究極の孤独

 「若い人はシングルは男女問題だと思っているみたいだけど,それはちがう。シングルというのは老人問題なの。若いのがひとりなのは当たり前なんだから」(「歩くひとりもの」P.140より)。
 NHKスペシャルは,たまに興味のある内容の時は録画して見る。しかし,これはたまたま時間とザッピングのタイミングが合って見ることになった番組であった。
 「ひとり団地の一室で」(2005年9月24(土)放映)。これはまさしく老人問題としての,しかも男性のひとりものを扱った番組である。一言でいって,本番組に登場するひとり者は悲惨極まりない。体の調子が悪くて働けず,医者に行く金もない。病気になって働けなくなった途端に妻から離婚を言い渡され,ひとりで団地に越してきたが,部屋から一歩も出ず部屋は荒れ放題。挙句に孤独死。そういう状況を少しでも改善したいと奮闘する団地役員氏とそのお仲間達の活動を主軸に据えているが,ひとりものの悲惨さが際立って伝わるように編集された番組であった。そーゆー悲惨なひとりものばっかりなのか? と疑問に思わないではないが,「ひとりものの末路は孤独死」という事態が多いことは紛れもない事実であろう。この番組が放映されるかなり以前にも,東京都の警察の仕事の多くは老人の孤独死の後始末だ,という話を聞いたことがある。
 というわけで,酒井順子が言うように,負け犬は男女問わず「腐乱死体」になることは覚悟しなくてはなるまい。勿論,今はこうしてバシバシキーボードを叩けるのも元気で若いからであって,いざ腐乱死体にそう遠くない年齢になったときに平気でこの4文字熟語(じゃないか)を口に,あるいはキーボードに叩き込めるのか,と言われれば,かなり自信がない。今のところは,50を過ぎたところで,貯金に見合った額で入ることのできる有料老人ホーム探しに勤しむ予定であるが,そもそも現在のような日本経済の状態で,そんなところに入るだけの余裕があるのかどうか。それ以前に,街中を彷徨う,臭気プンプンのうらぶれたホームレスオヤジになってしまう可能性が高いのだから,屋根のある所で死ねるだけでもマシかもしれない,と本気で思う。
 かつて「老人Z」というアニメ映画があった。「原作・脚本・メカデザインが大友克洋、キャラクターデザインは江口寿史」(from Amazon)という,どうしてこの二人が関わって作品が完成に至ったのか,日本の7不思議に数えられているぐらいの珍しいアニメだが,さすがに面白い。脚本のくだらなさ(誉めてるのよ)とキャラクターの可愛さが共に際立っていて,まさしくワシ好みの作品であった。そーいや,これもNHK(BS2)で見たんだったな。ワシの一生はNHKと共に終わるよーな気がしてきたぞ。いやそれはともかく。
 この作品で大活躍するのは,暴走する介護マシンとそのモルモットにされた独居老人である。この老人は痴呆の症状も出始めた足腰の立たない要介護状態でありながら,妻とは死別して一人暮らしである。故に厚生省(現・厚労省)が開発されたばかりの介護マシンの実験台として目をつけるのだが,この老人の「かーちゃん(妻)」への想いがマシンの人工知能に伝わって,老人が理想化した妻の人格を宿してしまうことになる。
 あれ? これって,あの千葉の公営住宅に越してきたひとりものの男性と境遇が良く似ているな・・・と気が付いた。離婚と死別,理由は異なるが「かーちゃん」が今はいない,故に寂しい,という状況は同じではないか。
 アニメと一緒にするなよ,と怒られそうだが,「萌えるひとりもの」の妄想だと思って許して欲しい。ワシは老人Zを見ながら,主人公の老人を羨ましく思っていたのである。勿論,エンターテインメントとして切れの良い演出が施されていたせいもあろうが,「かーちゃん」とかぼそく言い続ける老人は,ワシみたいな純粋培養ひとりものよりも真っ当な男に思えて仕方がなかったのである。
 対して,映像は暗くてすさんでいたけれど,あの公営住宅に越してきたひとりものの老人らは,ひとりになった寂しさを嘆いていたが故に,真っ当な人生を歩み,真っ当な感情に苛まれている,これはとても良いことなのではないか。人間性とは,このような寂しさを知る老人らにこそ宿るのではないか。
 おなじ腐乱死体になるにしても,そこに至る過程において,純粋なひとりものに比べれば,老人Zも公営住宅の老人もずっとずっと真っ当であり,寂しさに泣くことによって魂も昇華できるのであろう。
 孤独の寂しさを忘れた人間は,自分以外の人間を求めることもしないから,この世に存在しなかったことなる。
 それこそ,究極の孤独って奴なんじゃないかしらん?

