5/13(水) 掛川・?

 ふ~,やっと疲労が取れてきた~。日中は段々と夏に近づいてきたな~と思わせる気温に。とはいえ,冷房を回すほどでなしという微妙なところ。
 臨時で入った高校生向け実験の準備のため,MPFR/GMPをC++から使えるようにあれこれいじっている。今のところ,GMPのC++(gmpxx.h)と,それをMPFR用に拡張したgmpfrxx.hがベストなようなのだが,complexテンプレートと組み合わせて計算プログラムを書くと,あれこれ不具合が発生する。こっちで手動パッチを当てておかないと不安かも~。所々で倍精度計算になっちゃっているところがあるようなのだが,これは多分complexテンプレートの不具合なんだろうなぁ。そもそもg++の数値計算機能って不安だらけなところがあって,complexテンプレートもVisual C++のに比べると実装に相当問題がありそう。うーん,C++って作られてから相当年数が経っているはずなんだが,STLは全然増えていかないわ,ユーザはそれほど増えてないわ(Cのままか,他のスクリプト言語に流れている?),HPCには使えないわ(結局シコシコ手動チューニング),ちゅーと半端で困る。結局ワシは自作のアセンブラの如きBNCpackを手放せないまま。ソフト屋さんってばさ,もうちっと実用的なところに注力して欲しいものである。
 「大日本印刷と出版大手3社、ブックオフに計3割出資 」(日経新聞)。へー,読売にも続報が。丸善に続いて今度は新古書店か。出版業界は流通部門も含めて再編成の大波が来るのかなぁ。最近は絶版になっていた文庫とかマンガも,あっという間に再版されて新本として並んじゃうし,これでBook Offを巻き込めばさらに商品の展開が早くなる上に,ますます発行部数の最適化が進みそう。Book Offの後塵を拝するような商売をしているところは厳しくなりそうですな。
 本日一番痛ましいニュース(読売新聞)。ご遺族はさぞや無念だろうと察する。道義的には指導学生の精神的動揺を見抜けなかった責任は当然,教員側にある。
 しかし・・・事情が分らないので一般論をぶつしかないのだが,この手の話は昔から腐るほどあったりする。この准教授の先生がどんな人かは知らねど

准教授は、08年1月に科学誌から大学院生の論文が掲載を拒否され、書き直しが必要になった際も、適切な指導を行わなかった。

というあたり,ひょっとしたら「行『え』なかった」のかもしれない。ちゃんとした学会誌に査読論文を載っけるにはそれなりの知識と経験が必要なので,准教授以上といえども「査読論文ゼロ」な人がいたりするのよ,たまに,だけど。それでなくても,ちょっと方向性が違うと全く指導が出来なくなる不器用な学者(ワシもだけど)は多いものだ。
 この事件,確かにDr.取りの悲劇の一つと言える。しかし,こちらには分らない事情があるのやもしれないが,reject食らった論文の書き直しに丁寧な手助けが必要な院生ってのは旧帝大として能力的にどうなのか,という疑問もある。自分でテーマも設定できず,人の敷いたレールに載っかって査読論文のためのデータ整理と清書をするだけの忠実マシン院生の方がDr.を取りやすいというのは非情な現実ではあるが,それが必ずしも悪かというとそうとも言えないところがある。学問てぇのは難しいモンだなぁとつくづく感じる。
 まあ年寄りからは,これからDr.取りをしようという若い人に,「指導教員を選ぶ目を持つことも重要」というアドバイスを献上するほかない。間違ってもワシみたいな奴のところには来ちゃいけないよ。
 続報(産経新聞)。担当准教授は辞職済み,と。
 勉強して風呂入って肩こり直してから寝ます。

5/12(火) 掛川・?

