水月昭道「高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院」光文社新書

[ Amazon ] ISBN 978-4-334-03423-8, ¥700
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 ちょっと前,「博士が100にんいるむら」というWebページが話題になった。ベストセラーになった本のよくあるパロディかと思って読み進んでいくと,ラストに衝撃的なオチがあるというものである。元ネタはこれであるらしい。
 ポスドク(博士号取得済みの学生さん)の就職難という話は昔からある程度あったようで,人文系では40過ぎにようやく大学の常勤職に就けたというのがざらであり,理工系でも博士号取得後,ストレートに助手(助教)に就任,というケースはそれほど多くなかった。
 しかし1990年代に入ってからの大学院強化という文科省の方針の下,全国の国公立大学だけでなく,弱小私立大学まで揃って大学院収容人数の増員が図られて以来,博士号保持者は増える一方,しかしそれに比して就職先は増えないどころか少子高齢化時代に入ってますます減る一方,という状況で,無職の博士は「無駄飯食い」というレッテルを張られ,ノラ博士とまで揶揄されるようになってしまったのである。本書はそのような「ノラ博士の就職問題」の背景を解説し,就職先のない状況にある博士達の生の声を集め,もっと広い視野を持って博士号保持者が現実社会に立ち向かうことを提案している。自身もノラ博士の一人である著者であるが,時々混じる「世間・文科省・現在常勤職にありながらもロクに論文を生産しない研究者への恨み節」を除けば,概ね冷静かつ分かりやすい文章を綴っており,「何で博士なのに就職出来ないの?」と疑問を持つ方々にとってはぴったりの解説書になると思われる。
 ・・・というのが本書に対する模範解答的な書評ということになるんだろうが,うーん・・・率直に言って本書に登場する博士の方々は,世間知らずに過ぎるのではないかと思えて仕方がないのである。まあ,様々な事情があって職がない,という状態になってしまったことは理解するのだが,「こんなに長い間勉強して論文を書いたのに」という恨み言をストレートに受け取ってくれる程,ワシも世間もお人好しではないのである。もちろん,「お前みたいな三流大学出のろくすっぽ業績がない輩が常勤職を持っているから,もっと優秀な奴が被害を被り,日本の研究者のレベルを下げているんだ!」という批判については首肯するが,だからといって「じゃあワシの席を譲ります」とポストを明け渡す気は全くないのである。何故なら,今の職場や日本の研究会でワシはそれなりのポジションを保持しているからであり,それが出来る人はそう沢山はいない,ということをワシは確信しているからである。
 本書を読んだ方が誤解するとまずいのだが,前述したように,博士号取得→大学常勤職というルートが全員に保証されるという「常識」はなかったのである。大体,今程ノラ博士問題が深刻化していなかった1990年代半ばですら,ワシの師匠は「大学にポストを得るなんて,運が良くなきゃ無理よ」とハッキリ言っていたし,職を持つ社会人として博士課程に入学する際にも「仕事を持ったままの方がいいよ」というアドバイスは随所で受けた。少なくともワシが知る範囲で,「博士を取れば大学に残れるよ」と言われたという人を見たことがない。そういう別格扱いの人も僅かながらいるようであるが,それは才能が抜群という人に限られているように,ワシには思える。著者のいる社会科学系の世界ではどうだか知らないが,ワシのいる応用数学や情報科学・工学分野では,社会情勢や求められる専門性に相当左右されてポストが決まる世界なので,「職がない=才能がない」という公式は成り立たないのである。努力さえすれば大学にポストを得られると教授にそそのかされたという博士も本書には登場するが,自分がそれほどの才能の持ち主だと自負しているのであれば,もっと世間の風に当たって出身大学外へ出ることも視野に入れるべきではなかったのか? それが出来なかったという時点で,「甘いんとちゃう?」と思われるのは当然であろう。
 ま,水月は,大学淘汰・倒産という時代に突入すれば,現在職を得ているワシら専任教員もいずれもっと転職の難しい「元大学教員」というノラ人間に成り果てると予想しているが,それについてはワシも同意する。だから,現在職のないノラ博士以上に悲惨な末路を辿る可能性も高い訳だ,ワシらは。そう言う意味でも,もっと若いノラ博士に同情する必要はまるでないし,むしろ同情して欲しいのはこっちだ!と言いたくなろうというものである。
 は,甘い? そう,確かに甘いのだろう。しかしそれは博士号さえ取れれば専任教員への道が自然と付いてくる,と考えたどこぞのノラ博士と同等の甘さである。してみれば,世間知らずの甘ちゃんというのはお互い様,ということなのである。
 つまりは,「センセー達も,その予備軍達も,もっと世間の風に当たりましょう」という教訓が得られる,というのが本書の一番の存在価値なのだ。大学教員の世界に縁のない方々におかれては,「へへっ,笑わせるね」と鼻を鳴らして頂くぐらいが一番真っ当な感想であり,いわゆる高学歴の集う世界が「お勉強ばっかりしている割には社会を知らないバカが多い」ということを理解するためにも格好の入門書であることは,バカ教員の一人として保証する次第である。