11/1(火) 掛川・晴

 今朝は今秋一番の冷え込みだそうである。我が家はといえば,灯油を買う買うと言っていながらまだ買っていないので寒い。まあ,出勤前の朝飯の時間だけ我慢すればいいのであるが。
 11月になり,とうとうワシはみかかから動的IPアドレスを貰い受けて接続するパンピーに成り下がった。といっても10月中旬からそーゆー体制になっているので,何が変わるわけではない。小泉内閣を見習ってコスト削減を図ってはみたものの,どの程度の効果が上がるやら。既にメガネ崩壊のため,相当のマイナス家計となっており,前途は多難である。
 内田先生による「下流社会」のReviewを読むと,毎日PCにへばりついて,仕事も趣味も済ませてしまう,自民党に投票するワシは下流人間であることがわかる。上流になりたくないわけではないが,今の生活にそれほど不満があるわけではないので,搾取されることに慣れてしまった「ブルジョア的プロレタリアート」の典型なのだろう。ま,下流人間は下流なりに楽しくやるまでさ。
 今日は一日事務仕事に励む。12月にはまたぞろイレギュラー(来年度からはレギュラー化しそうだ)なお仕事が舞い込んできて,組織内奉仕人間になりつつある。うーむいかん。今年度後半はpublishされるまとめ仕事に精を出そうっと。
 明日から行方知れずになる予定であるが,探さないよ―に。んでは。

西原理恵子「営業ものがたり」小学館

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-09-179276-6, \838

営業ものがたり
営業ものがたり

posted with 簡単リンクくん at 2005.10.29
西原 理恵子
小学館 (2005.10.26)
通常24時間以内に発送します。

 ここでも取り上げた「上京ものがたり」「女の子ものがたり」に続く第三弾。「ものがたり」シリーズは一応これで完結らしい。内容を簡単に言うと,「うつくしいのはら」を真中において,雑多なお笑い漫画と「朝日のあたる部屋」を前後にくっつけた構成。「うつくしいのはら」は浦沢直樹のプルートゥ(プルートでいいじゃんよ)に寄せたものらしいが,まあ殆ど関係ない。これ,翻訳すればノーベル文学賞,とは言わないけど,児童文学賞ぐらいは取れそう。内戦が止まない国ではこんな日常で溢れ返っているんだろうな。
 ちなみに,ワシも無料アルバイト情報誌はよく読みます。35歳以上になると途端に求人が減っていく現実を知り,将来に対する不安でいっぱいです。住宅ローンや扶養家族を抱えてないだけサイバラ先生より身軽ですけどね。ふんっだ。

10/27(木) 掛川・?