うう,また日をまたいでしまった。しかし何とか終わったぞ->HPC-120-7 使い回し原稿の手直しで終わるかと思ってたら,ちゃんとそれなりの結果が出たのはびっくり。出てしまえば当然のことなんだけど,ワシのやってることって,それなりに合理的だったんだなぁ。だんだん今までやってきたことが有機的に繋がってきた感じ。何でもやってみるもんですねぇ。
で,ほっと一息という間もなく,一年以上ほったらかしていた論文を投稿しようじゃないかといきなりなお申し出。諦めたと思ってたのにぃ~,また英語かよ~。まあしょうがねぇけどさ,やるよやりますよやりゃぁいいんだろっ! ・・・はー,これで今年2本目の論文投稿。その前に,お抱えインド人に校正原稿を投げておかねば。あーめんどくさ。でも今週中には何とかしなきゃ。
しかし俺って,俺って・・・我ながら×××な論文書きすぎ。もー少し程度の高いところ,狙わないとね・・・ってJ○IAMとか○CSが低いなんて言ってませんっ,言ってないったら言ってないっ!
不干斎ハビアンみたいに女と出奔して全部投げ捨てた人生というものよろしかろうが,あいにく女がオランので,仕事するほかないのである。はー,元々今週中の懸案だったC++プログラム,明日中にはなんとかせにゃあ。
でもまあ,3月からこっちの原稿ラッシュは一段落したので,ボチボチ平常モードに復帰します。ぷちめってないと,本が溜まるんだよなぁ。逃避行動ばっか取ってたから,案外読んでるんですよ,これでも。
疲れ果てたので,もう寝ます。
ただいま~。5月もまだ半ばだというのあっつくてあっつくて,死にそうになりながら講義をして人心地付いていたら,ポシャったと思ってた翻訳プロジェクトが本決まりになりそうだわ,投稿していた論文の査読結果が返ってくるわでてんやわんや師匠っ大好きでした~・・・というぐらいにドトウの坂口組的展開に。おまけにあーた,査読結果に対して

修正期限:2009年5月12日

とか書いてあって,「うっそぉ~,お願いだから嘘と言って~」と先方に打ち返したら,「間違えました,一月後です」というお返事が来て力が抜ける。大丈夫か?>JSIA○
しかし思ってたより査読者の皆様,お優しいお返事。こちとらてっきり「ばっきゃろ~,顔洗って出直してこぉ~い!」と言われるモンだとびくびくモンでしたから。お一人,厳しい評価の方がいらっしゃったのだが,内容を読むと一番深いところを理解している感じで,「お説ごもっとも」なご意見。かといって,それに対して十全の直しを入れちゃうと,論文そのものの土台がひっくり返っちゃうやもしれず,「そんなに直すんだったら再投稿せいやぁ」ということにもなりかねず,どうお答えしようか悩んでしまう。まあ,悩めるだけ幸せだと思うことにしよう。しばしお待ちを>査読者様
この結果を大師匠に報告したら,「あんたうまくなったわね」というドスの効いたお言葉を頂く。うちの大師匠は,チマチマした結果をいちいち論文にするんじゃないっ!,というお立場なので,ワシみたいにガツガツ喋って喋って書いてカイてという奴に対しては,批判的なスタンスなのである。だからこの言葉を真に受けて褒められたと思ってはいけないのだ。いや,これもまた,お説ごもっともでございましてヘドモド・・・ああ,多分ワシは一生頭が上がらないなぁ。
本日はもうヘドモドしたので早く寝ます。
本日の英語学習成果: succer×→soccer○ (こんな奴が翻訳していいのか?)

5/8(金) 掛川・?

 あれもやってみようこれもやってみようと思案してたらもう締め切り目前。あーもー何にもできとらんぞ。仕方ないのであれこれできたところをつなぎ合わせてでっち上げるしかない。
 ・・・っつーことで,月曜日終日テンパる予定。しかもやり残しがゴマンと発生するので,7月上旬までは火焔山の如き状況に。こんな時に限って,5/23(土)にまた休日出勤する羽目に。資料作りで来週もテンパり続けるという・・・ホント,給料泥棒は楽でイイよな。罰当たって死んでしまうが良いぞ>該当者
 あ,Windows 7へのアップグレードが可能かどうかのチェックツールが出てたんだ。早速家のメインマシンに突っ込んでみると
windows7_upgrade_adviser_beta.png
という判定結果。問題はない,と。Windows Mailと親のための監視ツールはWindows 7には入っていないので別に入れなきゃいかんらしい。チャンスだぜ!>under 18
 つーても,Vista 64bitで特段困ったことは起こってないんだがな。強いて言えば,も少し新しいマシンにしたいところぐらいか。2005年12月に組み立てて使い始めているから,かれこれもう3年半になるのか。ワシにしてはモンのすごく長持ちしているマシンである。Phenom II X4とDDR3メモリにきちんと対応したマザーボードが出揃ったら買い換えてみようかな・・・という気はあるんだが,イマイチ食指が動かず。まるっきり金がないって訳でもないんだが,物欲がなくなってきたのか,そもそもマシンを買いすぎて食傷気味ということなのか。単に年のせい?
 教はもう疲れ果てたので,風呂沸いたらザブンと浸かってさっさと寝ます。早くGWの獲物についてゴタゴタぷちめれたいよぉ。

