短編である。ワシの好みは物書き女性とそのペット(若い男)のシリーズなのだが,二宮の「恋愛観」を知るには,姉×弟というカップリングの2短編「とうきび畑でつかまえて」(二宮は道産子か?)と「あおぞら」を比較するのが一番分かりやすいと思われる。
 二宮は男女の思いやりの深さが同程度になることが最高の恋愛だと考えているようだ。常識的だが,まあ世の中そううまくはいかないもの。逆にそれが達成されていれば,近親相姦もタブーではないということなのだろう,この2作品には背徳感を全く感じない。しかし,「とうきび畑・・・」がコメディなのに対し,「あおぞら」が暗く沈んだ雰囲気なのは,前者が二宮の理想に達しているのに対し,後者はどうも姉のそれに対して弟の思いは薄いのではないか,と,少なくとも姉はそう感じている,という点が雰囲気の差を生じさせているのだろう。弟に押し倒され,あらがうそぶりだけする姉は,肉欲以外の真の愛情を欲するために泣くが,それが更に弟の欲情を増すことにしか繋がらないのだ。・・・こう書くとまるでポルノだが,姉の思いは結局通じず,空に舞い上って胡散霧消するだけという様が描かれると,ポルノとは縁遠い作品と言わざるを得ない。やはり本作も含め,二宮は一貫して「まるごとの恋愛」を追い求める作家なのだ。
 Gペン(?)によるごっついペンタッチを持ちながら,白さをうまく使う画面構成や,SEXの細かい描写をせず,抱き合っている様を上品に描くところは,完全に少女漫画テイストである。前述した恋愛観も合わせると,やはり二宮の出自は少女漫画と言わざるを得ない。今も男性誌において「愛情の伝道師」たり得ているのは,「エロくなった少女漫画」がそれだけ男性にも支持されるリアルさを獲得するようになったということなのであろう。ファンタジーに走りすぎたAVにカツを入れるべく,二宮には末永く,愛を書き続けて欲しいと念願する次第である。

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