 今日はなんか暑い。Dual-core PC 4台と共に部屋に篭っていると室温が28℃になる。一台500W電源だもんなぁ,強力な電気温風器といるようなモンであるから,仕方がない。まあ,この調子なら,冬には暖房要らずになること確実である。
 下手な英語を書いていたら一日が終わってしまった。英語を使う機会が増えているんだから,下手なら尚のこと書いて書いて書きまくって,下手さを指摘されないと上達しないんだよねぇ。どこに書いたかは内緒。通らなかったらみっともないし(悪あがき)。
 あああ,うちのサイトのPDFファイルをごっそり持っていく人がいるよーで,誠に胃が痛い。いやまぁ自分で参照するだけなら別段構いませんけど,小心者なんで,わしの見ていない時に(夜中とか)やってもらいたいもんです。しかし一体どーゆー使い方をするつもりなのか。不思議。
 毎日愛用していた黒ブチメガネがとうとう崩壊した。つるの根元からポキン,ではなく,腐り落ちるようにボロッという感じで「もげた」のである。仕方がないので,度の強いメガネをかけているのだが,どーも明瞭にモノが見えすぎて目が疲れる。ワシみたいなイイカゲン人間には,適度にぼやけている方がいいらしい。
 次週,旅のついでにメガネを作るしかないなぁ。ああ,金欠なのに輪をかけて金が飛んでいく。でも将来ホームレスになった時に,メガネぐらいはまともなものをかけていたいもんね。無理したら金が出る今のうちに作っておくに越したことなし。
 あ,唐沢俊一さんからブラック師匠の倒れた時の様子が報告されてたんだ。50も過ぎればどこかおかしくならぁな。うん。
 来週は人生に疲れて旅に出る予定。そんな余裕があるのかという質問に対してはノーコメントです。でもメールは読んでる筈。完全なるひも付き(Wired)人生。思えばパソ通(死語だな)に嵌って以来だもんなぁ。あれが運のつきだったな。
 風呂入って寝ます。

「夢路行全集25 日常茶飯事」一迅社

[ BK1 | Amazon ] ISBN 4-7580-5182-8, \552

夢路行全集 25
夢路 行
一迅社 (2005.9)
通常24時間以内に発送します。

 著者本人も「呆れたに近い」暴挙とも思える夢路行全集刊行も,ついに最終刊までたどり着いた。これも一重に,途中合併して経営基盤を強化した一迅社の体力のおかげである。愛読者として,厚く御礼申し上げる。
 ワシが夢路行を読むようになったのは20世紀も押し詰まった頃からで,そこに至る彼女の軌跡を,今回始めて辿ることが出来た。集英社から単行本が出なくなり,東京三世社(とは独立の編集プロダクションが主導していたようだが)からの出版物のみを読んでいたから,それ以前の作品や,秋田書店移行時までの仕事については殆ど知らないできたのである。
 今回の全集を通じてデビュー後20年を越える仕事を通してみると,随分と色々な冒険を重ねているのだな,ということが分かる。ホラーっぽいものから,派手なアクションを伴うものまで,ファンタジーだけではない作品世界が展開されている。しかしそこには独特な雰囲気が必ず漂っていて,冒険しながらも自分の立ち位置が大きくずれることはなかったのである。そこに確固とした意思があったのか,それとも単なる成り行きだったのかは不明であるが,それがなければ一迅社も全集の刊行を決断することはなかったであろう。同じく全集を刊行した24年組の大家達は,自分らの仕事そのものが少女漫画のみならず,他のジャンルの漫画をも激変させてしまったが故に,メジャーに留まるためには,その作風を変えて行かざるを得ない運命にあった。夢路行は幸い,その世代よりずっと遅れてきた世代であり,デビュー時の絵柄はかなり1980年代の「乙女チック」路線っぽい。しかも自ら言うように,あまりうまくなかったせいもあって,時間をかけてコツコツと力量を上げて行かざるを得なかった。そこが1990年代の漫画の変化に,不器用ではあるけれどもついて行けた秘訣ではないか,という気がする。
 全集刊行と共に,一迅社の雑誌で続いていた連載「モノクロームガーデン」も終了した。しかし,秋田書店からはこれからも新作単行本が出版される予定になっているし,本人も小さい家を建てるという「野望」をお持ちのようなので,手打ち蕎麦の如く,細く長い活動を続けていくことであろう。
 「まあ こんな わたしですけど
        長いおつき合いの人も 一見さんも
     これからも よろしく 。 と。」(25巻)
 あ,いえ,こちらこそ,末永く,お付き合いさせて頂きたく,
 よろしくお願い致します。 と。
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 この全集↑に,今後何巻分,新作が追加されるのであろうか。楽しみである。