5/5(火・祝) 両国->渋谷->ビッグサイト->掛川・曇後雨

 「ああ,日本語でも良かったんですよ~」と先方から言われて衝撃を受け,放心状態で数日を過ごしてしまったわけではないが,どーにもやる気が出なかったので,週末恒例の家事デイもさぼってしまっていたところ,「やっぱり出かけねばらなぬ,英気を養うために!」っつーことで,予定通り,昨日から東京に遊びに来ている。
 午前中はサボっていた家事をこなし(これやっとかないと気持ち悪い家に帰らねばならぬしな),12時過ぎの新幹線で東京へ向かう。高速道路の祝日割引が始まったせいか,東名はとんでもない混みようだそうだが,新幹線はガラガラ。いやぁ助かる。いい気持ちだから正直に言ってしまおう。

貧乏人は高速を使え!

池田隼人の気持ちが少し理解できたな。
 昨日の目的は,根津~千駄木地区で開催されている一箱古本市を覗くことにある。坂あり谷ありの広範囲に会場が散らばっているので,車生活に慣れた運動不足の田舎モンには結構しんどい運動になる。結局,つつじ祭りが開催されていた根津神社を素通りして,根津教会→往来堂書店→何とかコミュニティセンター(名前忘れた)をぶらついて終了。で戦利品はこの2冊。
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 団子坂下の通りを主に歩いたのだが,うーん,下町っつー割にはマンションだらけで,狭い通りの下にいると圧迫感を覚える。
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 住む方からしてみると,防犯とか耐震性とかコスト面を勘案してマンションがいいに決まっているのだが,地域全体のバランスというものを考えると,建設反対運動が起きるのも分るよな。うーん,難しいものである。
 さて,本日は東京駅コインロッカー争奪戦を制した後,バラハクを流してからComitiaに突入する予定。今日も一日がんばりましょー。
 ただいま~。バラハクは体力が尽きて行けなかったが,Comitiaは堪能できた。
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 さすがに人間40を超えるとズーズーしさに磨きがかかるようで,「新刊出ました~」と聞いて著者ご本人に無用な言い訳を強要するわ,「その着物涼しそうでイイですねぇ~」といかがわしい親父みたいな(親父なんだが)やらしい修辞を述べるわ(いや,ホント涼しそうだったんだよな,男性用の着物姿だったんだけどさ),「一年半ぶりなんですけど~?」とヌケヌケとボケかまして先方に店頭に置いてない在庫分も取り出させるわ,やりたい放題やって参りました。おかげで福澤さん一名以上が行方知れずとなったけど。昨日の丸善オアゾ巡りでも一名お隠れになったし。まあでも想定の範囲内。これで暫く貧窮シフトでも大量の戦利品に囲まれて当分健やかに過ごせることでありましょう。
 ふ~,疲れたけど楽しかったワシのGWもこれでおしまい。明日からは通常出勤モードで来週月曜日締め切りのHPC予稿原稿を上げねば~。もう一ガンバりぃでございます。この調子で,8月下旬までに一本まとまった論文が上がれば,本年度前半の仕事は大体予定通り終了である。あと3ヶ月,がんばりまっしょい!

