マンション購入記・・・承前

 「ひとりものの部屋はなにに似ているか? 棺桶に似ていると私は思う。」
 津野海太郎「歩くひとりもの」から
 マンションを買うことにした。もちろん,現時点では,私ひとりで住む予定である。
 独身女性は,ある程度の金が貯まるとマンションを購入する,らしい。何かの統計に基づいた意見というわけではなく,なーんとなくそういうものだと思われているようだ。
 性別は異なるとはいえ,同じ立場にある私にはその気持ち,わからんではない。わからんではないが,その行為は自分用の「棺桶」を買うのと同じように,他人,特にひとりものでない者からは見られてしまうということを,どの程度自覚しているものやら,甚だ疑問である。
 「今度マンション買うんだ!」
 「ひとりなのに? へぇ・・・」
 この「・・・」にはとてつもない同情と憐憫と冷笑が混在したものであることを,ひとりものはきちんと認識しておかねばならない。
 つまり,同情とは「ひとりで寂しいからそんなところに金をかけるしか楽しみがないんだなぁ」というものであり,憐憫とは「誰にも看取られずにそんなところで死んで腐っていくんだなぁ」というものであり,冷笑とは「高い棺桶に入るんだなぁ」というものである。
 そういう厳しい世間様の目というものを意識した上で,それでもなお,ある程度年月を経たひとりものは,金の目処さえつけば,家を買ってしまうことになるのである。たとえ賃貸に住み続けているひとりものでも,「そろそろ買わなきゃいけないのかなぁ・・・」と考える時期が必ずやってくるのである。
 理由は2つある。
 一つは経済的なものである。資産運用,というと大げさだが,年金の行く末が心配な昨今,年齢に比例してある程度は資産を積み上げておく必要はあるのだから,額の多少はあれ,誰しも自分の資産の運用についても考えておかねばならない。そして,資産運用の基本は,まずリスク分散である。株や国債などの証券,現金(預貯金),不動産等にそれなりの資産を割り振って,インフレやデフレの影響を極力少なくする。つーても,たかが知れているが,やんないよりはましだろう。そして,どうせ不動産に投資するなら,ついでに自分の居場所の確保も出来ることが望ましい。
 二つ目の理由は,切実なものである。不動産屋の立場になれば仕方のないことではあるが,どうせアパートの部屋を貸すなら,信用のおける若い日本人を優先したいという心理が働くため,年と共に部屋が借りづらくなるのだ。それでもまだは組織に属して働いているうちは,何とかなるのだ。辞めた途端,手のひらを返したように塩をまかれてしまうことになる。私の大師匠もひとりものであるが,定年になる数年前に,現在も住んでいるマンションの部屋を買い取っていた。「年寄りには部屋を貸してくれないのよ,それで仕方なく」ということであった。また,関川夏央も中年を過ぎてからマンションを買った。これも理由は同じらしい。
 そうこう考えていくと,「ぼちぼち私も・・・」と思っても仕方がないと納得して貰えるであろう。だめ? まだ三十路後半だから早いって? 
 ま,そうかもしれない。でもどうせそのうち買わなきゃならないものなら,今の時期に体験しておくのも悪くはないかと,思ってしまったのである。
 実は数年前にも,良い物件があって,モデルルームを見学しに行ったことがあるが,その時には金銭面の折り合いがつかず断念したのだ。今回は,その時よりは経済的にマシになっており,前回の雪辱を果たせるよな,ということもあって,えいやっと決断したのである。
 決断しても,「棺桶」という言葉が引っかかっている。ひとりものにとっては,何千万の物件だろうと,所詮は棺桶。だけど,棺桶がなければ火葬場にも持って行けないじゃないか。つまり,されど棺桶。
 所詮は棺桶,されど棺桶。
 同じ桶なら踊らにゃそんそん。
 そっか,踊ってみたかったんだなぁ,私。
 マンションを買いたい,と思った本当の理由は,たぶん,そーゆーことなんだろう。

T.Kouya

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