江口寿史「江口寿史の正直日記」河出書房新社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-309-01741-X, \1900

江口寿史の正直日記
江口 寿史著
河出書房新社 (2005.12)
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 原稿落としの天才漫画家・江口寿史が自身のWebサイトで連載していた日記をまとめた単行本。オマケに,編集長を務めていたComic Cueに掲載された日記と,山上たつひこの復活漫画をアシストした記録漫画である「金沢日記」も収録してあり,その結果,全570ページを越える分厚さとなっている。発行されたのは昨年の12月で,ワシが購入したのもその頃であるが,「毎晩寝る前にでもチビチビ読ん」(あとがき)だ結果,読了したのは,論文下書きに気分が乗らず悶々として過ごしたこの土日にかけてとなった。ま,最後は半分以上一気読みだったが。それもそのはず,面白いんだもん。確かに自身でこれを「クズの日記」と称しているだけあって,飲んだり食べたりしている記述が多いが,そればかりではない。映画評あり,ショッピング評あり,ラーメン評あり,なんつーかこー,人生楽しく生きているということが良く分かる爽やかな空気が全編に漂っている文章なのである。
 おっと,ここで誤解してはいけない。江口寿史は,原稿落としまくっても楽しく生活できる見本,では決してない。
 逆だ。
 江口には,生活レベルをさほど落とさずに妻子を養っていけるだけの画才がある,ということを本書は見事に活写しているのである。
 勿論,江口はそんな露骨なことはストレートには言わない(ギャグでは言うけど)。しかし,「パパリンコ物語」も「うなじ」も「イレギュラー」も,長い連載作品はみーんな中途半端に終わってしまっているのに対し,一ページ漫画「キャラ者」や単発のイラストの注文は,編集者をきりきり舞いさせつつもほぼ完璧にこなしているのである。だからこそ,イラストレータとしての信用は落とさずにやっておれるのであるし,その実績と評価があってこそ,何度落とされても「やっぱり,長い作品にチャレンジして欲しい」という期待が続いているのであろう。
 本人がダメダメクズクズと連発するのは,当人に才能がないわけではなく,自分に対する要求水準が高い証拠(by いしかわじゅん@BSマンガ夜話)という,冷徹な事実を見据える必要がある。本書は決して,ニートやフリーターを甘やかせるための口実には使えない,プロの仕事と厳しさを伝える漢(おとこ)の書なのである。

小林よしのり「目の玉日記」小学館

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-09-389056-0, \1000

目の玉日記
目の玉日記

posted with 簡単リンクくん at 2006. 3. 8
小林 よしのり著
小学館 (2006.4)
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 ここんとこ,ゴー宣ことゴーマニズム宣言とはご無沙汰である。ここでも何度か書いてきたが,主張がマンネリ化したため,エンターテインメントとしての面白みが薄れてきたからである。同じことは,愛読していた藤原正彦の著作にも言える。「国家の品格」がベストセラーに入ったのは,その筆力と主張の見事さ(正しさ,ではないよ為念)から当然と言えるが,ワシは一見して購読するのを止めてしまった。「情緒」と「国語力」の主張のないエッセイなら喜んで読んだであろうが,それの連呼ばかりでは「あーあー分かった分かった」と言いたくもなるのである。藤原といい,小林といい,どうして保守論者の主張はこうも同語反復が多いのであろうか・・・おっと,これはサヨクにも言えるね。兎も角,己の思想信条を声高に連呼し続けられれば,どうしたって飽きられてしまうのである。もう勘弁してくれと言いたくもなるのである。
 かようにして,ワシとよしりんは倦怠期の夫婦関係の如く疎遠になっていたのであるが,ゴー宣掲載誌をチラと眺める習慣だけは続いていたのだ。そんな折である。よしりんが目の病気になり,ゴー宣が休載となったのだ。
 ありゃぁ,こりゃ大変だ。復帰できるかな?・・・と心配していたのは杞憂も杞憂。転んでもただでは起きないエネルギーの持ち主であるからして,重度の白内障に罹って入院し手術,そして退院して短期休養,という一連の事件を作品にしてしまったのである。それも書き下ろし160ページ! ホントに病み上がりか?というぐらい,充実したテンションの高い作品に仕上がっており,しかも殆ど「いつものアレ」的主張がない。これはうれしい,国家主義者ではない,純粋なエンターテナーよしりんを楽しめるではないか。ワシが本書を購入してから小一時間で一気に読了してしまったのも無理はないのである。
 「えー,小林よしのりぃ~?右翼だろ~?」という向きにもお勧めの,無難かつ楽しめるエッセイ漫画本である。損はしない。どーせ年寄りになればみんな白内障になるんだから,予行想定演習のつもりで読んでおくと,いざ目が白くなっても,「白内障の手術?軽い軽い,わっはっは」と笑い飛ばせること請け合いである。

