常識の浸透圧

 日本画家の片岡球子が103歳で亡くなった。何を書いても野太く不細工な野性味あふれる物体になってしまう特異な画風の持ち主だった。小学校で30年も小学校で教鞭を執っていたそうだから,子供達の絵に何か惹かれるものがあり,その影響を受けての画風だったのかなぁと思わなくもない。とまれ,103歳となれば大往生には違いない。感慨深いものがある。
 さすが文化勲章画家だけのことはあって,片岡球子の訃報は大新聞社のWebページでは軒並みトップニュース扱いになっていた。朝日しかり,毎日しかり,日経しかり,そして読売も・・・なのだが,もうお分かりだろう。ワシは読売の記事のこの部分に引っかかりを覚えたのである。

 82年、日本芸術院会員となり、89年には文化勲章を受章。最近まで制作意欲は衰えず、2005年、100歳を記念した個展では、「一生懸命上手になろうと毎日、へたな字を書いている」と書などを出品していた。生涯独身を通した。

 ・・・ふーん,つまり何かい,ノーベル賞を取ろうが,文化勲章を取ろうが,どんな高潔な人生を歩んだ人であっても,「独身」であればそれを突かれるという訳なのかい?
 いや,「独身を通した」だから,それは褒め言葉なのだ,という人がいるかもしれない。しかしそれはお人好しの発想であり,かつ,既婚者のものに違いないのだ。そしてこの記事を書いた読売新聞の記者も既婚者に相違ないのである。
 いや,ワシは既婚者に対して僻んでいるわけではない。僻みたくなる既婚者が居ることも事実だが,同情してしまう既婚者も枚挙にいとまがないのであるからして,既婚者を見ればパブロフの犬よろしく負け犬の条件反射的に僻むわけではないのだ。それにワシは何度も強調しているように,人は結婚するのが自然であり,結婚はするべきだと主張している。二人以上を養うに十分な収入があり,人格的に破綻を来していないのであれば,成人となった人間は結婚して当然だというのが世間の常識であり,ワシもそれは大いに首肯する。
 だからワシは片岡球子が独身であったことを指摘していることに対して,引っかかりを覚えたのではない。カチンと来たのは「独身を通した」の「通した」という部分に対してである。ワシはこう言いたいのである。
 「何故素直に「生涯独身でお気の毒にねぇ」と書かないのか?」と。
 まあ,日本の良識を代表し,社主が「たかが選手」(ワシは一生忘れないからな,この言いぐさ)を支配しつつ,日本の2大政党を尚早にもくっつけようとしている新聞社の記者ともなれば,悪口をストレートに表現できないのは仕方のないことでは,ある。あるが,「独身を通した」とは何事であるか,とワシは言いたい。しかも追悼記事の最後にとってつけたようにこの「独身を通した」と書くとは,何と根性悪であることかっ! 小学校で30年も教鞭を執り,その後も大学で芸術を教え,死ぬ直前まで画業に勤しんだ高潔なる人生を全うしても,「独身を通した」というその一言で「あ〜あ,お気の毒様なことですねぇ」という纏められ方をしてしまうのである。
 嗚呼,悲しきかな「独身」。かの酒井順子は名著「負け犬の遠吠え」において,「負け犬よ,仕事に精を出せ!」とカツを入れて文章を締めくくった。しかし,酒井先生,読売新聞のこの追悼記事を書いた記者は,そのようなあなたの教えを一言で打ち砕いたのであります。どんなに仕事に励もうとも,死んだ後は「独身を通した」と嫌みを言われてしまうのであります。なんと非情なことなのでしょう,酒井先生!
 ・・・とまぁ,同じく独身のワシはつい憤ってしまったのであるが,よく考えてみれば,このワンマンマン社主(@いしいひさいち)をいただく読売新聞の記者の「独身を通した」発言は,世間の意見を代弁しているだけとも言えるのである。つまり片岡球子が大往生を遂げた今,誰しも故人の芸術性を褒めちぎった後,やっぱり「お一人でしたのねぇ」と,ため息と共にその死を締めくくってしまうに違いないのである。これはつまり「負け犬でしたのねぇ」「何故,負け犬のままで終わってしまったのでしょうかねぇ」という,同情と憐憫と勝ち犬の持つ上から目線という奴を象徴しているのだ。
 しかしそれに抗することは無駄であり,それは負け犬としては悄然として受け入れるしかない「常識」なのである。この記者が思わず書いてしまった「独身を通した」という一文は,この常識の持つ浸透圧によって押し出されてしまったものに違いないのだ。
 「独身を通した」・・・ねぇ。思わず憤ってしまった,同じく現在進行形で「独身を通」しつつあるワシとしても,やっぱり,片岡球子に対しては「何でまた独身のままだったんですか?」という疑問を持ってしまうあたり,常識の浸透圧に慄然としてしまうのであった。

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