釈徹宗「不干斎ハビアン 神も仏も棄てた宗教者」新潮選書

[ Amazon ] ISBN 978-4-10-603628-6, \1200
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 内田樹先生のblogにリンクがあったので,面白そうだな,と思って買っておいたのが本書である。本年度は10年間途切れなかった非常勤講義がなくなったので,その分の時間を研究にぶちこんでおり,興味のある本でもついつい積ん読の山に埋没させてしまっている。本書もそのうち忘れ去られるかという矢先,英文の報告書を特急仕上げで完成させて気が抜けたのがGW突入直前。手持ち豚さん((c)高橋なの)状態になってベッドに寝転んだ時,枕頭にこれが積んであり,つい先ほど読了することができたのである。
 宗教というと,せいぜいお東さん(浄土真宗大谷派)の檀家というぐらいのおつきあいしかない不信心なワシなのであるが,宗教者という人種には興味が多少はある。多分,その昔に遠藤周作の著作などに触れたことと,普段は神も仏も排除してしまった学問に埋没した生活を送っていることが関係しているのだろう。どっぷり填るつもりは毛頭ないが,「気になる存在」として横目でちろちろ眺める程度の興味が続いているようなのである。
 確か高校か中学の国語の教科書だったと思うのだが,遠藤周作の短編小説で,「ねずみ」(だったと思う)と揶揄されていた外国人の神父が登場するものを読んだことがある。戦後,主人公が「ねずみ」神父が捕虜の身代わりになって死んだと聞かされて感慨にふける,というのがラストシーンだった。
 そーいや,今思い出したのだが,山崎努の一人芝居で,「ダミアン神父」というのもを見たんだったな。いやまぁ壮絶なまでに「キリストに狂っている」ような,まあキリスト教的には素晴らしい人間なのだろうが,ワシみたいな不信心者にはついて行けないような人種のお話だったなぁ。
 まぁ,大体話題になる宗教者ってのはそーゆー一刻者が多い。それはそれで面白いんだけど,ワシみたいなゲス人間とは相容れないところがあって,実際にそーゆー人が身近にいたら,敬いつつ遠ざけるように過ごすことになるに違いないのだ。
 しかし,棄教者となると,話は別だ。文学的なテーマとしてよく取り上げられているらしいが,ワシは読んだことがない。だって堅苦しそうじゃん。でも人間として実在していたら,ワシは自分から近づいていって根掘り葉掘り話を聞き出そうとするだろう。だってワシはゲスなんだからね。神様を棄てちゃったという一種のダメ人間の方が共感できるところが多そうだし,反面教師としても役立ちそうじゃん。故・中島らもは,薬物中毒の教育をしたければ,ヤク中体験者を雇って全国の学校で講演させろと主張していたが,それに近い「教育効果」を,棄教者からは聞き出せそうだ,という予感がワシにはするのである。
 だもんで,この「不干斎(ふかんさい)ハビアン」なる人物は面白そうだと,ゲス人間たるワシは思ったのである。何せ,「神も仏も棄てた」んだからね。どーゆー人物か,知りたくなろうというモンである。
 で,結論から言うと,ゲス人間としてのワシの感性を満足させてくれる人物ではなかったが,言論なるものに関心のあるヘボ学者としての感性は結構刺激してくれた,そーゆー本であった。宗教者である著者によれば,ダメ人間というよりは,ある種の宗教者として位置づけるべき人物がこの不干斎ハビアンということになるらしい。ワシの予想とは違ったが,いい意味で裏切ってくれた本書は,この先碌なことがなさそうな予感のする日本社会に生きるワシらに,「そーゆー開き直り方もあるのか」と知らしめてくれる優れた学術書である。
 ・・・で終わっちゃうと「不干斎ハビアン」ってのが具体的にどーゆー人物なのかがさっぱり分らん上に,本書の魅力がどこにあるのかも示せてないから,ネタバレしすぎない程度に(しちゃうかも),ワシが理解した範囲でハビアンと本書の著者・釈徹宗の言論の素晴らしさを縷々語ってみたい。
 まずこのハビアンなる人物の略歴を,本書のP.26~41の記述から抜粋して紹介する。
 1565年頃 北陸に誕生 → 京都で臨済宗(禅宗)系統の寺院で学ぶ
 1583年 キリスト教に入信,大阪・高槻の神学校で学ぶ
 1586年 正式にイエズス会修道士となり,大分・臼杵の修練院へ移動
 1603年 京都・下京教会へ移動,説教師のリーダーとして活躍
 1605年 仏教・神道・儒教と対比させつつ,キリスト教の優位性を説く「妙貞問答」を執筆
 1606年 林羅山と対面,その様子は羅山の「排耶蘇」に記述される
 1608年 突如,女性修道士と共にイエズス会脱会,そのまま棄教
 1614年 キリシタン関係者から隠れるように各地を渡り歩き,長崎に定住
 1620年 キリスト教批判書「破提宇子」を執筆,京都管区長コロウスが禁書に指定
 1621年 長崎にて死去
 ・・・まあ,呆れるというか何というか。一生のうち,キリスト宣教のための名著「妙貞問答(妙秀と幽貞という二人の尼の問答形式)」を書いたかと思うと,棄教後の最晩年には「破提宇子(提宇子(デウス)を破る,の意味らしい)」を書く。恥も外聞もないのかお前はお前は!・・・と,キリシタンからも神道・仏教側からも非難されそうな行いをしている。
 しかしどちらも現在まで伝えられる名著となっていて,「破提宇子」は明治期にキリスト教の普及を恐れた政府によって復刊されてたりするから,ん~,頭は切れる人物だったんだなということは認めざるを得ない。幕府に重用された儒学者・林羅山と対面してディベートを行っているあたり,体制側からも一角の人物として見られていたことを示している。
 本書ではハビアンによるこの二冊に対して,それぞれ一章ずつ割り当て,詳細な分析を行っている。その結論をここでバラすと新潮社の金君がフォーカス仕込みのカメラ抱えて殴り込んできかねないので止めておくが,「ちょっとそこまでハビアンに肩入れしてイイのかぁ~?」と言いたくなるほどのものである。それは「野人」という,ある種の真摯な宗教者としてハビアンを著者が評価した結果なのであるが,これについては本書で多数紹介している先行研究者からは相当反論があるやもしれない。
 しかし,著者・釈徹宗は,宗教者としてというよりは,宗教「学者」として,ハビアンの言論の論理性と近代性(ちょっと眉につばつけておく必要はあるようだが)を,ネチネチと突っ込みつつ,総体としては評価せざるを得ないと結論づけているのだ。その手腕は,釈の可能な限り内省的な分析ぶりによって認めさせられてしまう。ワシは人文系の学者には相当いかがわしい言論をまき散らすバカ共がいることに常々憤慨しているのだが,考証自体がいい加減で,単なる自分の哲学を土台にしたことしか言わない輩とは異なり,釈の言論は相当まっとうなものとお見受けした。ことに時々開陳してくれる「メタ議論」,議論の手法についての解説には感心させられたものである。皆さん,本書のキーワードは「turn around」ですぜ。おおっとこれ以上の解説は野暮というもの。ちゃんと本を買って読んで確認して下さいませ。
 結論において,釈はハビアンという人間をこうまとめている(P.246)。

