黒川あづさ「アジ玉。」中央公論新社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-12-003684-7, \880

アジ玉。
アジ玉。

posted with 簡単リンクくん at 2005.11.29
黒川 あづさ著
中央公論新社 (2005.11)
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 本書を一言でまとめると,不法滞在者のバングラディッシュ人と結婚した日本人漫画家によるエッセイ漫画ということになる。今回始めてこの結婚の顛末を単行本として刊行したことになるので,高橋由佳利,小栗左多里,流水りんごという国際結婚エッセイ漫画家グループにまた一人お仲間が加わったことになる。
 黒川あづさといえば,ワシにとっては青年誌に連載されたラブコメ漫画「リダツくん」の著者,というよりは,やはり「じょりじょり系」ホモ漫画家としてのイメージが強い。
 いわゆる男×男(この表記も古いかな)恋愛のジャンルは「ショタ系」「美青少年系」「じょりじょり系」の3つに大別される。このうちショタ及び美青少年系は,じょりじょり系に相対する,頭髪以外の毛を持たない人間しか登場しない「つるつる系」としてまとめることもできる。黒川あづさはデビュー当初この「つるつる系」の作品を描いていたが,そのうち中年オヤジに目覚めたらしく,ダンディかつアンニュイなじょりじょり無精髭漫画家を主人公とするシリーズを描くようになっていった。いわゆるBLと呼ばれるつるつる系作品群とは違い,青年漫画テイストの濃い絵柄だったと記憶する。ただ,作品や単行本に対するコダワリが強かったらしく,それ故なのか,近年はあんましワシの目にとまる所では描いていなかったようである。で,久しく見なかったじょりじょり系作家が,エッセイ漫画ライクな白くて軽い絵になって登場したのであるから,まぁ驚いたのなんのって。反射的に手にとってレジに向かったのは言うまでもない。
 で,そーゆー経歴を知っていると,本書においては中年以上のオヤジの描き方が「じょりじょり系」的に丁寧であることに御納得頂けることであろう。資産家である義父や政治家の義兄の絵は力がこもっていて,さすが黒川先生ご健在なり,と拍手を送ってしまうのである。
 最後にタイトルについても触れておこう。著者のダンナさんは結婚するまでは不法滞在者として日本で働いていたのだが,前述の通り,実家は資産家であるので,黒川先生は特に狙ったわけでもないのに玉の輿に乗ってしまったのである。で,「アジアの玉の輿」を略してこのタイトルになった,らしい。
 まぁそれはいい。しかし,萌えるひとりものとして気になるのは,黒川先生がバングラディッシュ人のボンボンと結婚するに至った理由である。勿論,日本人とは何人かとお付き合いをしてきたのだが,「言葉は通じても本音を語らない」(P.10)野郎ばかりでお気に召さなかったらしいのである。「仕事でもないのにうわべだけのおつきあいするほど私もヒマじゃない」(同上)とは,誠にその通りであり,日本人独身男性を代表して,無駄に時間を使わせてしまったことを深くお詫びする次第である。
 しかしまぁ,(現実の)日本男児に愛想を尽かしたおかげで玉の輿にも乗れて,セクシーなおみ足を持つダンナさんとも生活が共にできるようになったのであるから結果オーライ。今後の課題は唯一,本書がそこそこ売れて続編が刊行されて日本での生活を続けて行く事だけである。もしそれが適わなければご実家に戻られて,リッチな生活(だけではなさそうだが)を送る羽目になるらしい。黒川先生のお眼鏡が適わなかった日本人ひとりもの男としては,本書を身銭切って購入し,ご夫婦の日本生活への援助をさしあげることで,せめてもの償いをさせて頂きたく,今後のご活躍をBlogを見つつ,お祈り申し上げます。

