[ Amazon ] ISBN 978-4-04-730513-7, \620+TAX
本書の紹介をコミックナタリーで読み,その意外な着眼点を面白く思って早速本日,本書を買って読んだ。率直に言って,デッサンのヘタクソな森薫のような画風,新人であることを考慮すれば仕方ないとはいえ,1巻に収められた分だけでも絵の変遷が気になるほどで,マンガとして安定しているとは言えない。しかし,明治初期の日本を旅行して回ったイザベラ・バードに着目してその旅行記を描こうという心意気と,丁寧な描線と緻密な背景の書き込みによって補われた作品の熱量には圧倒された。森薫信奉者の評価が辛くなるのは仕方ないが,いしいひさいちや植田まさしや大友克洋登場後のフォロワーマンガ家の異常な大量登場を思えば,森薫のフォロワーが多少なりとも出るのは,彼女の偉大さを証明するものであれ,否定するものじゃないのだから大目に見て頂きたいと思うのである。
作者・佐々大河は殆どすっぴんの新人マンガであるらしく,ちみっと検索したぐらいでは大した情報が出てこない。せいぜい2011年早大卒というFacebookの記述があったぐらいだ。それから類推されるのはまだ二十歳代の知的水準の高い若者なんだろうという程度だ。森薫フォロワーらしい画風の所以は不明だが,安定していないところを見ると,2巻以降の激変もありうるかなぁとワシはかなり楽しみにしているのである。
最近は日本全体の経済のパイがシュリンクしているようで,あちこちで悲鳴のような痛々しい愛国心の発露が聞こえてくる。日本万歳,中国韓国けしからん,日本サービス最高,日本製品品質最高,あまつさえ,第2次世界大戦前後の歴史の無知をひけらかすような「愛国無罪」的言動まで見るにつけ,ちと右翼っぽいところがあるワシですら,おめーらいい加減にせいよと嫌気がさす程だ。在日外国人が日本を褒め称える言動を持ちあげる風潮も大概にした方がいい。政治経済が安定している国ならどこでも真摯に努力している人間はいるし,そこで培っている文化から生み出される製品やサービスはそれなりのものが必ず存在しているのだ。自分で比較対象の努力もせずに,他人の言で持ち上げられて舞い上がっていると,そのうち詐欺師が出てきて騙されること必定である。いやもうすでに中韓のスパイが盛んに「日本素晴らしい大作戦」を決行中で,ワシらの精神をスポイルしようとしているのかもしれない。
本書の主人公であるバードは,世界各国を巡って旅行記を執筆してきた女丈夫である。写真を見る限り,本書で描かれるか弱き女性とはとても思えない。あんなハードな旅を完遂した西遊記の玄奘三蔵が優男であった訳はないとガタイ男として描いた藤子F不二雄はまことに正しいのである。しかし,イギリスの世間知らずな貴婦人バードを,未開の野蛮国・日本に解き放つことで,蚤の大群に襲われてセクシーな肢体を晒すこともできるし,雑音としてしか聞き取れない日本語を話す素朴な明治の日本人に対する喜怒哀楽を率直に表現することもできるようになるのだ。歴史物を娯楽作品として描く時には読み手の感情を揺さぶらねば,興味を引き付けることはできないから,史実とは異なるフィクションを入れることは当然ある。そこに無粋なアカデミック的茶々を入れるのは学者先生に任せておけばよく,マンガ家は自身の熱意を透過しやすい物語世界を構築することに専念すればいいのである。その意味で,本作は今のところ成功しているといって良い。力量が伴っていないところもあるが,森薫流の分厚いファンタジー世界を描こうとしていることは間違いなく,背景も人物も流麗な描線で装飾されており,この調子で背伸びを続けていけば次巻以降は独自の世界を構築していけるとワシは確信しているのである。
そして,江戸時代を引きずっている野蛮国日本がいかようなものであったか,ヤワな貴婦人バードの率直な感情表現によって,つまり,現代人であるワシらと共通する欧米的価値観を通じて鮮やかに見せてくれることで,妙な日本万歳的雰囲気に冷や水をかけてくれるのではないかという期待もある。通訳の伊藤鶴吉の謎な経歴について,これからどういう味付けで明らかにしてくれるのかという伏線も用意されている。不安定な所はあれど,期待大の新人マンガ家なので,森薫のパクリだなんだという下らない雑言は無視して独自の佐々大河マンガを目指して頂きたいものである。