そんなハビアンの宗教性にはリアルな身体性が感じられる。実際に,ハビアンは自らの進行に突き動かされて日本各地を駆け巡る生涯を送っている。同じ信仰を持つものを導き,奮い立たせ,また他宗教・他宗派の人々と真剣に向き合い,討論してきた人物なのである。将軍から大名,学者,仏僧,婦女子,市井の人々に至るまで実際に宗教論をかわしながら鍛錬されてきた宗教性こそが,ハビアンを「野人」へと到達させたのである。

 ワシはここんとこを読んで,内田先生はお嫌いなようだが,小林よしのりを思い出してしまった。左右陣営の人々と渡り合い,オウム真理教から付け狙わられ,薬害サリン事件に首を突っ込んで唾棄され,新しい教科書を作る会を立ち上げたかと思うと脱会し,右だか左だかよく分らんカテゴライズ不能のエネルギッシュな「小林よしりん」としか形容のしようのない人物になっている。そっかこういうのが「野人」か,とワシは勝手に解釈しちゃっているのだが,まあ他にも宗教家ではない「野人」ってのは居るよね。
 いつの時代も,頭と体ががっちり結びついて,周囲の空気とは関係なく自分の生理のみに忠実な蒸気機関車のごとく突き進んで生きていかねばならない人物というものは居る。ハビアンはたまたま時代状況が彼とキリスト教と邂逅させたために,無節操な宗教渡り歩きと非難されても仕方のない生き方をしてしまったが,すべての宗教を敵に回す著作を二つ歴史に残したことで,日本社会に根強い土俗的信仰を認識させたことは大いに評価して良い。機関車に踏みつけられたハビアン周囲の宗教者達は少しの恩恵と大いなる迷惑を被った訳だが,日本の文化向上のためには欠かせない礎を残したということだけは確かなようである。