久田将義「教養としての新宿・歌舞伎町」朝日新書

久田将義「教養としての新宿・歌舞伎町」朝日新書

[ Amazon ] ISBN978-4-02-295370-4, \870+TAX

 ここんとこ神さんに呆れられるほど吉田豪の動画コンテンツを貪り視聴している。毎月やっているニコ生の3番組(平熱大陸,噂のワイドショー,居酒屋タックルズ)は欠かさず見ているし,Show Roomの「豪の部屋」はよほど興味のない人以外は大体見ている。オンラインで見られるトークイベントも,本書の著者・久田将義氏との番組は課金してちゃんと追いかけているのである。
 今日日,程よくリベラルで程よく保守で,ゴリゴリの人文系アカデミズムにも染まらず,とはいえ一定の教養を踏まえつつ世俗との接点も多いという御仁はごく少ない。どれかに偏った論者は多いんだけど,中庸的バランス感覚を持っているメディア論者は限られる。一時はかなり右寄りとみなされた小林よしりんは良い感じで着地した感があるし,東浩紀は元々バランス感覚が良かった上に今も中小企業経営者として一定のスタンスを保っているし,辻田真佐憲は右寄りからぐっと中道的な論者になって左右の論者に是々非々で臨んでいる。久田将義は,論者というよりは編集者という立場を守っているせいか,他人の論をしっかり受け止める素地があり,本書で開陳されているように,ヤクザや立ちんぼ当事者からのインタビューを行っており,人間生理的にしっくりくる論を展開できる貴重な人材なのである。

 ワシ自身は,新宿コマ劇場がまだ現役だった頃の歌舞伎町に映画を見に訪れたことがある程度の体験しかないが,それでも夕方から夜の盛り場の猥雑さは今もしっかり脳裏に刻まれている。ひっきりなしにポン引きやホステスらしき人物からの声掛けはあるし,振り払いながら雑踏を歩くのは妙な緊張感があったものだ。幸い下戸の人間嫌いなので,おかしな店に入ることはなかったのだが,一歩間違えるとあぶねぇ所だなということは肌身で理解できた。
 本書では21世紀も1/4を過ぎた今の歌舞伎町の様子がビビットに伝わってくる。のみならず,猥雑さの奥底に潜むヤクザや半グレ,立ちんぼからインバウンドで訪れる外国人,そして戦後の歌舞伎町を作り上げた韓国出身の立役者まで,本文200ページ足らずのちょっと薄めの新書なのに,情報量がぎっちり詰まっていてしかも読みやすい,ディープな歌舞伎町のガイドブックになっているのである。

 半面,もうちょっと読みたいな,という物足りなさもあり,阿形氏のインタビューは,戦後の焼け跡の愚連隊からヤクザになるまでの軌跡が知りたいし,アルファベットになっている現役ヤクザの方々の話はもっと読みたいなと思わされる。立ちんぼについては,サポートしているNPOからの取材などがあればもっと真相が分かるだろうなとか,無茶な要求はいくらでも湧いてくるのだが,それだけ本書の提供する情報が,好奇心を呼び起こす良い呼び水になっているという証なのであろう。この続きは別のスポライターや社会学者の方々に突っ込んでもらいたいモンであると思う次第である。

 AIがいくらでもネットに転がる情報を引っ張ってきて「いい感じ」にまとめてくれる昨今,生身の人間からの血の通った一次情報に基づくルポは貴重である。中庸的な視点で人間社会のしょーもなさとダイナミズムを醸し出す,久田将義に続く書き手の登場も願ってやまない。

筒井康隆「老耄美食日記 九十歳のあとさき」新潮社

筒井康隆「老耄美食日記 九十歳のあとさき」

[ Amazon ] ISBN 978-4-10-314537-0, \1650+TAX

 筒井康隆の小説において,豪勢な料理が出るごとに詳細かつ見たことも聞いたこともないメニューがずらずらと列挙されるようになったのはいつからだろうか? 夭折した息子(ワシと同学年)が挿画を描いた「聖痕」は,美しい主人公が美食に目覚めていく様が描かれるが,文中これでもかこれでもかというほどの迫力で料理名が押し寄せてくるのだ。不思議なもので,自分では食したことのないものでも,そのメニューを目で読むごとに唾液が出てくるのである。まったくもって旨そうであって,読者に対する飯テロに他ならない。幸いなことに,この度関西に縁あって職場を得ることになったので,とりあえずワシの収入でも破産せずに済みそうな「テアトロクチーナ」ぐらいは行ってみたいなと夢想する程度には洗脳されているのである。
 本書では頸椎を痛めて以来,足元不如意となった著者が豪勢な老人ホームに入居してもなお,美食ツアーに精出す様が生き生きと描写されており,食欲がある限りはこの筆の勢いも健在なりやと,一ファンとしては歓喜せざるを得ないのである。

