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いしかわじゅん「吉祥寺キャットウォーク 1」エンターブレイン

[ Amazon ] ISBN 978-4-04-728199-8, \740

 今一番面白い漫画評論を書く人物を上げるとすれば,まず真っ先に名前が挙がるのがいしかわじゅんであろう。その彼にしても,自分の作品を他の作者の作品同様面白く語ってくれるかというとそれは無理というものである。これが誠に残念無念,本作こそいしかわじゅんにたっぷり語って欲しいところ,多少なりとも足しになれば・・・いやそれはおこがましいな,もっと面白く語れる人物に「この程度のレビューでいしかわじゅん的漫画批評など片腹痛い,それならばワシが!」という意欲を掻き立てるための呼び水になれれば幸いである。
 漫画家としてのいしかわじゅんを知ったのは「うえぽん」である。リアルタイムで接していたのは,ギャグ漫画家としての頂点は極めた後の作品のみ。正直,漫画家というよりは新潮文庫版の「デキゴトロジー」の小洒落たキャッチーなイラストレーターとしての存在の方が大きかった。
 その後のかっちりした文章でユーモア溢れる,イラスト同様小洒落たエッセイを量産する文筆家としての活躍ぶりはご承知の通り。「漫画の時間」「漫画ノート」「秘密の本棚」の三冊と,BSマンガ夜話の水戸黄門的コメンテーターとしての断言ぶりによって,漫画家としての視点を生かしつつ,的確な批評眼で漫画を語る人物として世評が定着し,今に至っている。
 しかし,漫画家としてのいしかわじゅんを,特にギャグ漫画家としてより,叙情的作風が定着して「枯れた」漫画家として的確に表現した文章をワシは読んだ事がない。どうも盛りを過ぎたギャグ漫画家としてしか語られてこなかったように思えるのだ。もちろん全盛期の勢いを知っている人にとって,それは無理もないことではある。しかしワシは幸い(?)その時期の作品は知らないし,正直,今読んでもそれ程面白いとは思えない。むしろ,枯れてからの少しひねた叙情性に惹かれ,それ故に「うえぽん」や「薔薇の木に薔薇の花咲く」を面白く読んだ口なのである。そしてその延長上に,小説「ファイアーキングカフェ」が生まれ,恐らくは数多い友人との交流から得たナマの人生を元ネタにして発酵させた結果が本作,「吉祥寺キャットウォーク」なのである。
 眼高手低,という言葉がある。目利きになった故なのか,実践はさほどではなし,という意味で使われる。いしかわじゅんに対しては,逆に,数々の漫画を的確に評し続けた結果,眼高手高になったと言えるのではないか。イラストレーターとして活躍していた頃の小洒落さを演出していたかっちりしていた線は荒々しくなり,退廃的な感も漂わせる。本作で描かれているのはオシャレな吉祥寺ではなく,屈託を抱えて苦み走った人生を歩んでいる多くの登場人物達の「切なさ」であり,それ故に醸し出される人生の豊かさなのである。猫一匹通る事がやっとの狭い一本道,即ち,「キャットウォーク」に凝縮された豊かな叙情と人生の滋味を,短編を積み重ねる事で薫り高いものに仕上げていったのである。
 説明的なモノローグが皆無の本作は,キャラクター同士の会話とストーリー展開だけで状況が何となく読者に伝わってくる。誠に渋い,古典映画のような漫画である。何百万の読者を熱狂させるエネルギーを伝える少年ジャンプ的な指向とは真逆の,落ち着き払った本作の「苦み」を面白く感じる読者は,おそらく,ワシのように全盛期のいしかわじゅんを知らない世代には一定数存在するであろう。いや,してほしい。コミックビームの奥村編集長が見切らない程度にこの単行本が売れて,第2巻が出る事がワシの切なる願いなのである。

T.Kouya

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