北道正幸「プ~ねこ」アフタヌーンKC

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-06-314373-2, \524

プーねこ
プーねこ

posted with 簡単リンクくん at 2006. 3. 1
北道 正幸
講談社 (2005.1)
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 北道正幸は困った漫画家だ。興味のない付録のフィギュアを溜め込みつつ,あの重たい月刊漫画雑誌アフタヌーンをワシが毎月欠かさず購読しているのは何のためだと思っているのか。もちろん,「もっけ」「るくるく」「神戸在住」「G組のG」「そんな奴ァいねぇ!!」「ああっ女神さまっ」「ヨコハマ買い出し紀行」「ラブやん」のためでもあるが,北道が途中で投げ出してしまった長編連載「ぽちょむきん」のためでもあるのである。つまりワシは少なくとも購読目的の1/9を北道の連載放棄によって失ってしまったのである。どうしてくれよう・・・そんな思いを持つ購読目的1/9欠落読者はかなりの数,存在しているものと思われる。何故なら,「ぽちょむきん」連載当時から連載放棄の現在に至るまでちみっとずつ掲載されてきた4コマ猫漫画を収録した本書が,2005年1月の発売以来,9回も増刷されまくっているからである。これは,「キタミチのハイブロウ過ぎるカルト4コマならこの程度じゃねーかぁ」という,購読目的1/9欠落読者を舐め腐った編集者の部数判断ミスという範疇を超えたキタミチの連載再開への期待が,「きゃぁこのねこかわいー」というミーハーパンピーに上積みされた結果といえよう。まったく証拠はないが。
 とゆーことで,キタミチの今後の労働意欲を高めてもらうべく,発売から一年も経っておせーぞバカヤロー的非難を覚悟しつつも,リストラパパの如く打たれ強いワシは札幌の紀伊国屋書店で本書を購入したのである。せめて\524中の印税分ぐらいは性根を入れ変えて働いてもらいたいものである。

