北海道新聞取材班「実録・老舗百貨店凋落」講談社文庫

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-06-275330-8, \619

実録・老舗百貨店凋落
北海道新聞取材班〔編〕
講談社 (2006.2)
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 本書は北海道民なら知らぬものはないデパート「丸井今井」が,東京の大手デパート「伊勢丹」の系列に組み込まれていく,その現在進行形のドキュメントを活写した文庫オリジナルの読み物である・・・と思って手に取ったあなた,間違ってはいないが,それはちょっと違う。違うぞ。
 中心市街地の一等地にドンと構えたデパートという業態が苦戦を強いられている現状はワシも日々のニュースから知っていた。実際,ワシの現在の職場から程近い50万都市・浜松市でも,地元に古くから根付いてきた「松菱」が倒産したし,その近くに市の肝いりで建設された「ザザシティ」も苦戦を強いられているようである。浜松に限らず,全国レベルでさほど大きくない地方都市ではどこでもデパート店の苦戦が伝えられている。これは,郊外に広大な駐車場を擁する大規模なショッピングセンターが台頭してきたことと,人口減少社会になって消費自体にさほどの伸びが今後望めないことによること,この二つが大きな要因と言える。つまり,地方都市のような限られた人口の地域においては,流通業は限られたパイを囲い込むチキンレースを生き抜かねばならない状況なのだ。ま,流通業に限らない現象なんだがね。
 札幌市民から「丸井さん」とさん付けで呼ばれ親しまれてきた老舗デパートが直面した危機は二回あった。一度目は創業者一族出身社長が自身の投資失敗による膨大な借金を会社に背負わせたことによる人的なものである。しかし,その後訪れた二度目の危機は前述したような流通業とそれを取り囲む社会的変化によるものである。これは現在進行形であり,今も丸井さんを苦しめ,伊勢丹のような大手資本に頼る割合を増やしつつあるのだ。 本書の記述のうち,この「二度目の危機」における社会的状況の解説の比率がかなり大きい。執筆者が経済部所属の記者だということもあろう。しかし,逆に考えれば丸井さんの現状を正確に伝えるにはそのような記述が不可欠であった,ということでもあるのだ。
 とゆーことで,「血沸き肉踊る迫真のドキュメント」を期待する向きに,本書はあまりお勧めではない。それよりは丸井さんと同じ社会的状況で日々悩んでいるワシみたいな現役中堅労働者の方が,読み進むにつれ自分の首を絞めるようなマゾ的快感が得られるであろう。実際ワシは読了後,身に迫る出口のない状況にいることを痛感させられ,他の誰かにも同じストレスを感じさせてやろうと,本書を持ってお勧めして回りたい思いに駆られているのである。
 あなたも,丸井さんと一緒に苦しみませんか?

筒井康隆「銀齢の果て」新潮社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-10-314528-5, \1500

銀齢の果て
銀齢の果て

posted with 簡単リンクくん at 2006. 2. 6
筒井 康隆著
新潮社 (2006.1)
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 仕事集中期間なので,ロクに本も読まずに頑張っていたのだが,昨日は気の緩みかとうとうダウンしてしまい,布団の中で一日中ゴロゴロしていた。そんな時,枕頭に本書が積まれていたのであるからして,読まずにおられるはずもなく,つい一ページ目,二ページ目・・・と進んでいくうちに,全239ページを全て読了してしまったのであった。あああ,ダメだぁ,高校時代に筒井康隆全集を全て読破した結果,その計算されつくした破滅的文章の虜になってしまい,以来,より過激なものを求めて早20年,その本家本元が久々に著したドタバタ悲喜劇長編小説が出たからには買わずには,読まずにはおられようかってんだいっ。爽快じゃぁ爽快じゃぁわはははははははははは・・・仕事の進展は神棚に上げて拝んでおくことにする。
 止められなかった理由はもう一つあって,章も節も,つまり区切りというものが一切ないのである。発端に和菓子屋のご隠居・九一郎が,友達の老人の家にワルサー(ワシにとっては,るぱーんさんせいのシンボルなのだが)を懐中に忍ばせて訪ねていく場面から最後のクライマックスまで,一行空きや楽譜(作詞は作者,作曲はツツイストにはお馴染みの山下洋輔)を除けば全く休憩なし,緊迫した状況が時間の連続性と同等の濃度で延々と書き連ねられていく。
 多分,本書については,「老人版バトル・ロワイヤル」というまとめ方をされることが殆どであろう。実際その通りではあるのだが,「人間狩り」から「」にたどり着いた,文字通り銀齢を経た天才作家の書く作品であるからして,単純に面白いというだけではなく,一種の「枯れ」を感じさせるまでに昇華している。結末に関しては「甘い」という評もあろうが,老いるということは,つまりこーゆーことが骨身に染みて理解できるとゆーことなのだろう。
 ああ結末を,粗筋を書けないのがじれったいっ。言ってしまいたいっ,我慢できそうにないっ。こんなに沢山の老人が登場するのに,迂闊に紹介すればネタばれになってしまうではないかっ。だれか本書を読了して満足しているツツイストがいたら,是非とも「誰が理想の老人か?」座談会を開きましょうぞ。ちなみにワシはやっぱり津幡教授・・・になりたいけど,多分,三矢掃部のような浅ましい醜態を晒すに違いないのである。