 旨いものを食いたいのは人類の性であり,誰しも不味いものよりは旨いものを食いたいと願うのは当然である。我々は資本主義社会に生きている以上,旨さは値段に比例して増していくのはやむを得ず,という悟りは得ている。とはいえ年収三千万円もある大作家ならともかく,そんなに稼げていない一介のサラリーマンは自分の財布の中身と相談しながらの「最適化」を行う他ない。今ならSNSを通じてのグルメガイドが容易に入手できるから,スマホ片手にGPSも駆使してどんな狭い路地にある店でもたどり着くことが可能である。かくして,通常普通の庶民としては,できるだけ安く旨いものを食うべく,価格とうまさの最適化を行う「B級グルメ」に精出すことになる訳である。ま,たまぁあに小銭を貯めて5桁クラスの勘定を厭わずド高い所に行ったりすることもあるが,それは家庭内不和を軽減するための必要経費なのであって,滅多にできるものではない。故に,印税成金作家の美食の様を文章で堪能するのが,一塊の庶民読者の関の山なのである。

 この大作家の美食ぶりは,本人の嗜好もあろうが,どうやら細君のためであるらしい。貢がれることは誰しも望むことであるが,高級スーパーである紀ノ國屋(文中ではKINOKUNIYA)で高級総菜をかき集めない限りはマトモな食事が取れないという事情も大きいようだ。また,息子の夭折の影響もあるようで,死後のエッセイでは「金なんて貯めても仕方ない」と浪費宣言していたりする。正直,これだけ日をあけずに一食〇万円台の飲食を続けていたら,いくら美食であっても飽きるだろうと心配になるが,この二つの要因を知っているツツイスト達は,鬼気迫るメニューの羅列にある種の安心と恍惚感を覚えるのである。

 さすがにホームに入ってからは美食するといっても行動範囲が狭まってしまい,繰り返しになるのでこの辺でと美食日記は中締めと相成ったが,潤沢な印税が支える美食の渉猟は今も相変わらず続いているのだろう。その証拠に,新潮社の広報誌ではショートショート連載が2026年5月現在も続いている。執筆が行われている限り,食欲は滅していないということになる訳である。ということで,ワシも美食と執筆を支えるべく,本書を紙書籍で購入し,僅かながらも寄付をしたという次第である。・・・しかしやっぱり旨そうだなぁ。帝国ホテルはとても無理だが,紀ノ國屋ぐらいは漁ってみようかしらん。

佐岸左岸「ハンケチーフ持って、タイムマシーン待って、ラストシーン黙って、」大洋図書

[ Amazon ] ISBN 978-4-8130-5435-1, \946(\860+TAX)

 本作品を「BL」の一言で斬っちゃうのは乱暴の極みだろう。とはいえ,どういう作品かと問われればそうならざるを得ないし,長く述べるにしても「よくできたBL」というのが偽らざる感想だ。つまりは,それだけ現代日本のBL,GL,TLというものが豊潤であり,それらのジャンルから「性的要素」を抜いた,純然たる漫画作品群としてもすぐれたものを内包しているという証左なのである。

 紙雑誌がどんどん廃刊されると同時進行でWeb媒体が勃興し,既にどのサイトにどの作品が掲載されているか,全体像を把握できている向きがいるのかどうか。本書を連載していた「栞」というWeb漫画サイトも,本書を読むまでは全く意識していなかったが,どうやら「竜と龍の結婚」(いくたはな)を出版しているところらしいと知ったのは本書を紙媒体で購入してからのことである。なるほど,目立つ新人を捕まえてバズらせる術に長けたところなんだと納得した次第。
 とはいえ,本書については,ワシが信頼する読み手(書き手でもある)が言及していたからで,パラパラとお試しで読んでみるとなるほど・・・と納得するレベルの洗練されたBL画力であったので購入を即決できたのである。

 それにしても,SNS時代とは何とメンドくさくて酷いものなのか。本書の主人公を取り巻く登場人物は軒並み饒舌。ぐずった自己憐憫を縷々言い募るアルバイト従業員や,相手の弱みに付け込んだハラスメント言説をぶつけまくる上司,そして愛情を寄せられる怪しげな探偵は冷静なツラをしながらも感情的に駆動された論理の塊のような文言をぶちまける。そしてそれらを黙って受け取って一人感情を拗らせてしまいこむ長髪イケメンが主人公で,過去には自分の行状が原因とはいえ過剰なバッシングを赤の他人からネット経由でいたぶられ,今もそれが検索で引っかかってしまい,ネチネチとやられる原因となっているという,もうネット時代の被害者の典型のような優男なのである。

