10/30(月) 掛川・?

 うひょー,様々な予定がみっしり詰まってきて,もう身動きがとれなくなってきたぞぅ。とゆーわけでblog更新は函館帰りまで無理かも。
 何だか,世間が高校の必修逃れだの,中学生の自殺だので騒がしいが,今度はとうとう真面目な役職者にまで犠牲者が出た。
 ワシはイジメの体験者(中学生時代)であるし,現在一応教職に携わる者であるから,それなりにニュースはウオッチしていたが,どーも,教師や教育委員会に対しての世間の風当たりはかなり強く厳しいな,と感じる。まあ,教師なんて輩は元来そんなに沢山は不要な職業なのだから,少子化の昨今,大規模なリストラがない方が不思議なぐらいである。ワシ自身が遠からぬ将来,路頭に迷うことになったとしてもやむを得ないと思う。
 しかしそれにしても,もうちっと冷静な議論が第三者から提起されても良さそうなものだが,あんまし聞かない。そんな頭に血が上った昨今,今朝の「森本毅郎・スタンバイ!」のニューススタンバイ・渡辺恒雄(ナベツネじゃない別人)の意見は貴重なものであった。
 世間で事件が起き,怒りががわっと広がる,という事は必要なことだとは思うが,しかしその怒りの矛先は大概,本来向かうべき所とは違う所を突いてしまうものらしい。今度の校長の自殺はその典型例だと思う。
 岐阜の中学生の自殺も,報道を見る限りはどのぐらい「いじめ」とやらが深刻だったのがよく分からず,sensitiveな時期の衝動的な行動だった可能性が拭えない。学校の対応が二転三転していることに批判が集中しているようだが,今のところはやむを得ない事情があるように思える。遺族が激高するのは当然であるが,当事者以外の人間はしばらく事態を静かに見守るべきだ。それとも担任や校長が首を吊るまで,電話やメールやFAXを送りつけるのが正義だ,とでも言うのか? 教師がリストラされたり責任を取らされることはあるだろうが,生きる権利ぐらいはあるだろうよ。
 Michael Mooreの有名なドキュメンタリー映画,”Bowling for Columbine“は傑作だと思う。Mooreの思想についてはあれこれ批判はあるだろうし,ワシとも相容れないところが多いが,しかし映画の語り口はうまいし,いい所を突いていると感じている。
 この映画はColumbine高校の銃乱射事件を扱った作品だが,その中でかの悪名高い(褒め言葉)”South Park“の制作者がインタビューに答えている。学校なんぞは教師が生徒を優等生の枠にはめようとするだけのつまらんところだ,数年我慢して世間に出れば自由になれたのに,と。
 現役教師としては失格だろうが,この言葉は,今,いじめられている人全てに贈りたいと思う。
 寝ます。

Tower of Hanoi and Quick Sort

○ハノイの塔解説(積み木はAmazonから購入)