本田透「萌える男」ちくま新書

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-480-06271-8, \700

萌える男
萌える男

posted with 簡単リンクくん at 2005.11.12
本田 透著
筑摩書房 (2005.11)
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 ふーん・・・と感心するところの多い分析が随所に見られるが,最終的には本書で提示されている「萌える人生賛歌」には全く同意できなかった。
 決定的だったのは,著者自身が「萌え尽きる人生」を全うする気がなく,自分はそのうち社会的ステータスを上げて恋愛して結婚してしまうかもしれないが,萌える人生そのものは社会として認知し,推奨しましょう,と主張している次の個所にぶち当たったことである。
 「僕はよく『萌えるとかモテナイとか言うけど,もしモテたらどうするんだ』『本が売れたらモテるのではないか』などと言われるのだが,僕は僕個人が『恋愛資本主義』的な価値体系の中で首尾よく自分の商品価値を上げてモテました,めでたしめでたし,というふうには考えていない。これは僕個人の問題ではなく,社会全体の問題なのだ。
 恋愛とは個人の問題ではない。社会問題である。」(P.166)
 いや,「結婚」は社会問題ですが,「恋愛」はやっぱり個人の問題でしょうよ。ま,それはともかく。
 申し訳ないが,ワシはごく普通(異論があるかも知れぬ)の常識人なので,自分が出来もしないことを他人(この場合は社会だが)に軽く押し付けるような言説を信用することはできない。オウム真理教事件を経験した日本社会としても,そのような覚悟のない「萌える人生教祖」においそれと若者が追随するのを容赦するべきではない。結局,あの教祖は批判能力のない若者をかどわかして食い物にしただけであるが,本田透も,「俺は萌えて尽きるしかないのかなぁ」と消沈している奴を,「そのまま萌えて行きなさい」と優しく諭すことで自身の論を彼らのバイブルとし,自分の著作を買わせ続けるための市場を作ろうとしているだけなのではないか,と思えて仕方がないのである。
 現実との折り合いのつけ方は人それぞれで,趣味や仕事に走ることで,恋愛や結婚から「降りる」というのも選択肢の一つではあろう。しかし,現実社会で広く認知されている「人はある一定の年齢以上になったら結婚すべきである」という常識を,キモいだのウザいだの言われたからといって,そう易々と放棄して良いものだろうか。常識ってのは,疑ってみることも,実践してみることも,そしてそれをやり続けることも必要なものなのである。
 まあねぇ,面倒なことも多いけど,ほんと,生身の女性ってのはいいもんですよ,振られてもさ,ということだけは「萌えるひとりもの」の先達として,後輩の方々にお伝えしておきたい。・・・ちっ,思い出しちゃった(泣)。本田透のスカタンのせいだな。今日は一日,「帰ってきたもてない男」小谷野先生と一緒に泣き暮らし,明日からは気分を変えてまたチャレンジしよーっと。

蛭児神建(元)「出家日記」角川書店

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-04-883932-2,\1500

出家日記
出家日記

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蛭児神 建(元)著
角川書店 (2005.11)
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 世代的にはドンピシャリだったにもかかわらず,いわゆる「ロリコンブーム」という奴とは無縁の人生を送ってきた。まだ「マカロニほうれん荘」の余韻の残る少年チャンピオンで内山亜紀がデビューした時も,「何これ?」と思っただけで完全スルー。別段ワシが倫理的であるとゆーわけではなく,単に「つるぺた」には全然リビドーを感じない性癖であったからに他ならない。おかげで,たまーに報道される未成年買春事件を見ても,世間には物好きがいるなぁ,と思うぐらいで全く同情できないのである。何が楽しくって「じょりじょり感ゼロ」の子供相手にSEXせにゃいかんのだよ。ふんとに。
 だもんで,本書の著者が「ロリコンブームにおけるカリスマ」だと言われても,あそー,ふーん,ってなもんで,全然存じ上げなかったのも無理はない。もし著者が吾妻ひでおに手紙を送らなければ,そしてその手紙は誰に見せても良いと断りがなければ,そしてそして「Comic 新現実」で吾妻ひでお特集がなければ蛭児神の自伝連載が始まることもなく,本書が刊行されることもなかった訳である。ま,それも著者と吾妻ひでおとは浅からぬ因縁があったからこそ,なのであるが,それは本書を読んで納得して頂きたい。
 それよか,ロリコン市場(とゆーものがあったらしい)を退いてからの著者の生き様の方がずっと読んでて興味深かった。本書のタイトルである「出家」生活はここから始まっているのだが,まぁなんとゆーか,宗教界というものは大変なところであるなぁ,と嘆息することしきりである。それに輪をかけて奥様との日常生活がまた凄まじい。著者はワシより10歳ほど上であるし坊さんであるが,それ故に一種の悟りの境地に達しているのだろうなぁ,そうでなきゃこういう人生はそうそう送れるもんじゃない,と考え込んでしまったのである。
 業田良家が「自虐の詩」で示した「幸も不幸もなく,ただ人生がそこにある」という達観の実例を見る思いがする本書は,ロリだのショタだのという単語とは無縁の人でも引き込んでしまう普遍性を帯びている。その割には配本数が少ないのか,先日東京の書店をうろついた際にはついぞ本書が平積みになっているのを見かけなかった。わずかに数冊,背表紙をこちらに向けていたのを3件目の大書店で発見し,いそいそと購入してきたぐらいである。折角の人生読本なのだから,もう少し人目につくように売っていただけませんかねぇ>角川書店。