 とはいえそれは個々の人間の内面の話であって,空は青いし,飯はうまいし,親子スープは絶品で,つまりは外形的な風景はネット時代であろうとなかろうと厳然として存在し,我々を癒しもしなければ蔑むこともしない。確かな画力は落ち着いた「風景」を,ネットに毒されたこの主人公とその周辺の人物を包み込むように存在し続け,良くも悪くも受け流していく。本書は第1巻であり,約200ページ全ては本書の登場人物の説明をするための饒舌な描写に費やされており,このネット的に不幸な主人公の行く末が気になるところまでで終わってしまっている。さて,この先いかなることになるのか,怪しげな探偵への空回りする愛情を持て余す主人公の行く末が気になるのは当然ではあるが,確実なのはどうやら「ラストシーン黙って」なのかなと勝手に類推しつつ,ネットと戯れながらも次巻を楽しみに待つワシが存在していることなのである。

鳥嶋和彦「ボツ」~「少年ジャンプ」伝説の編集長の”嫌われる”仕事術,小学館集英社プロダクション

[ Amazon 単行本 Kindle ] ISBN 978-4-7968-7447-2, \1600+TAX

 ビジネス書ってのは忙しい(?)サラリーマン向けに売らなきゃいかんという目的があるせいか読みやすくできている。読みやすさの理由としては

  1. 活字がでかい&行間が広い
  2. 文章が短く,意味を取りやすくなっている
  3. 「成功する」ための「身近な」ノウハウが詰まっており実践しやすい

というところが挙げられる。1,2は当然としても,3については凡人が「これは自分には無理」と思わせる自慢話ばかりだととても読む気にならず投げ出してしまうという失敗を踏まえてのものだろう。もちろん,鳥山明を見出し,ジャンプ黄金期を継承してのメディアミックス路線に尽力してゲームを取り込むことに成功するという目利きの良さはあるとは言え,伝統的な日本会社(JTC)において上司を説得し部下を引き連れつつ次世代を担う漫画家を育てたという精神力と体力があってのDr.マシリトであることは間違いなく,この点は誰でもできるというものではない。ではないが,しかしこの説明力の強さは読者を引き込んでやまない。本書は聞き書きだからライター・天野龍に例の「ボツ」を連発してのダメ出しの果てに完成したものらしく,それ故に大変分かりやすく,しかも「なーるほど」という説明の連続なのだ。この点,ワシみたいなスレっからしの中高年読者にはお勧めである。だが,現在20代後半から40代ぐらい迄の働き盛り伸び盛りのモーレツサラリーマンにはどうかしら?・・・という疑問も同時に覚えてしまったのである。

 SNS社会になってぱっと見の印象操作,いわゆるインプレ稼ぎのゾンビみたいな輩が跋扈するようになってしまったが,それも大分淘汰が進んでいるように見える。ネット初心者ならいざ知らず,それなりに場数を踏まえてネット社会を生きてきた「インターネット老人会」の一員たるワシには,リコメンデーションの積み重ねによるバリアがそれなりにできつつあり,陰謀論や反ワクチン,極端なネトウヨやパヨクはスルーする以前にその手のメッセージが届かない。たまに届いたとしても,少しばかり過去の発言を辿ってみれば「あーこれは・・・」となってあえなくミュートするかブロックすることになる。
 あのね,オジサンはね,「実績ゼロ」の輩を相手にしている余裕はないの。見てほしかったら強めの発言一発じゃなくて,小さいところからの積み上げでも,大当たりでもいいけど,あなたが何をできるか,今までの事績に基づいてプレゼンしてからにしてくんない?・・・ぐらいのことは言いたくなる。たまーに,メディアで目立つ評論家的な人が政府の中に入ってしまうことがあるが,さてどの程度お役に立っているのやら?という向きも結構いる。途中高転びしてしまったとはいえ,猪瀬直樹なんてのはそれなりに汗かいて実績出してきた方だと思うが,あのぐらいの提言力と実践力がある人材が,インプレッションゾンビから出るのかどうか,はなはだ怪しいと言わざるを得ない。

 JTCは大分変質してきたとはいえ,それでも新入社員を一から育ててやろうという気風があるところは残っていて,それなりに努力すれば積み上げ的に実績は残せるようになっている。その点,マシリトも上に反抗的とはいえ,果敢に「言った以上にやってみせた」だけあって,今に続く集英社のコンテンツ構築力育成に尽力している。それも偏に,実績に見合ったプレゼンパワーのなす技であり,一塊のビジネス書の中でも現役のビジネスマンには役立つこと疑いない。

