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恵比須半蔵(原作)・ichida(漫画)「うちの会社ブラック企業ですかね?」彩図社

[ Amazon ] ISBN 978-4-88392-869-9, \952

 ブラックユーモアとは何か?ということは既に阿刀田高の「ブラックユーモア私論」を引きつつ紹介した。これを簡単にまとめると次のようになる。どうにもならない状況下にある人間が,一種の自己防衛として,自身を客観視する「高み」におきつつ自分をネタにしたギャグをボソッとつぶやく・・・それがブラックユーモアである,というのがフロイトの定義であるらしい。その結果,精神的なゆとりが生まれ,多少なりとも心理的な恐怖が軽減される,とも。
 してみれば,政治も経済も先行き不透明で,若者は正規職を探して四苦八苦し,中高年は給与カットとリストラと老後の年金システムの崩壊におびえ,老人は安らかな死に際を求めつつ介護システムに不満を持っている・・・という老若男女がフラストレーションを抱えている今の日本の状況下においては,ブラックユーモアこそ一番有効に働くものなのである・・・筈なのだが,その使い手は殆どいない。一応,綾小路きみまろにはその欠片が混じってはいるようだが,つまりは,その辺りが大衆に受け入れられるブラックさの限界ということなのだろう。有効であるに違いない状況下においてもまだ,ブラックユーモアを自分の持ち味として活用できる人材は殆どいない,ということは,それだけ敷居が高く,かつ,ポピュラリティを得るには難しい題材なのだという事を示している。
 そんな難物を易々と使いこなす人材が,最近目立つ活動を始めている。それが本書の漫画を描いたichidaなのである。今回は少し長めに,この希少な人材を語る事で,何がブラックユーモア普及の障壁になってきたのか,そしてichidaはその障壁をどう乗り越えてきたのかを考えてみることにしたい。
 漫画家としてのichidaを知ったのは虚構新聞に連載中の四コマ漫画を読んでからである。群を抜く絵のセンスに加えて,ブラックな味付けにワシは魅了されたのである。
 虚構新聞と言えば,つい先日の騒動で一気に知名度を上げたジョークサイトであるが,記事だけでなく,広告部分にチマチマと挿入された漫画のセレクトがなかなか独特なのである。恐らくは社主の趣味なのであろうが,一言で言うと,今風の絵柄で突き放したような怜悧な視点を持つ作品を取り上げることが多いように思えるのである。ichidaに漫画連載を依頼(?)したのも,そんな社主の嗜好が独特の作風にジャストフィットしたせいなのであろう。
 虚構新聞4コマ漫画のバックナンバーをざっと読んでみると,ichidaの漫画を一言で分かりやすく表現すると「ブラックユーモア」ということになるのだが,それだけで括るには乱暴すぎ,魅力を正しく伝えていない。いしいひさいちの進化形,という言い方も別方向に乱暴すぎのような気がするが,まだマシだ。いしいひさいちは今の4コマ漫画家の中で,強度なら植田まさし,精度なら小坂俊史,難度ならオレ,という言い方をしている(「総特集・いしいひさいち」P.20)が,ichidaの作品はその三つがバランス良く含まれているように思えるのだ。
 突出して感じるのが精度,つまりブラックユーモアテーストであることは間違いない。しかしそれだけではない。生のブラックユーモアを「ユーモア」として理解する事を困難な状況下で行える人間はそれ程多くない。むしろ「図星突きやがって!」と怒り狂う事が多いのではないか。他人から自分の事を指摘されたとなればなおさらだ。本来のブラックユーモアは自分で自分を笑いのめす「自虐ネタ」であるが故に仕方なく受け入れられるものだからだ。
 そんな咀嚼が難しいネタを心地よく受け渡すための媒介となっているのが図抜けた画力センスであり,強度としての「立ち位置」なのである。
 絵に関しては,作品群を見れば分かる通り,簡素な線で構成された乾いたデザインが読者の胃の腑をすっと撫でてくれる効果を与えている。か弱い女性や子供を魅力的に表現する画力でもって,ダメなキャラクターを的確に表現する表情は何とも凄い。
 そんな画力を持ちつつも,ブラックなネタを更に突き詰めるように,ichidaはの視点は俯瞰を突き抜けて「不条理」へと突き進むのだ。ここが一番の強み,即ちichidaの「強度」なのであり,ともすれば「難度」を感じさせる所以なのである。
 本作で言えば,原作のテイストはよく知らねど,どの収録作品も実話ベースの体験談に基づくものばかりであるが,一つ残らずichida流の不条理さに満ちたものに仕上がっている。そこが本作の最大の魅力であり,一種のブラックユーモアによって何が「ブラック企業」なのかがまるで分からなくなる,というところが素晴らしい。それでいて読み手の経験に照らして「あるある!」と共感を得る程度の大衆性を勝ち得ているのだから,「これでこそichidaだ!」とワシが驚喜したのも無理はないのである。前作の「家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。」「同2」は,今ひとつichidaの不条理性が生かせていない「緩さ」があり,ワシとしてはイマイチ不満だったのである。・・・我ながら歪んどるなぁ。
 あんましネタバレしてもいかんので,作品紹介は控えめにしておくが,本作に納められている24つの仕事のうち,ワシの実体験からみて「あるある!」とドキドキしたWork16「(あんまし偏差値の高くなさそな)大学キャリアセンター職員」を取り上げよう。ここに登場する,一見真面目そうな学生は,社会経験もないくせにWebで検索した2ちゃん情報に振り回されて,あの企業もブラック,あの職種は将来性がないと愚痴ばっかりこぼす。正直そんな学生は結構いる上に,過去を振り返ってみると,「自分もそうだったな~」と感慨に耽ってしまう訳で,実際,学生の就職指導をやってみると,割と穏当にバカな妄言を修正させ,就職への意欲を削がない程度に(嘘付けと言われそうだが自分としてはそうなのよ)前向きなアドバイスをしていることに気がつくのである。そう,ここに登場するキャリアセンター職員のおばちゃんの気持ちは,全くよく分かるのである。
 ichidaはこの真面目だが年相応にバカな学生とは対照的に,本格的にバカなチョーシこき親のすねかじり学生を登場させる。真面目さが空回りしている学生の就職が不調なのに対し,親の会社にスンナリ入社するバカ学生・・・しかしどっちが本当に「バカ」なのか,「優秀」とは何を意味しているのか,本作を読んでしまうとよく分からなくなる。ichidaの1回半ひねりツイスト的描き方に巻き込まれたワシら読者は,笑いながら一読した後,世の不条理さに気づき,めまいがしてくるという仕組みなのだ。
 他の23作品はさらに過激なひねりに満ちている。何がブラック企業で何が優良企業なのか皆目不明五里霧中・・・しかし,単行本を何度も読んだワシは不思議な酩酊感と何か心地よい安心感を覚えているのだ。これはつまり,本作が現代日本に欠かす事のできないブラックユーモア作品であることを示す証拠に相違ないのである。

T.Kouya

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