西原理恵子「営業ものがたり」小学館

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-09-179276-6, \838

営業ものがたり
営業ものがたり

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西原 理恵子
小学館 (2005.10.26)
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 ここでも取り上げた「上京ものがたり」「女の子ものがたり」に続く第三弾。「ものがたり」シリーズは一応これで完結らしい。内容を簡単に言うと,「うつくしいのはら」を真中において,雑多なお笑い漫画と「朝日のあたる部屋」を前後にくっつけた構成。「うつくしいのはら」は浦沢直樹のプルートゥ(プルートでいいじゃんよ)に寄せたものらしいが,まあ殆ど関係ない。これ,翻訳すればノーベル文学賞,とは言わないけど,児童文学賞ぐらいは取れそう。内戦が止まない国ではこんな日常で溢れ返っているんだろうな。
 ちなみに,ワシも無料アルバイト情報誌はよく読みます。35歳以上になると途端に求人が減っていく現実を知り,将来に対する不安でいっぱいです。住宅ローンや扶養家族を抱えてないだけサイバラ先生より身軽ですけどね。ふんっだ。

「夢路行全集25 日常茶飯事」一迅社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-7580-5182-8, \552

夢路行全集 25
夢路 行
一迅社 (2005.9)
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 著者本人も「呆れたに近い」暴挙とも思える夢路行全集刊行も,ついに最終刊までたどり着いた。これも一重に,途中合併して経営基盤を強化した一迅社の体力のおかげである。愛読者として,厚く御礼申し上げる。
 ワシが夢路行を読むようになったのは20世紀も押し詰まった頃からで,そこに至る彼女の軌跡を,今回始めて辿ることが出来た。集英社から単行本が出なくなり,東京三世社(とは独立の編集プロダクションが主導していたようだが)からの出版物のみを読んでいたから,それ以前の作品や,秋田書店移行時までの仕事については殆ど知らないできたのである。
 今回の全集を通じてデビュー後20年を越える仕事を通してみると,随分と色々な冒険を重ねているのだな,ということが分かる。ホラーっぽいものから,派手なアクションを伴うものまで,ファンタジーだけではない作品世界が展開されている。しかしそこには独特な雰囲気が必ず漂っていて,冒険しながらも自分の立ち位置が大きくずれることはなかったのである。そこに確固とした意思があったのか,それとも単なる成り行きだったのかは不明であるが,それがなければ一迅社も全集の刊行を決断することはなかったであろう。同じく全集を刊行した24年組の大家達は,自分らの仕事そのものが少女漫画のみならず,他のジャンルの漫画をも激変させてしまったが故に,メジャーに留まるためには,その作風を変えて行かざるを得ない運命にあった。夢路行は幸い,その世代よりずっと遅れてきた世代であり,デビュー時の絵柄はかなり1980年代の「乙女チック」路線っぽい。しかも自ら言うように,あまりうまくなかったせいもあって,時間をかけてコツコツと力量を上げて行かざるを得なかった。そこが1990年代の漫画の変化に,不器用ではあるけれどもついて行けた秘訣ではないか,という気がする。
 全集刊行と共に,一迅社の雑誌で続いていた連載「モノクロームガーデン」も終了した。しかし,秋田書店からはこれからも新作単行本が出版される予定になっているし,本人も小さい家を建てるという「野望」をお持ちのようなので,手打ち蕎麦の如く,細く長い活動を続けていくことであろう。
 「まあ こんな わたしですけど
        長いおつき合いの人も 一見さんも
     これからも よろしく 。 と。」(25巻)
 あ,いえ,こちらこそ,末永く,お付き合いさせて頂きたく,
 よろしくお願い致します。 と。
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 この全集↑に,今後何巻分,新作が追加されるのであろうか。楽しみである。