[ 復刊.com ]
何せ絶版長編漫画であるから,今更ISBN番号を書いても,Amazonへのリンクを張っても仕方がないので,復刊.comへのリンクのみを示しておく。書誌データはこちらのページがよく整っているので参考にして頂きたい。ワシも一揃い持っているが,何だか人をおちょくったような表紙で,デザイン的には見事だが,フランス革命という激動の時代を活写している歴史漫画の力作として見てもらえないのではないかと一抹の不安を感じてしまう。まあその恬淡さ,ユーモラスさが倉多江美の持ち味なんだから,仕方ないか。
フランス革命といえば,絶対王政を打ち倒したかと思うと,多数の王族・貴族・政治家を断頭台の露と消し,ナポレオンが皇帝に成り上がって没落した挙句に,またブルボン王朝が復活する,というややこしい経緯をたどった世界史上のターニングポイントとなった事件である。映画や文学の題材としてはもってこいで,本国フランスではいわずもがな,日本でもナポレオンやロベスピエールの評伝がいくつか出版されているし,漫画にもなっている。ワシは仕事柄,数学者に興味があるのだが,ラプラス,フーリエ,ダランベール・・・と今もその名が残る定理を多数残した数学者が多数輩出されたのもこの時代であり,自然とその時代状況にも興味を持つようになった。
しかし,数学者の評伝を読むと,ラプラスとフーリエの評判はヒドく悪い。政治的立場をコロコロと変えて社会的地位を維持したことが悪評の原因(ラプラスは政治家としての能力がなかったことも原因)だが,しかし,これだけ激動した時代に,しかも学問の自立なんて概念のない当時,自身の研究活動に支障のない範囲の経済的生活を維持しなければならなかった彼らが,その時その時の権力者に擦り寄るのはやむを得なかったのではないか,とワシは同情してしまうのである。むしろ反抗し続けて生き抜く人間の方が少数派であったろう。阿諛追従こそ人の常,と思うのである。そして,どーせ権力にへつらうのなら,徹底してやった方がいいではないか,とワシは考えてしまうのである。
で,その時代をそれを実行して,まんまと生き抜いた大物政治家が二人いた。一人はタレイラン,もう一人はフーシェ。片方はナポレオンの下で大臣を務めながら,ナポレオン没後のウィーン会議まで抜け抜けと出席し,片方はロベスピエールの片棒を担ぎながら彼を断頭台へ送り,ナポレオンをも恐れさせる秘密を握る警察大臣として活躍した。ま,最後は神様に懺悔しちゃうんだけど,それも神様という権力に擦り寄ったと言えなくもない。
さて,倉多江美である。熱血とは正反対の白い絵を描く,独特の画風を持つベテランであるが,その彼女が今は亡き(もう復活することはないだろうーな)コミックトムから長編漫画の依頼があった時,フランス革命を描こうと思ったのである。で,自分は誰を主人公にしてこの激動の時代を描くべきか,悩んだはずである。ナポレオンは論外。貧乏子沢山のド田舎島出身者の努力家軍人なんて主人公にしたら暑苦しい。やっぱり恬淡と権力と付き合ってきた政治家がいい。でもタレイランは艶福家っぽいから脂ぎっていて合わないな。フーシェは痩せぎすで警察大臣,陰険で素敵,やっぱりこれにしよっと(想像で書いてます為念)。でも最後は駄目ね。政治家は最後まで風見鶏じゃなきゃ。引き際も大事,食えない古狸は最後も抜け抜けと引退して・・・と,フーシェをモデルにした「コティ」という人物を創造したのである。したがって,本書はコティさんという架空の政治家の周りに,フランス革命の主要を配置した大河歴史ロマン非熱血編,ということになる。
コティさんは修道院のセンセーから,国民公会の議員となり,ロベスピエールの手伝いをしたかと思うとテルミドールの反動の首謀者となり,さらにその反動の余波で自分まで追いかけられる羽目になる。その後,身を隠してほとぼりの冷めるのを待ち,伝を頼ってナポレオンに取り入る。そこで警察大臣なり,時には臨時内務大臣まで勤めるまで信頼を勝ち得るのである。その間,お金持ちのお嬢さんを娶り娘を授かるが,ロベスピエールとの権力闘争の最中に,娘も夫人も病のため亡くしてしまうというエピソードも描かれる。善悪という基準を超えて,盛者必衰の世の中をあるがままの運命を受け入れつつ精一杯生きていく,というコティさんは,ワシにとってはかなり身近な人物に思えるのである。無論,頭は切れるし,風向きを読む感覚に優れているから,そういう生き方ができるわけで,誰もがコティさんになれるわけではない。倉多はその辺りもシビアに描いている。