○トランプでQuick Sortの解説

 イマイチ,カット割りが下手くそですな。教育用ビデオなんだから,もっとゆっくり字幕や手順を読みとれるように工夫する必要あり。次年度の課題か。

10/25(水) 掛川->金谷->掛川・晴

 ピーカン晴れの中,高校への出張講義へ行く。入試広報課のKさんの運転に同乗。今日は他にも二つ出張講義の要望があったそうで,ワシ以外にも同じ学科のK先生と,別学科の先生も県内の別の高校へお出かけらしい。
 近頃はどこの高校も大学からの営業活動に悩まされているようで,あの内田先生すらけんもほろろの対応をされているようである。ましてやワシのような木っ端教師は人間扱いされなくて当然である。そんなご時世であるから,先方からおいで下さいという要望は是が非でも引き受けねばならないのである。
 で,引き受けたのは結局みんな講師以下の若手(三十路以下は若手と呼ばれてしまう世界なのである)だったりする。それもあって,車中は××の悪口をKさん相手にぶちまけて鬱憤を晴らすことになった。あーすっきり。ちなみに××とは「クソオヤジ」とルビを振ることになっておりまする。
 講演の方は,予定していた話題を喋りきれず,最後はドタバタで終わってしまって失敗。しかしまあアルゴリズムの話を実演とビデオを交えて紹介できたから,よしとしよう(と言い訳)。教師芸人論を最初に唱えたのは森毅であったが,ワシはまだまだ芸人になりきれていない。精進あるのみである。生徒諸君には真面目に聞いてくれていたが,果たして満足して頂いたかどうかは不明。どーもお邪魔致しました。
 使用したビデオについては,只今A君が鋭意完成版を制作中であるので,それができ次第,いつも通りYouTubeに登録予定。しばしお待ち下さい・・・って,そんなに面白い代物ではないのだが。
 とゆーわけで,情報系の話題でよろしければいつでもお呼び下さいませ>高校の皆様方。
 あ,Firefox 2.0がリリースされたか。早速インストールして使ってみる・・・大差ないな。
 お,Fedora Core 6もリリースされたか。早速インストール・・・できるわけないやん。BitTorrentでダウンロードしようとしてもエライ時間がかかりそうだ。まあ今晩ずっと動かしてみるけどさ。
 明日,新たに一台マシンを組み立てるので,間に合うようならFC6を入れてみるけどぉ,多分無理だろうな。
 興味があったので,MPI関係はどうなったかな,と収録RPM(例えばここのmirrorとか)をざっと見てみると,おおっ,今度はOpenMPIのパッケージ(openmpi-1.1-7.fc6.xxxx.rpmなど)も入ってんじゃん。LAMも引き続き収録されているから,多分FC5とほとんど同じ手順でインストールはできる筈だな。Open MPIはどうなってるのかなぁ。また勉強しなくちゃ。
 寝ます。

10/24(火) 掛川・曇時々雨

 ちょっと冷えてきたかなぁ,という気候。2週間後には函館行きなのだが,さてどこまで寒くなっているやら。コートを引っ張り出しておかなきゃ。カビ生えてなきゃいいが。
 ふーん,Lenovo(まだIBMと言いそうになる自分)のThinkPadにCore 2 Duoモデルが出たか。今年初めにはまだ出始めだったCore Duoモデルが欲しかったのだが,結局買えずじまい。うーんどうしようかなぁ,MSDNの更新なんて実のないものにつぎ込むのは止めて,そろそろ動作が怪しくなり出したLet’s Note R3の代替わりを,ちょっと背伸びしてでも入手しておいた方が有益だよなぁ・・・としばし悩む。まあ金が出来るのは年度末だから,それまでしばらく悩むとしよう。
 お,SciCADE07First Announcementが出たか。これ,前回の参加者だけに送られてきているのかなぁ。しかし,200人以上を一つのホテルで丸ごと宿泊されられるっていうのが凄いなぁ。ホテルの確保で大わらわだった(と聞いている)前回とはエライ違い。予算とかバックアップシステムが根本的に違うんだろうな,きっと。
 あらら,大阪の天神天満繁昌亭の席亭さんが心労のため辞任とのこと。
 繁昌亭ついては,既に小朝の本で「これがですね,正直な話,前途多難だと思います」(P.74)と紹介されている通り,どうも上方の噺家の足並みが揃っていないような空気があるということであった。今回のニュースはそれを裏付ける事になってしまった訳だ。
 実際,寄席の出演料だけではとても食っていけない訳で,ましてや前座・二つ目・真打という階級が全く存在しない実力社会の上方では,寄席というシステムが定着するまでには時間がかかるということなんだろうな。何にせよ,ワシが見に行くまでは存続して欲しいものである。
 小朝の本と言えば,先日の「きくお・木久蔵同時襲名」のニュースも,既に予言されていたりする。
 「実はこの間,木久蔵師匠とお話ししててね,木久蔵師匠とそれから息子のきくお君のね,ダブル襲名ができたら面白そうだって話になったんですよ。きくお君が木久蔵を襲名して,木久蔵師匠が別の名前を襲名するわけ。
 たとえば,名前だって全国公募なんていう手もあるでしょう。「笑点」を通じて,木久蔵師匠が新しい名前になるのでそれにふさわしい名前はありませんかって。」(P.207-208)
 ・・・まるっきりこの通りになった訳である。記者会見の時には小朝師も同席していたが,つまり張本人だったのだ。
 予言書?イヤ違う,今,最もプロデュース力のある本人が書いた(インタビューをまとめた形式ではあるが)本ということになるんだろうな。
 ・・・とぷちめれっている暇があったら,函館行きの準備を~。とゆーわけで寝ます(準備は?)。

