[ Amazon ] ISBN 978-4-8124-7444-0, \648
応用数理学会年会の最中,秋葉原駅構内の書店で見つけたのが本書である。これも何かの縁かとパラパラめくってみると,ふつーのよくある萌え系4コマ漫画の体裁ではあるものの,ところどころに妙な「リアリティ」を感じたのである。で,そのままレジに運び,両国のホテルに戻って読み始めたらこれがなんと,やっぱし「数学科」出身者が描いた漫画であり,あえなく落ちこぼれた数学科出身のワシには分かりすぎるほどの内容がちりばめられていることを知ることになったのである。
数学という学問は自然科学なのか,工学の奴隷なのか,といった疑問は昔から付きまとっている。しかしまぁ,議論のための議論という感じがして,ワシはあまり真面目に考えたことがない。哲学に近い,理論体系を構築できるという側面もあるし,工学に応用できるこじんまりした理屈付けにも使えるという側面もあるので,まぁ哲学と思いたければそう思っていればいいし,自分のやりたい工学的目的に利用できると思えば利用すればいい。森毅流に言うなら「万人が好きなように考えたらええ」というだけの話だ。それだけ変幻自在,ツボにはまれば面白い学問であると,途中で挫折したワシでも断言できる。
しかし,これだけ向き不向きが明確で,同じ「理学」として括られる物理学・化学・生物学と比べると潰しがききづらい学問も珍しい。数学教員やコンピュータ関係に進むのが一般的な進路だが,物理学でも数学教員免許が取れるのが普通だし,今ならシビアで大量のコンピュータシミュレーションを行うのは数学以外の理学関係であるから,プログラマーとしての腕は,専門的な情報科学を収めたならともかく,他学科に比べて優れている,とは言えないのが普通じゃないかと思う。3DCGを使い倒すデモアニメを作ったり,表計算ソフトを常時データ集計用として利用するのはもっぱら数学以外の理学・工学関係だ。ワシなぞ,ロクにLaplace変換を勉強しなかったせいで,化学科とか機械工学科の連中から常微分方程式の解法を教えてもらったりしたものである。そーゆー応用につながる計算技術一般に疎いのも数学科の学生の弱点だったりするので,「何ぃ~,数学科のくせにそんな問題も解けないのか~?」とバカにされたりすることも珍しくない。
じゃぁ,数学科って何をやっているのかというと,伝統的な純粋数学を勉強する方法は,ひたすら理論体系を追いかけるのみ。定理→証明,定理→証明・・・という帰納法的学習を淡々と行うだけなのである。いやぁ,今思い返しても,位相とかトポロジーとか代数学とか・・・さっぱりわからなかったというのが正直なダメ学生としての感想である。今この年になれば,さすがに数学的構造なるものの正体をそこそこ掴むことができているが,高校数学までの「計算技術=数学」みたいなバカの一つ覚えを脱し切れずにいた学部学生の頃は,全く,皆目,この手の理論体系が理解できなかったのだ。これで卒研配属前に「数値解析」との出会いがなければ,ワシはとっくに就職してダメプログラマーとして札幌に戻って幸福な生活を送っていたであろう。
だもんで,本書で主人公である4人の「数学女子」が語る,数学科生活には思わず苦笑してしまうエピソードがたくさん詰まっている。詰まり過ぎていて,果たして一般読者にどこまで受けているのか,ワシにはよく分からないが,確実に言えるのは,数学科生活を送ったことがある奴なら思わず苦笑してしまうリアリティに溢れているということだ。例えば,前述した純粋数学の勉強法など,今ではレベル低下に悩む大学はともかくとして,経験者じゃないと分からないことがしっかり語られている。下手くそな証明は長くなるとか(もっと長くなると「入門書」になるというヲチ),暗号解析専門の教授が妙に若々しい恰好をしているとか(ヒッピー文化の影響か,情報科学の連中はジーパンに派手なシャツを着ていることが多く,茶髪も結構いる),合コンの時にも一人本を読んでしまうとか(ワシはこれをやって批判された経験がある・・・見てたのか,安田!),老教授を慕う女性准教授の造形にはモデルがいそうだとか(美人なのに独身という設定が(以下検閲削除))・・・いやぁ,恥にまみれた自分の大学学部生活を思い起こさせるエピソード満載なのだ。
だからかえって,一般読者にどこまで本作が受けているのか,そこがイマイチよく分からない。女子がかわいいということはさておき,ギャグ一つ一つのレベルが高いかというと,その辺はふつ~の四コマレベルであり,切れ味が優れているというものではない。ベタなギャグを延々と続けるという図太い精神は買うけど,う~ん,どこまで頑張って連載を維持できるのか,ワシにはよく分からない。1巻が出るほどだから,それなりに売り上げはあると見込まれていることは確かだが,さて2巻以降がどうなるか,ワシは注視しているのである。
最後に苦言を一言。裏表紙に文句を言いたい。1次~3次関数のグラフと数式が印刷されているのだが,グラフはともかく数式がメチャクチャだ。大体,”y=-0.064x-0.096x+1.1152x-1.592″とか”y=0.4x-2.7x-7.1″なんて,同類項をまとめずに放置しておいて気持ち悪くないのか? グラフから想像するに,本来は”y=-0.064x^3-0.096x^2+1.1152x-1.592″と”y=0.4x-2.7x^2-7.1″かなぁと思うのだが,グラフと数式を連動させる必要がないとはいえ,少なくとも「数学少女」を署名にするなら高校数学IIレベルの常識を踏まえたものにしてもらいたい。そんなものを気にする奴を読者には想定していない,という営業戦略だとすれば,それは間違っていると断言したい。少なくとも,気になる奴はコアな読者になるかもしれないではないか。今の時代,コアになる読者がどれだけ貴重か,そこから火が付く可能性があることを,マーケティングを知る竹書房営業部なら知っているのではないか? せめて著者の安田が「う,裏表紙が,気になります・・・」ぐらいの抵抗はしたんだろうと想像し,このぷちめれではこの程度で矛を収めてやるが,2巻がもし出るのであれば,まともな数学を意匠に使ってもらいたいものである。