歴史は馬鹿と熱血が主導して活動することによって,彼らが意図しない形に結晶化したものである。熱血馬鹿になれない,なりようもない大多数の人間にとっては,ある種のパーツとしてその結晶の中に組み込まれるしかない。しかし,パーツにはパーツとしての自由意思というのが厳然としてあり,熱血馬鹿の愚かさも偉大さも,その自由意志によって唾棄されたり愛されたりするものである。コティさんは明らかに賢いパーツの一つであり,その活動が自由奔放であるが故にフランス革命の貴重な語り手たり得ている。その活動そのものがエンターテインメントとなっている本作品は,ワシにとって歴史漫画の,間違いなくベストワンなのである。
10/9(日) 掛川・?
ここんとこ,真夜中に目が覚めて眠れなくなることが多い。太ってきたので,睡眠時無呼吸症候群とかいう奴じゃないかと思うのだが,原因は定かでない。まあ大概はその後,眠くなって2度寝することになるので,余り深刻な事態には至っていない。今もその合間に暇をもてあそんでいるところである。こういう時は,つい皮肉なことを考えてしまう。
尼崎の列車事故からもう大分経つ。事故自体は悲惨なものだし,その原因の多くは運転士,及び運転士を過剰に追い込み,急カーブをほったらかして最新式の制動装置の設置を遅らせていたJR西日本の管理体制にある,ということも明らかになっている。事故の被害者及びその関係者の方々の味わった苦痛は,ワシみたいな第三者には計り知れないものがあるのだろう。それはそれとして,全国からJR西日本に浴びせられた罵声の酷さも凄いもので,NHKの受信料不払いを声高に正当化する意見に似たところがあり,ふーん・・・よくもまあ,世間には偽善者が多いもんだなぁ,とつくづく感心させられるのである。
まあ,ワシも人のことは言えた義理ではなく,非のある立場の人たちに向けて,正義感という身があるんだかないんだかよくわからん感情を盾に,罵声を浴びせることはよくあるし,気持ちは分からんでもない。相手がこの資本主義社会の中で特権的な力を持つ大組織・大企業なので,余計に感情を逆撫でされるということもあろう。あちこちから非難の声が沸き起こってきて,それに迎合して我も我も・・・という気味もあろう。
しかし,今回の悲惨な事故で唯一の救い(という言い方は適切でないかも)は,事故を引き起こした責任者が大企業であった,ということである。大企業であればこそ,損害賠償額も目いっぱい負担することができ,事故の起きたドル箱路線を一定期間ストップしてまで改良工事を施すことができたのである。民間人同士の交通事故なんて,事故責任者に負担能力がなくて治療費は被害者の自己負担,得られるのはよくても謝罪の言葉ぐらい,なんてことはざらであろう。金で解決できる問題ではない・・・というのはその通りであろうが,金も払ってもらえないような,どうしようもない事例ではないことは確かである。JR西日本を擁護する気はさらさらないが,さりとて当事者でもないワシは非難する気もなく,被害者とその関係者にできうる限りのフォローをしてほしいと願うばかりである。それよか,いつかJR西日本の立場になることもあるんだろうな・・・という不安の方がずっと大きい。こちとら聖人君子では全然ないので,被害者の家を一件一件,許してもらえるわけもないのに頭を下げつつ被害交渉する,なんてことになったら,ストレスですぐに倒れてしまうに違いない。それでいて,無責任な関係のない野次馬から「倒れて当然」なんて言われてしまうんだから,耐えられなくなって首をくくるか失踪してしまうかもしれない。
