いしいひさいち(漫画)・峯正澄(文)「大問題’09」創元ライブラリ

[ Amazon ] ISBN 978-4-488-07063-2, \640
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 いしいひさいちがしばらく休業するというニュースが2009年11月に飛び込んできた。本作を最後に,しばらくは「大問題」シリーズが出ることも期待出来そうにない。デビュー以来,日本の4コマ漫画の世界に革命を起こし,多数のフォロワーを排出しながらも自らは革命の志を絶やさず,休業直前まで自己変革を続けてきた稀有な漫画家がおやすみモードに入ってしまうのは残念であるが,仕方のないことである。長谷川町子が休業を繰り返しながら,晩年まで仕事は断続的ながらも続けていたことを考えると,ぶっ続けで還暦を越えるまで続けてきたいしいの仕事量はちょっと多すぎたのかもしれない。ここはゆっくり静養し,再登場されることを期待したいものである。
 この「大問題」シリーズは峯との共著であるけれど,まぁ,間違いなくいしい抜きではここまで続いてこなかったものであろうから,峯の文章は抜きにしていしいの作品だけを論じてみたい。
 いしいひさいちの漫画は,現代日本の4コマ漫画の中でも特筆すべき鮮鋭さ,斬新さを持っている。いしいフォロワーの一人,やくみつるが,まだマイルドだった頃のいしい作品のテイストを保ちながら文春漫画賞を取ってしまったのは,それだけいしい作品が優れていたからに他ならない。かつて本宮ひろ志は「優秀な漫画家の後ろに何十人もの平凡な漫画家が連なっている」と言っていたが,いしいの場合それでは足りない程,いしい以外の漫画家に多大な影響を与えてきた。しかし今のいしい作品を真似ることができるフォロワーはもはやいない。あの風刺の鋭さ,あの「言う事をためらうことこそ描くべき」という,とり・みき並の非情さに加えて,人口に膾炙した政治家・著名人のキャラ付けの妙は,そうそう真似できるものではない。せいぜいいしいが作り出したキャラをそのままパクるのが関の山だ。いしい作品を作るための方法論を会得した漫画家は,今の日本には存在しない。アル中で辞任した中川昭一が,父親同様の末路を辿るかも,というワシらの腹黒い予想を見透かしたような作品(P.58-59)を描けるのは,たぶんいしいととり・みきぐらいであろう。
 ただちょっと気になるのは,「自己責任」という鉢巻をした小泉純一郎が,アキバ事件の加藤の種をばら撒く漫画(P.168)を描いていることだ。これは今までのいしいとはちょっと違う。自己変革の一歩ともいえるが,ワシはここにいしいの「老い」を感じてしまった。いしいの描く優れた風刺はいつも中庸のスタンスを崩さず,左右に大きく触れた振る舞いを察知してネタにするというものだ。それがちょっと左翼的プロパガンダ的なストレートさを本作品では感じさせている。まぁ,ちょっとドキッとさせるだけの冴えはあるのだが,それでも直裁的過ぎないかなーと思ってしまうのである。もちっとひねって欲しかったな~。
 来年に「大問題’10」が出版されるかどうかは微妙なところであるが,峯の文章が増えても,休載時点まで書きためた物だけを使って何とか出して欲しいと思う。今年は政権交代があって,風刺にはもってこいの題材がいっぱいある。ワシとしてはどうしてもその変革(の期待)を,いしい流に風刺して見せて欲しのだ。そしてこの先も,この日本がどういう状況になっても,それを冷静に眺めてクスッと笑う,笑いどころを見つける修練をさせて欲しいと念願している。そんな大仕事が出来る漫画家,いや日本人は,いしい以外に見当たらないからである。

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