西原理恵子「パーマネント野ばら」新潮社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-10-301931-X, \952

パーマネント野ばら
西原 理恵子著
新潮社 (2006.9)
通常24時間以内に発送します。

 かの漫画王いしかわじゅんがのたまう事には,毎日新聞社から出したエッセイ集の,本屋店頭における扱いがあまりよろしくない,あれは毎日に政治力がないからだ,毎日では仕方がない,ということであった。しかしそれを聞いたワシは,どんな地方の場末の本屋にも一冊は置いてある「毎日かあさん1」も毎日新聞社発行の漫画です,従って,失礼ながら,いしかわ先生の本の扱いがよろしくないのは単に「サイバラ」と「いしかわ」の

ネームバリューの違い

なのであって,出版社のせいではないのでは? と思ったものである。
 そして今回,この本が発行されたことで,ワシの前言は正しいこと確信させられたのである。
 新潮社といえば,良質な漫画作品を扱っていながら,ことその営業成績に関してはロクでもないことで有名である。
 まず発行されても店頭で見かけることは少ない。ワシが技術者ドキュメンタリーとして一押しする漫画,小沢さとる「黄色い零戦」や,杉浦日向子の最高傑作「百物語」,ベテランギャグ漫画家初のエッセイ漫画を収録した,山科けいすけ「タンタンペン」。マンガを大々的に扱っている大規模店には,まあなんとか平積みになる程度は配本されていたが,地方の中堅書店ではまずお目にかかれなかった。少しは版元になっているコミックバンチを見習えよ,と言いたいぐらいの体たらくであった。
 しかし,サイバラは別格であった。茶畑しかないようなド田舎の本屋でも平積み,50万都市のコミック専門店でも平積み,日本全国津々浦々,どこへ行ってもサイバラ初のオトナ(オバサン)の恋愛・感情を描ききった意欲作は配本されていたのである。
 つまり,やっぱり出版社の問題ではなかったのだ。
 サイバラの新刊は,「サイバラ本」という分類にカテゴライズされているものであって,おそらくは「ムラカミハルキ本」より若干格下ではあるものの,日本各地に固定ファンが少なくない一定数存在する,とニッパンやトーハンから太鼓判を押された存在になっていたのである。従って,毎日新聞社という朝日や読売やそのうち産経にも抜かれること確実の斜陽新聞社であっても,良質マンガを売るノウハウを全く学習してこなかった文芸only新潮社であっても,関係なかったのだ。「西原理恵子」という名前が,配本数を決定する唯一の決め手なのである。いしかわじゅんの嘆きは正しく,それは斜陽新聞社から発行される,ほどほどの部数の売り上げのみを期待される本に相応しい,普通の扱いだった,というだけのことだったのである。
 本書とほぼ同時期に角川書店から馬鹿でかい版形の「いけちゃんとぼく」も出ているが,絵本というだけあって児童書っぽい内容(クライマックスはちょっとオトナっぽいが)であり,少し物足りないと感じた。それに対し,本書は今までの西原キャラよりずっと等身のでかい少女漫画的美人が主人公で,かのいしいひさいちが藤原先生や月子を登場させた時のような,いい意味での違和感を漂わせる冒険的な作品になっている。すれっからしの中年の心象に近い感覚も好ましく,建前だらけのリーマン生活に嫌気がさしている向きには,登場人物たちのすがすがしい生きっぷりを楽しむことで,ストレス解消間違いなしである。
 「男ははようおらんになるにかぎるなー」という言葉は真実である。
 
 ワシはこの真実をオバハンに分からせるような,底意地の悪いジジイになりたい,と思いました。◎