大組織・大企業・大国家というものは,とかく権力を行使し,自己に都合の悪い事を隠蔽しようという傾向があるのは確かで,適度に批判にさらされてこそ節度を保つことができる体質を持っている。しかし,そういう大組織に対抗する批判者というものも,明確なものではなくても,ゆるい繋がりを持ったグループになりがちであり,一旦事が起これば賛同者が増え,一種の大組織となるのだ。故に,そこでも批判対象であった筈の大組織の体質を抱え込んでしまうのである。一部から弱者利権と揶揄されるようになった事柄は,どうもこのあたりが原因のように思えるのである。ここでも取り上げた野中広務の評伝を読んでいたら,肥大化しかけた弱者利権にブレーキをかける役割を担っていたことが出ていて,へーと感心した覚えがある。組織という奴は,保守だろうと革新だろうと大企業だろうと大労働組合だろうと似たような体質をかもし出すものなのである。
今回の事故と,その後の経過を見ていてイヤだな,と感じたのは,JR西日本とそれを傘にかかって罵倒する事故とは無関係な批判者グループ,その両方なのである。ことに後者には「悪い奴らには何をしてもいい」的な無差別テロの臭いがして,ものすごく醜悪に感じられた。少なくともさ,被害者でも関係者でもないんだったら,批判は程々にして口を謹むべきではないんでしょうかねぇ,ぐらいの嫌味は言わせてもらいたい。
ミシェルさん・・・は大物過ぎるか,コティさんだったら,どうするんだろうなぁ。たぶん,自分の親類縁者が巻き込まれていれば普通に悲しむだろうし,関係なければ無視するか,観察するだけだろう。
たぶん,それでおしまい。
そーゆーもんじゃないですかね。
10/8(土) 掛川・曇
どんより秋の長雨シーズン。早く涼しくならないかなぁ。
自宅サーバのお役目が終わったようなので,Global IP Addressと共に本日からお役御免とする。早速,無線LAN Hub兼用RouterからADSLで接続すべく,PPPoEの設定を行う。・・・10秒で終わり,RouterとADSL modemを再起動。あっさり繋がる。切り替えの証拠に,ワシの間借りサーバへのアクセスを記録しておくことにする。
[切り替え前→] xxxxx.pas-net.jp – – [08/Oct/2005:09:16:03 +0900] “GET /weblog/ HTTP/1.1” 200 26826 “-” “Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.0; ja-JP; rv:1.7.12) Gecko/20050919 Firefox/1.0.7”
[切り替え後→] xxxxxxxsizuokaden.shizuoka.ocn.ne.jp – – [08/Oct/2005:09:26:29 +0900] “GET /weblog/ HTTP/1.1” 200 26826 “-” “Mozilla/5.0 (Windows; U; Windows NT 5.0; ja-JP; rv:1.7.12) Gecko/20050919 Firefox/1.0.7”
むぅ,なんてあっけない・・・。役目を終えた自宅サーバは電源を切ったまま,Global IP Addressを支えた専用Router共々,来週まで自宅に留め置かれる。特に異常がなければ・・・何に使おうかなぁ。Pentium III 850MHzだもんなぁ。こうして,ワシの周りからはPentium III世代のマシンが次々と消えていくのであった(未完)。
ほっとしたので,行ってきます。
10/7(金) 掛川->浜松->掛川・曇時々雨
うー,ホントに10月か?ってなぐらい蒸し蒸しする一日。こういう日に限って非常勤講義2コマ連荘。汗ダクダクになりつつ,時間配分を大幅に間違えつつ(60分で終わっちまったぁ),終了する。履修カード登録者は150名を越えたが,講義中に出入りしたり携帯を眺めている(もう少しこっそりやれよな)バカに嫌味をかましたら,途中退場者が出たりしたので(もちろん嫌味の対象となる),もう少し減るかな。早くも来年度も継続してくれという依頼があり,ちょっと嬉しい。学生諸君の苦虫を噛み潰した顔を想像するともっと楽しい。よーし,またテキスト書き足すぞっ。るんっ。
野村総合研究所によれば,日本のオタク市場は172万人,4110億円なんだそーで。何か分類方法に新味があるそうなんだが,適切なものなのかどーか,材料がなさ過ぎて判断できず。なんとでも言えるんじゃないのかな。
ほほう,Dr.中松にIg Nobel賞か(/.J)。結構地道なことを長年やってたんだなぁ。しかし授賞式に出るんだろうか?
