小島茂「学位商法」九天社

[ Amazon ] ISBN 978-4-86167-209-5, \2500
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 Degree MillもしくはDeploma Mill(以下,本書に倣ってDMと略記)と呼ばれる,未認定の学位を発行して利益を上げる団体の存在を初めて明確に認識したのは小谷野敦のエッセイを読んだ時である。突撃型の体験エッセイという感じのものだったが,スパムメールの一つに「学位を差し上げます」というものがあり,それに応じて先方と連絡と取ったところ,何やら怪しげな団体だということが分かってすったもんだする,という内容だった。カナダに留学経験のある小谷野のことだから,エッセイのネタになると思ってあえて突撃してみた,ってことなのかもしれないが,ひょっとしてホントにDMの存在を知らなかったのかもしれない。当然ワシも全く知らなかったので「へぇ〜,そーゆー所もあるんだねぇ」と感心した次第である。そーいや,海外から山ほど届くスパムメールには何とかdegreeとか書いてあるよなぁ,今も昔も変わらず,ね。
 しかしまぁ,スパムを送ってくる所はまだ怪しげさに可愛げがあっていい。いや,もちろんこれにだまされる人も多少はいるのかもしれないが,毎日何万通も未承諾広告を送りつけてくるような輩を信用する奴は,まあ自業自得である。問題は,対外的にはもっともらしいWebページや活動内容を喧伝していながら,実は全く設置地域の政府や公共団体からの認証を受けていないDMの存在である。昔,三遊亭楽太郎が博士号を取ったと宣伝していたことがあったが,今から思うとあれもDMだったかな,と思う。楽太郎は知人の社長(?)から,論文を送付するだけで博士号が取れるという話を聞き,様々な人の助けを借りて博士号を取得したと言っていたが,結局はDMの広報塔として利用されたということなんだろうなぁ。まあ芸人としては正式なものであれ,騙されたものであれ,どっちにしてもネタにはなるので,損にはなっていない。社会的な影響はともかく,本人としては「シャレ」の一言で済んでしまう話である。
 しかし,ご立派な認可大学の教員が実はDM博士号保持者だった,となるとシャレでは済まない。文科省の調査よって全国の国公私立大の約50名がDM学位を持っていることが判明しているが,本書の著者,静岡県立大・小島茂によれば,実体はもっと多いらしい。小島の地道かつ真摯な学術的研究活動の結果,DMの存在が広く知られるようになり,ヤバいと思ったDM教員は学位を取った大学名を隠すようになってしまったのだ。週刊現代には公になったDM教員のうち,コメントが取れた約半数の実名リストを記事に掲載しているが,これはまだ氷山の一角に過ぎないってことになるのだろうか。ホント,シャレにならない事態である。以前にも書いたが,安くない公金がつぎ込まれている教育活動に従事する教員は,一人残らず経歴と博士号取得大学を明記する責任があるだろう。
 本書はそんなDMについての知識を一通り授けてくれる貴重な一冊である。何せ現在進行形でDMからの攻撃にさらされつつ,果敢な広報活動を続ける著者が書いたものだけに,説得力が違う。それでいて,DMの定義,DMの行動様式,世界各国におけるDMの活動状況,DMへの対抗策がきっちりとした資料引用に基づき,冷静な筆致で述べられている。様々な形で難癖を付けてくるDM相手にマスコミもbloggerも及び腰になっている(実はワシもその一人だ)中,現在入手できる最高の一冊であることは間違いない・・・つーか,一冊しかないんだなこれが。その辺が日本の言論界の情けない所だが,いまいち世間的な盛り上がりに欠ける理由も本書には述べられている(P.107〜P.112)。日本の大学,特に理工系以外の分野では歴史的に博士号の所持が重視されておらず,最近になってグローバルスタンダードの風を受けて学位が大学内では重要視されるようになり,日本の欧米変調の風潮もあいまって,DMが現役教員にも浸透してきた・・・が,世間的には大学の勉強なんて不要,という認識が強く,いまいちDMへの危機感が薄い,ということのようである。困ったことだが,DM学位を持つ判事が蔓延って,結果的に裁判で有罪判決が覆ってしまったイランの例,DMが政府高官に食い込んでしまったカンボジアの例などを読まされる(P.31〜32)と,これは本書副題「教育汚染」という文句が大げさではなく,背筋が寒くなる話であることが分かる。前述の通り,全大学教員の履歴の全面開示を義務づけ,DMへの監視の目を厳しくすることを国家レベルで行わなければ,日本の国力も世界的な信用も失ってしまう事態になりかねないのである。
 ということで,教育関係者,特に教員採用に関わる方々には必読の書である。大学に一冊ぐらいは常備しておきましょう。
 ついでに言っておくと,もう少し組版のレベルを上げてくれ>九天社&デザイナー 誤字脱字はないが(小島先生の尽力か?),段落組違いとか,文字間隔の不自然なばらつきが散見され,内容はいいのに外見で損をしている。ここは小林よしりんの名言,「技術の上に念を乗せろ!」を噛み締めて頂き,次版の改善に期待をすることにしたい。