10/20(木) 掛川・?

 10月だってのに,なんで日中はこんなに暑いんだろうな。中学生向け講義が終わったら,もうYシャツの首周りは汗でぐっしょり。帰宅後,急いで風呂に浸かってすっきりする。ふー,しんど。
 ほほう,JeLAの講演会はOSSの(というよりLinuxの)有名人な先生方も参加するんだ。楽しみだけど,プログラムはどーなるんだ。この順で講演するならするで,早く決めてもらいたいものである。ぶつぶつ。
 ぶつぶつ言いながらプレゼン資料を作る。8割方完成。残りは土曜日に仕上げて共著者に送ることになる。おーい,忙しいのは分かるが,はよ返事寄越せ―>共著者
 あーもー一山越えたと思ったら,来週もう一つ山あり。暗澹たる気分になるが,まあ身から出た錆なのでしゃーない。もう平身低頭謝るしかない。練習しておこう,ごめんなさい,すいません,申し訳ありませんでした,I’m sorry, 言葉を重ねるにつれて誠意が感じられなくなるのは気のせいなのか? 人間性? ごもっとも。でも直んないのよねぇ。
 バックアップも取れたようなので,寝ます。

山下達郎「ソノリテ」Moon Records

[ Amazon ]

 CCCD騒動が一段落し,昔の習慣が忘れられずに「真面目に」CDを購入しているオッサンとしてはヤレヤレ,とホッと一息ついているところである。確かに,P2Pを初めとして,The Internet上における違法コピーの流通には目に余るものがあるし,教育や研究という名を借りてコピーしまくるバカ教師も多いから,Copyright holderとしてはふざけんな,と激昂してしまうのは当然であろう。しかしだな,一消費者としては,こちらの私的コピーの権利を必要以上に制限されてしまうのも,また困りモノなんだ。真面目な話,必要以上の権利行使に対しては,消費者運動として不買・不使用を呼びかけることも考えねばなるまい。Creative Commonsの広がりは結構なことだが,それを使用するかどうかはCopyright holderの良心に期待するしかないものであって,Copyrightを意図的に乱用する輩がそんなもの,使う筈がないのである。CCCDが廃止されたのも,真面目なリスナーによる運動の成果と言えるだろう。・・・ま,タツロ―エーイチにとっては全く関係のないことではあるのですが,ね。
 「オマタツ!」というダサいコピーはともかく,オリジナルアルバムとしては1998年のCozy以来7年ぶりだから,確かに待たさた感はある。しかしその間,On the Street Corner3(1999年)やRARITIES(2002年)も出しているし,Sunday Song Bookも続いているので,まあ何とか浮気もせずに我慢できたのである。初回限定紙ジャケ(アナログLPを知らん若いモンには分からんだろうが)をナデナデしながら,いそいそとCDからWindows Media Playerに音源をconvertしたワシは,HDDが擦り切れるほど(嘘)全曲をrepeatしまくったのであった。
 Amazonには随分と否定的なコメントが掲載されているが,ワシにとっては簡素な打ち込みサウンドと,服部克久ジコミのClassicalなOrchestrationも,どちらもしっくり来ていて好みである。そんなにクソミソに貶すほどなのかぁ?,と,ボチボチ「高気圧ガール」を聞くと気恥ずかしさを覚えるようになってきた年寄りは,珍しく団塊世代のmusicianを擁護してしまうのであった。

10/19(水) 掛川・?

 「萌えるひとりもの」とやらにIDを発行したら,よくもまぁくだらないことを書き連ねやがる。本人はストレス発散になると気持ちよさげであるが,アカデミックな(誰だそこで笑ってる奴!)このblogにはそぐわない書き込みをバコバコ発射されても困るんだよな。適当なところでお引取り願うことにしよう。・・・無理かな。
 昨週から呻吟していた中学生向け一般講演の資料,何とか一通り出来上がる。講演は明日午後。それまでにあれこれ手直しとGoogle Desktop, Google Earthのセッティングもしなくちゃ。はぁ~,何でワシはこう仕事を引き受けちゃうのか。それもこれも×××(以下暴言234文字削除)。この給料泥棒っ! って台詞はこっちにも跳ね返ってきちゃうので使うのはやめよう。
 Tukaからauへの変更手続き,希望者殺到につき体制を立て直すまで延期,とのこと(ケータイWatch)。うーむ,皆考えることは同じと見える。小林桂樹や藤岡琢也みたいに「かーんたんじゃない」と嘯いているだけでは済まない使い方をしている人間の方が多数派なんだよねぇ。ま,暫く待つしかないか。
 あり?,そーいえば,春秋恒例の風邪引きがないな。今年は温州みかんが大安売りしているので,毎日二桁のハイペースで消費し続けているのだが,そのせいかな?
 あー,いよいよ来月は毎週出張期間に突入する。その前に,Dual Core PC clusterも何とかしないとなぁ。卒研学生のフォローもせにゃならんし,忙しいことが続くわい。ま,健康なのは何よりである。ひとりものだし。
 風呂入って寝ます。

なぜワシはひとりなのか?

