小山慶太「若き物理学徒たちのケンブリッジ」新潮文庫

[ Amazon ] ISBN 978-4-10-125381-7, \520

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 小山慶太に外れなし,とは思っていたが,本書は今まで読んできた著作の中で一番面白く読めた。それはニュージーランド移民の子孫,Rutherfordが率いたCavendish Laboratoryの黄金期を描いた作品というだけではなく,小山自身の若い日の留学時代を重ねているように感じられるからだ。何だか文章そのものがとても大切な宝物を慈しむように流れており,全く今年はいいものを読ませてもらったワイと,新潮新書を文庫化して低価格で出し直してくれた新潮社に感謝したいのである。

 イギリスという国は,国王を抱く貴族社会でありながら,産業革命以前から低い身分の成り上がり学者も能力に応じてうまく使ってきた伝統がある。もちろんインテリの多くは豊かな貴族階級が中心ではあるけれど,NewtonやFaradayといった自然科学の大立者はそのような土壌がなければ歴史に名を残す活躍はできなかったろう。Rutherfordも植民地出身ながらニュージーランド,カナダの大学を渡り歩いて本国イギリスのマンチェスター大学を経てケンブリッジに招かれるに至る訳だが,19世紀末から20世紀初頭ということを考えても,そのような土壌がなければCavendish Labの責任者に着くことはできなったであろう。その結果,弟子筋から大量のノーベル賞受賞者が輩出されるのだから,イギリスの国力最盛期の黄金期の一角を担っていただけのことはあるなぁとつくづく感心させられる。

 19世紀から20世紀前半までの物理学が煌めいていた時代,結果として原子力エネルギー時代を開くことになって科学の発展の陰影が濃くなる直前の「古き良き時代」を描いている,ということも本書が宝石のような著作になっている所以であろう。物理学の門外漢でも良き時代の良い雰囲気が感じられる本書は,科学史の入門書としてお勧めしたい。