げげ,落語天女おゆいって・・・うーん,落語も萌えるのか・・・。
あー体力なくなったな。風呂入って寝ます。
10/5(水) 掛川・雨
秋の長雨の季節になったようであるが,まだTシャツで寝起きをする日が続いている。だって中途半端に暑いんだもん。
pas-net.jpドメインの移転は大方完了した模様。これで2001年12月から動き続けてきた自宅サーバのお仕事も終わりである。折りしも,ADSL IP8廃止手続きのための書類も「メールで」届いた。後はこれに記入して「郵送」or「FAX」するだけである(釈然としない・・・)。今月いっぱいでGlobal IP addressとも自宅サーバともお別れである。
さようなら,ワシのGlobal IP address! 愛しいワシの/29ちゃんたち! 6つのうち3つしか使い切れなかった不甲斐ないお父さんを許しておくれ! 元気でThe Internet(正しくはOCNグループ内で,だが)にパケットを流し続けるんだよ! 怖いspam屋さんに捕まっちゃだめだよーぉ~(涙声)・・・って鮭の稚魚放流じゃないんだから。まあしかしお名残惜しいのは確か。こっちの経済力のなさと根気のなさから手放さざるを得なくなったが,結構楽しかったぞ。
でも,そろそろネット屋の看板は下ろした方が良さそうである。これからは市井の一ユーザとして,WebArena Proの長屋の一角,一間6GByteのお部屋を借りて,小さくなって懐手して暮らしていくのである。あー借家って気分が楽(転換の早い奴)。
2週間後の,中学生向け講義のアイディア捻出中。Brainstormingの結果,しごく凡庸な案にまとまる。才能の限界。あとは演習問題の作成をして,一気にPowerPoint資料作り,文章書きに突入予定。今週中にまとまるかなぁ。
では行ってきます。
ただいま。
勢いのある人達の活動には,特有の無礼さ,鼻持ちならなさが付きまとう。その辺はうまく隠して立ち回る人もいるが,それはそれで胸糞悪いものである。まだしも前者の方がハッキリしていてマシではある。
そーゆー無礼さを感じるというのは,こちらにもジェラ心があるからでもある。テロがなくならない理由はここにある。どっちも無くすことは無理だし,仮になくなったら世の中つまらん。適度に局所的なテロ(=喧嘩,いざこざ)があることが望ましい。
必要があって,MuPAD Pro 3.1.1 for Windowsを購入する。90Euroなり。ついでにMathematica 4.1もインストールして・・・と思ったら,インストール用のPassword(これはメールですぐにもらえる)の他に,PDFファイルの書式を印刷して必要事項を記入して米国本社にFAX(!)しろと来たもんだ。馬鹿馬鹿しいのでもうほったらかしておくことにする。もうコンシューマ向け営業をする必要がないってことなのかなぁ>Wolfram Research。
多倍長計算のコンテストの結果,MPFRチームが勝利・・・って喜んでいいのかこれ。空白部分は棄権したか結果が必要な桁数に達していなかったってことなんだろうが,順当に行っていれば,Wolfram Research Teamの勝ちだったんじゃないの?
ボチボチやって寝ます。