キュン妻「日刊ヤンデレ夫婦漫画」メディアファクトリー

[ Amazon ] ISBN 978-4-04-068157-3, \600

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 ちょろっと面白そうな「熱愛夫婦エッセイマンガ」なんだろうなと思って読んだら何とこれ,「因果は巡って丸く収まりました」的急展開が挟まっていたのでワシはびっくらこいたのである。

 最近は紙媒体の雑誌が全然ダメなので,もっぱらWeb上で連載を持たせて単行本にするケースが増えている。ただ,ネット上だと今度はその「雑誌」という範囲で読むことは少なくなり,お気に入りの特定作品のみ読む,というスタイルになってしまう。この辺が,読んでいる時には「冊子」という単位でページを繰ることしかできない紙媒体とは異なるWeb媒体独特の難しさである。その分,ストレージと帯域が許す限り大量に掲載はできるわけだから,ちょろっと良い新人がいればすぐさまスカウトして連載を持たせることはできる。ただそれだとツマラン連載も増えるわけで,ますます「たくさん作品はあるけどどれがいいのかわかりづらい」媒体に成り下がっていき,「とりあえずエロなら読んでくれるかな」的作品が増えていくわけである。
 その分,個人単位で好き勝手できるblogだのpixivだので独力でのし上がって単行本掲載まで辿り着くケースが増えている。ここで紹介した「旦那が何を言っているかわからない件」はその最高峰で,今や作者は何本の連載を抱えているのかわからないほどの人気っぷりである。

 本書もその一つであるらしく,作者・キュン妻は夫ともどもtwitterアカウントを持ち,自身のWebサイトだけでなく,pixiv,アメブロ,ニコニコ静画で本書に収められているエッセイマンガを連載している。その人気っぷりに目をつけたメディアファクトリーが作品をまとめて単行本を出版するに至ったようだ。そういうケースは最近目立って増えてきたし,目利き編集者がワザワザ赤字になる危険を冒してまで単行本を作ろうと考えるからには凡百のエッセイマンガにはない「特徴」がきちんと備わっているものが多い。ということで,大量のWeb媒体掲載作品を渉猟するよりはリアル書店の新刊平置台をチェックしている方がハズレが少ない,という事情は現在も変わらないのである。

 前置きが長くなったが,ワシが本書を手に取ったのは「幸せな夫婦のエッセイマンガ」という理由以上のものはない。なんせ表紙は文字ばっかりだし,作者は完全匿名。pixivで人気があっても相性合うかな?,と半信半疑ではあったものの,「実録熱愛夫婦モノ」で世の草食系男女を啓蒙する活動に日々勤しむ既婚者のワシとしてはネタの一つになるかなぐらいの感覚で買ってみたのである。そしたらそんなものを大幅に上回る「感動」を覚えたのであるから,これは紹介せねばとMacBook Airを開いたという次第なのである。ちなみにワシは本書を読む前は作者のtwitterもpixivも全く知らなかったし,本稿を書くにあたっても全くそれらを見ていない。以下で述べるのはあくまでこの単行本だけ読んだだけの一読者の感想に過ぎないことをお断りしておく。

 本書はゆるふわキュン妻とがんじがらめに妻を縛り付けたい夫との熱愛ぶりを描いた緩い4コマから始まる。といっても肉体的精神的DVではない。DVとは受けた本人が苦痛に覚える場合にのみ適用される用語であり,キュン妻は夫の締め付け的愛情に呼応して愛を育んでいるのだから何の問題もないのである。以前,大手小町で夫による外出禁止令を疎ましく思う妻からの相談があり,それに対する女性からの回答の一つに「妻が愛している限りなんの問題もない」というものがあってびっくらこいたことがあった。まぁ夫婦や愛というものはいろんな形があるので第三者の感想とは全く別物なんだなぁとワシは認識を新たにし,本書で描かれるサドマゾベストカップルは実在するのであろうなと首肯するしかない。

 しかし本書はそれだけにとどまらない「因果」を描いている。キュン妻のマゾ的愛情受け入れの態度は過去の家庭環境を起因とするものであり,それ故にサド的夫の愛情表現が,夫婦生活を営み,2子を育むために必須のものであった,という衝撃の展開が明かされるのである。ふえ~・・・まさに急転直下,放置すると因果は巡り,巡る因果を断ち切るには「愛」しかないのだなと,ワシはこの下手糞ながら可愛げのある漫画表現に納得させられたのである。まさに「愛は地球を救う」んだよなぁ。

 本書の帯には「読めば読むほどやみつきになる,究極の夫婦生活をおとどけします」とあるが,これは宣伝文句としては申し分ない,まことにワシにとっては「究極の夫婦生活」しか持ちえない「愛の効用」を知らしめる教材になったのである。Web時代ならではの大競争時代からこそ浮上してきた傑作,そして草食系男女の背中を蹴り上げて「オラ結婚しろ!」と本書を投げつけてどやし付けるにふさわしい作品なのだ。傷をつけるのが対人関係ならそれを癒すのも対人関係なしではあり得ない,アドラー心理学的真理に基づく本書は,まさに時代にふさわしい傑作エッセイマンガと言えるのである。