 のっけからテンションの高い書き出しから始まってしまったが,ワシは別段,ひとりものの権利を主張したいわけでも,正当化したいわけでもない。「人は結婚すべきである」という世間一般の常識は,生物学的にも正当性のある正しい主張であると思っているし,こっちだって同意の取れた相手がいれば結婚する可能性がないわけではない。ただし,三十路を越えてからというもの,恋愛もSEXもめんどくさくなってしまった上,コミュニケーションスキルもなく,容貌もぱっとせず,稼ぎもそれほどあるわけではない(少なくともホリエモンより少ない)。つまり,当方からアタックするわけでもなく,先方から押しかけてくることもあり得ないわけで,こーゆー中年男が結婚できるわけがないのである。結婚したら家事の一切合財を女性に受け持ってもらう,などというフザけた期待も抱いていないから,それなりに自炊生活も営めるようになった現在,結婚生活がワシにとってさほどメリットのあるものとは思えないのは仕方のないことである。
 へ,子供が欲しくないのかって?
 うわーおぞましい。冗談ではない。こんな底意地の悪い低脳人間のDNAなんぞ,この世に残さず,灰にしてしまうのが人類のためだとワシは固く信じている。まかり間違って自分の子供が出来たらそれはそれで可愛いと思うのかもしれないが,将来真人間になることは期待できないから,思春期にグレ始めたら殺してしまうかもしれない(返り討ちにあったりして)。
 さびしくないのかって?
 うーん,もう,さびしいという段階を通り越している。「さびしい」という空気に包まれていることすら,めったに気がつかないという状況である。仕事柄,平日はワラワラと人に囲まれているため,夜や休日に一人になるとほっとするぐらいである。従って,仕事がなくなってしまったら寂寥感に押しつぶされて,首をくくる可能性がある。まあその時には「ああ,人間,やっぱり家族が必要なんだな」とせせら笑っていただきたい。・・・変? だって,ワシ,前に言ったでしょ,人は結婚すべきだって。それが適わなければ,自殺したって仕方がないじゃん・・・そこまで言ってないって? そりゃぁ偽善的だ,自分は家族がいるから幸せで,ひとりものは家族がいないから可哀想,でも死んじゃいけない,ってどの口叩いていってんのかね。常識ってのはね,そこから外れた人間にとっては,物凄く冷たい排除の理屈でもあるんだよぉ~。
 以上,ワシが非常に可哀想な(書いててつくづくそう思った)人間であることが理解されるであろう。その割には同情されていないのは,恐らく,ワシが「萌えている」ためにこの悲惨さが伝わっていないからだろう。しかし,悲惨さを覆い隠すために萌えるしかない,という状況であるとも言えるのだ。
 さぁ,大いに同情しなさい!(笑)

宮崎アニメ(の美形男性キャラ)に萌え~

 かねがね,ひとりもの,いわゆる独身者・シングル・チョンガー・バチェラー・ごくつぶし・社会の日陰者・オスの負け犬・・・としての意見表明をするためのカテゴリーを設けようとは思っていたのだが,どうにも良いタイトルが思いつかなかった。ちょっと気取って尾崎放哉からパクった「咳をしてもひとり」を使ってみようと登録はしてみたものの,何かしっくり来ない。ええカッコ過ぎる,文人気取り,腐れインテリ,どっかのプライドだけは高いバカ大学教授みたいじゃん,ああ恥ずかしい。ここは一つ正直になろう,今のワシはどうして「ひとりもの」なのか,その原因を探ってみる・・・。おっ,分かったぞ,それは「ひとりで萌えていたい」からではないのか,いやそうだ,そうに違いない。そうと決まればしめたもの,敬愛するひとりものOB(裏切り者・・・)の津野海太郎さんの名エッセイのタイトルをもじって,

萌えるひとりもの

 これしかない! ・・・うーん,人生捨ててないか,このタイトル。本田透の二番煎じみたいだが,まあいいか。
 というわけで,第一弾は宮崎アニメである。といっても,ここんとこ真面目に仕事(実はこれも萌え対象なのだが)に打ち込んでいるので,映画館に足を運ぶヒマがなく,映画はもっぱらDVDに頼っている。今は「ハウルの動く城」のDVDの到着を待ち望んでいるところである。
 ワシの宮崎歴はご多分に漏れず,「ナウシカ」から始まる。その後はちょっと戻ってカリ城,ラピュタ・・・(略)・・・千と千尋の神隠し,までは映画館で全て見てきた,まあ普通の日本人並に宮崎作品と付き合ってきたのである。
 その宮崎作品,特に「千と千尋」と今回の「ハウル」,どういう心境の変化か,美形男性キャラの色気が尋常ではない。前者では白竜のハク,後者ではもちろんハウル。某女性漫画家はハク本まで作ってコミケで売ってしまうほどの熱の入れようである。ワシも劇場ですっかり転んでしまい,ハク萌え~になってしまったのである。前述したように,残念ながらまだ動くハウルは未見である。しかし,しかし,絶対にハウル萌え~,になってしまうことは確実なのである。
 コナンから始まってとうとうハウルまで来てしまった宮崎アニメの男性キャラの美形化,一体全体どういう心境の変化であろうか。結構,少女漫画には詳しい宮崎監督であるから,もしかしてBL系にお気に入りの作品でもあるんだろうか。うーん,さてはあの辺か・・・とあらぬ妄想を抱いてしまう。萌える中年男のひとりもの,邪推を繰り広げる今日この頃,なのである。