小林信彦「テレビの黄金時代」文春文庫

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-16-725617-7, \638

テレビの黄金時代
小林 信彦著
文芸春秋 (2005.11)
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 今では古典になってしまったが,成長のモデルとしてロジスティック曲線というものがある。グラフにするとこんな感じである。
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 特徴は,成長の速度が三パターンに分類できるところにある。
 勃興期(ネーミングは自己流です為念)の立ち上がりが遅く,急成長期に一気に駆け上り,飽和期には成長がほぼストップする。
 本書で述べられているのは,著者が覗き見た急成長期のテレビ業界である。特に「放送作家」が大量に必要となるバラエティのはしり番組について,日本テレビの立役者であった井原高志を中心に描いている。それが本当に急成長期=黄金時代であったかどうか,ということについては異論もあろうが,TV番組制作のシステムが確立し,「イグアノドンの卵」→「シャボン玉ホリデー」→「11PM」→「ゲバゲバ90分」という,今でも人口に膾炙する名番組の多くが生まれていった時代であり,その後はオリジナリティが払底していったところから見て,概ね著者の見方は正しいと思われる。
 小林信彦の偏見はつとに有名だが,客観データと他書からの引用も豊富な本書の記述自体には見るべきものが多い。飽和しまくって,これから先は現状維持が精一杯という時代を生きねばならないワシらとしては,単に急成長期の立役者達の活動を羨ましがるのではなく,そこからせめて現状維持のための知恵を授かりたいものである。

夢路行「ねこあきない 1巻」秋田書店

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-253-10537-8, \590

ねこあきない 1
夢路 行著
秋田書店 (2006.1)
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 昨年に引き続き,今年も最後は夢路行の,それも採録ではない最新刊で締めくくることが出来,ワシは大変うれしい。
 居職である漫画家,特に女性漫画家は必ず仕事場,もしくは自宅にペットを飼っているという。ことに猫が多いようでだ。で,そーゆー境遇だと,つい猫をわが子のように愛しんでしまうらしい。故に,親バカ化した漫画家は,エッセイのネタに「わが子」を描いてしまいたくなるようで,その結果,女性漫画には「親バカ漫画」なる分野が確固として存在するようになったのである。そーいやコミケにも「ペット」というジャンルが出来て久しいよな。
 親バカ漫画の内容は大概似たり寄ったりであるが,数が多いと傑作も出るもので,古くは大島弓子のサバや,大雪師走のハムスターのように名作を生んでしまったりする。夢路にとっての猫は不可欠の友,というよりは,適度に付き合っている知り合いという感じであるから,擬人化するまでに感情移入されたサバにはなり得ず,故に,本書はハムスター観察日記猫バージョン,という淡々とした日常エッセイになっている。ま,夢路らしくていいやね。暫くは連載が続くようであるから,是非とも傑作にのし上がって行ってほしいものである。
 大晦日までみのもんたとお付き合いしたくない向きには,除夜の鐘を遠くに聞きつつ,まったりと本書を読むのがよろしかろう。
 あ,一度はカバーを取るのをお忘れなく,ね。