 ・・・ないんだけど,さて,今も昭和的な漫画家育成のノウハウが使えるかどうか,そのあたりは大分怪しいと思わざるを得ない。それは「鬼滅の刃」についての本人の弁で,確かに漫画原作についてはもっと力量アップがあっても良いという指摘は当たっているものの,それが今でも可能か,吾峠呼世晴という漫画家に適切かどうかという点は大いに疑問を持った。良くも悪くも今のコンテンツ産業はクリエイター主導であり,かつてのような無茶な制作サイドからのごり押しは通用しない。鬼滅の刃については,むしろ原作の至らなさがあってこそのアニメ作品として極上のものとなったとは言えまいか。このブームを先導したのは原作よりもアニメだといいたいがための主導権争いとも言えるが,それをさせるだけの「隙」が原作にあったからこその今のブームであり,原作本の売り上げではないのかと,既にロートルに足を突っ込んでいるワシは思うのである。

 誰が何と言おうと時代は進むし,年寄りは引退し若者が次を担う。年寄りの提言は聞くに越したことはないとはいえ,次の時代の方法論は若者が作り出すほかない。その意味で,本書はマシリト成功の原動力を大いに知らしめる内容であると同時に,やはり次のブームは次世代が作っていくのだなと痛感させられる「年寄りの限界」を語っているものと言えよう。

清野とおる「壇蜜」1巻, 講談社

[ Amazon ] ISBN 978-4-06^540035-7, \792 + TAX

 実は最初は楠桂「サレ妻漫画家の旦捨離戦記」(1巻~6巻(2025-07-27現在)以後続刊予定)について書こうと思ったのだが,妻視点側からの一方的な内容である以上,「(妻側の意見が理解できて)なるほどね」という納得と,「もっと旦那側の言い分を聞いてみたい」という欲求不満と,離婚裁判の有様が分かって参考になる(かも),としか書けないことに気が付いて取りやめと相成った。しかしまぁ怒りのパワーのなせる業なのであろう,ハイペースでKindle連載が続いているのは凄いなぁとつくづく感心させられる・・・が,相性の悪いところにお互いの罵りあいになってしまった夫婦から学ぶことと言えば「反面教師」以上のものはない。まず先に学ぶべきは,やはり「うまくいっている夫婦」から得られるストレートなノウハウなのである。

 とゆーことで,出たばっかりのサブカル(といっていいのか?)ベスト夫婦,清野とおる&壇蜜のエッセイ漫画を取り上げることにしたい。正直,ワシは清野の良い読者ではないが,本作は連載時より注目しており,単行本刊行を今か今かと渇望していたのである。何せあの「壇蜜」(檀蜜ではなく壇蜜)が見染めた相手が描いた「壇蜜ルポルタージュ」である。面白くないはずがないのである。もちろん著名芸能人のプライベートを知りたいという下世話な興味が9割方占めているのだが,現在健康を害して不調にある妻を甲斐甲斐しく看病する良き夫の有様を学びたいという健全な好奇心も1割程度はあるのだ。

 本書によれば,清野が出世作で紹介した赤羽界隈のディープな店を取り上げたTV番組に壇蜜が出演することとなり,そこでいきなり清野に結婚を前提としたお付き合いを提案されたとのこと。その場でメールアドレスを手渡され,通り一遍のあいさつメールのやり取りをきっかけに,浮間公園で最初のデートと相成り,そのまま普通の男女のお付き合いに突入したということらしい。本書には描かれてはいないが,おそらくはTV番組の企画に興味を示した壇蜜は,以前より愛読していた作品を描く清野に狙いを定めていたのであろう。

 あれだけの濃厚なけだるい色気を放っていたにもかかわらず,本書に描かれる壇蜜は相当なサブカル寄りの女性である。生活はいたって質素,芸能人らしい派手な所は一切なく,そもそも業界での交遊もないらしい。興味があるのは動物(詳細は以後続刊で描かれるらしい)や,清野が描く東京の郊外と埼玉の庶民的な飲食店や風物である。札びらきってのお誘いは山のようにあったろうに,そういうものには一切目もくれず,自分のサブカル魂を自然と受け入れ,楽しんでくれそうな「清野とおる」という人材を絡めとったのである。本書はその狙いが正しかったことの証明であり,ワシを含む多数の下種読者の好奇心を満足させる「壇蜜ルポ」として結実した,このご夫婦の愛の結晶と言える作品なのである。

 そういえば,件の破綻夫婦ルポ漫画には,旦那の弁として,自分の趣味に妻も付き合ってほしかったということがチラと描かれていた。夫婦の趣味が完全に合致することなぞありえないが,互いの理解と受容は,可能な限り深くなされるべきであろう。本書はその重要さを知らしめてくれる,夫婦生活指南書でもあるのである。