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川村稲造「新・大学序列」中公新書ラクレ

[ Amazon ] ISBN 978-4-12-150734-1, \840 + TAX

 色々と大学業界のことを語る書籍,YouTube,ネット記事を読んできたが,どれもこれも「一理ある」のは当然としても,客観的に情勢を分析した上で今後への現実的な処方箋を示したものは相当限られる,ということがようやっと会得できた昨今である。一時期流行った「潰れる(淘汰される)大学リストアップ」を得々と語るジャーナリストが一番信用ならず,そもそも学校法人や大学の内実を殆ど知らない門外漢であることが,昨今の予言大外れで露呈した。ワシが見てきた限り,物言わぬ大学関係者が一番状況を理解しており,あとはせいぜい長年この業界を見聞きし,今も丹念な取材を重ねている二人のジャーナリストぐらいだろう。一口に「Fラン私立大学」と言ってもその内情は千差万別,バタバタと店じまいするわけでもなく,案外,割と盤石と思われるところが火の車,ということもある。規模の大きいところが有利なのは確かだけど,小規模女子大だったところが共学化して急拡大,ということも随所で起こっており,結局のところ,予測不能な未来のことを軽率に決めつけるモンじゃないなと思う今日この頃である。

 とはいえ,本書の第1章でも示されている通り,この日の本の18歳人口は急速に細っており,若年者の入学者に頼る大学業界が構造不況であることは間違いない。だから各大学が生き残りをかけて必死に改革を進めている・・・と言いたいところだが,第2章で示されている通り,一番必死なのは2番手中規模大学。トップクラスの大学は常時変革し続ける体制を整えており,行政から縛りをかけられるほど定員を拡大し続けており,2番手集団はトップから振り落とされないように必死こいて最大のステークホルダーたる高校生の人気を確保しようと超拡大路線を取り続けている。逆に小規模大学は精一杯やっても現状維持が関の山,学部再編にしても,文科省大学設置・学校法人審議会から「既存学部の定員充足に努めるべし」=「人気のないところを削らんと再編認可しないからね」と釘を刺されてしまうのだ。つまりは学生募集状況が上々のところほど追加の学部・学科新設に有利,定員拡大も容易に認可されてしまうわけである。
 んじゃぁ,小さいところは何やっても無駄かと諦めて良い訳はなく,退学率を減らしつつ,学生の実力を上げてより良いキャリア形成に繋げるための教育力の向上に努めねばならず,そのためにも第4章に述べられている通り,教員の研究力を上げる必要がある。「え?大学のセンセーって自分の研究するために勤めているんじゃないの?」と思ったあなた,それはそうなのだけれどそーでもないという事情もあるのである。フツーの会社なら人事評価で働きの悪い社員はケツを叩かれるが,大学の場合,評価項目が多岐に渡って難しいこと,屁理屈こねることにかけては人生賭けている人種が多いこともあって教員の個人評価が進んでいないということも本書では述べられている。まぁ評価される方からすればたまったモンじゃないというのは理解できるんだけど,組織としては「これこれはキチンとやってくんないと困る」という項目については評価の上で人事や給与に反映させないと,マジメにやっている教員のやる気を削いでしまって存続が危うくなる訳で,マトモなところはちゃんと個人評価をやっているハズ。少数の例外はあれど,研究力が上がれば教育力も上がり,パワフルな教員が増えて,意欲ある職員とのタッグがうまくいっているところほど将来の展望も明るくなろうというものである。
 ・・・ということをしっかり認識している経営者が長期視点を持って舵を取っているなら大学も安心なんだけど,第5章に示されている通り,肝心の経営者の年齢層が高すぎて,アクティブな40〜50代の理事が少ないという事情を見ると,その場しのぎで任期を全うするだけの経営になってやしないかと不安になってくる。
 結局のところ,教職員と経営層が,高校生と大学生のニーズを最大限汲み取り,日々の教育と研究活動をうまくリンクさせながら活性化させつつ,数年単位での組織改革と設備更新を怠らず,SNSも最大限活用した対外宣伝活動を積極的に行っていくしかない。これが口で言うほど簡単でないことは本書で随所に示されている統計資料で裏付けられており,それを罵って開き直るような無責任な非当事者「ではない」著者によって,説得力のある現状分析と明るい未来のための処方箋が示されているのが本書なのである。

 とかく大学教員の書いたものは文科省批判が多く,首肯するところは多いんだけど,文科省や財務省がそういう締上げ政策を行わざるを得ない社会情勢・政治状況生じている根本原因に照らしての自己反省が皆無なところ,全く世間的な支持が得られないだろうと嘆息せざるを得ない。本書の著者は,社会人,大学教員,大学経営全て経験しており,客観的な社会情勢を見失わない視座を崩さないから,社会にも学生にも教員にも経営層にも是々非々の論を張ることができている。惜しむらくは出版されたのが2021年と古く,期待された文科省による全国大学生アンケートが大コケしてしまったというハズレもあるけど,今のところ,本書は申し分のない大学業界の啓蒙的指南書となっていること間違い無いのである。

T.Kouya

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