藤生「えりちゃんちはふつう」白泉社

藤生「えりちゃんちはふつう」白泉社

[ Amazon ] ISBN 978-4-592-71152-0, \830+TAX

 齢50のオヤジにもヒリついた感情を引き起こすエッセイマンガだ。タイトルからして人をイラつかせるところがある。「ふつう」って何だよそれ? 良くも悪くも金持ちでも貧乏でもないと言いたいのか? ・・・まずは読んで頂き,どう感じたかを皆様からお伺いしたいという欲求を抑えられないワシなのである。

 エッセイマンガの読み方は難しい。ワシは「ふつう」に,エッセイマンガの主人公を著者の投影として解釈するが,果たしてそれでいいのかどうか。本書の場合,幼い頃の思い出を描いた後,実態は違っていたというネタバレが含まれていたりするから用心しなくてはならない。そのネタバレ直後に著者は

とお断りを入れているのである(P.34)。しかしワシはどうしても,著者の藤生と本書の主人公である「えりちゃん」を切り離すことができないのである。それは,本書に収められている20本の短い「フィクション」から,この上ないリアルな感情の揺さぶりが与えられるからである。

 「えりちゃんち」は,三人兄弟故なのか,ケーキは特別な日しか買ってもらえないという程度にちょっと貧乏である。父親は成績が悪いと手が出る程度に乱暴で,母親は兄弟の真ん中である「えりちゃん」への愛情が今ひとつ薄い。なるほど確かに,どこの家庭にもある多少の歪みを抱えた「ふつう」ではある。あるけれど,自己主張が不得手で内向的な「えりちゃん」には少々辛いことが日常的に降ってくるのである。曰く,何でもいいと言われて買ってきたラーメンに文句を言われる。曰く,自分だけ幼稚園での送別会をやってもらえない。曰く,全く母親から期待されなかった高校に合格した結果,同級生から八つ当たりされる。・・・等々,日本の義務教育における女子共同体のメンドクサさに起因するヒリついたエピソードが,ワシみたいなオヤジにもいちいち響いてくるのである。マンガである以上,脚色はあるだろうが,とても単なるフィクションとは思えず,故に「えりちゃん」の健気さは,(お会いしたことはないので勝手に想像した結果の)腺病質な藤生に通じるモノがあると結論付けざるを得ないのである。

 藤生の絵はセンスあふれる白くて細い描線で構成されている。「えりちゃん」も,不登校気味だった中学生時代から同人活動に目覚め,ハブられるだけだった学校とは別の同人コミュニティの元で人生を歩み出していくのだが,同時に,ヒリついた学校生活を突き放して観察する視点とテクニックを得た訳である。BL由来の繊細なキャラクター描写は,空白の美の中のなかで起きる感情の爆発や達観を的確に表現するに相応しいものになっているのである。

 本書を編むのに要した6年間,「楽園」を一人で背負うI田編集長は藤生,いや「えりちゃん」に「なんでもいいからとにかく描け」と言う。そして描いたものは「なんでもいい」日常的ではあるが,ヒリついた感情を惹起させる物語であった。これからも編集長は末永く「描け」と,藤生じゃない「えりちゃん」に命じて頂き,ワシらに「えりちゃん」の何でもなくない「ふつう」な出来事をマンガで与えていただきたいと念願しているのである。