吾妻ひでお「アズマニア1~3」ハヤカワコミック文庫

アズマニア1 [ BK1 | Amazon ] ISBN 4-15-030543-9, \600
アズマニア2 [ BK1 | Amazon ] ISBN 4-15-030550-1, \600
アズマニア3 [ BK1 | Amazon ] ISBN 4-15-030558-7, \600

 本書は本年(2005年)初頭に失踪日記でブレイクした吾妻ひでおの漫画短編集であるが,今年の新刊ではなく,初版は1996年3月,5月,7月となっている。しかし,ワシが購入した第2版は3冊とも2005年5月31日に刷られたものである。つまり,失踪日記が予想外にブレイクしたため,それを当て込んだ早川書房が慌てて10年ぶりに再販したと思われる。事情はともかく,吾妻ひでおが元気だった頃の傑作集が日の目を見るのは嬉しいものだ。
 とり・みきによる漫画家へのインタビュー集「マンガ家のひみつ」(徳間書店)が刊行されたのは1997年である。収録されているのは,ゆうきまさみ,しりあがり寿,永野のりこ,青木光恵,唐沢なをき,吉田戦車,江口寿史,永井豪といった面子で,これらは全て雑誌に連載された記事のインタビューが元になっている。データを重んじるとりの著作らしく,インタビューの最後には1997年当時の単行本リストが漏れなく付記されている,よく出来た本である。もっとも懲りすぎたためか,インタビューから2年も経って刊行されており,故に,インタビュー自体は全て1995年に収録されたものとなっている。
 このインタビューの最後を飾っているのが,とりがマイフェイバリット漫画家と呼ぶ吾妻ひでおである。これだけは連載されたものではなく,この単行本のために語り下ろされたもので,もちろんこれも1995年9月のもの。失踪日記の巻末対談で最初に言及されているのがこのインタビューである。
 今,この「マンガ家のひみつ」を読み直して気がついたのは,吾妻の失踪が1985年から始まっていたんだな,ということである。いくつか小さな失踪があった末に,1989年の失踪(「夜を歩く」編)と1992年の失踪(「街を歩く」編)に至ったようだ。このインタビューではとりが「あえて訊く決意をして」(P.272)臨んだだけあって,失踪日記のダイジェスト編になっている。だから,今年になって失踪日記が出版され,それを読んだワシは,少なくとも失踪部分についてはさして驚かなかった。予習していたからね(藁)。アル中病棟編はさすがにびっくらこいたけどさ。
 さて,アズマニアである。ここに収録されている中短編のうち,失踪後に執筆されたものは一つしかない。1994年にコミックトム(休刊中)に掲載された「幻影学園」(3巻)である。実はこの時,ワシは地の果て能登半島の奥地で掲載雑誌を講読していたのである。で・・・軽い違和感を覚えたのを記憶している。今これを読んでみても同じ印象で,1980年代に入ってからの,絵からつやと色気が匂い立つようになった作品と比べると,明らかにキャラクターから精気が消えうせている。一生懸命スラップスティックをやろうとしているのは分かるのだが,かえってそれが痛々しい。雑誌で読んだ時にはその理由が分からなかったが,今になると良く分かる。これはちょうど失踪から戻り,アル中になるまでの時期に執筆されたものだからである。思えば,この時期の,ギャグへの執着がアルコールへ走らせたのではないか・・・。
 してみれば,本作品集は残酷である。吾妻ひでおが自覚的にマイナー志向となり,不条理日記をモノにしてからエロスを満載する作品を描き,失踪後の低テンション作品までの全てがここに収録されているのである。よって,アル中に至る前年の1996年に刊行された,解説も何もない粗末な編集の本書は一種のタイムカプセルとなっている。それが今年,失踪日記のブレイクによって発掘されることになったのである。10年ぶりに再び日の目を見たこの作品集は,失踪日記で初めて吾妻ひでおに触れた読者にとっては,失踪に至る吾妻の苦闘とアル中直前の虚脱を学習できるよい参考書でもある。
 心して読みたまえ>新規吾妻ファン