内田樹「街場の現代思想」NTT出版

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-7571-40754, \1400
 内田樹というおじさんを知って以来,Weblogや著作を追いかけるようになってしまった。齢五十を超えるだけあって,酸いも甘いも知り尽くし,一見持って回った言い方で,落語に出てくる横丁のご隠居のような説教をかましてくれるのである。それがまことに心地よい。もっとも,説教をかますおじさん自身にとって,説教は自己弁明の役割も果たしているから,聞かされる方としては,「ちぇっ,都合のいいことばっかり言いやがって」と内心舌打ちすることもないではない。
 ま,そういう点は差し引いても,内田おじさんの説教は面白いエンターテインメントでであることは間違いない。高橋源一郎が「極端ではない思想家」として褒めちぎっているが,世の常識をきちんと説明してくれる,今となっては貴重な人材なのである。
 本書の大半は第三章の「街場の常識」で占められている。これはいわば内田おじさんが人生相談の回答者となって,コンコンと世の常識を説教してくれているものである。
 しかしまあ何というか・・・,まことにこの回答者は容赦がない。身も蓋もない世の非情さをズケズケと語ってくれる。質問を寄せた方々がこの回答を読んでショックを受けること間違いない。
 一例として「転職をすべきか,職場に留まって社内改革をすべきか」という質問に対する回答を挙げよう。
 内田おじさんは,転職せざるを得ない状況に陥ったことは,貴方自身に今の職場を見る目がなかったことによるもので,その失敗の清算を迫られているのである,と指摘する。そして,社内改革をすべきかを悩むような状況にいること自体,社内改革を志すグループ存在したとしても,貴方はそこから阻害されていることに他ならず,つまり貴方に社内改革は無理ということになる,というのである。
 あ~あ,である。
 しかし,これは,たとえ自分にとっては辛いことであろうとも,冷厳な事実を見つめ,そこから出発しなければ何事もなしえない,生きてはいけない,ということを教えてくれているのである。十二指腸に穴が開いたとしても,このストレスは社会人として生きていくための通過儀礼として必要なものである。
 三十路の若おじさんとしては,こういう事実はなるべく若いうちに知っておくことが望ましいと思う。ワシなんぞは自ら体験することによって理解できたが,痛い思いをする前に本書を読んでおけば少しは痛みが和らいだであろう(たぶん)。
 つーことで,ねっちりした論理に耐える知力のある若人諸氏に,本書をお勧め致す次第です。