二宮ひかる「アイであそぶ。 ~二宮ひかる作品集~」白泉社

[ Amazon ] ISBN 978-4-592-71026-4, \743
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 何か,この表紙が全てを物語っているような気がするのだ。これから本書に大してあれこれ言いまくろうとしているのだが,何だか全てが徒労に終わってしまうような気がする。しかし書かずにはいられないから書いてしまおう。
 世に氾濫するポルノは殆どが男性向けだ。女性向けのものも多少出回るようになっているらしいが,一気にシェアを増やすというほどの勢いはなさそうである。理由はいろいろありそうだが,一つだけ言えるとすれば,セックスに対して,大部分の女性の意識は「受動的」なものであり,多少なりとも好意を持った男から迫られれば,「まー・・・ショーがねーな~」・・・と受け入れるものである,というのがワシの結論である。そーいや,大手小町でも「男は狩人」という女性の意見があり,やはり受け身側は冷静に観察しているなぁ,と感心したものである。
 そういう事実を知るにつけ,ワシの興味は氾濫する男向けのファンタジーポルノからは失せ,女性が描くセックスなるものに向くようになったのだ。そしてそれらをちょいと追いかけるだけで,ワシの男としてのちっぽけなプライドがぶち壊される・・・ということはなく,かえって,「そうか,女性もセックスが嫌いではないんだな」,という当たり前の常識を知ることになった。詳細については青木光恵「ひみつのみつえちゃん」や一本木蛮「戦え奥さん!!不妊症ブギ」,そして本書「アイで遊ぶ。」が参考になる。青木と一本木の作品はエッセイ漫画なので女性の生の声を知るにはうってつけであるが,「感性」を表現する作品としては物足りない。そこはやはり,フィクションという舞台設定の上で,思う存分,真の感性をドラマチックに見せてほしい。本作はその意味で,まさにうってつけの,女性が語る,女性だけが知る「セックス」を万人に知らしめてくれる作品と言える。
 とはいえ,二宮ひかるは,近年あまり調子が良くなかったらしい。ワシが本格的に二宮作品を読むようになったのは,アフタヌーンに連載された「犬姫様」なのだが,単行本一冊にまとまる程度の量であえなく打ち切り・・・としか思えない尻切れトンボな終わり方をした,いわば失敗作である。その後,何があったのは詳細は不明なれど,スランプ気味な状態が続いたようで,2007年に発売された単行本「おもいで」(ヤングキングコミックス)では,あとがきで「けっこう長いこと,マンガを描けなくなっていました。」と語っている。この作品集に収められた作品,ヤングキングに掲載されたということもあって当然ではあろうけど,ちょっと男性向けポルノと捉えられかねないテーマも扱っていて,イマイチ本調子ではないのかな・・・と感じられるものであった。しかし,それでも二宮は前言に続いて「種々の問題は解消したか,と言われれば・・・いーえ,マッタク! これっぽちも!(笑) けれど,しょーこりもなく,また描こうとしていますよ。」,と,少し不安は残る言い方だが,自分自身に言い聞かせるように断言している。
 そして,白泉社が現在発行している女性向け漫画ムック「楽園」にて,二宮ひかるは継続的に作品を執筆するまでに回復(?)した。これがまた・・・いや,詳細は後に語るとして,本当にイイんだわ,全く。エロくて面白くて,何より,最後にワシら読者を気持ちよく裏切ってくれるのだ。年季の入った漫画読みはいい加減すれっからしになっていて,大抵の作品については「あのパターンか・・・」とため息つくことも多いのだが,今のところ,楽園掲載の二宮作品についてはそれがない。もっとも,二宮以外の執筆陣の作品も力が入っているムックだから,自然とライバル意識が芽生えるものかもしれない。ともかく,今一番生きのいい女性漫画誌の中でも負けていないベテラン・二宮の作品を拝めるだけでもこのムックはお買い得だ。そしてその楽園掲載作品を中心におさめた短編集が本書,「アイで遊ぶ。」なのである。
 本書には描き下ろしの短い2短編を含む11作品が収められている。一番古いのは2003年ヤングアニマル掲載の「ごめんなさい」,最新作は2010年楽園3号に掲載された「白昼夜話」である。内容を一言で言うと「セックス」。前戯も本番もセックスに至るための恋愛も別離も,全部が入ったてんこ盛りの一冊だ。A5版,196ページという青年コミックサイズでありながら743円という価格,結構出版社と著者の自信が表れていると思うが,果たしてどうか? ワシは実際,内容を考えると妥当なところだと考えている。高めの価格設定も裏切らない,と断言したい。
 本書に収められてる11作品では,様々な男女関係が描かれている。女性に翻弄される男性もいるし,その逆もある。幸せな生活を送るであろうカップルもいれば,別れてしまうカップルもいる。両天秤を楽しむ男もいれば,男を弄ぶ女もいる。バリエーションに富む設定を次々に繰り出してストーリーに組み込む手腕はさすが男性誌でもまれてきた経験が生きているな,と感心するが,それより見事だと思うのは,女性は「観察」する生き物であり,男性はその観察眼の中で踊っているだけなのではないか,という野太いテーマが見えてくることである。これは多分,二宮ひかるという作家が持つ個性の一部なのだろう。そして多分,酸いも甘いも噛み続けてきた経験を持つ女性の多くが持つ「達観」なのではないか,とワシには思えてならないのだ。
 楽園1号に掲載された「・・・ごっこ」は,ワシにとって見事にだまされた作品である。「おもいで」を読んだ奴なら分かってもらえるであろう。これ以上は言わないが,ワシは自分の浅はかさを思い知らされて,しばらくショックから立ち直れなかった。・・・いや大げさではない。自分の,いや,男の狩猟心って,ホント,バカなもんだなぁ,と今でもこうして本作を読見返すと,「手玉に取られた」感覚が蘇ってくる。ホントに赤面ものなので・・・もうこの辺で恥の陳列は勘弁してもらいたい。他にも「楽園」掲載作品は珠玉のものが多いが,今のところ本作がワシにとってはベストである。
 「手玉に取られた」と言えば,本書で初見となる「観覧車」も,読後感は悪くないが,やはり二宮ひかるの視線が背後に感じられて,「どっ,どーせ男は,若い男はそーなんですっ!」と叫びたくなってしまう作品だ。いやまったく,このP.108中ゴマの「・・・ヤらせてください・・・」(そうは言っていないが)と語りかける男の顔ったら・・・どこまでねちっこく観察しやがるんだこの漫画家はっ! もうワシは勘弁してほしいと,いま読み返しても赤面してしまっているのである。
 ・・・とまぁ,一作一作,男なら「いやまぁ・・・そーゆーもんだよ・・・ははは」と力なく抗弁にもならない言い訳をしてしまうほど,本書に収められている短編群は内心に食い込んでくるのである。だから,ワシの次の興味は,女性なら本書をどう読むのか,そこに移っている。男性誌で男目線を引き付ける女性の裸体を描き続けた二宮ひかるが描く作品をどのように自身の体験を踏まえて楽しめるのか? ・・・と。
 たぶん,それは,本書の表紙に描かれている女性の持つ視線と舌なめずりが示唆しているのだ。そしてそれは女性だけが持てる「達観」なのだ・・・と,ワシは予想しているのだが,さて真実はいかに?

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