御手洗直子「31歳ゲームプログラマーが婚活するとこうなる」新書館

[ Amazon ] ISBN 978-4-403-67174-6, \850+TAX

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 以前ここで紹介した「31歳BLマンガ家が婚活するとこうなる」の続編,今度はゲームプログラマーである旦那の側の婚活エッセイマンガである。相変わらず乾いたユーモアのある作風で,お気楽に読めるし,何より数少ない「男側から見たネット婚活の赤裸々な実態」が垣間見えるので,普段から出会いがないとお嘆きのオタク(に限らないけど)なモテない男性諸氏におかれては,ネット婚活を始める前に是非一読し,「粉かけた女性からの返信が全くない」「リアルなデートの第一回目で相手が目の前に現れず終わる」「ファッションセンスのダメさをズケズケ指摘される」等々の悲惨な経験談を頭に叩き込んでおくべきである。

 ネット婚活を始めるシチュエーションは人それぞれであろうが,一番の理由は「出会いがない」ということであるらしい。地方自治体が相次いで婚活イベントを主催するのも,リアルな出会いの機会を増やしたい→既婚者を増やさなければ地域の維持ができない,という危機感の現れのようで,高知・奈良・長野・福井で行われている報告書(PDF)をチラ見するだけでもその一端が理解できようというものである。身の回りには出会いがなく,行政の手助けも受けられないとなれば,人類の利器・ガイアの神経回路ともいうべきネットを通じた(いささか恣意的な)ランダムアクセスに頼るのもむべなるかな,という気がする。

 この御手洗直子の旦那がネット婚活を始めた理由は,ボンヤリ過ごした20代を振り返り,「このままいくと彼女とか結婚とかスルーしたまままた10年経過する気がして・・・」「よし決めた!31歳これからの目標は女の子とお近づきになる!」(P.9)という決意である。で,登録したはいいけれど,前述のような悲惨な目にあいながら5年間(長ぇよ!)もの歳月を過ごすことになったというのである。全くもって同様のオタク的もっさり系男性として思い当るところの多い(だから思い返したくない)貴重で笑える(傍から見ればね)体験を積み重ねてきたからこそ,本書は是非とも同類男性諸氏にお勧めしたいエッセイになっているのである。

 身も蓋もない統計調査によれば,結婚できる男性は「正規社員(職員)として一定以上の所得がある性癖普通,人格穏やかな人」ということになる。所得があることはもちろんだが,社会的常識を一定以上備え,女性に対する配慮ができなければ,結婚には至らず,したとしても長続きしないのだろう。当たり前のことではあるが,これらの条件が最初から揃っていればまず目の高い女性連中が見逃すはずがなく,「モテる男性」となってあっという間にゲットされてしまうことになる。そうやって男としての主体性を何ら発揮することなく篭絡された例を幾つか目にするにつけ,高度に発達した情報社会における弱肉強食的結婚事情の何と残酷なことか!と叫びたくなる。そしてその他大勢の女性からそっぽを向かれた「モテない男」どもは,結婚のためにはどんな悲惨な目にあったとしても主体的に動かざるを得ない,動き続けざるを得ないことに気が付くのである。

 本書で描かれる御手洗直子の旦那の経験はなかなか悲惨だ。御手洗の筆致がユーモラスで乾いているから読めるけど,自身がそーゆー目にあったら早々に挫折して引きこもってしまうかも・・・と恐ろしく思うかもしれない。やれ「臭い」だの「ダサい」だの「車持ってこい」だの・・・まぁいろんな要求を突き付けてくるもんだなぁと,ワシはあきれ返ってしまった。勿論ワシも何件か「お見合い」の経験があるが,ここまであれこれ言われたことはないので,ワシは随分と常識的な女性たちと接触できていたのだなぁと知ることができたのである。

 とはいえ,悲惨だろうが何だろうが,活動し続けないことには結婚には至らないし,何より経験を積むことで身を持った学習をすることになり,少しずつレベルアップして最終段階の手前では短期間の同棲経験(SEXがあったかどうかは描いてないが)までするに至るのだから,人間何事も経験と学習だなぁと思うのである。これ何か似ていると思ったら,新卒の就活と全く同じシチュエーションなのである。けんもほろろに門前払いされる経験を経て己を知り,自分にふさわしい企業を少しずつ受験していって最終面接まで辿り着けるようになって内定を得る,という過程は婚活も就活も同じなのだ。
 もちろん一発受験ですぐに内定を得る「モテる就活生」というも存在するがそれはごく僅か。大多数は多くの「お祈りメール」を貰った末に社会への入り口にたどり着く。この高度に発達した情報社会では選択と選別を我々も企業も日常的に行っており,他者からの要求を無制限に受け入れることはあり得ない。自らが拒絶することは当然の権利である以上,「自分が拒絶される」ことも受け入れなければならず,であればこそ,拒絶に対して「傷ついた!」と喚き続けることは無駄以外の何物でもない。自分だって拒絶することがある以上,拒否されて傷つくことはお互い様なのである。

 前著でも描かれているように,御手洗の旦那は御手洗と出会うことで長きに渡った婚活を終了する。最終的にはオタク的趣味と収入(重要!)以外のことには興味のない御手洗直子と結婚するに至り,婚活中に学んだ数々の「社会的経験」は不要だったのかな・・・と旦那本人は感じているようだが,ワシとしてはこの経験があったからこそ結婚後の生活も安定的に営めるのでは,と思う。必ずしも望んで得た婚活経験ではないにしろ,それは今後の結婚生活における種々の波乱を乗り越える礎になるのではないだろうか。

 ま,過ぎ去ってみれば何でも「思い出」になってしまうものである。ネット婚活を,この御手洗の旦那ほど経験していないワシとても,今になってみれば人生を振り返る際のスパイスになっているなぁと感じるのだから,これからネット婚活に入ろうという男性諸氏におかれましては,本書を前書と共に読み込んで,スパイス慣れしておくのも一興ではないかと思うのである。