北海道新聞取材班「実録・老舗百貨店凋落」講談社文庫

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-06-275330-8, \619

実録・老舗百貨店凋落
北海道新聞取材班〔編〕
講談社 (2006.2)
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 本書は北海道民なら知らぬものはないデパート「丸井今井」が,東京の大手デパート「伊勢丹」の系列に組み込まれていく,その現在進行形のドキュメントを活写した文庫オリジナルの読み物である・・・と思って手に取ったあなた,間違ってはいないが,それはちょっと違う。違うぞ。
 中心市街地の一等地にドンと構えたデパートという業態が苦戦を強いられている現状はワシも日々のニュースから知っていた。実際,ワシの現在の職場から程近い50万都市・浜松市でも,地元に古くから根付いてきた「松菱」が倒産したし,その近くに市の肝いりで建設された「ザザシティ」も苦戦を強いられているようである。浜松に限らず,全国レベルでさほど大きくない地方都市ではどこでもデパート店の苦戦が伝えられている。これは,郊外に広大な駐車場を擁する大規模なショッピングセンターが台頭してきたことと,人口減少社会になって消費自体にさほどの伸びが今後望めないことによること,この二つが大きな要因と言える。つまり,地方都市のような限られた人口の地域においては,流通業は限られたパイを囲い込むチキンレースを生き抜かねばならない状況なのだ。ま,流通業に限らない現象なんだがね。
 札幌市民から「丸井さん」とさん付けで呼ばれ親しまれてきた老舗デパートが直面した危機は二回あった。一度目は創業者一族出身社長が自身の投資失敗による膨大な借金を会社に背負わせたことによる人的なものである。しかし,その後訪れた二度目の危機は前述したような流通業とそれを取り囲む社会的変化によるものである。これは現在進行形であり,今も丸井さんを苦しめ,伊勢丹のような大手資本に頼る割合を増やしつつあるのだ。 本書の記述のうち,この「二度目の危機」における社会的状況の解説の比率がかなり大きい。執筆者が経済部所属の記者だということもあろう。しかし,逆に考えれば丸井さんの現状を正確に伝えるにはそのような記述が不可欠であった,ということでもあるのだ。
 とゆーことで,「血沸き肉踊る迫真のドキュメント」を期待する向きに,本書はあまりお勧めではない。それよりは丸井さんと同じ社会的状況で日々悩んでいるワシみたいな現役中堅労働者の方が,読み進むにつれ自分の首を絞めるようなマゾ的快感が得られるであろう。実際ワシは読了後,身に迫る出口のない状況にいることを痛感させられ,他の誰かにも同じストレスを感じさせてやろうと,本書を持ってお勧めして回りたい思いに駆られているのである。
 あなたも,丸井さんと一緒に苦しみませんか?

筒井康隆「銀齢の果て」新潮社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-10-314528-5, \1500

銀齢の果て
銀齢の果て

posted with 簡単リンクくん at 2006. 2. 6
筒井 康隆著
新潮社 (2006.1)
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 仕事集中期間なので,ロクに本も読まずに頑張っていたのだが,昨日は気の緩みかとうとうダウンしてしまい,布団の中で一日中ゴロゴロしていた。そんな時,枕頭に本書が積まれていたのであるからして,読まずにおられるはずもなく,つい一ページ目,二ページ目・・・と進んでいくうちに,全239ページを全て読了してしまったのであった。あああ,ダメだぁ,高校時代に筒井康隆全集を全て読破した結果,その計算されつくした破滅的文章の虜になってしまい,以来,より過激なものを求めて早20年,その本家本元が久々に著したドタバタ悲喜劇長編小説が出たからには買わずには,読まずにはおられようかってんだいっ。爽快じゃぁ爽快じゃぁわはははははははははは・・・仕事の進展は神棚に上げて拝んでおくことにする。
 止められなかった理由はもう一つあって,章も節も,つまり区切りというものが一切ないのである。発端に和菓子屋のご隠居・九一郎が,友達の老人の家にワルサー(ワシにとっては,るぱーんさんせいのシンボルなのだが)を懐中に忍ばせて訪ねていく場面から最後のクライマックスまで,一行空きや楽譜(作詞は作者,作曲はツツイストにはお馴染みの山下洋輔)を除けば全く休憩なし,緊迫した状況が時間の連続性と同等の濃度で延々と書き連ねられていく。
 多分,本書については,「老人版バトル・ロワイヤル」というまとめ方をされることが殆どであろう。実際その通りではあるのだが,「人間狩り」から「」にたどり着いた,文字通り銀齢を経た天才作家の書く作品であるからして,単純に面白いというだけではなく,一種の「枯れ」を感じさせるまでに昇華している。結末に関しては「甘い」という評もあろうが,老いるということは,つまりこーゆーことが骨身に染みて理解できるとゆーことなのだろう。
 ああ結末を,粗筋を書けないのがじれったいっ。言ってしまいたいっ,我慢できそうにないっ。こんなに沢山の老人が登場するのに,迂闊に紹介すればネタばれになってしまうではないかっ。だれか本書を読了して満足しているツツイストがいたら,是非とも「誰が理想の老人か?」座談会を開きましょうぞ。ちなみにワシはやっぱり津幡教授・・・になりたいけど,多分,三矢掃部のような浅ましい醜態を晒すに違いないのである。