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能條純一「人生讃歌 能條純一短編集」小学館

[ Amazon ] ISBN 978-4-09-185317-2, \800

 大御所過ぎて語るのもはばかれる雰囲気のある能條純一であるが,折角読みやすい短編集を出してくれたのだから,この機会に言いたいことは言っておくべきと考えて取り上げることにする。


 能條純一という,恐ろしく絵のうまい漫画家の存在を知ったのは御多分に漏れず,ヒット作「哭きの竜」からである。かれこれもう20年以上前になる訳だが,その後の地に足の着いた堅実な活躍ぶりからは実直な人柄が伺える。漫画家ってのはいい加減な人間が多い,というのはワシじゃなくて手塚治虫が矢口高雄に語った言葉であるが,矢口に負けず劣らず,能條純一も誠実で「上品な漫画」を描くのもその実直さの現れなのであろう。
 それにしても,この絵の精巧さは恐るべきものである。初めて見た時から,とても人手を介したペン先から描かれている絵なのかと疑っているワシなのであるが,よーく目を凝らして画面を見てみると確かに肉筆・・・なのかどうか,今だよく分からない。しかし安直なCGでは描けない線であることだけは確かなのである。それでいて,SEXシーンを書いていてもエロさより高貴さが際立っているのだ。ワシはこれを「貴族的な画風」と呼びたいと思う。ワシの乏しい漫画知識を総動員すると,どうも上村一夫をブラッシュアップさせた画風なのではないかと感じるのだ。日本劇画の正統派の流れを引き継ぐアウトローを描きつつ,その「自己犠牲的美しさ」を高貴な線で描く,これぞまさしく21世紀に引き継がれた劇画の,一つの頂点なのである。
 絵のうまい漫画家,というのは他にもいる。しかし,加えて「線が美しい漫画家」となるとガクンと減る。一気に減る。ガリガリ線を重ねてデッサンの整った絵を描く漫画家は沢山おり,それでいて荒っぽく感じさせない上手さを感じさせる作風もよく見かける。しかしこれだけの密度で線が美しいものはそうそうない。更に「高貴さ」を備えた画風となると・・・すいません,今現在現役のマンガ家は思いつかないのである。それだけに,能條純一は突き抜けている,とワシのみならず,誰しも納得するはずなのである。
 長い連載作品の多い能條純一であるが,短編もいい,ということは連載単行本にチマチマおさめられているものを読んだことのある御仁はよくご存じである。本書に収められている5作も,円熟した丸みを感じさせるハートフルなもの,そして「自己犠牲的美しさ」で魅了するものが収められており,初めて能條作品を読む若い人にもお勧めしやすい単行本である。武論尊原作の「冬の花火」以外の4作は能條のオリジナルだが,不思議なほど違和感がない。それだけ5作品とも「能條作品」として昇華されていると言える。個人的には表題作「人生讃歌」と「冬の花火」にぐっと来たのだが,それはワシの年齢と右翼的精神から来るものなのだろう。どの辺が?・・・ということについてはお読み頂いてご理解賜りたい。
 年齢と共に画力が上がって寡作になっていくってのは,ながやす巧や江口寿史を見ていると仕方がないのかな,と思うが,読者としては寂しいと同時に楽しみでもあるのだ。待たされている分,「次」への期待値が高くなるからである。それを知っているから寡作になるのかもしれないが,能條純一は割とコンスタントに新作が読めるのでありがたい。もう少し長く,貴族的な作風とお付き合いさせて頂きたいと念願している今日この頃なのである。

T.Kouya

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